5-15.あれもこれもどれも全部
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
本日18時に書き上がりたてほやほやです。
ホントは推敲の時間が充分取れてないので上げたくないんですが、3周年(22年1月3日から投稿開始)にいきなりオトすのもどうかと思うので上げちゃいます。
「お帰りなさいませ。⸺そのご様子ですと、お望みの品を手に入れられたようですな」
極星宮に戻ると、ジャワドが出迎えてくれた。
「望みのものっていうか、それ以上が買えたわね」
「それはようございました。書殿の方にはすでに話を通しまして、必要な資料も集めさせておりますので」
「おっジャワドさん仕事の早かねえ」
「はっはっは、これでもクビにならぬよう必死ですのでね」
にこやかに笑っているが、ほんのりと皮肉を乗せているのがよく分かる。だがわずか一晩だけとはいえケチのつけようのない采配を見せて、今朝も十全の対応を見せている彼をクビにするつもりはレギーナにもなくなっているので、この程度なら多少の軽口で済ませてしまえる。
「じゃあ書物庫に案内してくれる?」
「畏まりました」
今日ここまで特につまずく事もなくサクサク進んでいるせいか、まだ朝の茶時頃である。昼食の準備はもちろん出来ていないから、レギーナたちは先に書物庫に向かってみる事にした。
書物庫つまり書殿は宮殿の北側、謁見殿と北側の離宮との間に位置する。北側の離宮の中で近いのは北東の獅子宮であり、方角で言えば宮殿全体の北東部に位置する。そこには大王殿と呼ばれる王族の居住空間があり、大王殿の東に書殿、西に宝物殿、南に後宮があるという。ただ後宮は現在建設中であり、まだ完成していないとのこと。
レギーナたちは極星宮から一度謁見殿の方に移動し、回廊を通って大王殿前を素通りして書物庫、つまり書殿へと案内された。案内したのはもちろんジャワドで、他に侍女のニカと、護衛にハーフェズという騎士がついて来ている。レギーナにとっては正直必要ないのだが、他国の宮殿内で帯剣したままうろつくわけにもいかないし、宮殿内ではどこに移動するにも必ず侍女と護衛の随行が必要だと言われれば断れるものでもない。
ハーフェズは20代後半の男性で、騎士らしくがっしりとした体格で上背もあるが、そこまで威圧的でもなく物腰も柔らかい。おそらく貴族階級の出身だろう。
到着した書殿は、広さこそそこまでないものの窓が少なく、天井まで届くほどの書棚が林立していて、壁もほとんどが書棚になっている。そしてそこに大小様々な書物や巻物がぎっしりと収められていた。
「なかなかの量を蒐集してあるわね」
「およそ二十万冊ほどになりますか」
「さすが、王宮の書庫ともなるとよう集めとんしゃあね」
「これでもずいぶん減ったほうなのですよ。旧都の書庫からはほとんど持ち出せませなんだので」
旧都ハグマターナの旧王宮書殿から持ち出せていれば、軽くこの倍にはなっただろうとジャワドは言う。
「さて、ここからは専任の司書官に任せることと致しましょう。丁度参ったようですのでね」
ジャワドの視線を追うと、そこに白無地の法衣姿の小柄な人物が立っていた。
「お待ちしておりました勇者様。わたくし、皆様の文献調査のお手伝いを専属で務めさせて頂きます、司書官のダーナと申します」
ダーナと名乗った人物は、そう言ってうやうやしく腰を折った。短めに揃えられた黒髪がサラリと流れて、一瞬だけその顔を隠す。姿勢を直した時にもその髪が柔らかく揺れた。
一見して中性的で、男性なのか女性なのかよく分からない。顔立ちはよく整っていて肌も白く、仮に男性だったとしても化粧して着飾れば、体格とも相まって女性で通せてしまいそうである。
ただまあ、ダーナの性別がどちらであれ、しっかりと仕事さえこなしてくれればそれでいいので、レギーナは特にツッコまない。
「専属っていうことは、あなたが古代語の翻訳とかもやってくれるわけね?」
「はい。まだ司書官としては若輩ですが、ひと通りの技能は身につけておりますのでお役に立てるかと思います」
声を聞いてもなお男か女か分からない。そうなると逆に気になってしまったりしまわなかったり。
だがレギーナには、それ以前に引っかかったことがある。
「あなた、ケターブ・ダビールって言ったわよね」
「えっ……はい、そうですが」
「ジャワドって確か、宮殿秘書と名乗ったわよね?」
「左様ですな」
「……戸籍官もダビールじゃなかった?」
「戸籍官でございますな」
「なんだかダビールばっかりじゃない?」
レギーナたちはまだ誰も[翻言]を習得していないので、ジャワドも侍女たちもダーナもみな現代ロマーノ語で会話してくれている。その中で現代ロマーノ語にない「ダビール」という単語がやたらと耳に残ったのだ。
「ああ、それですか。ダビールというのは、いわゆる書記官を指す言葉なのですよ」
ジャワドによると、ダビールとは本来は文書を記す官僚のことなのだという。文書の記述と管理を司るため、行政組織のほぼ全てに書記官が配置され、それだけでなく王族の秘書や地方への伝令なども務めるようになったのだとか。
そして現在では戦地へ赴く軍にも必ず記録官としてダビールが随行するし、医療記録の保存のために医療現場にも立ち会うし、裁判記録や戸籍、生産や物流、人口調査なども記録するし、拝炎教や崇偶教といった宗教施設にも派遣されているという。
「それら書記官を統括する者として、書記官長という官職もございますな」
リ・カルンでは、行政組織を束ねる大臣級の役職を卿といい、全部で七名が任じられて“七卿”と総称する。書記官長はその下、“七官長”と呼ばれる官僚たちの長官の最高位になるそうだ。
「とはいえ、書記官たちは各部署の命令系統に属しておって、書記官長の直接の指揮命令下にあるわけではございません。建前として各部署に書記官長が派遣しておる事になってはおりますが、基本的には書記官長が書記官に及ぼす権限は限定的でございます」
「……じゃあ、書記官長がいる意味ないじゃない」
「書記官長とは要するに『王の秘書』ですな。王の執務をお佐けし国政を滞りなく遂行して頂くために、国家行政の全てに通暁しておかねばならんのです」
ゆえに各部署の書記官を歴任し、行政の隅々まで知り尽くした者が書記官長に任命されるのだと、ジャワドは語った。
ちなみにジャワドは今回の宮殿秘書を無事に務め上げれば、次は大王殿の宮殿秘書に昇進する見込みだという。そこまで行けば書記官長への昇進も見えてくるそうだ。
「ま、わたくしめのことはどうでも良いのです。それよりも文献調査をなさいませんと」
「あっ、そうだったわね」
話がようやく本題に戻ったところで、ジャワドは書殿を辞去していった。昼食の用意が済み次第、知らせを送ってくれるそうである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
司書官のダーナが案内してくれたのは書殿の奥まった場所にある、厳重に施錠された扉の向こうだった。特別に許可を得た者だけしか立ち入りも閲覧も許されない、禁書庫なのだという。
「少々お待ち下さい。必要な書籍はすでに揃えてございますので、すぐにお持ち致します」
そう言ってダーナは一旦保管庫に引っ込んだあと、すぐにワゴンを押して戻ってきた。そのワゴンの上には十数冊の書籍が積まれている。
「お待たせ致しました。とりあえず、蛇王に関する一般的な記録はお持ちした書籍だけで事足りるかと思います」
「……ずいぶん多いわね」
ダーナは書籍を一冊ずつ、閲覧席のテーブルに並べてゆく。西方世界では、どれだけ情報を集めてもほとんど見つけられなかった蛇王に関する記録。それが現地ではこんなに残っているとは驚きである。
レギーナは一冊を手に取り開いてみた。だがリ・カルンの、アリヤーン民族の言語で書かれているので、当然ながら何が書いてあるか全く読めない。
「……ねえこれ、やっぱり私たちにも[翻言]が必要じゃない?」
「あー、そうですね。[翻言]を覚えて頂ければ、直接お読みになることも可能かと」
「そやねえ、ほんなら誰か教えてくれる人ば探さんと」
ちなみに書殿に来ているのはレギーナのほか、ミカエラとアルベルトとクレアである。ヴィオレはまず最初に[翻言]を覚えるためひとり居残って、今頃は侍女アルミタと銀麗に教わっているはずである。
「よければ、お教え致しましょうか」
「えっ、あなた覚えてるの?」
「はい。わたくし、司書になる前は通訳官を務めておりましたので」
「それもダビールなんだ……」
ちなみに通訳官は、リ・カルンの公用語であるアリヤーン語を話せない遠方からの朝貢使や西方からの来訪者のため、王宮はじめ各地の役所に必ず配置されているという。そうした地域に特使として派遣される政府伝達官に持たせる信書などの、現地語での文書起草も担当するそうである。
ダーナはその場ですぐさま他の司書官に依頼して宮廷魔術師を召喚してもらい、その立ち会いのもとでレギーナたちに[翻言]の術式を教授してくれた。詠唱の文言と発動確認は宮廷魔術師がチェックして、間違いなく発動したことを告げられた上で、レギーナは先ほどの一冊を再び開いてみた。
「……ホントに読めるわ」
書籍に書いてある文字は変わらずそのままだ。だが先ほどとは違って、何が書いてあるか明確に理解できる。
「ホントやね。書いてある文字そのまんまで読めるごとなっとるばい」
「うわあ、これ便利だなあ」
ミカエラもアルベルトも、やはり一冊を手に取って読んでみて感嘆の声を漏らす。クレアは無言のまま、すでに次のページを開いている。
文字そのままで読めるということは、街に出ても見知らぬ言語で書かれた看板がそのまま読めるということに他ならない。つまり[翻言]が発動している間は単独で行動しても支障がなくなるということになる。
「お気に召したのであれば良かったです」
「……あなた今、この国の言葉で喋った?」
「そこもご理解頂けましたか」
そう。微笑んで言葉を発したダーナは今確かに、知らない言語で言葉を発したのだ。なのにそれがそのまま耳に入って、しかも何を言ったのか理解できたのだ。
「…………これは確かに、最初に覚えなならんやったばいね」
ミカエラも[翻言]の有用性を改めて認識したようである。
「ていうかウチ、最初からずっと南部ラティン語のまんまやったっちゃけど」
「はい、[翻言]で聞いていましたから通じていましたよ」
恐るべきことに、ミカエラのキツいファガータ弁さえ全部理解されていたらしい。
「ええ……私かなり頑張ってファガータ弁覚えたのに……」
「……で、その後ろの彼は誰なのかな?」
ミカエラと普通に会話するための、過去の頑張りを無にされたように感じてレギーナがうなだれるその傍らで、アルベルトがおずおずと口を開いた。ダーナと宮廷魔術師の後ろで何やら書き取りをしている、もうひとりの存在に気付いたのだ。
「ああ、彼は大王殿の当番秘書です。勇者様が[翻言]を習得されたことを記録しています」
「えっそんな事まで記録するわけ!?」
「もちろんです。全ての事象は記録され、整理されて後に史官による史書の編纂作業に活かされます」
「ホントに全部ダビールなのね……」
一体全部で何種類のダビールがいることやら。もしも仮にダビール連中がストでも起こしたら、あっという間に国政が滞ってしまいそうである。
ということで次回更新は14日の予定ですが、書き上がらなかったらオトすかも知れません(爆)。
そうならないように祈っておいて下さい(笑)。
本年もお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます!




