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5-26.最後の試練(2)

 濃密で膨大な魔力(マナ)の渦からスルトが無造作に掴み出したものを見て、レギーナの瞳が驚愕に揺れる。


「そ……それは!?」


 それは一見すると剣の(つか)であった。両手剣のもののようで握りが長く、シンプルに左右に伸びた(ガード)を備えていて。


 だが、剣身が無かった(・・・・・・・)


 なぜ柄だけなのかは、すぐに知れた。

 スルトが手を突っ込んだ魔力の渦がそのまま凝集して炎と化し、柄に纏わりついたからだ。そしてその炎は、見る間に鮮やかな緋色の剣身へと変じた。


「まさか……“業剣”レーヴァテイン!?」

「ウソやろ!?」

「そんな…!」


「ほう、初見でよく分かったのう」


 スルトが肯定したことで、それは事実と確定した。



 “業剣”レーヴァテイン。

 世に十振りしかないとされる宝剣のうちのひと振りで、人類史上で未だ発見に至らない三振りのうちの一本である。“光剣”クラウソラス、“壊剣”フラガラッハとともにその所在は知られておらず、だが実物を誰も見ていないのになぜかある程度の詳細が世に伝わっている。それが何故なのか、もちろん誰にも分からない。

 このうち“業剣”だけはかなり詳細な情報が世に知られていて、西方世界最北部のフェノスカンディア宗主国に伝わる古い伝承によれば、「世界を灼き尽くす災いをもたらす灼熱の剣」であるという。

 持ち主については「黒き巨人」とも「炎の女神」とも言われているものの、それらが伝承上のどの神を指すのかは諸説あり判然としない。だがこの世界における神は実在するものであるため、もしも特定できれば業剣の存在も明らかになるとされていた。



「なんで貴女が、それを持っているのよ!?」


 まあ「炎の女神」と言われれば、スルトはそう呼ぶに相応しい外見をしているが。


「なんでと言われてものう。(わらわ)が作った妾の剣じゃし?まだ誰にも与えとらんからのう」


 しれっと(うそぶ)くスルトである。


 ここまでの僅かな戦闘だけで、すでにスルトは勇者であるレギーナすら歯牙にもかけないほどの圧倒的な実力を見せつけている。それは人の身である勇者と、神をも超える“超神者シュプリームオーヴァー”たる真竜の力の差を考えれば当然のことではあったが、それでもレギーナはまだ勝負になると踏んでいた。

 だって神々が現世に顕現する際は、その力を大きく制限されるのが常である。十分の一か百分の一か分からないが、本来の実力とはかけ離れた幻身としてしか、神は実体化できない。

 だとすればそれは、真竜であろうとも同様のはずである。神々が地上を離れて“どこにもない楽園(イェルゲイル)”に移ったことで、地上は人の世になったのだ。今さら現世には関わらぬと、関わるとしても限定的な干渉に留めると決めたのは神々の方なのだ。


 だから、まだ勝負になると踏んでいた。

 どうせならその限定的な権能を、命をかけてでも引きずり出してやろうと、そう考えていた。上手くすればそれで“慧眼(えげん)”が開くかも知れないとさえ、レギーナは目論んでいたのだ。

 だが目の前で宝剣(レーヴァテイン)を出され、しかもそれを自ら作ったのだと言われてしまった。神に等しき存在に抗う根拠など、宝剣(ドゥリンダナ)だけだったというのに。


 レギーナが構えを解いて、ドゥリンダナの切っ先を下ろした。

 そのまま彼女は柄から手を離し、ドゥリンダナを足元に放ってしまう。


 ふぁさり、と迅剣が、ひなげし(シャガイェグ)の紅い海に沈む。


「……降伏するわ。私の敗けよ」


「えっ、姫ちゃん!?」


「…………ほう?」


 悔しそうに顔を歪めるレギーナ。その彼女の口から出た敗北宣言にまずミカエラが驚いて、次いでスルトが意外そうに勇者を見た。


「いやに潔いのう」

「当たり前でしょう?ただでさえ人の身で抗うことさえ難しい真竜(あなた)を相手にしているのに、宝剣まで持ち出されたら勝ち目なんてあるはずがないわ」


 互いに宝剣を持つのであれば、レギーナの唯一の拠り所であるドゥリンダナはアドバンテージにはなり得ない。それどころかスルトは五眼(ごげん)全て開いていると言ったのだ。それはすなわち、レギーナがまだ成し得ていない“覚醒”さえも可能だということに他ならない。

 つまりスルトが“覚醒”してしまえば、それだけで勝負が決まってしまう。スルトが言う通り、レギーナはまだまだ未熟者だったのだ。


「いや……そらぁそうかもやけど」

「でも、ひめの言うとおりだよ」


 勝ち気で負けず嫌いで、本気の真剣勝負では今まで絶対に退こうとしなかったレギーナがあまりにもあっさりと降伏したことに、ミカエラは動揺を隠せない。確かに彼女の言う通りだと理解はするものの、それまでどんなピンチでも覆し切り抜けてきた親友を見てきた彼女には、現実が俄には受け入れられない。

 一方その隣に歩み寄ってきたクレアの方は、早くも現実を受け止めつつある。


「レギーナが敗けを認めたというのなら、それは蒼薔薇騎士団(わたしたち)の敗けということね」


 そしてヴィオレまでも認めてしまった。

 もうこうなると、ミカエラも認めるしかない。


「……ごめん、ミカエラ」

「ううん、姫ちゃんが謝ることやない。ウチら全員が実力不足やったってことやけん」


「あー、勘違いしとるとこ悪いがの」


 悄然とする勇者とその親友が互いを慰め合う中、気まずそうに声を上げたのはもちろんスルトである。


「妾、まだ一言も『不合格』とか言っとらんのじゃがな?」


「…………なによ、私敗けを認めたんだけど?」

「じゃーから、妾は『勝ってみせろ』などとは一言も言っておらんじゃろうが」


 そう言われれば、確かにそうだ。スルトが言ったのは『想定外の一手を見せろ』であって、『自分に勝て』では無かった。


「え……じゃあ、もしかして?」

「もしかせんでも合格じゃ、ごーかく」


「…………何をどうしたらそういう判断になるわけ?」


 本気で分からないといった様子で、レギーナが首を傾げる。ミカエラもクレアも右に倣え状態だ。


「充分に想定外であったわ。お主絶対にブチ切れとったし、死ぬ気で特攻かましてくると思っとったのに」


 要するに、スルトはわざとレギーナを挑発したのだ。未熟者だの勇者の質が悪くなっただのと貶して彼女を怒らせて、敢えて冷静さを欠かせるように誘導していたのである。


「怒りに我を忘れかけた状態でも彼我の戦力差を見極め、瞬時に冷静さを取り戻して決断し実行に移せるその判断力。敗北を認めるという勇者が(・・・)受け入れ(・・・・)がたい(・・・)現実(・・)もあっさりと飲み込むその胆力。なかなか見事であったわ」


 褒められているのか貶されているのかよく分からないが、おそらく多分褒められている。


「自分が弱い(・・)と認めることが人には一番難しいものよ。頂点に近い実力を持つ者ほどその判断を下せなくなるというのに、いともアッサリと認めるとか想定外もいいとこじゃろ」


 信じられない、と言うように肩を竦めるスルト。

 うん、やっぱこれ、実は貶されているのじゃなかろうか。


「それでいてお主、実は微塵も諦めとらんじゃろ」


「な……何がよ」

「妾に認めさせて蛇王を討伐することじゃよ。なんなら妾との戦いで“慧眼”を開けんかぐらい目論んどったじゃろ」


 なんとビックリ、バレていた。


「どのような状況下でも正しく判断を下せる冷静さと、貪欲に成果を求める強かさ。それに加えてお主、仲間を守り切ることも念頭に置いとったじゃろ。⸺まあ正直言えば実力的にはやや不安もあるが、そんなお主であれば少なくとも蛇王(アレ)と戦っても死にはせんじゃろ」

「失礼ね、敗ける前提で話をしないでくれる!?」

『わースルトがナチュラルに失礼こいてますー』

「そこで唐突に口挟むでないわ馬鹿ミスラ!」


 ついツッコんでしまうのはスルトの悪い癖かも知れない。まあこのミスラに対しては、誰でもツッコみそうな気もしないでもないが。


「まあ、とにかくじゃ。胸張って務めを果たしてくるとよい」


 コホン、とわざとらしく咳払いして取り繕ったスルトが、レギーナに向かって右手を差し伸べてきた。それを見て瞬時に覚悟を決めた彼女は、しっかりとその手を握り返した。


「ありがとうスルト。必ず役目を果たしてくるわ」

「まあそう気負うでない。死にさえしなければ何度でも挑めるのじゃからの」

「だから敗ける前提で話をしないで!」


「なんじゃ、せっかく真竜(ひと)が気を軽くしてやろうとしとるのに」


 いやいやスルトさん、それはいわゆるフラグってやつでは?


「いやそこはちゃんと声に出せ馬鹿ミスラぁ!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 スルトはその後いくつか確認事項を告げると、顕現を解いて虚空に消えていった。それとともにひなげしの海も消え去り、無味乾燥な登山道の荒野が再び現れた。

 スルトはもしもレギーナたちが全滅するような事態になっても一切手出しはしないと、全滅しないまでも怪我の治療や移動の手助けなども一切しないと告げた。ただ、もし全滅したら下界の人間たちへ報せを送ってくれるとのこと。

 そのほか、蛇王はあくまでも魔王でありまだ真竜ではないこと、ゆえに人間の勇者であっても対抗できること、蛇王の瘴気の大半を消費させ弱体化させれば封印の効力が強まるため、あとはすでにある封印を補強するだけで済むとも教えてくれた。



 気を取り直してレギーナたちは再びアプローズ号に乗り込み出発した。封印の洞窟はもう目の前、程なく見えてくると言ったスルトの言葉を信じて進めば、やがて登山道を遮るような高い高い断崖が見えてきた。


「あれだよ」


 スズを停止させたアルベルトが指差す方向を見上げれば、その断崖の頂上付近に突き出た岩場に、ぽっかりと開く洞窟が見えた。登山道そのものは断崖の手前で右手に折れて更に先まで伸びているが、その先は一気に細くなり、人が歩くのがやっとの荒れ道が何とか判別できるに過ぎない。

 というかここまでは、おそらくラフシャーン麾下の兵士たちが拡張整備してくれたのだろう。


「この山は昔は聖山として崇められていて、拝炎教の神官たちの修行の地でもあったそうだよ。今はもう誰も寄り付かないらしいけど、山頂には神を祀った祠も残っているって話だよ」

「それで道が続いているってわけね」

「そう。で、あの封印の洞窟までは⸺」


「あげな高いとこ、[浮遊]か[跳躍]ば使わな入られんめえ(でしょう)ね」


 停止したことで、車内と御者台を繋ぐ連絡通路のドアを開けてミカエラが出てきた。

 彼女が言うとおり、封印の洞窟へはアプローズ号を断崖の下に残して、必要な荷物だけ持って身ひとつで向かうしかなさそうである。


「中に入る前に、一旦ここで休憩を取ろうか。道中の魔物やスルトを相手にある程度消耗してるし、腹ごしらえして少し仮眠も取っておいた方がいいよ」

「そうね。そうしましょうか」


 スルトの魔力の残滓の影響か、周囲に魔物の気配はない。だからアルベルトの提案を素直に容れて、レギーナたちは一旦車内に戻った。

 彼がサッと作った昼食を久々に堪能したあとレギーナたちは仮眠と最後の準備のために寝室へ入り、アルベルトも自室で封印内に持ち込む道具類を確認し、愛用の背嚢と腰袋に詰めてゆく。


「……万が一のために、これも持っていくか」


 久々に取り出したそれを眺めて、しばし逡巡したあとアルベルトは腰袋に仕舞い込んだ。使う場面など来なければいいと思いながらも、置いて行く気にはなれなかった。

 そうして自分も少し横になり、しばらくそのままでいたが全く寝付けなかった。そのうちに居室の方から彼女たちの声が聞こえてきて、アルベルトも荷物を持って自室を出た。


「じゃ、行きましょっか」


 アプローズ号とスズを銀麗(インリー)に任せて、アルベルトと蒼薔薇騎士団はついに洞窟の入り口に降り立った。


「……いよいよやね」

「やり遂げるわ。みんなで、力を合わせて」

「ええ、そうね」

「がんばる」


 そうして彼女たちは、足並みを揃えて封印の洞窟に踏み入ったのである。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は21日です。


五章、執筆完了しました。全31話+幕間1話で5月中に終わります。

六章の執筆も進めていますので、しばらくは毎週日曜更新で安定します。



【訂正】

真竜の称号表現について、神をも超えるもの“神越者”としていましたが、漢字表記を“超神者”に改めます。過去回で登場した部分はすでに変更済みです。


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