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5-14.アルベルトの新たな得物(2)

「確かに良い刀だけど、これは……」

「せっかくじゃ、ちと試し斬りさせてやろう」


 手渡された上業物の刀を何故か微妙な顔つきで眺めているアルベルトやレギーナたちを、景季(かげすえ)は工房の奥に通した。足の踏み場もなさそうな散らかり放題の作業場の奥に扉がひとつあり、その扉を景季は開けてその向こうへと消えていく。

 扉を抜けたその先は常設市(バーザール)の外だった。さほど広くはないが柵で囲われた敷地の中に、試し斬り用なのか藁束がいくつか立てられており、人ひとりが刀剣を振り回すには充分な間合いが取ってある。


「これ、何が巻いてあるわけ?」

「これはイネの茎を干したもので“(わら)”という。繊維質が強くての、斬ろうとしても素人には案外斬れんもんじゃ」

「イネというのは西方で言う(オリュザ)のことじゃな」

「……ああ、白米(リゾ)の草のことね」


「ほれ、どれでも構わんから、ひとつ斬ってみい」

「そ、それじゃあ……」

「私も斬っていい?」

「あんたの宝剣なら斬れて当然じゃろうが」

「姫ちゃんが斬るとやったら、ウチも斬りたかぁ」

「そんなに斬りたいならうちの刀を買ってからにしてもらえんかの!?」


 後ろで三文漫才を繰り広げている有象無象(ギャラリー)を尻目に、アルベルトはひとつの藁束と対峙してみる。新しい得物は鞘込みの重量で以前の片手剣とほとんど変わらず、違和感は特にない。念のために何度か抜き挿ししてみるが、取り回しにも違和感はなかった。

 ひとつ深呼吸して、アルベルトは抜いた段平を右手に持って、半身になり中段に構えた。


「あー、そうじゃないわい」


 それを見て景季が声を上げる。


「刀で斬る時は必ず両手じゃ。利き手じゃない方は添えるだけじゃがな」

「えっ、⸺こう、ですかね」

「そうじゃ。足の運びはそれでよいから、あとは斬り下ろした瞬間に利き手と逆の手で刀身を後ろに引(・・・・)()んじゃ」


 言われるままにアルベルトは上段に構え直し、袈裟斬りに斬り下ろして、そして刀を引いた。

 一瞬揺れた藁束は、最初は何事もなかったように見えた。だがすぐに斜めにズレて、そしてゴトリと重い音を立てて地面に落ちた。


「ちょっとそれ、鉄芯仕込んであるじゃない!」

「えっ!?」


 レギーナの声に驚いて藁束を見ると、確かに巻かれた藁の中から鉄の芯が見えている。それも直径が2デジ半(約5cm)ほどもあり、それが斜めに鮮やかに斬り落とされている。

 そしてそんな物を斬ったというのに、アルベルトの手にある段平には刃こぼれひとつなかった。


「全然、鉄を斬った手応えじゃなかったのに……」

「上業物級ともなればこのくらい斬れねばのう。とはいえ、この太さの鉄芯が斬れるのはお前さんの技術がしっかりしとるからでもあるがの」


 唖然とするアルベルトに、景季がニッと笑ってみせた。


「というわけでその段平、()を“断鉄”とでも付けようかの」


「ちょっと安直だけど斬れ味も申し分ないし、良いんじゃない?」

「確かにそうだけど、でもこれ、ずいぶん高いんじゃ……?」

「安直とか言うんじゃないわい。⸺そうさな、そいつは認定申請しとらんからの、お前さんになら金貨二百枚で構わんよ」

「にひゃ……!?」

「ほんなら、白金貨(フィオーラ)でよかろうか」

「えっちょっミカエラさん!?」

「おお、それならわざわざ数える手間が省けて助かるわい」

「いやいやカゲスエさん!?」

「最初から()うちゃあて言いよっちゃけん、今さら遠慮やらしてどげんすっと(どうするの)よ。⸺はい、白金貨2枚ね」

「うむ、確かに」


 こうして、あれよあれよという間に上業物の銘刀を手に入れてしまったアルベルトであった。


「…………センジュイン、カゲ……カゲ、ミツ?」


 そして、そんなアルベルトの後ろでレギーナが何かに気付いた様子で何事か呟いている。


「なんかどこかで聞いた気がするんだけど。似た名前でカゲミツって刀鍛冶、居たわよね?」

「⸺ん?そうじゃな、金剛院四代景光(かげみつ)は儂の師匠じゃが」

「あ、それ!コンゴウイン!最上業物でしょう!」


 東方世界の東の(はて)に、“極島”と呼ばれる島国がある。そこで生産される玉鋼(たまはがね)と呼ばれる、強度としなやかさを兼ね備えた特別な鋼で打たれる反り身の片刃剣は『刀』と呼ばれ、この世界ではやはり東方世界のヒンドスタン帝国南部で生産されるテリン鋼で作られた『シャーム剣』とともに、世界最高の斬れ味を誇るとされている。

 その刀には極島の鑑定師ギルドが鑑定し認定する格付けがあり、上から順に最上(さいじょう)業物(わざもの)、上業物、業物、良物(よきもの)数打物(かずうちもの)と五段階にランク付けされる。数打物は軍の制式装備などの大量生産品、良物はそれよりも品質のいい少量生産品で、業物以上になると一点物として(めい)が与えられ、切れ味が強化されていたり術式付与がなされていたりと、それぞれ固有の価値がつく。

 その中でも最上業物は15名の刀工が鍛えたわずか21振りの刀剣だけしか認定されておらず、その多くは東方世界各国の国宝級として西方世界にまで名が轟いている。景季の師匠、金剛院景光はその15名の刀工のひとりであり、代表作“霞斬(かすみぎり)”が最上業物に認定されている。


「おお、さすがによく知っとるのう西方の勇者様は!」

「言ったでしょ、これでも刀剣の目利きには自信があるって。ていうかあなた、私が勇者だって知ってたの?」

「そりゃあお前さん、今度来る西方の勇者は宝剣持ちじゃと噂になっとったからな。鍛冶界隈ではどうにかしてひと目見て模造できんものかと、皆目の色変えとるわい」

「“宝剣”は神が鍛えたって言われてる霊遺物(アーティファクト)よ?模倣できるわけないじゃない」

「そうじゃな、儂も実際に目の当たりにしてよぉく思い知ったわい。ありゃ“神器(じんぎ)”じゃ」


 剣身を眺めただけなのに、どうやら景季は宝剣の特異性さえ正確に見抜いたようである。


「へえ、見ただけでも分かるのね」

「そりゃそうじゃろ。刀剣の目利きができん刀鍛冶なんぞおらんわい」

「まあそれもそうね。ところで、この刀って認定申請しないわけ?」

「そりゃ申請したいのは山々じゃがの、そんなもん出してしまえば儂の居所がバレるからのう」


 千手院(せんじゅいん)景季(かげすえ)。今でこそ西の果てリ・カルン公国にまで流れてきて小さな工房を開いているだけの刀鍛冶だが、金剛院(こんごういん)流最高の刀鍛冶と称えられる四代景光(かげみつ)の最後の弟子にして、師に「最良の弟子」とまで言わしめた人物である。元々細工や鍛冶を得意とする倭人(ドワーフ)だったこともあり、その技量は景光の弟子たちの中でも卓絶していたという。

 だがそんな鍛冶の腕と師匠の評価を兄弟子たちに妬まれ、種族が異なることも疎まれて、師匠が病に倒れて弟子たちの統制が緩んだ隙に彼ひとりが罠に嵌められ追放されてしまったのだ。刺客まで放たれたために彼は極島を脱出して大陸の華国に逃れ、さらに絹の道(ジュァン・ルー)を伝ってリ・カルンまで流れてきたのだ。金剛院は名乗れなくなってしまったため、同じ“曼荼羅教”の神の名である千手を号とし、景光の(すえ)の弟子として“景季”を名乗って、そして今に至る。


 ちなみに彼を追い出した兄弟子は、師匠が病から恢復せずに亡くなったあと正式に金剛院五代目を名乗ったものの、師匠には遠く及ばぬと酷評されて金剛院の名は地に落ちたというが、それはまた別の話である。



「これ、やっぱり俺、金払うよ」

「気にせんでよかて。せっかくタダで手に入るっちゃけんが、素直に喜んどきーよ(でおきなさいよ)

「いいから受け取りなさいよ。それはあなたの働きに対する報酬でもあるんだから」


 報酬、と言われて思わず首を傾げるアルベルト。


「あなたね、最初に言ったじゃない。報酬は現物(・・)あるいは金銭で本人に直接支給、って」

「…………あっ」


 そういえばここまで、報酬らしきものは何も受け取っていないアルベルトである。そして今、彼の手に今あるのは上業物級の銘刀。立派な現物である。


「でも……それにしたって高すぎないかい?」

「むしろ安すぎるわよ」

「全然足りとらんて思うばい?」

「ええ!?」

「だって考えてもみなさいよ。あなたティルカンではクレアを正気に戻してミカエラの命を救ってるのよ?」


 クレアは誘拐され、催眠暗示をかけられてミカエラを敵だと思い込み、彼女の心臓(霊炉)を魔術で撃ち抜いたのだ。それは僅かに心臓を外れていたものの、そのまま効果的な治癒が施せなければ間違いなくミカエラは死んでいたことだろう。

 だがアルベルトがいたおかげでクレアは正気を取り戻し、ミカエラも当代最高クラスの腕前を誇るマリアの[治癒]と[請願]を受けることができて、後遺症も残らないほど完璧に治してもらえたのだ。


「そしてアンキューラでは血鬼との戦いで助けてくれたばかりか、私が受けた銀麗(インリー)の毒まで解毒してくれたっていうじゃない」


 血鬼以上の存在と戦った経験のなかった蒼薔薇騎士団は、アルベルトがいたおかげで比較的楽に討伐を成功させることができたのだ。そしてその直後に襲ってきた銀麗の用いた虎人族(レェン・フー)秘伝の毒薬も、以前銀麗の母である朧華(ロウファ)から同じ毒を受けたことがあり、その時に飲まされた解毒薬の残りを取っておいたアルベルトのおかげで、迅速な解毒ができてレギーナも一命を取り留めたのだ。

 まあそれに関しては実のところ、その後に正体を隠して[請願]を下ろしたマリアの手柄のほうが大きいのだが、それを知らされていないレギーナにしてみれば、アルベルトは間違いなく命の恩人(・・・・)と言えるのだ。


「“到達者(ハイエスト)”ふたりの命を救っておいて、しかもこのアスパード・ダナまでの案内も務め上げて、その上あれだけ満足のいく食事を毎回作ってくれて御者まで務めてくれたっていうのに、報酬がたった白金貨(フィオーラ)2枚ぽっちで足りるわけないじゃないの」

「そやねえ、少なく見積もっても白金貨10枚ぐらいはいっとっ(達してる)ちゃない(んじゃない)?」


 冒険者ランク“到達者(ハイエスト)”は現状、全員が勇者候補もしくはそのパーティメンバーに限られている。勇者候補の命の対価と考えれば、ひとりにつき白金貨10枚と見積もっても高すぎることはないだろう。


「そう……か、そうだね」

「そうよ。これでも私たちはあなたに感謝してるんだから。⸺ここまで私たちをサポートしてくれて、ありがとう。その刀はその感謝のしるしなんだから、受け取って頂戴」


 レギーナもミカエラも、アルベルトに穏やかな眼差しを向けている。本当に心から感謝の気持ちを向けてくれているのだと、さすがのアルベルトにも伝わるほどに。


「こちらこそ、ありがとう。じゃあ、遠慮なく頂きます」


 こうして、アルベルトは新たな得物を得た。銘を千手院景季“断鉄”、認定こそされていないが、上業物の名刀である。


「でもまだあなたの仕事は終わりじゃないからね?蛇封山の封印の洞窟まで、しっかり案内してもらうから!」

「姫ちゃあん、その一言は余計やったばい……」






結局、大晦日更新で(笑)。

おかげさまで(中断期間がありながらも)連載丸2年を迎えることができました。これも日頃からお読みくださる皆様のおかげです。ありがとうございます!

(2022年1月3日より投稿開始)


来年もどうか、よろしくお願い申し上げます。

それでは皆様、良いお年を!

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― 新着の感想 ―
[一言] 大晦日に更新ありがとうございます。 良いお年を!
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