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5-22.蛇封山の麓で待つもの

前話の構成を見直して全体的に変更しています。大筋は変えていませんが、未読の方は先に前回を読み返されてからこの回をお楽しみ下さい。

(2024/03/17)




 レギーナと蒼薔薇騎士団は、ラフシャーン麾下の騎兵五百騎を伴ってレイテヘランを出発した。目指すは蛇封山、その麓にある集落ポロウルである。

 騎兵は百騎で一隊とし、各隊に百騎長と呼ばれる部隊長が配置されている。五隊五百騎をもって一軍とし、騎兵指揮官(アスワランサラール)が指揮する。

 なお、副官はレイテヘランに残って随行しなかった。ラフシャーンに代わり北方面クシュティ・アバラグ・元帥(スパーフベド)の職務を遂行するためである。


ラフシャーン(あなた)もついてくる必要はないと思うのだけど?」

「俺はほら、軍の責任者だからな。それに北方面元帥なんて勇者の蛇王討伐を補佐するためにいるようなもんだし、これが本来の仕事ってやつなんだよ」


 だから気にするこたぁねえよ、とそう言われて、そんなものかと納得したレギーナである。



 ポロウルは人口が千人にも満たない小さな集落だが、宿泊施設も整っておりこの規模の軍であっても問題なく宿泊が可能だそうだ。

 脚竜の脚で半日ほどしかかからないため、一行は昼の茶時(午後3時)頃にはポロウル入りを果たした。案内された宿は三階建ての、とても人口千人程度の小さな集落にあるとも思えないしっかりした造りの立派な建物で、それが複数棟ある。聞けば今回のために全館貸し切ってあるらしい。

 普段のポロウルは、すぐ近くにあるザバーン渓谷の景観や避暑を求めて、主に夏場に観光客で賑わっているそうだ。道理で五百人規模の集団でも問題なく泊まれる宿があるわけだ。だが今年はほとんど宿泊客が寄り付かないという。


「……若干だけれど、瘴気(ミアスマ)が濃いと感じるわね」

「うわあ……こら(これは)過去イチの気色(きしょく)悪さやね。そら(そりゃあ)客足も途絶えるわけやん」


 その宿の馬車停まりでアプローズ号を降り立つなり、レギーナが呟いた。とほぼ同時にミカエラも顔をしかめる。アルベルトには特に違和感は感じられないが、彼女たちはより鋭敏になっているのかも知れない。

 だが、その彼女たちもすぐそんな事は忘れてしまうことになる。


「遠路はるばるようこそお越し下された、勇者殿」


 宿の一階ホールで、彼女たちを出迎えた男がいたからだ。


 その人物は漆黒の、男性にしては艷やかでやや長めの長髪で、切れ長の瑠璃(ラーザワルド)の瞳が印象深い美丈夫(イケメン)だった。リ・カルンの制式鎧に似た漆黒の鎧を身にまとい、その上から乳白色のマントを左肩を包むように羽織っている。

 長身だが痩せ型ではなく、鍛え上げられた筋肉の盛り上がりが鎧越しにさえ見て取れた。身のこなしや視線の動きにも隙がなく、相当な手練であろうことがひと目で分かる。と同時に、穏やかなその表情や柔らかな雰囲気からしてリラックスしてこの場に臨んでいることも察せられるため、本気を見せたらどこまで(・・・・)凄い(・・)ものやら想像もつかない。


「出迎えご苦労さま。あなたは?」


 そんな正体不明の強者の出迎えを受けてもレギーナはこゆるぎもせず平然としている。彼女もまた絶対的な実力者であるがゆえだが、その彼女とて内心は警戒を跳ね上げている。落ち着いていられるのは目の前の人物に敵対する意思がないと判断できるからに過ぎない。

 そして名を問われた男は、静かに名乗った。


「王の中の王の剣、公国を守護する盾、地上の栄華を護り人類を導く光輪(フワルナフ)の担い手、諸将(スパーフベダン・)の将(スパーフベド)のロスタムと申す。勇者殿におかれましてはお初にお目にかかる」


 そうして彼は、優雅に腰を折ったのであった。


「あなたが……!」

「よーうロスタム、出迎えご苦労!」


 会いたかった念願の相手が目の前にいることに、さすがのレギーナも驚きに目を瞠る。だがその後ろからラフシャーンが緊張感の欠片もない声を上げたせいで、雰囲気が台無しである。


「勇者殿もあんまり畏まる必要はないぞ。コイツは外面だけは上手く繕ってるが、ヤンチャなのは昔から変わってねえからな!」

「おいやめろラフシャーン(にい)。せっかく人がキメてるのに台無しだろうが」

「取り繕ったってすぐにボロが出らあ。無駄なことはやめておけ」


「…………なに?あなたたち兄弟なの?」


 ロスタムは美形に見慣れたレギーナでもちょっと驚くほどのカッコよさだが、ラフシャーンはどちらかというとオラオラのワイルド系で、顔の作りも雰囲気もまるで似ていない。ロスタムは見たところ30歳前後といったところで、ラフシャーンは壮年の40代に見えるから確かにラフシャーンのほうが歳上なのは分かるが、兄弟というのはやや無理がありそうだ。


「あー、コイツは本当の弟ではなくてな、族弟(おとうと)なんだ」


 つまりふたりは同じ一族の血縁者で、系図上の同世代ということになる。ラフシャーンのほうが歳上だから「兄」になる、というわけだ。


「ああ、そういうこと」

「とはいえ系図上で縁戚だと判明しているだけですがね。同族で、同じ街で育ったというだけのこと」

「つれないこと言うな弟よ」

「兄とは呼ぶが、“兄”だと思ったことは一度もないからな?」


 レギーナにも曾祖父母を同じくする又従兄弟(はとこ)やもっと前の祖先から分かれた同族がいるので、そう言われれば納得である。

 つまりはふたりとも、ナハーバド家の出身であるということだ。おそらくはクーデター後に現王アルドシール1世の放浪生活を、一族挙げて支援していたのだろう。その結果として両者とも“十臣”に名を連ね、ロスタムは軍部の最高位に至り、ラフシャーンは世界の命運を握る“(アバラグ)”すなわち蛇封山の監視という要職に就いたのだろう。


「さて、まずは勇者殿を部屋に案内して差し上げねばならん。しばらく休んで旅の疲れを取って頂いて、話は晩餐の時にでも」

「必要ないわ」


 振り返って宿の支配人に部屋への案内を申し付けようとしたロスタムを、レギーナが遮った。


「ずっと会いたいと思っていたのよ。早速お相手(・・・)願えるかしら、“輝剣”の継承者さま?」


 レギーナの視線と、彼女に再び顔を戻したロスタムの視線が絡む。

 ラフシャーンがヒューウと口笛を鳴らして、その横でミカエラが「姫ちゃあん、程々にしときーね」と呆れた口調でため息をついた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 一旦宿を出て、裏手に広がる広大な敷地にレギーナとロスタムは連れ立って出た。ラフシャーンと蒼薔薇騎士団の面々、それにアルベルトと銀麗(インリー)もついてくる。それ以外の軍関係者や侍女たちは粛々と宿に荷物を運び込んでいて、誰も覗きに来ようとしない。

 レギーナの腰には“迅剣”ドゥリンダナが、ロスタムのマントの下には“輝剣”クヴァレナがそれぞれ見えている。なおレギーナがいつも携行している騎士剣コルタールは、ミカエラが預かって肩に担いでいる。


「ちょうど良くお誂え向きの空き地があるのね」

「この集落は歴代勇者殿の蛇王討伐の拠点であり、軍の駐屯地でもあるのでね。演習場代わりです」

「なるほどね」


 ふたりは程よい位置まで進んだあと、自然と距離を取って対峙した。


「合図は……必要なさそうだな」


 そのふたりを見て、軍人であり戦士でもあるラフシャーンがやれやれと呟いた。

 剣士と騎士、同じ宝剣持ち。余計な言葉も合いの手も必要としなかった。


 しばらく睨み合うかと思いきや、いきなりレギーナが動いた。低い姿勢から瞬時に間合いを詰め、下段から抜き放ちざまに逆袈裟に斬り上げる。景季の元に通うアルベルトに何度か付き合ううちについでに習い覚えた“居合”というものを、彼女なりにアレンジした抜剣術である。

 だが見たこともないはずのその技を、ロスタムはわずかに半身反らしただけで躱しきる。


「さすがね!」

「こちらの台詞だ」


 そのままロスタムは跳んで距離を取り、おもむろにクヴァレナを抜いた。陽光に煌めくような黄金(きん)色の剣身が鮮やかな、細身の長剣であった。一般的な長剣と見た目にはさほど変わらぬ白銀(ぎん)の剣身が美しいドゥリンダナとは好対照である。


 ふたりは同時に動いた。

 今度は大上段から振り下ろしたレギーナのドゥリンダナを、ロスタムのクヴァレナが迎え撃つ。キィン、という甲高い音を響かせて騎士の膂力に剣士の刃が打ち返されるが、剣士はその反動を利して全身を翻し、勢いを増して今度は下段から斬り上げる。だが騎士も得物を半円に巻いて、逆に剣士の剣を下から絡め取ろうとする。

 カキィン、と澄んだ音が響いて、ふたつの身体と二振りの宝剣が離れる。


「“開放”しても構いませぬよ」

「あら、いいの?」

「宝剣の力を出さねば、ただの手合わせに終わるでしょう」


 そう言われてレギーナは即座に“開放”した。迅剣、この世でもっとも(はや)いとされるドゥリンダナは、開放することで継承者の敏捷能力を倍増させる。ただでさえ敏捷の値が10あり人類最速クラスを誇るレギーナは、これにより人類の誰も届かぬ体捌きと剣速を獲得するのだ。


「なっ……!?」


 だがそのレギーナの動きには音速の冴えがなかった。横薙ぎの剣筋を、ロスタムは冷静に見切り防ぎ切った。

 レギーナはひと太刀浴びせただけで追撃せず、すぐさま距離を取る。


「相性が悪いわね」

「お互いにな」


 レギーナと同時に、ロスタムもまた“輝剣”を開放していた。その輝剣は、開放することにより()の能力を半減させることができる力を持っていた。

 つまりレギーナは、ドゥリンダナの開放によって倍加した敏捷をほぼ無効化されたことになる。一方でロスタムのほうも、レギーナの能力が元に戻っただけなのでアドバンテージなど獲得し得ない。

 となるとあとは、両者の剣技と魔術の腕だけが勝敗を左右する。


 ふたりはしばし対峙して、互いの出方を窺う。見たところ剣技はほぼ互角、ならば如何にして相手に隙を作るか。その読み合いとフェイントが場を支配する。

 ……かと、思われた。


「[飛斬(スラッシュ)]!」


 先に動いたのはまたしてもレギーナだ。詠唱とともにドゥリンダナをその場で振りぬくと、ロスタムめがけて斬撃を飛ばした。


「“瞬歩”」


 だがそこに、ロスタムは居なかった。


 あっと思った時には、ドゥリンダナを振り下ろした手首をクヴァレナの腹で叩かれて剣を取り落としていた。


「…………参ったわ。完敗よ」


 レギーナは潔く敗けを認めた。


「姑息な奇襲では勝ちとも言えませんがね」

「貴方は自分の持てる手札を切っただけだわ。手札(それ)に気付けなかったのは私のミスなのだから、敗けは敗けよ」


 要するにロスタムも華国由来の気功の技を使えたのである。彼はそれでレギーナとの間合いを瞬時に詰めて、彼女がドゥリンダナを振り切り無防備になった瞬間を捉えたのだ。

 ここが東方世界で、かつてアルベルトが華国まで赴かなくともこの地(リ・カルン)で気功を修めたことをすでに知っているレギーナとしては、当然にその警戒をしていなければならなかった。

 剣士が剣を落とされてはもはや戦えぬ。特に今は互いに死合う意志がないから彼も手首を叩くに留めたが、刃を落とされていれば確実に手首を失っていたのだから、レギーナは敗けを認めざるを得なかった。


「貴女がなぜ私に会いたいと願われたのか、私との手合わせを望んだのか、これではっきりしました」

「私の目的?まだ何も言ってないけれど?」

「ええ、そうですな。ですが分かります」


 輝剣を鞘に収めて、ロスタムがレギーナを見据えた。


「貴女はすでに“覚醒”に到れるだけの力を備えておられる」


 そうして彼は、彼女が聞きたかったそのことに言及した。


「そう?じゃああと何が足らないか分かる?」

「あとは“慧眼(えげん)”さえ開けば、覚醒は成るでしょう」


「………………は?」






ようやく出てきた宝剣使いロスタム。

そしてまた謎のワードが!詳しくは次回!


何となくですが、五章は全30話、15万字くらいかな〜と、何となく見えてきた感じがします。やっぱり王都に着くまでを長く書きすぎた気がしますねえ( ̄∀ ̄;



次回更新は24日です。

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