1-14.【幕間】勇者様御一行の裏話(2)
アルベルトを救ったレギーナが何を思って彼と関わっていくことにしたのか。これはそういうお話です。
あと、ふたりを取り巻く人々の思惑なども少々垣間見えるかと。
訥々と話し始める目の前の中年冒険者の説明に、レギーナもミカエラも驚きを禁じ得ない。もちろんそれはヴィオレもクレアも同様だっただろう。
何しろ、いくら調べても全く見つからなかった蛇王の情報を、彼はペラペラと喋りだしたのだから。それも具体的に、詳細に。
「いやいや、おいちゃんちかっぱ詳しいやん!何それどこで調べたと!?」
「ちょっと待ちなさいよ、あなたどうしてそんなに詳しいのよ!?どんな文献にも『肩から二匹の蛇を生やした魔王』ってだけしか載ってなかったのに!」
しかも彼は一度戦ったことがあるとまで言う。
「ハァ!?昔戦ったですってえ!?」
「いやいや待ちんしゃいて!普通は戦うどころか遭遇したら生きて帰れんっちゃけど!?」
「ていうか戦ったのっていつなのよ!?基本的に封印から出てこれないはずなんだけど!?」
「「先代勇者パーティじゃない!! 」」
まさか勇者ユーリの言うことが、それを受けて自分たちで調べた結果が逐一全部本当だったなんて思いもよらなかった。あまりにも荒唐無稽が過ぎると、頭から決め付けて否定してかかっていたことを反省するしかないレギーナである。
というか、知らず知らずのうちに自分の頭が固定観念に凝り固まってしまっていたのかも知れない。自分だけでなくミカエラも、ヴィオレもクレアも。
であれば、自分たちとは思考回路の全く異なる人間を側に置いて、思考をブラッシュアップすることが必要なのではないだろうか。
…よし、決めた。
「あなた、私達について来なさい!
私達を案内して東方世界へ、蛇王の封じられている蛇封山まで案内しなさい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてそうと決めたはいいものの、本当に大丈夫なのか、自分たちの都合で振り回してやいないか、何より彼の意思を無視して無理やり連れ回す事態になってやしないか。
そう考えると急に不安になるレギーナである。
基本的に人は好いのだ彼女は。自分のワガママを押し付けて、他人の嫌がることを無理強いさせたくはないのだ。
だから。
「彼の普段の1日が見てみたいわ」
「…は?」
「だって彼のこと、まだ何も知らないのよ?そんなんで長旅を共にできるわけないじゃない!
だから今日は1日、彼に付いて彼の仕事ぶりを見ることにするわ!仕事ぶりを見れば人となりも分かるし、そうすれば私たちに同行させるに相応しいかどうかも分かるもの!」
「あ〜、まあ良かばってん…」
そうして一日中彼に付きまとい、森の中を歩き回り、彼と別れたその日の帰路。
「…で、どげんやったね姫ちゃん?」
「ん…まあ、悪い人ではないわね。真面目だし、無欲だし、私たちに色目や欲目も使わないし」
「私たちが勇者パーティだと知ってなお、普段通りだったわねえ、あれは」
「あの人は…良い人…」
「なんね、全員一致やないね」
そう言ってミカエラが笑った。
それが総意であることに、誰一人異存はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、彼は信用に値すると判断致しました」
アルベルトの元に押しかけて彼の仕事ぶりを1日かけて観察した翌日。
領主公邸にて、改めて事の経過を報告しているレギーナである。
「彼のことを気に入ってもらえたようで、我々としても安堵するばかりだよ」
穏やかに微笑むラグ辺境伯、勇者ロイ。
そしてその隣には“魔剣士”ザラック。
「アルベルトは、仲間と折り合いが付かずに挫折しかかっていたユーリを立ち直らせてくれた子でね」
ザラックが昔を懐かしむような目をして言った。
「それが今やすっかり希望を失って、ああしてずっと自分の殻に閉じ込もっておってな。あの子の気持ちを思えば、今まではそれを黙って見ているしかなかったんじゃが…」
つまり勇者ロイも魔剣士ザラックも彼のことを知っていて、ずっと気にかけつつ見守っていたということになる。
そしてもちろん、勇者ユーリも。
「彼に手を差し伸べてくれて感謝しているよ、勇者レギーナ。正直な話、彼に話を聞くだけ聞いてそのまま発ってしまうとばかり思っていた」
「あ…いえ、その…」
ザラックとロイに口々に謝意を述べられてレギーナは口ごもる。まさか彼の都合も考えず、自分の思惑だけであとは特に深くは考えてなかったなどと言える雰囲気ではなかった。
「君の見立て通り、彼はこの先の道中、のみならず東方世界に至ってからも君たちの役に立つだろう。どうか共に力を合わせて、立派に役目を果たしてきてほしい」
「…分かりました。ご期待に沿うよう精進致します」
ロイのその激励に、彼女はただ頭を下げて応えるしかなかった。
「時に、君のところは女性ばかりだと聞いておるんじゃが、本当に彼を同行させて大丈夫かね?」
「えっ、……………………あ。」
ザラックにそう言われて、今更ながら気付いたレギーナであった。
「ちょっとミカエラ!!」
「おっ、帰ってきたかいね姫ちゃん。
で?どげんしたとね、そげん顔ば赤うしてから。ロイ様になんか言われたん?」
大慌てで宿の部屋に戻ってきたレギーナの様子がおかしいのに、ミカエラが目ざとく気付いた。
「彼!」
「彼?」
「彼よ!彼だったの!」
「うん、ちぃとなと落ち着こうか姫ちゃん。何言っとるか全然分からんばい」
「だから『彼』なの!男の人なのよ彼は!!」
「…そうばい?」
「…えっ?」
さも当然分かっている、とでも言いたげなミカエラ。
その様子に狼狽えるレギーナ。
「分かっとって連れてく言うたんやないとね?」
「え、えっと…」
レギーナの顔がみるみる羞恥に染まっていく。
「あーまあ、その反応も一応想定だけはしとったっちゃばってん、やっぱ解っとらんやったばいね」
「み、ミカエラは分かってたの?」
「そらそうやろ。やけん脚竜車の新調も反対せんやったし、間取りもあん人の寝室だけ分けたやん?」
「レギーナ。さすがにそれは反応がベタ過ぎるわね」
「び、ヴィオレまで!?」
「まあもう決めてしもうた事やけん、諦めり」
「い、嫌よ!!」
〈賢者の学院〉での寮生活まで含めて、今まで王宮の外では同性とばかり行動を共にしてきたレギーナである。今さら異性がそれに加わるなどと、改めて気付いてしまうと拒絶反応しか出てこない。しかもそれが一台の車両での長旅とくれば、とても耐えられるとは思えない。
未婚の王族の常として、レギーナもまだ男性を知らぬ身であった。ゆえに知り合ったばかりの無縁の男性との長旅など、とても考えられたものではなかった。
だが、それでも彼女は冒険者、勇者である。
課された使命は果たさなければならない。
「諦めりて。もしなんかちょっかい出してきたりしよったら、そん時にゃ半殺したらよかだけやし」
にこやかな笑顔で神徒にあるまじき不穏当な言葉を吐くミカエラを見て、レギーナは絶句する。そこそこ長い付き合いだが、この娘は時々自分でも引くぐらい過激な言動をする事がある。
「だーいじょうぶて。あん人ウチらの誰よりも弱かっちゃけん心配なかて。
それに姫ちゃんも言いよったやん?『色目も欲目も使って来んやった』て」
「そ、それは言ったけど…」
確かに彼は、丸一日一緒にいても4人の誰にもそういう態度を取らなかった。美女と見て口説くでもなく、勇者=権力者と見て阿るでもなく、見るからに自然体だった。親子みたいな年の差のクレアにはまだしも、年齢的に釣り合うはずのヴィオレはもちろん若々しさと美しさに溢れるレギーナやミカエラに対してもそうだったのだ。
だが調べた限りでは結婚もしていないし恋人がいた形跡もない。そんな男が女に飢えていないはずはないのだが。
「あん人、多分まだ“魔女”さんに惚れとんしゃあけん、その意味でも心配なかろうて思うばい?」
「あっ…」
墓地でのことをレギーナは思い返す。
あの時は無駄なことをとしか思わなかったが、死んだ仲間が惚れた相手だったのなら、そしてその人を未だに忘れられていないのならば分からなくもない。
でも、それでも。
「人柄は完璧、知識も経験も豊富、料理も御者も任せられてユーリ様やらロイ様のお墨付きまでもろうて。性別以外は最高の人材なんっちゃけん、その性別だけで切るゆうんはウチは反対ばい」
「それにレギーナも、少しは男の人に慣れておかないとねえ。陛下の持ってくる縁談から逃げてるのも、男性に慣れてないからでしょう?」
「う、ううう…」
「はい多数決。諦めりーね」
「く、クレアは!?クレアはどう考えてるのよ!?」
最後の望みとばかりに視線を泳がせたレギーナの目に飛び込んできたのは、瞳を輝かせてこの先の旅に思いをトリップさせている少女の姿だった。
どうやらこの場にレギーナの賛同者はいなさそうである。
「それにくさ。あん人自身がそげんして疑わるうとば分かっとんしゃあけんね」
「…えっ?」
「やけんあん人、自分で御者台の真後ろに自分の寝室ば拵えんしゃったやん。そんで移動時の居室と廊下ば挟んでウチらの寝室と離しんしゃったやん?」
アルベルトは特注脚竜車の発注図面において、御者台の右後方下部に大型冷蔵器を設置して、脚竜の餌を御者台からも直接取り出せるように配置していた。そしてその上部の空きスペースに自分の寝床と道具置き場を設定していたのだ。
そして中央には短い廊下、御者台の左後方から中央部はメインの居室、冷蔵器の横には水回り、つまり調理台とトイレを設置して、さらにその後方にレギーナたちの寝室、寝室の左壁面側に廊下を追加して最後尾に荷物室。
そういうレイアウトで発注されているのだ。そしてその図面の控えは今レギーナの手元にある。
「下手に夜這いでもかけろうもんならすぐバレるごと、自分でしとんしゃっとよ」
「だから安心していいわ。ていうか私がいる限りはまず気付くから、ちゃんと守ってあげるわよ」
ミカエラとヴィオレが口々にダメを押す。
「だ、大丈夫…かしら…」
「ええ、大丈夫よ」
「安心しいて、守っちゃあけん」
そこまで言われて、ようやく鉾を収めるしかないレギーナであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「上手いこと誘導したじゃないかね、ユーリ坊」
“通信鏡”の向こうで満足そうに笑みを浮かべているのはバーブラだ。
「先生には敵いませんね。どうせ全てお見通しだったのでしょう?」
「さてなんの事やら。歳を取ると物忘れが酷くてねえ」
歳のせいにして誤魔化してはいるが、おそらく彼女は会ったこともない、18年も前に“輝ける虹の風”から離脱した男のことさえ知っていたはずだ。だからこそ、自分には何も言うなと釘を刺した一方で『他にも知っている者がいることを教えるな』とは言わなかったのだ。
『先生の想定していない抜け道』どころか、それこそが彼女たちに先生が用意した『本道』だったのだ。
バーブラはレギーナたちにとってだけでなく、ユーリにとっても恩師にあたる。そういう意味では、卒業して何年経っていても教え子たちはその掌の上で転がされている事になる。
このままではどうやら『勝ち逃げ』されそうだな、とユーリは苦笑するしかない。
「彼女たちは“彼”を連れて行く事にしたようですよ」
「ああ、ロイ坊から聞いとるよ。それが最善手じゃろうて」
二世代前の初老の勇者でさえ「坊や」扱いである。これは本当に勝ち逃げされるかも知れない。
「もしやそれも先生のお導きで?」
「あたしゃがそんな何もかも差配できるものかね、神様じゃあるまいし。アンタじゃなけりゃロイ坊だろうさ」
この時ふたりはまだ、レギーナが自ら連れて行くと言い出した事を知らない。それを知った時にバーブラがニヤリと笑って「そうかい。あの子も“一端”になったという事だね」と独りごちたことは、誰も側にいない執務室での出来事だったため、他の誰にも知られることはなかった。
「さて、それじゃああとは吉報を待つだけさね」
「ええ、その通りですな」
「あの子たちにもアンタにも、“あの子”にも、いい未来が来るといいねえ」
「そのために我々がここまで骨を折っているわけですから、そうなってもらわねば困ります」
「さてなんの事やら。あたしゃは何もしとらんさね」
この日一番の韜晦を、老婆は笑みに浮かべたのだった。
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