5-29.信じがたい幕切れ【R15】
【注意】
久々のR15回です。
少々どぎつい暴力描写及び瀕死の描写(何層ものオブラートに包んだ表現)があります。作者としては一番読んで欲しい回ですが、想像力の豊かすぎる方、および暴力描写の苦手な方は無理なさらずにご自衛下さい。
もしこの回をお読みになれなくても、次回の前書きに簡単にあらすじを付記しますので、そちらをお読み頂ければ話の筋を追えるように致します。
【この回の概要】
・エピソードタイトル
信じがたい幕切れ
・ざっくりしすぎる内容説明
受けたダメージから勇者が一気にピンチになる。
蛇王の振るった右腕の、右手人差し指から放たれた黒い光線。
それはレギーナの眼前に展開した[魔術防御]をあっさりと打ち砕き、彼女の右脇腹を貫いた。
「ぐうっ……!」
初めての受傷にレギーナの顔が歪む。だが彼女とて防御を破られることも、傷を負うことも想定のうちである。現在の彼女よりも実力的に格上の魔王に対して無傷で勝てるなどと考えるのは、思い上がりも甚だしいというものだろう。
だから彼女は痛みに耐えて、受けた傷の分をやり返そうと一歩を踏み出そうとする。
「っく、うあ!」
だが彼女はその一歩が踏み出せなかった。経験したことのない激痛が全身を貫き、膝から崩れ落ちそうになって、とっさにドゥリンダナを地に突き立てて身体を支えるのが精一杯だ。
「あ、ぐ、っあああああ!」
尋常でない痛みに、思わず叫び声が漏れる。左手で傷を押さえようとして、だが傷口に触れただけで激痛に顔が歪み、呻きが漏れる。そんなに重傷なのかと見ればその傷から吹き出すのは、ぶじゅぶじゅと不気味に泡立つ、見るも悍ましい真っ黒な血。
鎧の下に身につけている白い騎士服はどす黒く染まりボロボロに溶けていて、傷に触れた左手の掌にも同じ血がべっとりと付着して泡立っている。
「なに……これ……」
「姫ちゃん、上!」
呆然と呟いたレギーナの耳にミカエラの声が届いて、反射的に身を投げ出して大地を転がる。次の瞬間、たった今立っていた場所に蛇王の剛腕が突き刺さった。
「くうっ……!」
『なかなかしぶといではないか勇者よ』
辛うじて躱せたものの、立ち上がることができない。痛みの中心や目視での印象を考えても、傷は脇腹を少し抉っただけで内臓や骨にはダメージはないはず。だが胃も肺も脊髄も、どころか全身の筋肉も骨も心臓までもが燃えるように熱く痛く苦しい。明らかにこれはただのダメージではない。
「[炎龍]⸺」
『ぬう!』
「[治癒]!」
立ち上がれないレギーナを蛇王が大股に追い詰めようとして、そこにクレアの放った“炎の龍”が襲いかかる。蛇王は素早く飛び退いて躱し、その隙にレギーナに駆け寄ったミカエラが素早く治癒を発動させる。
だがこの世界の魔術は万能ではなく、戦闘中に充分な治療をする時間的余裕などあるはずが無い。そもそも[治癒]とは、本来は安全な環境で清浄な空間と施術時間を確保した上で、[解析]などで受傷部位をきちんと特定してからかけなければ万全の効果など見込めない。
よって、ミカエラほど腕の立つ術者であってもこの瞬間だけでは止血がせいぜいである。
「姫ちゃん、大丈夫な!?」
ミカエラの問いかけにも、レギーナは脂汗の浮いた蒼白な顔で歯を食いしばり、返事もできない。
「[破邪]!」
「いぎ……っ!」
そのレギーナの後ろからアルベルトの声がしたかと思えば、彼女の顔がさらに苦痛に歪む。だがその顔で彼女はカハッと息を吐き、すぐにゼイゼイと喘ぎを漏らした。
「息、できるかい?」
「ええ……何とか。助かったわ」
アルベルトはレギーナの左手にも[破邪]をかける。するとどす黒い血は普通の真っ赤な血に変わった。
「[豪火球]⸺!」
『フン、効かぬわ!』
「ミカエラさん!治癒を続けて!」
「あっうん、分かった!」
「[浄炎乱舞]⸺!」
『ええい、鬱陶しいわ小娘!』
ミカエラとアルベルトがレギーナに駆け寄ったのを援護するように、クレアがすかさず蛇王に魔術を乱発する。そのおかげでわずかなりとも治癒の時間が稼げて、レギーナはようやく立ち上がることができた。
「レギーナさんが今食らったのは瘴気なんだ。だから先に瘴気を祓わないと、傷口から全身が汚染されてしまうんだ」
「ばってん、瘴気の攻撃やら今までにも」
「相手は蛇王。神代の魔王だよ」
「⸺!!」
「そっか、一撃が命取り……」
レギーナもミカエラも思わずゴクリと唾を飲み込んだ。改めて、蛇王の強大さや恐ろしさを身を持って思い知った気分である。
『死ねい、勇者よ!』
そこへクレアの弾幕を掻い潜って蛇王が剛腕を振るい、3人はバラバラに散開して逃れた。
「姫ちゃん!」
「大丈夫!何とか貰わないようにするわ!」
「気をつけて!」
蛇王は執拗にレギーナだけを追い回す。ミカエラやクレア、ましてやアルベルトなど眼中になさそうである。
「ウチも⸺」
「ダメだミカエラさん!」
腰の鎚矛を手に駆け出そうとするミカエラを、アルベルトが立ち塞がって引き止めた。
「なしな!?姫ちゃんひとり矢面に立たそうっちゅうとね!?」
「前線に出ちゃダメだ!君が傷を負ったら今度こそ撤退するしかなくなる!」
「それは……」
パーティの前衛がレギーナしかいないのと同様、パーティの回復役もミカエラしかいない。普段なら直接戦闘もこなせる彼女がレギーナと並んで前衛に回ることもある蒼薔薇騎士団だが、こと蛇王戦においてそれはパーティの命運を左右しかねない。
つまりアンキューラの地下ダンジョンと同じく、ここでも蒼薔薇騎士団の強敵相手の弱点が露呈した事になる。
というか、蛇王の放つ濃密で禍々しい瘴気のダメージを祓うために白加護の加護魔術である[破邪]を必要とした時点で、すでに蒼薔薇騎士団の対蛇王戦略は半分崩壊したも同然である。もしもこの場にアルベルトがいなければ、レギーナが傷を負った時点で撤退するしかなくなっていた。
「もうこの先は撤退も視野に入れなくちゃダメだ。そのためにも君が前に出ちゃダメなんだよ」
「そやけど!」
「君たちの防御魔術なら蛇王の瘴気も防げると思ってたんだけど、レギーナさんの防御が破られた以上は君だって危ないんだよ!……俺の見立てが甘かったんだ。申し訳ない」
「……おいちゃんのせいやない。戦ってみらな分からんやった事やけんね」
ミカエラがアルベルトの説得に渋々折れたその向こうでは、レギーナが創痍の身を押して蛇王や魔物たちとの戦いに復帰していた。だが瘴気を祓い止血したとはいえ、傷口の痛みが彼女の動きを鈍らせる。
「⸺くうっ!」
『先ほどまでの威勢はどうした勇者よ!』
「[浄炎弾]⸺」
『⸺ええい、目障りな!』
「っく、[豪風刃]!」
『ぬおお!』
動きにそれまでの精彩を欠くレギーナを蛇王が追い詰めようとして、クレアの放つ魔術に足留めされる。レギーナも剣技だけでなく魔術も駆使して、必死に蛇王に食い下がる。
レギーナが傷を負おうとも基本戦略は変わらないのだ。彼女の体力が尽きるまでに蛇王の瘴気を枯渇させられさえすれば、撤退の必要もないのだから。幸いにも浄散霧が発動中なので、動きに精彩を欠くのは蛇王とて同じこと。そういう意味でも諦めるのはまだ早い。
そして後方では、ヴィオレが[靭歌]から[恢歌]に歌を切り替えている。これにより身体強化の効果は失われたが、その代わりにレギーナの自然治癒力が促進強化され、ミカエラの[治癒]が届かなくとも少しずつ傷が癒えてゆくはずだ。
『⸺ふむ、そろそろか』
不意に、蛇王が動きを止めた。突然のことに、咄嗟にレギーナも追撃できずに距離を取り、警戒を高めるしかない。
一瞬、そう一瞬だけ蛇王と勇者が睨み合う。そして次の瞬間。
背を伸ばして直立した蛇王が両掌を広げ、頭上高く掲げた。
瘴気の魔物たちが一瞬にして全て消え、蛇王の全身が瘴気の黒い炎に包まれた。
『ぬはははは!来た、来たぞ!』
「なっ⸺!?」
『さあ余興はここまでである!勇者よ、うぬも我が瘴気の足しにしてくれるわ!』
そう吼えた次の瞬間、蛇王はレギーナの目の前まで迫っていた。彼女の胴体よりも太いその脚が、躱す間もなく彼女の腹部に叩き込まれた。
「ぉご、あ……!」
無造作に蹴り飛ばされた勇者の身体が吹っ飛び、地に叩きつけられ、二度三度とバウンドし、無様に転がる。
「くぅ……っ!」
それでも即座に身を起こしたレギーナの顔面に、今度は巨岩のごとき拳が真正面から振り抜かれた。
「が……は……!」
蒼いポニーテールを振り乱し、放物線を描いて宙を高く舞った細身の身体が、受け身も取れずに大地に墜落する。
「姫ちゃん!」
「ひめ!」
「レギーナさん!」
ミカエラ、クレア、アルベルトが反応できたのはようやくその時点になってからである。それほどまでに一瞬の出来事であり、何が起こったのかレギーナを含めて誰ひとりはっきりと自覚できぬほど。
『ぬははは!漲るではないか!』
二度もまともに痛撃を浴びたレギーナが、それでもなおヨロヨロと立ち上がる。それをのんびり眺めながら待つほどの余裕を見せる蛇王には、ここまで彼女たちが必死に蓄積させたダメージなど欠片も見当たらない。
「なん……なんが起こっとうと……?」
蛇王のスピードもパワーも、それまでとは比較にならなかった。なお立ち込める浄散霧の影響すら、今は微塵も感じられない。
呆然と呟くミカエラは、立っているのがやっとのレギーナに駆け寄りその盾になることさえできなかった。勇者が一瞬にしてボロボロにされたあの拳を、自分が受けて防ぎきれるとは到底思えなかった。
「もう無理だ、撤退しよう!」
「けど!」
アルベルトに言われるまでもない。だがすでに立っているのがやっとのレギーナが、まだ無傷の自分たちが、彼女の“開放”状態をも明らかに上回る蛇王のあのスピードから逃れられるとは思えない。
とはいえ、このままレギーナがなぶり殺しにされてしまえば、どのみち待つのは全滅の運命のみである。何か手を考えなければならないが⸺
だが、蛇王はそこまで悠長に待ってなどくれなかった。
「ま……まだ……」
『もう終わりだ、勇者よ!』
ボロボロになりながらも、それでもなおドゥリンダナを構えようとするレギーナに向かって、獰猛な嗤みを浮かべた蛇王が猛然と襲いかかった。
『死ねい!』
蛇王が突き出した左腕、貫手ではなく指を開いた左拳の、その五本の指の先端それぞれが黒く光ったのが見えた。
そうして放たれた黒い光線が、ほとんど棒立ちのレギーナの左肩、右胸、右上腕、右腰、左腿にそれぞれ突き刺さり貫いた。
張り直していたはずの[魔術防御]は、またしてもあっさりと砕けた。
「っぎゃあああああ!!」
勇者にあるまじき悲鳴を上げて、レギーナが壁際まで弾け飛ぶ。彼女の全身が壁面に激突し、その衝撃で壁面には蜘蛛の巣状に亀裂が走り、そして轟音と衝撃とともにレギーナもろとも崩落した。
「⸺ひっ」
息を呑むしかないミカエラの目の前で、崩落して砂煙を巻き上げる瓦礫に一瞬で到達した蛇王が、残虐な嗤みを浮かべながら巨岩のような拳を瓦礫に振り下ろした。
『ぬははははははは!!』
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
二度三度、ではない。文字通りの滅多打ち。一抱えも二抱えもある巨大な瓦礫の山が、蛇王の猛烈な連撃によってあっという間に粉々に砕かれてゆく。その下に巻き込まれた勇者もろとも。
「うそ……うそやん……」
あまりに急転直下の事態に、誰も動くことができなかった。そして今さらどう動こうとも、もはや勇者の生存は絶望的としか思えない。
蛇王がようやく、拳を打ち下ろすのをやめた。そして粉々に砕けた瓦礫の中に、無造作に手を突っ込んだ。
そうして掴み出されたのは、見るも無残に変わり果てた勇者の身体。
白銀に輝いていた真銀の鎧は粉々に砕け、もはや原形を留めていなかった。[身体強化]や[物理障壁]を始めとして様々な魔術の術式を付与されていた特注品の鎧だったが、どう見ても完全に機能停止している。
彼女の全身はすでにどす黒い血にまみれ、ピクリとも動かない。その左腕などは打ち下ろされる拳から必死に頭部を庇ったのかすでに腕の形をしておらず、愛用の騎士服も革ズボンもズタズタで、その下の肌が見えるはずの部分にはおぞましく泡立つ赤黒い血しか見えなかった。
そんなレギーナの変わり果てた姿を、まだ比較的損傷の少ないその頭部を左拳で無造作に掴んで高く持ち上げ、ミカエラたちに敢えて見せつけた上で、勝ち誇ったように蛇王は残忍な嗤みを浮かべた。
『終わってみれば、なんとも呆気なかったのう』
勇者の無残な敗北。
その信じがたい、だが覆しようのない現実をまざまざと見せつけられて呆然と立ちすくんだまま、その場の誰ひとり、うめき声すら上げられなかった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は5月12日です。
次章をすでに10話ぐらい書いているので、当分は毎週日曜更新で確定します。
【後記】
この物語を構想した時、真っ先に思い浮かんだのが、蛇王がボロボロのレギーナの頭を掴んで高く持ち上げ勝ち誇る、今回のシーンでした。
このシーンを書きたいがために、強くて勝ち気で美しい姫騎士勇者レギーナを造形したようなものです(爆)。
最初の構想を立ち上げたのが2019年。そこから実に5年を経て、ようやくこのシーンまで辿り着きました。
強くて美しい女勇者が無残に敗北してズタボロにされて、仲間たちに見せつけられるのって唆るよね!
…………あれ?作者はヒロピンはともかくリョナの素養はないと自覚してたんだけどな?
えっ無自覚だった?それヤバくない?(爆)
まあ今回レギーナが敗れるのは皆さんもお気付きだったかとは思いますが(爆)、このピンチを乗り越えなければ物語は次には進めません。ってことで五章はもう少しだけ続きます。
果たして彼女は生きてるのか、ここからどうやって巻き返す、あるいは撤退するのか。なんか伏線あった気がするけどどうなのか。
諸々含めて今後の展開を、楽しみにお待ちください!




