6-1.勇者は目覚めた
いよいよ六章開幕です!よろしくお願いします!
開幕記念(?)として、久々に本日は2話投稿します。通常更新の20時は第1話、21時に第2話をアップします。
少しずつ意識が浮上して、ゆるやかに瞼が開く。最初にその目に飛び込んできたのは、この半月ですっかり見慣れた北離宮の、主寝室の天蓋だった。
ああ、ちゃんと連れ帰ってくれたのね。やっぱり彼に身を任せて良かった。
そう認識した瞬間、自身の心臓が跳ねた気がして、レギーナは思わず胸を押さえた。
何日眠っていたのか分からないが、身体の感覚に違和感は特にない。手足にも身体にも目立った不調は感じられず意のままに動かせるし、空腹こそ感じるものの、五感に違和感もなければ記憶の欠落も特には感じられなかった。身体が少し重い気がするのは、おそらくずっと寝かされていて動かすのが久々だからだろう。
そうではなくて、この胸の高鳴りは——。
(そっか。私、彼のこと……)
心の裡に自然と浮かんだ想いに、自分でも驚いた。だが同時にしっくりと心に馴染んだ。
目を閉じれば自分を気遣う眼差しと、優しい声を思い出す。彼がどうやったのかは具体的には憶えていないが、とにかく死を覚悟した状況から救い出してくれて、動かない身体を優しくしっかり抱きとめてくれて、そして安心させてくれた。その温もりを、感覚のなかったはずの身体がはっきりと憶えている。
それに何より、彼は勇者のプライドを守ってくれた。命ばかりでなく取り落としそうになったドゥリンダナを、この手からこぼれ落ちそうになった魂までも、彼は救ってくれたのだ。
これまで男性に対して、頼もしいと思った事なら幾度もある。先代勇者ユーリ、先々代勇者ロイ、ロイの盟友ザラック、もちろん父や叔父や祖父もそうだ。
だが、頼りたいと思ったのは初めてだ。
彼ならばきっと、この先も私を支えて守ってくれるはず。誰に頼らずとも自分の力だけで道を切り拓いて行けると信じてこれまでやって来たが、今やすっかりと、彼に支えてほしいと願ってしまっている自分がいる。
この先は彼と歩んで行きたい。そうできたなら、どんなに幸せだろうか。
そのことに改めて理解が及んで、温かい気持ちになった。
生まれて初めて得る感情。だがそれが何なのか、誰に教えられずとも自然に理解できた。
小さなノックのあと寝室の扉が開いて、目を向けると入ってくるのは親友の姿。彼女の無事を確認できてホッとするとともに、彼女のこともまた守り抜いてくれたのだと胸が熱くなった。
だが同時に、自分の力で彼女を守れたわけではなかった事にも思い至った。至ってしまった。
「ミカ……エラ」
「……姫ちゃん!?」
久々に声を出したせいか、掠れて上手く発声できなかった。それでも親友は気付いて駆け寄ってきてくれた。
彼女はまずカップに水を注いでくれて、身体を抱き起こして飲ませてくれる。それから全身を診てくれて、その後で皆を呼びに行って連れてきてくれた。頼もしい仲間たちが、献身的に仕えてくれる離宮の使用人たちが、意識を取り戻したことを涙を流して喜んでくれた。
彼女が連れてきてくれた中には、もちろん彼の姿もある。気遣わしそうに見つめてくるその優しい瞳に改めて想いを確信するとともに、打ち消し難い現実もまた残酷に突き付けられたような気がして、レギーナは上手く微笑うことが出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勇者レギーナが昏睡から目覚めたのは、王都アスパード・ダナに帰還して10日も経ってからのことだった。
ミカエラの[請願]によって見た目だけは全身元通りになっているとはいえ、あまり帰路を急ぎすぎると道中での振動などが弱りきった彼女の身体に負担となる恐れもあった。それとは裏腹に一刻も早く王都の神教神殿に収容して、ミカエラだけではなく他の高位神徒たちの力も借りて彼女の容態を安定させる必要もあったため、アプローズ号はロスタムほか僅かな護衛だけを引き連れて、ラフシャーンの部隊を置いて2日でレイテヘランから王都まで戻ってきた。
その後神殿に直行してレギーナを収容し、詳細に診断した上で幾度も[治癒]や[回復]を施し、さらに[請願]を請うて、霊力も安定してようやく命の危機を脱したのが王都に帰還して丸3日経ってから。東方での布教拠点でもある王都の神殿には神殿長の大司徒を始めとして侍祭司徒や高司徒たちが揃っており、ミカエラだけでは請えない[請願]も下ろしてもらえた。その上で、打てる手はすべて尽くしたとしてレギーナの身柄を北離宮に移したのが王都帰還後4日目のこと。
つまり彼女は、アルベルトに救出された直後に意識を失ってから実に12日、北離宮に戻ってからだけでも6日間も、全く目覚める気配もなかったのである。
その彼女が、ようやく目覚めたのだ。
直ちに神殿から高位の神徒たちが北離宮に召喚され、勇者の状態確認が行われた。詳細な診断の結果、健康状態及び肉体機能に関して問題なしと判断され、以後はパーティメンバーでもある侍祭司徒ミカエラに経過観察が任されることになった。
昏睡状態の間、当然ながらレギーナは一切飲まず食わずであった。長期間の昏睡状態にある療養者のために経口によらない栄養摂取を可能とする魔術もあり、当然それは彼女にも施されていたから栄養状態に問題はなかった。だがそれでも、目覚めてすぐに一般的な日常生活には戻れない。
弱っている内臓機能の回復のためにまずは流動食から始めねばならず、彼女は引き続き療養生活を送る事になる。その後は回復具合を見つつ、やはり衰えの見られる筋肉を動かして機能回復訓練にも取り組まねばならないのだ。
何とか一命を取り留めたとはいえ、彼女が元の状態まで回復するには相応の時間を必要とする。最悪の場合、完全に回復し切らずに勇者として復活できない恐れもあるため、引き続き予断を許さない状態が続く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫ちゃん、気分はどげん?」
レギーナが目覚めた翌日のこと。ミカエラが彼女の寝室に様子を見にやって来た。
[請願]によって身体的な損傷だけは体内も体外も完全に癒えているレギーナは、それでもベッドに上体を起こせるところまでしか回復していない。食事はまだ流動食で、ベッドを降りて自力で歩くこともままならず、面会も蒼薔薇騎士団とアルベルト以外には回数も会わせる者も最低限に抑えられている。
そんな状態なので、レギーナの看病は蒼薔薇騎士団の面々が持ち回りで担当していた。もちろん、下の世話や雑用を含めた介助の大半は北離宮付きの侍女たちが担当してくれているが、ミカエラたちが自ら世話したがるのもあって、食事の補助など一部は侍女たちの手を借りずに彼女たちが率先して担当している。
そしてこの時も、ミカエラは侍女たちを下がらせた。レギーナが戻って来て以来ほとんど付きっきりで世話している侍女アルターフが心配そうな顔をして退出したあと、ベッドの脇の椅子に腰を下ろして、ミカエラは親友の手を握る。
「……まあまあ、ね」
まあまあと言うわりに、レギーナの顔は憂いに沈んでいる。療養生活に不便や不満はないものの、療養の身であること自体に忸怩たるものがあるのだろう。
「まあ焦ったっちゃしゃあないけんが。少しずつ戻していかんとね」
「…………分かってる、けど」
それでも不満そうなレギーナである。
「今、この部屋にはウチしかおらんけん」
「うん」
「今だけは、戻ってよかとよ、レナ」
「…………うん」
ミカエラはレギーナを愛称で呼んだ。
それはつまり、今だけはレギーナでなくとも構わない、ということ。
女王ではなく、勇者でもなく、ひとりの女の子として親友に本音を吐き出せばいい。彼女はそう言っているのだ。
「…………あのね」
「うん」
「怖かった、の」
「うん」
「途中から、絶対勝てないって、思って」
「うん」
「それでも私、頑張って。だって頑張らないと、ミカエラたちが死んじゃう、から」
「うん」
「自分が死ぬのより、あなたやみんなを守れないって思ったら、怖くって」
次第に震えてくる声で、それでもレナは言葉を続ける。
「でも、ダメだったの」
「そうやね」
「一生懸命、頑張った、のに」
「偉かったよ」
「私、みんなを守れなくて。結局、助けられて」
「レナ」
「ごめんなさい、私、全然ダメだった……!」
「それは違うばい」
「……えっ」
「ごめんやないやろ。そこはありがとうやない?」
ミアの親友を見つめる瞳は、どこまでも優しい。
「ミア……」
「守れんかったっていうならそれはウチらも同じやん?ウチらだってレナを守れんかったんやけん。⸺ウチらみんなで頑張って、でもダメで、諦めたくないけんみんなで逃げたとよ。やけんレナだけがダメやったんやないと。ウチらみんながダメやったとよ」
「ミア……!」
「ウチらのために、身体張ってくれてありがとう、レナ。レナが頑張ったけん、みんなで帰って来れたとよ。やからレナが言わないかんとは『連れ帰ってくれてありがとう』で、ウチらはレナに『頑張ってくれてありがとう』って言わないかんと」
「…………そっか」
「そうばい」
「ありがとう、ミア」
「こっちこそありがとうね、レナ」
レナの顔はすっかり穏やかになっていて、涙こそ目尻に浮かんでいるものの笑顔が戻っている。そんな彼女の笑顔を見られたのが嬉しくて、ミアは立ち上がって胸の中に彼女を抱きしめた。
レナのほうでもミアを抱きしめ返してきて、ふたりはしばらくそのまま、互いに無言で抱き合っていた。
「……私、敗けちゃった、のよね」
ややあってレギーナが、ポツリとこぼした。
「うん?——うん、そうやね」
「そっか…………」
レギーナの言葉は続かない。
ミカエラは無理に促そうとはせずに、親友の頭を撫でて、背中を優しくさすってやる。
「う……」
耐えきれずに、ミカエラの胸の中でレギーナが呻く。それはそのまま震える嗚咽となって。
「うあ……ううああ……」
震える親友の肩をミカエラは優しく包み込み、安心させてやるようにその背をそっと叩く。二度、三度と。
「わあああああああああ」
とうとう、レギーナは声を上げて泣き出した。
「悔しかったねえ」
青加護の愛は、大海原のように広く、深い。
「痛いのも怖いのも我慢して、よう頑張ったねえ」
「あああ……っく、うあああああ」
「勝ちたかったねえ」
「っく、勝ちた、かった……のに……っ!」
「次は絶対、勝とうな」
「うん……うん…………っ!」
「みんなで、勝とうな」
「わああああああ!」
泣きじゃくる親友を、彼女はいつまでも抱きしめていた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
六章と七章は話が連続していて、ちょっとどこで切るかまだ決めきれてないとこありますが、まあ何とかなるでしょう!(笑)
本日21時に第2話をアップしますので、そちらもお忘れなきようお願いします。
【博多弁講座】(24/11/09)
※誤字報告が来てしまったので追記します(笑)。
・言わないかん
意訳してます。普通に訳すなら「言わな+いかん」です。ただ語尾に「と」が付くとニュアンス変化するので、ネイティブでないと多分細かいニュアンスをきちんと把握するのは難しいかも。
というのも、主に語尾の「と」の意味が変化するのです。
本文中の最初の「言わないかんと」は、その後ろの「は」まで含めて「言わないといけないことは」が本来の訳。だから「言うべきなの(は)」なわけです。
後ろの「言わないかんと」は「言わないといけない+完了形語尾」で、「言わなくてはいけないんだ」が正解。女性のミカエラの話し言葉ということで柔らかく訳してます。
恐ろしいことに博多弁では全く同じ意味の言い回しが山ほどあります(爆)。「言わなならん(言わんならん)」「言わなつまらん」「言わんといかん」などなど。多分地域性とか年代別とかの差異だと思うんですけどね(^_^;
(一口に博多弁と言っても博多弁、糸島弁、宗像弁、糟屋弁、筑紫弁など細かく別れます。そして「福岡弁」はまた別っていう)




