1-16.残していくもの、残さないもの
R15、残酷描写の該当回です。もっと具体的に言うと流血表現、死亡描写があります。ご注意下さい。
神殿にミックを連れて挨拶に行った翌日から、薬草採取の依頼は早速ミック宛てに切り替った。
「アルさん宛ての依頼…ミック君に来てるんだけど」
「うん、彼宛てに変えてもらうように昨日頼んできたからね」
「昨日の今日で、もう!?」
「うん。神殿長に直接言ったからさ」
そこまで言って、ようやくアヴリーも納得した顔になる。
「ああ、それで。でもミック君ひとりで大丈夫なの?」
「正直、まだ自信ないです…」
そう言うミックの顔は緊張に青ざめていて、でももう腰にはアルベルトの普段使っている薬草袋が鈴なりの革ベルトが巻かれている。
「まあ、まだしばらくは俺も一緒に行くから心配いらないよ。それに」
アルベルトはそう言って後ろを振り返る。そこに、ミックがいつも一緒にいるあの少女がいた。
「今日はアリアも一緒だから。いいとこ見せないとな」
少女、アリアは身元保証の意味も兼ねて冒険者登録を済ませていた。だが依頼を受けたことはなく、当然認識票も白だ。
「が…がんばりましゅ…!」
精一杯の決意表明だが、恐怖からか緊張からか声が裏返っている。
「…ねえファーナ」
「絶対言ってくると思ったよ〜」
「悪いけど、頼めるかしら?」
「はいはい、分かってるって」
アリアの様子に不安を抑えきれないアヴリーがファーナを呼んで、彼女は呼ばれるのが分かっていたみたいにアルベルトの横にやってくる。
彼女はアルベルトと同じくソロで活動しているので、こういう時は身軽に動けるのだ。実力もあり容姿も端麗で多くのパーティから勧誘の手が途切れることがないが、何故か彼女は頑なにソロを貫き通している。
アルベルトあたりは独りが好きなんだろうと思っていて気にも留めていないが、アヴリーはパーティを組ませたがっている。パーティに所属した方が経験も実績も早く積めるしランクも上げやすいからだ。
そして、新人ふたりの引率なので今度はアルベルトもファーナの同行を断ったりしない。そもそも先日のピンチだってファーナが一緒だったら毒矢で追い詰められるところまで行かなかった可能性が高かったのだから、その同じ轍を踏むわけにもいかない。
それにラグ山の黒狼の噂はまだ消えていないし、セルペンスたちがいなくなったことでアヴリーに迫る危険ももはやない。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
そうして、即席の薬草採取パーティはラグ山へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしてもアルさん、すっごい所通るねえ」
ファーナが額の汗を拭いながらアルベルトに声をかける。かけながら左手はアリアの手を引いている。
「獣道だから通りづらいのは申し訳ないけどね、誰でも通れるようにしてしまったら貴重な薬草を盗まれちゃうからね」
「あー、まあ確かにね」
ファーナも道中で貴重なステラリアなどの群生地があることを聞いているので、言われて納得の表情になる。
「で、そのステラリアの群生地だよ」
藪を抜けたところに、先日、“蒼薔薇騎士団”を案内した群生地が目の前に広がっていた。
「おお〜、これは壮観」
ファーナが驚嘆の声を上げる。
アルベルトはファーナとアリアにまず一輪ずつ吸わせてやった。ミックはすでに経験済みだ。
「あっまーい!」
「美味しい…!」
こうやって驚く顔を見るのもアルベルトにとっては楽しみのひとつだ。
レギーナには『誰にも教えてない』とは言ったが、二ヶ所あるステラリアの群生地は、何人かには口止めした上で片方ずつだけ教えていたりする。アルベルトも時にはラグを留守にする事があり、今までもミックみたいに薬草採取を教えたこともあるのだ。
ついでに言えば、ステラリア群生地の場所を教えた相手には、わざと全て違うルートからの行き方を教えている。教えた人たちがもしも群生地を悪用しようとしたり結託しようとしても、行き道が分からなくなるように仕向けているのだ。だから当然、蒼薔薇騎士団に教えたルートとミックやファーナを案内したルートも異なっている。
採取の際の注意点を改めて教えながらミックに作業させ、彼はたどたどしいながらも無事に作業を終える。それからまた藪を抜けて次の群生地に行って、そちらでもまた注意点を言い聞かせながら作業させる。
せっかくついて来たのだからとアリアにも作業を手伝ってもらい、ファーナにはその間周囲の警戒を頼んでおく。
「まだちょっと遠いけど、これ多分黒狼だと思う」
「ん…ああ、多分そうだね」
[感知]が使える先輩冒険者ふたりが顔を見合わせて、それを見て新米冒険者ふたりが震え上がる。
「だだだ、大丈夫なんですよね!?」
「うん。気付かれる前に移動しようか」
アルベルトはそう言って、まだ採取途中だったが切り上げさせた。ラグ山に群生する薬草はどれも複数の群生地を持っているので、一ヶ所で無理に採取する必要もないのだ。
ただ、まだミックがその群生地の全てを把握していないので、引き上げるのも場合によりけりだ。特に頂上付近や山の裏手にはまだ連れて行っていないので、そのあたりもおいおい教えなければならない。
というか、その前に[感知]を教える方が先か。
[感知]という術式は無属性魔術の「補助魔術」のひとつである。魔術の術式は基本的に五色の魔力に分類されているが、中には未分類のものや色を問わない術式もあって、そういう術式を無属性魔術と総称する。
無属性魔術でもっともよく知られているのは「防御魔術」だろう。物理攻撃をはね返す物理防御、魔術攻撃を無効化する魔術防御、そのほか魔力や毒などによる様々な干渉に抵抗するための魔力抵抗の3種があって、全て究めたらほとんどダメージを負わなくなるという。ただしあくまでも魔力による魔術の術式なので解除されうるし、そもそも防御力を超える威力で攻撃されたら破られてしまうので過信は禁物だ。
そして「補助魔術」というのは主に未分類の術式をまとめてそう呼んでいて、なかなか便利な魔術が揃っている。[感知]はそのひとつで、他に知らない言語を読み書きするための[翻読]や、使い魔を使役する[召喚]などがある。
[感知]は周囲の魔力を目視に頼らず捜す術式だ。自分の霊力を周囲に延ばし網のように張り巡らせて、そこにある程度の大きさの魔力の塊が触れれば気付けるようにする。ある程度の大きさ、つまり獣や魔獣、人間などの魔力を感知しやすい。
この時、[感知]のための霊力の網をいかに細く薄くして広範囲に拡げられるかがカギになる。自分の霊力には限りがあるので、太いままでは範囲も広がらないし逆探知されやすくもなるからだ。
[感知]をかければ、瘴気をまとった魔獣や魔物ならばすぐそれと分かるので接敵する前に逃げられるし、獣や人間などであれば位置や動き、数などもおおよそ把握できるので避けたり待ち伏せしたりもできる。冒険するにはほぼ必須の能力と言ってよく、そればかりか熟練の猟師や漁師たちにも使う者がいる。高レベルの術者になると森の外から森全体を把握したり、ひとつの都市を丸ごと探知範囲に含めたりできるらしい。
アルベルトとファーナに先導される形で黒狼の群れから離れ、4人はまた次の群生地にやってきた。さっき途中で切り上げてしまったレフェクという薬草の、別の群生地だ。
レフェクは比較的ありふれた薬草でラグ山だけでなくあちこちに群生地が残っていて、需要も多いので毎日のように採取依頼がある。株ごと抜いてよく洗い、丸ごと煮詰めて取ったエキスは体力回復に効果があって、仕事を毎日遅くまで頑張るお父さんなどに人気だ。
ここで残りの株数を確保して、また次へ。
「アルさん毎日こんな地道な作業してたの〜?なんかちょっと尊敬するわソレ」
ファーナが感心したような声を上げる。
「尊敬されるほど大した事はしてないけどね。簡単だし、誰にでもできるし」
「誰にでもは無理だよ〜。少なくともアタシは無理。だって飽きちゃうもん」
なるほど、そう言われればファーナみたいな飽きやすいタイプには無理なのか。
それを18年もひたすら続けているアルベルトは、もしかすると彼女にとっては神様か聖者みたいに見えているのかも知れない。
「ミックはどうかな?やっぱり飽きそうかい?」
「えっと、まだ飽きるほどやってないから分かりません…」
なるほど、それもそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、その後も慎重に黒狼を避けながら2種ほど薬草を採取して、この日は早めに切り上げようということになった。
なったのだが。
「アルさん、ちょっとヤバいかも」
「うん?」
声をかけてきたファーナの顔色が曇っている。アルベルトが何かを察して[感知]をかけると、人間大の魔力がひとつ、結構な勢いでこちらに近付いてくるのが分かった。
「ちょっと、ここで待とうか」
アルベルトは何か覚悟を決めたような表情で全員に告げる。その顔が普段見せたこともないような決意と覚悟、それに諦めに満ちていて、ファーナは思わず息を呑んだ。
しばらく待っていると、藪をかき分けて現れたものがいる。
現れたのは、なんと防衛隊詰所の地下牢で処刑を待つばかりのはずのガンヅだ。それも全身傷だらけで、服にも髪にも魔術で攻撃された痕が生々しい。どう見ても力づくで牢を破って逃げ出してきた直後だ。
「テメエ…“薬草殺し”、テメエ…」
血走った目でうわ言のようにガンヅが口走る。その異様な姿にミックもアリアも怯え、ファーナでさえ気圧されている。
「本当に君も執念深いねガンヅ」
ため息を吐きながら、アルベルトが低い声で言った。
「そんなに俺と戦いたいんなら、最期に叶えてあげるよ」
そして、諦めたように腰の片手剣を鞘ごと外して、ガンヅの方に投げ渡した。
「ちょ、ちょっとアルさん!?」
「ファーナはミックたちを守ってて。
ミック、君のショートソードを借りるよ」
言うが早いか、アルベルトはミックの腰から片手剣を抜き取る。
「へえ、戦えんのかい臆病者が」
投げ渡された片手剣を拾って抜き放ちつつ、ガンヅが殺意に満ちた目を剥く。自分の勝ちを確信している目だ。
「君は俺のことを『目的も向上心もない腑抜け』だと言ってたけれど、じゃあ君自身はどうなんだい?」
今にも襲いかかって来そうなガンヅに、アルベルトが語りかける。
「あァ?」
「セルペンスみたいな冒険者の本分も忘れたような奴の後ろにくっついて、そのおこぼれにあずかるためにプライドなんて捨ててただろう?そんなんで人のことなんて言えるのかい?」
それまで言われたこともないような非難をはっきりと口にされたのが分かったのか、ガンヅのこめかみに青筋が走る。
セルペンスは冒険者として真っ当に稼ぐことをとうに辞め、他人を脅したり騙したりして金を巻き上げる犯罪者に成り果てていた。奴こそが本当の意味で「落第冒険者」だったのだ。そしてその手下に成り下がったガンヅも同じだと、アルベルトは言っているのだ。
「テメェ…」
「挙げ句の果てに自分のことを棚に上げ、つまらないプライドを拗らせて他人の生き方を変えさせようだなんて、いつから君はそんなに偉くなったのかな?」
「この…」
「だいたい君、自分より明らかに強い相手に立ち向かって死を覚悟した経験とかないだろ?」
「言わせておけば…!!」
「俺はね、あるんだよ」
アルベルトはそう言って、静かにミックの片手剣を構えた。
「だから言っちゃ何だけど、君みたいな雑魚には負けないよ」
「んだと!?今なんつったテメェ!?」
「君程度の雑魚なら“薬草を殺る”より簡単だと、そう言ったのさ」
聞いたこともない冷たい声音と、想像もしなかった強い口調。目の前にいるのは本当にアルベルトなのだろうか。
ファーナには目の前で起こっている光景が信じられない。ファーナに信じられないのだから、ミックやアリアには尚更だ。そして、ガンヅにも。
「ほら、どこからでも斬りかかっておいでよ」
ミックやアリアたちから少しずつ距離を取りながら、アルベルトが両手を広げてさらに挑発してみせた。
これも普段のアルベルトでは考えられない態度だった。
「っざけやがって!今すぐ後悔させてやらァ!」
怒りを爆発させ、そう吠えて突進したガンヅは⸺
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
つぎの瞬間、袈裟斬りに斬り落とされていた。
「な…!?」
不意に襲った、胸を切り裂く強烈な痛みに思考が追い付かない。憎い“薬草殺し”の姿はどこにも見えない。
たった今まで奴は目の前に立っていたはずなのに。目線など切らした覚えもないのに。
「相手の力量も見抜けないなんて、本当に冒険者としては三流だよ、君」
顔のすぐ横で声がして、振り向こうとしたら今度は心臓付近が熱くなる。
不意に喉が灼けるような感覚があって、せせり上がってきたものが口から溢れる。
血、だった。
どす黒く、濁った、熱い血。
ガンヅは未だに何が起こっているのか把握できない。
が、そこでようやく気付く。
自分の胸から剣の柄が生えている。それを握っている拳があった。
「な…、な…」
なんで、こんなものが。
こんなところに刺さっているのか。
「これで、終わりだよ」
その声とともに、心臓に激しい痛みを感じて、それで━━━
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目の前で起こったことを、一部始終見ていたのにファーナには理解ができなかった。
突進してきたガンヅに対して、一瞬で間合いを詰めたアルベルトが袈裟斬りに斬って落とし、さらに崩れ落ちるガンヅの身体を巧みに避けながらその心臓を一突きにしたのだ。しかもひと息に根本まで突き込んだ片手剣を間髪入れずに捻る。心臓を破壊し傷口を抉って致命傷に変える決定的な一撃だ。
いつもの穏やかなアルベルトからは想像も出来ない体捌きと剣技。それに非情なまでの冷徹さ。
あそこまで冷徹に人を殺めることが、今の自分に出来るだろうか。
それを考えると、背筋に冷たいものが走った。
「すまないね、大丈夫だったかい?」
何事もなかったかのように剣の血糊を布で拭き取って戻ってきたアルベルトは、もうすっかりいつもの彼だ。だから尚更、今見たものが信じられなくなる。
だがすぐそこに、すでにピクリとも動かなくなったガンヅが転がっていて、その身体の下には血の海が拡がり始めている。
「ありがとうミック。助かったよ」
アルベルトは片手剣をミックに差し出すが、あまりのことに動揺したミックは受け取れない。
「ごめんな、やっぱり怖がらせてしまったね」
苦笑しながら、アルベルトはミックの片手剣を地面に突き立てた。
「おっと、ようやく“お迎え”が来たみたいだね」
アルベルトが振り返り、つられて残りの3人もそちらを向く。しばらく待つと鎧の金属音が聞こえてきて、藪をかき分けて出てきたのは防衛隊を引き連れたザンディスだった。
「ほ、もう片付けておったか。さすがの手際じゃの」
立っているアルベルトと転がっているガンヅを見て、ガンヅの屍体を足で転がして仰向けにしつつ、さも当然といった風なザンディス。
ガンヅの屍体は防衛隊の面々が検分を始め、“通信鏡”でどこかに連絡しつつ指示を仰いでいる。
「え、ザンディスさん、何言って…?」
「見とったんじゃろ、ファーナ。アルベルトは本来このくらいは戦える男なんじゃよ。何しろ勇者パーティで魔王とも戦ったぐらいなんじゃからの」
「えっじゃあ、あの噂って本当に!?」
「無論じゃ、わしら古株なら全員知っとるわい」
「いやあ、蛇王と戦った時の恐怖と絶望に比べたら、ガンヅ程度なんて正直居ないも同然っていうかね…」
「ほっほ、言いよるわい。あの世でガンヅが泣いとるぞい」
唖然とするファーナ。
苦笑しつつサラリと暴言を吐くアルベルト。
当たり前のようにザンディスがウケている。
「ぼ、冒険者って怖い…」
「ホ、ホントだね…」
その後ろで、へたり込んだミックとアリアが手を取り合って涙目になって震えていた。
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ガンヅを殺すシーンですが、実は殺してしまうべきか、それとも撃退するに留めてきちんと裁きを受けさせるべきか迷っています。現代日本の常識に照らせば間違いなく後者なんですが、日本ではない異世界を表現するにあたって、日本の常識とは異なって然るべきだろうということで今のところは現状の結末を採用しています。
もしよろしければ、皆様のご意見、ご感想を頂戴したく思います。やはり主人公の殺しは良くない、というご意見が多ければ内容を改変することも考えています。詳しくは活動報告にて。