6-10.新規二名様ご案内(2)
「あー、詳しい話は僕から説明させて頂きます」
開いたままの扉からレギーナの寝室に入ってきたやや細身の青年は、被っていた帽子を取り、青褐色の髪を撫でつけた頭を丁寧に下げて彼女に向かって礼を取った。
一見した印象では西方人である。旅装を着慣れているように見えるので、旅の行商人といったところだろうか。
「……あなたは?」
「はい。ノウリー商会の三男で交易商人をしております、ナンディーモ・ノウリーと申します。このたびライくんを姫殿下の元まで送るよう、陛下に依頼されまして」
ノウリー商会と言えば、エトルリア国内ではそこそこ大手の商会のひとつである。フローレンティアやメディオラを中心にいくつかの都市で複数の店舗を構えていて、ヴィスコット家が贔屓にしている商会のひとつだ。
「…………あなたって確か、あの巨人の傭兵の雇い主じゃなかった?」
「えっ、憶えておいででしたか」
「……あっ、ザンディさんの雇い主の!」
「なんかどっかで見たことあるて思うたら!」
レギーナと青年のやり取りを聞いて、アルベルトもミカエラもようやく思い出した。青年⸺つまりナンディーモと名乗った交易商人は、蒼薔薇騎士団一行が東方への旅を始めて間もなくの頃にスラヴィアのザムリフェで出会った、川面に豪快に飛び込んだ巨人族の傭兵ザンディ・レールアックの雇い主だった人物である。
あの時は互いに遠目に姿を確認しただけで挨拶も交わさずじまいだったが、そんな彼をレギーナは憶えていたという。彼女のほうは勇者として顔も名前も広く知られているから、ナンディーモが気付いていても不思議はないのだが。
「そりゃあ、目の前であれだけ大声でやり取りされれば憶えるわよ。ナンディー・モノウリー、だったかしら?」
「ナンディーじゃなくてナンディーモです。ナンディーモ・ノウリー。僕今名乗りましたよね?」
「で?そのナンディーさんがなしライば連れて来んしゃったとね?」
「いやですからナンディーじゃなくて。⸺ええとですね、姫殿下が瀕死の重傷を負われたとお聞きになったヴィスコット3世陛下が大層ご心配なさいまして」
ナンディーモは東方と西方を股にかけて交易を行う交易商人なのだそうだ。ただ、大型の荷駄車は使わずに仕入れる品を厳選して、その代わりに大口の顧客や金払いのいい王侯貴族を相手に商売しているのだという。
ちなみにザムリフェでレギーナたちと会った際は東方からの帰路の途中で、その足でラグを素通りして竜骨回廊を西上し、エトルリアの王宮に上がったのだとか。
「別に王宮から仕入れを依頼された品があったわけではないんですが、行けば何かしら買ってもらえるだろうと思ってですね……」
つまり、彼がエトルリア王宮に滞在して王家や重臣たちと商談をしているさなかに、レギーナの敗報が伝わったのである。たちまち王宮に激震が走り、ヴィスコット3世が騎士団や神教教団関係者を中心に救援団の派遣を検討し始め慌ただしさを増す中で、うっかりザムリフェで蒼薔薇騎士団を見かけたことを口走ったために王宮に留め置かれるハメになったのだとか。
そうして結局、先遣としてライを送ることが決まり、だがライだけを行かせる訳にもいかないということになって、それで東方の事情にも詳しいナンディーモが同行することに決まったのだそうだ。
「いやまあ僕は一言も了承してないんですがねえ。でも気が付いたら黄神殿の転移の間に連れてかれてまして」
「ほんで、流されるまま東方まで来てしもうた、と」
「身も蓋もないし嫌な端折り方ですけど、まあそういう事です。僕の荷駄車は後で送るとか言われちゃいましたし」
「じゃあ、あなたは身ひとつでライに付いてきて、今後の予定も立ってないわけね?」
「まあそういう事になりますねレギーナ殿下。少なくとも、僕の荷駄車が届くまではなんにもできません」
とほほと肩を落とすナンディーモ。
それを見てニヤリとするレギーナ。
「じゃ、あなたもこっちで私のサポートに付きなさい」
「はあ、分かりました…………え?」
「だって、やる事ないんでしょう?」
「えっ、いやまあそうですけど。——あっいえこっちで商品の買い付けとか販路開拓とか色々と」
「あら、それってエトルリア王宮に恩を売るより利益の出る商談なのかしら?」
レギーナの視線がナンディーモを射抜き、彼は逃げ場を探すように視線を彷徨わせたが、とうとう最後にはがっくりと肩を落とした。
「くうう……殿下が思ったより商売上手だ……!」
「じゃ、決まりね♪」
こうして、“チーム蒼薔薇騎士団”にはさらに2名が加わった。ハーフリングの侍童ライと、交易商人ナンディーモ・ノウリーの両名である。
「ほんなら、よろしくなナンディーさん」
「いえですから僕の名前はナンディーモなんスけどねえ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちょっと雰囲気が緩んだところで、ジャワドが許可も得ないまま客人を寝室まで入らせてしまったことを詫びてきたので、レギーナは鷹揚に許してやった。彼は自分も含めて警護の騎士たち全員の処分を願い出たものの、彼女は不問に付すと告げただけで済ませてしまった。
むしろ彼女は、そもそもすばしっこくて、ハーフリングらしく魔術も得意なライが相手だったのだからそうそう止められるはずもなかったと、慰めの言葉さえかける始末である。
「どうせあなたのことだから、途中で[敏捷強化]とか[穏形]とか色々駆使してジャワドたちのこと振り回したんでしょ?」
「えへへー。ちょっとぼく、よく分からないです」
「もう、しょうがない子ねえ」
「うわこん子、相変わらずあざとかぁ」
「……トラブルの種だわねえ……」
「陛下に抗議すべきだよ」
どうやらライがやって来たことを喜んでいるのはレギーナだけで、あとの蒼薔薇騎士団メンバーは一様に渋い顔である。まあ突然レギーナに抱きついてその唇を奪うような傍若無人っぷりを見せつけられれば無理もないが。
「あっそれでねアル!この子とは別に何でもなくって」
「ぼくはひめさまのもので、ひめさまはぼくの全部です!」
「ちょっとライは黙って!」
「……いや、大丈夫だよレギーナさん。俺は特に何とも思ってないから」
どう見たってドン引きしているが、アルベルトはそれでも気にしてないと言う。あからさまに気を使っているのがバレバレである。
「あんねアルさん、姫ちゃんとライはマジでそげな仲やないけん。それはウチも保証すっけんが」
「……そう言われてもね」
「ライのほうはともかく、姫ちゃんにとってライは空気と一緒やけんが」
「ミカエラさまひどい!」
「……まあ、俺はまだ求婚を受け入れたわけでもないからね。問題ないよ」
なんか色々諦めたように微笑うアルベルトの顔を見てレギーナが蒼白になり、ミカエラもさすがに慌てだす。
「あーあ、アル坊拗ねてもうたで〜」
「ちょっと嘘、やだ、信じてよアル!」
「……求婚?」
「とりあえずライはベッドから降りんしゃい!」
「あっミカエラさまの意地悪!」
だんだんと痴話喧嘩の修羅場っぽくなってきた。まあアルベルトにしてみれば、自分でも自覚してなかった自分の立場を知らされて、ほぼ同じタイミングで大国の王女にして勇者から求婚され、さらにそれと前後して自分をずっと好いてくれていた可愛い妹分からフラれた形になっていて、色々と情緒に激震が走っている。
その上で求婚してくれた王女さまの禁断の恋疑惑である。いくら八方美人で人付き合いに長けた白加護といえども、さすがにこれはちょっとムリ。
「勇者さまのお世話はこのわたくし、アルターフが仰せつかっておりますので、ライさんとやらの出る幕はありませんよ」
「誰だか知らないけど、ひめさまのお世話はぼくの仕事ですから!」
その上で侍女のアルターフとライの間にも火花が散り始める。
「勇者さまのお世話はわたくしども、離宮侍女のお役目ですわ!」
「知らない人にひめさまのお世話は任せられません!」
「まあ!こう見えてもわたくしどもはもうひと月近くお仕えさせて頂いて、信任も頂いておりますからご心配なく!」
「たったひと月!?ぼくなんて19年もお世話してるんですよ!」
「いやライ、嘘言うたらつまらんて。姫ちゃんが王宮に居ったのって13までやんか」
レギーナがエトルリア王宮で起居していたのはミカエラの言うとおり13歳になるまでで、13歳からは〈賢者の学院〉の寮に3年間入っていた。卒塔後に半年ほど王宮に戻っていた時期こそあるものの、その後は勇者候補として旅暮らしである。
たまに帰郷して王宮に逗留することはあれど、基本的にはレギーナたち蒼薔薇騎士団の拠点は王宮にはない。勇者候補としてエトルリアには帰属できないのだから当たり前である。
「ひめさまが居なくたって、ぼくはひめさまのお世話係です!」
などとライが言い募ったところで、レギーナが居なくなった王宮でライはヴィスコット3世夫妻付きに配置換えになっていて、特にここ2年は生まれたばかりの王子ダニエルの世話をやっていたりする。
「あんたもうダニエル殿下付きやろ。知っとうとばい?」
「そ、それは……」
「その殿下ば放ったらかしてこげんとこまで来て、至らん騒ぎば起こしてからに。もう帰り」
「やだー!ぼくはひめさまのお世話するんです!」
「そこんとこどげんなん、ナンディーさん」
「いやですから僕はナンディーモですってば。でもそうですね、レギーナ殿下のご様子を確かめて報告するよう言われてはいますけど、お世話しろとは言われなかったような」
「誰だか知らないけどひどいです!」
「知らないわけないでしょうが!東方来る前に顔合わせしてお互い挨拶したっスよね!?」
うーん、まさにカオス。
そしてこの混沌とした状況は、レギーナの叫びによって強制的に幕を下ろすこととなった。
「もう、うるさい!みんな出てって!」
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は8月4日です。
【新キャラに関して】
皆さんお忘れかと思いますが、ナンディーことナンディーモ・ノウリーくんは二章第8話『ネレトヴァ川に陽は暮れて』にチラッと出てきています。当初のプロットではあそこで名前を出す予定ではなかったんですが、六章のここで出るのがあの当時から決まっていた(というか六章の登場人物をあのシーンで使い回した)ので、あの場面で名前を名乗らせておきました(笑)。
ノウリー商会はエトルリアの首都フローレンティアやレギーナの故郷メディオラを中心に、いくつかの都市に複数の店舗を構えているそこそこ大きな商会です。扱っているのは日用雑貨など消耗品が中心で、エトルリア王家というよりヴィスコット家が昔から贔屓にしている商会のひとつ、ということになります。
あと、ナンディーくんの兄ふたりは出てくる予定がないので名前も決めてませんが、多分モーカルモとかヤクダツモとかそんな感じの名前なんだろうと思います(爆笑)。
ライくんことハーフリングのライラリルレイビスは今回が初登場。どっかで出しとこうかとも思ったんですが、エトルリア王宮の描写がほとんどなかったので出せませんでした。
レギーナに対しては距離感がバグりすぎてるライくんですが、見た目は12歳ぐらいの美ショタハーフリングです(爆)。レギーナは生まれた時から彼にお世話されてるので、一緒に風呂に入るのも着替えを手伝わせるのも夜に寝室でふたりきりになるのも全然違和感を覚えてない、というヤバい設定があります(爆)。まあ彼女、赤ん坊の頃にライくんにおしめ替えてもらったり、幼児の頃にトイレトレーニング見てもらったりしてますから、裸を見られたところで今さらどうもないわけです(笑)。
ただし念のため、一線は超えてないです。祖母の大レギーナが「淑女たるもの、夫となる殿方以外には決して肌身を許してはなりません」と言い含めていて、レギーナもそれをきちんと守っています。
ナーンも含めてそうですが、彼らはチョイ役のゲストキャラではなく、ちゃんと意味があって登場させています。新しい仲間を含めて彼らの“人の縁”がどうなるか、というところまで含めて、この先の物語をお楽しみ頂けますよう頑張って書きますので、今後ともよろしくお願い致します。




