表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
15/189

1-15.ラグのおっとり神殿長

長期出張の前には自分の抱えている仕事はきちんと次の担当に引き継ぎましょう。社会人として大事なことです。はい。



それはそれとして、この世界の教育に関する説明を挟みます。



後書きに神教教団の簡単な組織説明を追記しました。

 その後数日は蒼薔薇騎士団も姿を見せることなく、アルベルトもようやくミック少年に薬草採取の仕事を教えることができた。

 その間彼女たちが何をやっているのかアルベルトは知らなかったが、何かあれば互いに連絡を取り合うということで話がまとまっており、アルベルトにも“通信鏡”が渡されていた。

 今のところ、その通信鏡が起動したことはまだ一度もない。


 ただ問題があるとすれば、ミック少年がアルベルトまで勇者の関係者扱いをして萎縮してしまったことだった。それまでにもフリージアやザンディス、アヴリーたちと普通にやり取りをしていたのを見ていたはずなのに、ガチガチに畏まって「アルベルト様」などと言うものだから、その認識を改めさせるだけでも1日以上かかってしまった。



 それからさらに4日経ち、ようやくミックも()()()()()()()()()()()ところである。この日は薬草採取の依頼がなく、アルベルトはオフになる。神殿からの依頼はアルベルトの体調や疲労を考慮して、こうして定期的に依頼を出さない日を設けてくれているのだ。

 なので、それを利用してアルベルトはミックを神殿へと連れ出した。目的は東方世界に旅立つためラグを留守にする事の報告と、薬草採取の依頼を本格的にミックへと交代するための依頼先変更の手続きである。


 朝に〈黄金の杯〉亭で待ち合わせて、連れ立って店を出る。神殿は街の中央やや北側、北門への大通り沿いの一角で、〈黄金の杯〉亭からは比較的ほど近い場所にある。

 神殿入口で守衛代わりの神徒に来意を告げて神殿長への面会を求めると、すぐに顔見知りの神徒がやって来た。


「アルベルトさんいらっしゃい」

「やあカタリナ。元気そうで何よりだね」

「えへへ。アルベルトさんもお元気そうです」


 出てきたのは青派の侍徒(じと)の少女でカタリナという。今年16歳でステファンよりひとつ下だが、こちらは年齢相応の外見で少女らしい魅力に溢れている。青いセミロングの髪と同じ色の瞳が印象的で、鼻頭に残るそばかすだけが幼さを残していた。

 今年から配属されたばかりの新人だが、もうすっかり青派の法衣姿にも着慣れてきて、他の信者たちからの評判も概ね好評だと聞く。


「神殿長さまは朝の説法のお時間なので、少しお待ち下さい。お会いになれるまでお部屋にご案内しますね」


 彼女はそう言いながら踵を返す。


「それではこちらでゅわぁあ!」


 と、一歩踏み出したところで彼女は法衣の裾を踏んづけて盛大にすっ転んだ。

 ていうか足首までしかない法衣の一体どこを踏んづけたのだろうか。


「ちょっと、大丈夫かいカタリナ?」

「いたたたた…またやっちゃいましたぁ」


 また?

 またって言った今?

 ていうか涙目でぷるぷる震えてないか?


「カタリナ、大丈夫だから落ち着いて。冷静に、深呼吸して?」


 アルベルトが努めて穏やかに声をかけ、彼に言われるままに深呼吸して、ようやくカタリナの震えも収まってきた。


「アルベルトさん、カタリナさんの扱い慣れてますね…」

「えへへ…。アルベルトさんはいつもお優しいから私もすごい安心しますぅ」


 ミックが何やら感心している。

 カタリナはカタリナで頬を染めてデレている。いや褒めてないからね?


 見る人が見れば確実にある種の勘違いをされそうな光景だったが、今これを見ているのはこの光景を見慣れている人たちばかりで、その感想は『ああ、またか』で統一されていたから、少なくとも誤解の心配だけはない。

 いやミックには誤解されかねないが。


 ともあれ、アルベルトの手を借りて立ち上がったカタリナは、今度は裾を踏むことなく歩み出して無事に部屋まで案内を終えた。

 まあ扉を開けようとしてドアノブを掴みそこねて額をしたたかにドアに打ち付け、それでまたぷるぷる震えていたのだが。


 この娘、こんな調子で大丈夫なのだろうか。


「カタリナはああ見えても中央大神殿の神学校を卒業したエリートなんだそうだよ」

「え、そうなんですか!?」

「エリートのはず、なんだけどね…」


 いまいち大丈夫と擁護しきれないアルベルトである。



 エトルリアの代表都市フローレンティアには神教の最高神殿である〈中央大神殿〉がある。エトルリアの国家神殿、そしてフローレンティアの都市神殿も兼ねた壮麗で大規模なその神殿には、イェルゲイルの神々からの神託を唯一受けられる巫女のいる〈巫女神殿〉と、次代の神教法術師を育成する専門の大学である〈神学校〉も併設されている。

 神学校に入学できるのは各地から選抜された候補生のうち、入学試験を突破したごく一部だけで、しかもそこから3年間にわたる様々な試験や授業を経て卒業できるのはその半分ほどだという。

 つまり、神学校の卒業生というだけで将来を約束された超エリートなのだ。現にカタリナも、教団に入って最初に就くべき雑用係である「神僕」ではなく、神殿長および宗派長に就く「司徒」を補佐する「侍徒」の地位にいきなり就いている。

 なのだが、どうにもそんな風に見えないのがカタリナの不安要素であった。


 ただ、そのドジっ娘ぶりは一部の信者-神徒-たちからは高く評価されているという。

 一体それが何故なのかアルベルトには分からないが、何となく分かってはダメな気がする。何というか、後戻りできなくなりそうというか、上手く説明できないのだが。


 ちなみに、巫女神殿で神々に仕える巫女の地位に就いているのは、かつてのアルベルトの仲間で“輝ける五色の風”の法術師だったマリアである。アルベルトは久しく会っていないが、なかなか会えるような立場の人ではないため、これはやむを得ないことではあった。



 この世界の教育制度は初等教育、中等教育、高等教育と分かれていて、初等教育は6歳から3年間、中等教育は9歳から3年間である。初等教育では基本的な読み書きや常識などを教え、中等教育ではそれに加えて大まかな歴史、基礎的な職業知識や各種スキルの基本などを学ぶ。

 そして1年置いて13歳から3年間学ぶのが高等教育、いわゆる「大学」である。中等教育までは各国が国策として行うもので、国からの教育費補助金もあって低所得層でも子弟を通わせやすい。だが高等教育はさらなる専門知識を求める者が自ら望んで進むもので、当然全額自費になるし、基本的に全寮制である。だから進学するのはある程度の富裕層の子弟が主体で、一般庶民はたいてい中等教育までしか受けないのが普通だ。

 大学は将来のために専門知識を学ぶ場であり、大学によって授業内容がまるで異なるため入学の時点で試験が課される。つまり入学試験である。中等教育から1年の猶予があるのはその試験勉強の期間を設けてあるわけだ。


 ちなみに、この世界では年が明けるとともに加齢する。誕生日は個別に正確に記録されて当日はお祝いもするが、加齢はそれとは別に年明けに全員一律だ。だから初等教育を終えて卒業する花季(はる)になると9歳になっていて、中等教育を終えると12歳、高等教育を終える頃には成人して16歳になっている。


 大学のうちもっとも格式が高いのは、西方十王国の一国であるアルヴァイオン大公国の首都ロンディネスにある〈賢者の学院〉で、レギーナやミカエラ、ユーリなどの母校である。西方世界全体での最高学府とされていて、ここには各国の王侯貴族子弟を中心に世界中からエリート中のエリートが集まってくる。当然、入学の倍率も非常に高い狭き門である。

 次に高名なのがフローレンティアにある神教の〈神学校〉で、その他の一般の大学でもっとも格式高いのはエトルリアのフェルシナ市にある〈フェルシナ大学〉であろうか。

 つまりレギーナやミカエラは最高クラスの超エリートであり、カタリナはそれにはやや劣るものの、一般社会から見ればそれでもとんでもないエリートである。そのはずなのだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ドアを開けてアルベルトたちの待つ談話室に入ってきたのは、ラグ神殿の神殿長のテレサである。

 今年40歳になるはずだが、とてもそうは見えないほど若々しい。深い紺色の長髪を背中で纏め、海のような深い藍色の瞳は慈愛を湛え、その笑顔にはシワひとつない。ただ年齢的なものか良いものを食べているからか、顔全体がツヤツヤふっくらとしている。健康美、とでも言えばいいのだろうか。

 ふっくらしているのは顔だけの話ではなく身体つきもそうで、特にその慈愛のたっぷり詰まった大きな双丘は非常に目を引く。〈黄金の杯〉亭のホワイトほどではないが、それでもかなりのものだ。


 その神殿長が開口一番、ニコニコしながらミックの度肝を抜いた。


「あらあら。アルちゃんいらっしゃい。よく来てくれたわねえ、嬉しいわあ」


 あっ、これアレだ。いわゆる「おっかさん」的な感じの人だ多分。


「あ、アルちゃん!?」


 ミックが驚くのも無理はない。神殿長と言えばもちろんラグ神殿の最高責任者で、神殿内ではもっとも位の高い「司徒」である。神殿長を任されるくらいだから高位の聖職者であり、ミックみたいな一般人には気安く話もできないような存在のはずなのだ。

 そして神殿長は毎朝の説法で人前に出てくるため顔はよく知られているが、説法は対話の時間ではないのでミック自身も直接話したことはない。というか神殿長と親しく話せるような一般人などほとんど居ないはずだ。

 なのにその神殿長がアルベルトにはこうも気安い。ということはやはり…


「いや待ってミック?勘違いしたらダメだよ?」

「やっぱり…やっぱりアルベルト『様』って…」

「だから違うからね!?」


 別にアルベルトがすごい(・・・)わけではない。アルベルトの周りにすごい人たちが多いだけである。だが、今のミックにはそう説明したところで分かってもらえない気がする。


「あらあら。何か勘違いさせてしまったかしらね?うふふ」

「うふふ、じゃないですよ神殿長。いつも言ってるじゃないですか、『アルちゃんは止めてくれ』って」



 まあ勘違いされるのも無理はない。それほどアルベルトと神殿長は長い付き合いである。

 そもそもの発端は幼馴染でありパーティの仲間であるアナスタシアの遺体を、彼がラグ神殿に持ち込んだことにある。その時応対に出たのが当時の青派侍徒のひとりだったテレサで、涙ながらに蘇生を懇願するアルベルトを不憫に思った彼女は何とか手を尽して蘇生を試みてくれたのだ。

 だが残念なことに、アナスタシアの蘇生は叶わなかった。通常、蘇生が叶うのは死後約3日以内とされていて、それを超えると魂が肉体を離れてしまうとされ、そうなるといかなる手段を用いても蘇生が不可能になるのだが、アナスタシアの場合もその3日以内に間に合わなかったのだった。


 それ以来テレサはアルベルトを何かと気にかけていて、共同墓地にアナスタシアの墓を用意して葬儀と埋葬も取り仕切り、悲嘆に暮れるあまり当時加入していたパーティも脱退してひとり塞ぎ込むアルベルトに、薬草採取の依頼を出したのも彼女だった。

 つまり、アルベルトが今冒険者としてやって行けているのはテレサが支えたからなのだ。だからアルベルトは彼女に頭が上がらないし、テレサはテレサでアルベルトを弟のように思っていて、今も変わらず世話してくれている。

 そんな深い絆があるからこそアルベルトは決して薬草採取を止めようとはしなかったし、“薬草殺し”などと侮辱されても平気な顔をしていられたのだった。



「あらあら。それじゃあしばらくはラグを離れちゃうのね」

「そうなんです。で、俺が居ない間はこの子、ミックに薬草採取を任せようと思ってて、それでもう教え始めてるんです」

「そう。じゃあ今度からはその子宛に依頼を出せばいいのね?」

「はい、そうしてもらえたら有り難いです」

「ええ、分かったわ。アルちゃんがそう言うなら安心だわ。これからよろしくね、ミックちゃん」

「み、ミックちゃん!?………っあ、はい、頑張ります…!」

「ですから、ちゃん付けは止めてくださいよ…もう子供じゃないんだから…」


「あら。私にとっては貴方はいつまでも、あの時泣いていた少年のままよ?」


 そう言ってテレサは楽しそうに微笑(わら)った。

 敵わないなあ、とアルベルトは思わざるを得なかった。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、ぜひ評価・ブックマークをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



●イェルゲイル神教教団の概略●


西方世界の人間の全人口のおよそ9割近くを信者に持つ、西方世界でもっとも信仰される宗教。元は古代からある土着の信仰が発展して成立した宗教だと考えられるが、五色の魔力に対応する形で人々の間にに根付いて信仰を増やした。

他に最近信者を増やしている「聖典教」、西方世界北部の一部の国で信仰されている「霊峰教」、大河沿岸域で信仰されている「拝炎教」、東方世界の東部で主に信仰されている「曼荼羅教」など、多くの宗教がある。ただし拝炎教以外は作中ではほとんど出てこない。

なお、これらの宗教を信仰するのはほとんどが「人間」で、エルフやドワーフといった他種族はまた別の信仰を持っていることもある。


【中央大神殿】

神教の最高神殿で、エトルリア連邦フローレンティア市にある。神教の最高位である「主祭司徒」や、各宗派のトップである5人の「大司徒」などはいずれも中央大神殿に起居している。

エトルリアの国家神殿、およびフローレンティア市の都市神殿も兼ねる。

【巫女神殿】

神教においてイェルゲイルの神々からの信託を唯一受けることのできる巫女の籠もる神殿。中央大神殿に隣接する。

【神学校】

各地から選抜されたエリートたちが入学する神教の大学で、いわゆる幹部養成校。中央大神殿に隣接する。

【国家神殿】

西方世界の主要各国の首都にあって、その国の信徒(神徒)たちを統括する神殿。神殿長は「高司徒」。

【都市神殿】

各国の主要都市に存在し地域を統括する神殿。神殿長は「司徒」。


【位階】

・主祭司徒

神教教団の最高位。いわゆる教皇的なポジション。

・巫女

教団で唯一、神託を受けられる選ばれた存在。癒着などを防ぐため教団内の権力は持たないが、事実上の教団ナンバー2。

・大司徒

各宗派のトップ。

・侍祭司徒

主祭司徒と大司徒を補佐する位階。各宗派につきそれぞれ定員10人の計50人いる。

ミカエラは青派の侍祭司徒。ただ現在は勇者パーティでの職務を優先することが認められている。

・高司徒

国家神殿の神殿長を務める。

・司徒

国家神殿にて神殿長(高司徒)の補佐、及び都市神殿の神殿長を務める。

ラグ神殿長のテレサはこの位階。宗派は青派。

・侍徒

都市神殿にて神殿長(司徒)の補佐を務める。

カタリナは青派の侍徒としてテレサの補佐を務めている。

・神僕

教団に入って最初に与えられる位階で、最下級の雑用係。奴隷的なものではなく、要するにヒラの神職。

・神徒

一般の信者のこと。



とりあえず書き足しますがあんま覚えなくていいです。一応こんな感じになってる、という事で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おかげ様で拙著『公女が死んだ、その後のこと』が好評発売中です!

『公女が死んだ、その後のこと』
『公女が死んだ、その後のこと』

画像クリックでレジーナブックスの新刊案内(本書特設ページ)に遷移します。
ISBN:978-4-434-35030-6
発売日:2025年1月31日
発行日:2025年2月5日
定価:税込み1430円(税抜き1300円)
※電子書籍も同額


アルファポリスのサイト&アプリにてレンタル購読、およびピッコマ様にて話読み(短く区切った短話ごとに購入できる電書システム)も好評稼働中!


今回の書籍化は前半部分(転生したアナスタシアがマケダニア王国に出発するまで)で、売り上げ次第で本編の残りも書籍化されます!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ