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5-24.蛇封山登山

 翌日、一行はポロウルを出発した。ここからは行軍速度と戦力を重視して、随行の騎兵は実力で厳選され再編成された一隊百騎だけである。


「封印洞までの登山道はだいたい整備しておいたから、その豪勢な車でも問題なく登れるはずだ」

「次々湧いてくる魔物たちは私が陣頭に立って駆除しておいたゆえ、数は減っているはずです」


 依頼どおりに登山道整備を終えてくれていたラフシャーンと、魔物討伐の指揮を取っていたというロスタム。なんのことはない、彼がずっと王都にいなかったのは、レギーナたちが来たことで蛇封山に張り付いていたからであった。

 そして、その両名も登山メンバーにもちろん入っている。


「あなた達にも御礼をしなくてはね」

「なあに、いいってことよ」

「本来ならば光輪(クヴァレナ)の担い手である私が蛇王と戦わねばならんのですから、せめてこのくらいは」


「そうは言っても、光輪(クヴァレナ)で蛇王を倒す勇者はもう予言されているのでしょう?だったらそれはあなたの役目ではないし、勇者(私たち)もそこまでの繋ぎに徹するだけよ」


 終末の時に蛇王は悪竜アジ・ダハーカに変じて世界を滅ぼすと言われているが、まだ世界はその時を迎えず、その予兆もない。であるならば蛇王は悪竜に変じることもなく、それを討ち果たすのはまだ見ぬずっと未来のこと。つまりレギーナの役目は歴代勇者のひとりとして、未来へ繋ぐための再封印に徹すること。そしてロスタムも、輝剣を次世代に受け継げばそれでいいのだ。


「さ、行きましょっか」


 そうして一行は、登山行軍を開始した。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ロスタム卿!そっちへ行ったわ!」

「了解だ!」

「おいロスタム!お前ホントにちゃんと減らしておいたのかよ!?」

「文句を言う余裕があるなら手を動かせラフシャーン兄!」

「やってるっつーの!」


 しばらくは登山も順調であった。だが二合目を過ぎたあたりから魔獣が出現し始め、三合目あたりからは魔物も見られるようになった。

 そうして四合目に差し掛かった今は、魔物の大群に囲まれてしまっている。随行の百騎はいずれも最精鋭と言ってよく、魔物相手であろうとも全く引けを取っていないが、いかんせん数が多すぎる。必然的にレギーナもアプローズ号の外に出て、討伐の戦列に加わっていた。


「勇者殿!」

「なによ!」

「御身が消耗するは下策、ここは(われ)に任せてもらおう!」


 騎兵たちに加勢していたのはレギーナだけではなく、銀麗(インリー)も同様である。レギーナに一声かけて前に出た彼女の両腕も指も普段は人の手指とさほど変わらぬが、今は大きく膨れ上がって、さながら虎の前脚のごとき太さに変わっている。そしてその指先から鋭く長く伸びる爪は、アンキューラ皇城の地下ダンジョンでレギーナの肩を一撃で粉砕した恐るべき武器である。


「爪刃!」


 銀麗が腕を振り払うだけで、魔物も魔獣もその爪の餌食となって血煙を吹き上げる。虎人族(レェン・フー)ならではの俊敏さと体術で、彼女はまたたく間に屍体の山を築いてゆく。

 銀麗は魔物どもの只中に踊り込んで、当たるを幸いなぎ倒してゆく。さながら血の颶風(ぐふう)のごとくである。


「ひゅう、すっげえな」

「華国の虎人族とは、これほどのものか」


 それを見たラフシャーンがちょっと引いている。

 ロスタムの方は感心しつつも、負けじとクヴァレナを振るう。


「あの子の母親、英傑だそうだから」

「なんと!ではあの(モン)朧華(ロウファ)どのの娘御か!」


 どうやら銀麗の母朧華はかなりの有名人のようである。まあ虎人族の人口自体がかなり少ないという話だし、その英傑ともなれば朧華だけなのだろう。何より、西方世界の勇者に相当する“英傑”が東方で無名なはずもなかった。



 銀麗がひとしきり暴れて数を減らしたところで、しばらく休憩していたレギーナが騎兵たちに警告した上で[威圧]を放った。相応に加減して、だがしばらく寄り付かせないようにそこそこの圧を込めて。


「うぉあ、こっちの勇者殿もなかなか桁違いだなおい!」

「まだお若いのに、素晴らしい力をお持ちだ」

「あら、これでもちゃんと加減してるわよ?」

「これでか!?」


 レギーナの目論見どおり、ラフシャーンを含めて騎兵たちを誰ひとり気絶させず、だが魔獣や魔物たちは恐慌を来たして逃げ散ってゆく。それでも踏みとどまる強めの魔物たちはあっという間に銀麗やロスタムが斬り捨てて回る。


「インリー!あらかた片付けたら先へ進むわよ!」

「心得た!」


「ていうかあなた達の時も、こんなに魔物の群れに襲われたの?」

「いやあ……“輝ける虹の風(おれたち)”の時はここまでたくさん群がっては来なかったんだけどね……」

「なんか原因のあるっちゃろうけど、まあ分からんなら考えたっちゃしゃあないたい」


 こんな調子で行軍と足止めを繰り返して、それでも何とか一行は五合目の手前まで到達した。時間はかかるが、封印の洞窟のある六合目付近まではこのまま進むしかなさそうである。

 なお返り血を浴びまくってはドロドロになって戻ってくる銀麗たちは、その都度ミカエラや騎兵たちの中の青加護の者たちが[噴霧]と[清浄]をかけてやり、それで濡れた水気はクレアが[温風]で乾かしてやるのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…………止まって!」


 間もなく五合目に到達するというところで、御者台に残ったままのレギーナが何かに気付いた様子で立ち上がり、全体に停止をかけた。

 威圧の効果か、見える範囲に魔物の姿などは見られない。先ほどまでの苦闘が嘘のように順調な行程だった……のだが。


「おう、どうした勇者……ど、の」


 何事かと声をかけるラフシャーンの顔が、みるみる蒼白になってゆく。


「これは……なんだ!?」

「今までとは()が違うぞ」


 ロスタムも一気に表情を険しくし、クヴァレナに手をかける。アプローズ号の屋根の上で、銀麗が姿勢を低くして身構えた。

 彼ら全員の意識が進行方向、つまり封印の洞窟のある山の上方に固定されて動かせない。


「姫ちゃん!」

「大丈夫よミカエラ、まだ(・・)接敵してないわ」


 車内から慌てて飛び出してきたミカエラを安心させるように声をかけるが、そのレギーナとて今までにないほど緊張と警戒を全身に漲らせている。


 と、スズが脚を止めた。見れば背を丸めて蹲り、明らかに(おび)えているではないか。魔物の大群に囲まれても全く(ひる)まなかった彼女が。


「えーと、みんな動かないでね」


 そんな異様な雰囲気の中、ひとりのんびりとした声を上げたのはアルベルトである。

 彼を除く、その場の全員が経験したこともない恐怖と動揺を感じていた。この先には、それまで相手していた魔獣や魔物たちとは明らかに違う強大な気配がある。人の身では逆らうことも抗うことも敵わぬ、死の具現化とでもいうべき圧倒的なナニカの気配が。

 それは殺意ですらなく、敵意というよりもはや単なる害意。だがおそらく一瞬でも意識を逸らせば、この場の全員がなす術なく反応もできぬまま蹂躙されかねない、それほどの強烈な意思(・・)であった。


「やっぱり今回も出てくるのか……」

「なによ、あなた何か知ってるわけ?」

「知ってるっていうか、まあ、これが最後の(・・・)試練(・・)だね」


「…………は?」


「アルベルト卿は、これほどの脅威をご存知か」

「俺は貴族じゃないですよロスタムさん。⸺それと、リ・カルン兵の皆さんは今すぐ下山を。ここから先はアプローズ号だけで行きます」


 その場の強者たち全員が限界まで警戒を跳ね上げる中、アルベルトだけが落ち着いていた。その彼は平静のまま、蒼薔薇騎士団の護衛役として随行してきた騎兵たちも、ロスタムもラフシャーンも下山しろと言う。


「そうは言うが、これほど強大な気配にあんた達だけ向かわせるわけには」

「むしろ逆です。この先には勇者とその仲間以外は立ち入ってはならない(・・・・・・・・・・)


「まさか、この先にまだ勇者の試練があるっていうの!?」

「…………あ!おいちゃん前回来たけん知っとったとやろ!」


「まあ、そういうことだよ」


「……ふむ。ラフシャーン兄、我々は下山した方が良さそうだ」

「は!?おい本気かロスタム!」

「アルベルト殿、危険はないのだな?」

「レギーナさんが試練に合格できれば、の話ですけどね」


「つまり私次第ってこと?ていうか何が待ち受けているっていうのよ!?」


「それは、行けば分かるよ」

「それはそうでしょうけど!」


 とはいえアルベルトが最後の試練と口にした以上は、これもまた先代勇者パーティの一員としての彼が後輩たちに伝えられない事であるのだと理解するしかない。だからレギーナも引き下がるほかはなかった。

 レギーナだけでなく、ロスタムもラフシャーンも渋々ながら従うしかなかった。ラフシャーンはあくまでも納得していないようだったが、彼自身はレギーナや銀麗、ロスタムらと違って勇者に伍するほどの実力を持たない。ゆえに最終的には諸々飲み込んで承諾した。


「ラフシャーンさん」


 隊をまとめて下山の準備を進めるラフシャーンに、アルベルトが歩み寄り声をかける。


「…………なんだ」

「騎士の皆さんとポロウルで待っていて下さい。遅くとも明日の夜までには戻りますから」

「戻って、来れると思ってるのか?」

「戻って来れるように彼女たちを支援する。それが俺の役割ですから」


「……まあいい。俺にできる事はないというのも理解したし、経験のあるあんたに任せるのが最善なんだろう。何ができるのか、何を知ってるのか知らんが、しっかりサポートしてやってくれ」


 そう言い残してラフシャーンは、ロスタムとともに騎兵隊を率いて下山して行った。いい人だな、とアルベルトはしみじみ思いながら、彼らの背を見送った。


 騎士たちが下山してアプローズ号を離れると、それまで肌を震わすほど感じていた圧が嘘のように一気に消え去ったではないか。


「……これは、吾も認められたと考えて良いのか」

「多分だけど、俺と契約してるから除外できないって判断されたんじゃないかな」


「どういう意味なのよ、それ」

「まあなんかなし(とにかく)、進んでもよか(いい)っちゅうことやろ、これ」

「そうだね。まあ先を急ごうか」


 そう言ってアルベルトは、まだ少し怯えているスズに声をかけ落ち着かせたあと御者台に座った。レギーナもミカエラも車内に乗り込み、銀麗は物見を兼ねて屋根に戻る。

 アプローズ号は生き物のいない登山道を再び登り始めた。そうして五合目を過ぎた頃。



 不意に、清涼な風が吹いた。


 あっ、と思う間もなく、周囲一面がひなげし(シャガイェグ)の紅い花で埋め尽くされた。それまで無味乾燥な岩肌剥き出しだった登山道は、今やすっかり見渡す限りの花畑だ。


()っそいのう。待ちくたびれたぞ(わらわ)は」


 そして、その向こうに、全身を緋色に彩られた赤褐色の肌の女がひとり、腕組みして仁王立ちになっていた。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は4月7日です。



おかげさまでブックマーク件数が1000件を超しました。2月の半ば過ぎまで660件くらいだったんですけどね(笑)。

『公女が死んだ、その後のこと』から本作を読んで気に入って下さった皆様のおかげです。ありがとうございます。

五章も佳境ですので、楽しんで頂けるよう執筆頑張ります!

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