5-13.アルベルトの新たな得物(1)
その夜の晩食は贅を尽くしたリ・カルン料理の数々……とはいかず、アプローズ号に残っていた食材でアルベルトがちゃっちゃとこしらえて全員が舌鼓を打った。全員、そうレギーナたちだけでなくジャワド以下侍従たちや侍女たち、専属料理人であるヒーラードすらレギーナの許可を得て、食事室で相伴にあずかったのである。
というのも、ヒーラードが是非にと懇願したためである。レギーナたち西方人の舌に合う料理をすぐには供せないということもあったし、何より陳大人の直弟子の料理を彼が食べたがったのだ。そしてアルベルトの方でもアプローズ号に残った食材を無駄にしたくなかった事もあり、最後は快諾したわけだ。
ちなみにレギーナたちは一も二もなく許可を出した。元々食べ慣れていて安心だということもあったし、東方世界で世界的な大料理人の弟子だと聞いてしまった以上、どうしてもそういう目で見てしまったからでもある。
「……なんでこんな美味しい料理を作れるのか、ようやく納得できた気がするわ……」
「なんかもう、気安う『おいちゃん』やら呼んだらつまらん気のしてきたばい……」
「まあでも、“美味しい”のは正義ですものね……」
「クレアはずっと、おとうさんの料理で生きていくから」
クレアさん、そりゃ無茶ってもんです。
ちなみにヒーラードは目一杯頬張りながら感涙にむせび泣いていた。侍女たちもそれぞれ絶賛しながらおかわりしていたりする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、本日の皆様のご予定ですが。いかがなさいますかな?」
一夜明け、揃って一階の食事室で朝食を終えたところで、ジャワドが尋ねてきた。ちなみに彼ら使用人たちも、離宮に滞在者が居る間は離宮内の使用人棟で起居するため、朝から当たり前のように揃っている。
「そうね、まずは蛇王に関する資料を探して……」
「あー、姫ちゃんタンマ」
当初の予定通りに、まずは蛇王に関する調査と情報収集。そう思って言いかけたレギーナの発言をミカエラが遮ったではないか。
「……なによ?」
「先に買い物行ってもよかろうか」
「…………買い物?」
昨夜ジャワドから「必要なものがあれば何なりとお申し付け下さい」と言われているのだから、わざわざ買いに行かなくともジャワドに頼めばいいのに。
そう首を傾げるレギーナに対して、ミカエラは言う。
「ほら、おいちゃんに新しか剣ば買うちゃあて約束したやん」
そう言われれば、確かにそんな約束を彼女がアルベルトにしていたのをレギーナも憶えている。アナトリアの皇城地下のダンジョン攻略中でのことだ。
前衛職であるアルベルトが得物を新調するのなら、確かに早いほうがいい。そのほうが習熟する時間もより多く取れるのだから。
「あん時おいちゃんが、こっちの王都に目当てのあるごと言いよったやん?」
「そう言えばそうだったわね。じゃあ昼までに済ませましょうか」
「あー、ミカエラさん憶えてたんだ」
「そら憶えとうくさ。そやけんちゃっちゃと行ってこう」
「いやあ、それなんだけどね……」
なんだかアルベルトの歯切れが良くない。
「なん、どげんしたとね?」
「よく考えたら、前回来たときに俺が滞在してたのってアスパード・ダナじゃなくてハグマターナなんだよね……」
つまり、アルベルトが行きたかった店はアスパード・ダナではなくハグマターナにある、ということのようだ。
「なァんねもう、そげんとは早よ言わなつまらんやん!」
「いやあ、うっかりしてたよね」
正確にはうっかりではなく、あの場限りの社交辞令にするつもりでアルベルトが黙っていただけである。彼もミカエラがまさか憶えているとは思っておらず、改めて言い出されて実は慌てていたりする。
「……ふむ、お話を伺っておりましたが、要はそのお目当ての武器商がこの街には居らぬと、そういう事ですかな」
「ええと、まあ、そういう事になりますね」
「それでは、その者が王都に移ってきておるかどうか戸籍官に調べさせましょう」
「……えっ」
ジャワドが言うには、遷都に伴って旧王都ハグマターナから王都アスパード・ダナに移住した者も多く、その武器商も移ってきているかもしれないとのこと。そうした移住登録は戸籍官の管轄であり、調べればすぐに分かるのだそうだ。
「ほんなら調べてもらおうや」
「え、そ、そうだね?」
「なんでキョドってるのよ」
「どうせまたおいちゃん遠慮しとっとやろ。気にせんでよかて言いようとに」
「では、その武器商の名と店の名、それに特徴などお教え願えますかな」
「ええと……極島から移ってきたドワーフの刀剣鍛冶だって言ってましたけど……」
「ほほう、極島出身のドワーフとは珍しゅうございますな。それならばすぐに調べられると思いますので、しばしお待ちを」
そうしてジャワドはシアーマクを遣わして戸籍官に調べさせた。シアーマクはすぐに戻ってきて、武器商が移住してきていると告げた。
というわけでアルベルト、ミカエラ、レギーナの3人はまず買い物に出ることになった。
「……銀麗もついて来るの?」
「吾は勇者殿にではなく、主に随従するだけだが?」
そういえば銀麗は、まだアルベルトの契約奴隷のままである。特に止める理由もないので、彼女も加えて4人での買い出しである。
目当ての武器商は常設市のひとつに店舗を構えているとのことで、早速向かうことになった。ちなみに離宮からは中央の宮殿や庭園を抜けるのではなく、北西の通用門から直接外に出られるそうである。その移動も大きなアプローズ号を使うのではなく、王宮の馬車を出してくれるという。
今回に限らず、宮殿外に所用のある際にはいつでも馬車を出してくれるそうだ。レギーナたちは別に宮殿からの外出を禁じられているわけではないので、いつでもジャワドに一言言うだけで全部手配してくれるとのことである。
向かった先のバーザールは規模の大きな、つまり東西南北にそれぞれあるという大常設市のひとつだった。王都内にいく筋も伸びる大通りのひとつを挟むようにして立っていて、通りのその部分だけ屋根覆いがある。そしてその通りから直接入れるようになっていた。
だがこれでは、通りの左右どちらにお目当ての店があるのか分からない。中に入って買い物客か店主かに道を尋ねなければならなそうだ。
というわけで早速、銀麗が店主を捕まえて聞いて来てくれた。
「お目当ての武器区画は今吾らのいる市場通りではなく、その隣の通りの奥にあるらしい。もう少し行けば連絡通廊があって、そちらに抜けられるとのことだ」
「じゃ、そっちに行ってみましょ」
バーザールは国内の市民向けの店が多いので、実を言うと中には現代ロマーノ語を話せない商人もいたりする。そのことに出発してから気付いたのだが、銀麗が「ならば吾が通訳すればそれで済む」と言ったので、遠慮なく頼ることにしたわけだ。
そして実際に銀麗が道を聞いてきてくれるので、これは地味に助かったかも知れない。なにしろレギーナたちはアルベルトを含めて誰ひとり[翻言]を習得していないのである。
しばらく進むと、確かに脇道が見えてきた。露天が並び買い物客でごった返すその通廊を抜けると、その先にある程度広さのある市場通りが再び現れる。
「…………これは確かに、私迷うかも」
目の当たりにしてみて、ようやく現実を直視する気になった勇者様がポツリと呟いた。
アルベルトの目当ての店は、武器商の区画の片隅に小さな工房を構えていた。
カールガーフとは店舗から独立した形の工房、つまり作業場であり、バーザール内にひしめくように立つ店舗とは少し趣が異なっている。ということはつまり、本来的には店舗として営業するスペースではないということになる。
「……誰も居ないじゃないの」
ごちゃごちゃと雑多に物が置かれている店内、店舗区画だと思しき敷地内に入って、まずレギーナが呟いた。
「多分、奥で作業してるんだと思うよ」
「店員は?」
「こげな小さな店やったら、まあ店主がひとりで切り盛りしとっちゃない?」
「ハグマターナで営業してた頃は、まだ店舗らしい形だったけどね」
そう苦笑しつつ、アルベルトはカウンターに置いてあるノッカーをガンガンと鳴らす。
「そこの瓶に立ててあるのが売り物の剣だね。壁際に並んでるのが斧と槍。あと短剣とかの類は頼めば奥から出してきてくれると思うよ」
「……なんじゃ、客か?」
しばらく待てば、奥から上半身裸のドワーフ男性がヌッと姿を現した。
「ええと、カゲスエさんで間違いないですよね?以前ハグマターナで店を出していた……」
「いかにも、儂が千手院初代景季だが。しかし珍しいのお主、よう儂の名を知っとったもんじゃ」
出てきたドワーフ、景季と名乗った店主は、どうやら現代ロマーノ語が通じそうである。
「ええと、18年くらい前にハグマターナのお店で幅広の片刃剣を見せてもらったんですけど……」
「…………おお、なんじゃ、あの時の西方人の小僧か!」
どうやら景季も若かりし頃のアルベルトを憶えていたようで、ニッと破顔した。
「あの時の剣か、あれに近いものって今ありますか?」
「無論あるとも。少し待っておれ」
そう言って奥に引っ込んだ景季がしばらくして出してきたのは、ずいぶんと幅広の鞘に収まった片手剣だった。長さ的には片手剣サイズだが柄の握りが拳ひとつ半ほどあり、両手使いもできそうだ。
鞘走らせると、出てきたのは峰のある独特な片刃の刀剣、つまり“刀”だ。身幅は鞘と同じく幅広で、峰がずいぶんと肉厚で、全体にわずかに反りがある。切っ先まで幅広のままの刀身は切っ先のみ峰に向かって急激に収斂し、先端が尖っている。
そしてそれは間違いなく、当時のアルベルトが見て欲しいと思ったひと振りであった。
「言っておくがこれは“剣”ではない。わが郷里に伝わる“刀”というやつでの、このような幅広のものを段平と呼ぶ」
「うわあ、懐かしいなあ、これ……まだあったんですね」
「これは儂が初めて鍛えた業物じゃからな。そうおいそれとは売るつもりはないのう」
当時の憧れを思い出して頬を紅潮させるアルベルトと、自慢げにニッと笑う景季。
そのアルベルトの横からレギーナが刀身を覗き込んだ。
「……まあまあの刀ね。⸺そうね、業物でいいと思うわ」
「なんじゃ嬢ちゃん、知ったふうな口を聞くのう」
「分かるわよ。こう見えても刀剣には一通り目利きができるもの」
「……む?嬢ちゃん、その腰の剣」
「ああ、さすがに刀鍛冶なら分かるわよね。⸺そう、“宝剣”よ」
「な、なんと!?ちょっと見せてはもらえんか!?」
そう言われてレギーナはちょっとだけ得意げに、スラリとドゥリンダナを抜き放った。狭い店内なので人や物に当てないように慎重に、だがよく見えるように掲げて見せる。
「さささ触らせてもろうてええかのう!?」
「やめといた方がいいわよ?この子に認められないと怪我じゃ済まないし」
「ぬぐぐ……さすがは宝剣、ということかの……」
世に十振りしかないとされる宝剣は、宝剣自身が認めた正当な継承者以外には触れることさえできないと言われている。例外的に、継承者が信用し接触を許可した相手ならば触れられるようになるが、初対面の景季をレギーナが信用できるはずもない。
「それで?そっちの業物はいくら出せば売ってくれるわけ?」
「はぁ〜眼福じゃった。⸺なんじゃ、コイツを買いたいのかの」
「あの頃には手が出ませんでしたけど、せっかく来たし今度こそ買おうかなと」
にへらと微笑うアルベルトを眺めて、景季が職人の顔に戻る。
「お前さんのその腰の剣、ちと見せてみい」
景季はアルベルトから愛用の片手剣を受け取り、鞘から抜いて何度も角度を変えて品定めする。
「数打物じゃし、もうとうに寿命を超えとる。じゃが、これはずいぶんと丁寧に使っておったの。今にも“付喪”になりそうじゃ。⸺これの代わりが欲しいのなら、今のお前さんにならもっと良い刀があるのう。持ってきてやろう」
彼はそう言って一旦奥に引っ込んで、ひと振りの刀を持ってきた。
「これは最近鍛えた中でもっとも出来の良いひと振りでな。同じ段平でも、こちらは上業物の認定にも問題なく通る逸品じゃと自負しておる。ほれ、抜いてみい」
言われるままにアルベルトが抜いてみると、全体的な作りは先の業物と変わらないが、明らかにものが違うとひと目で分かる。波打つ刃紋が美しく、白銀に輝く刀身は荘厳さすら感じられる。
「あら、これいい刀じゃない。あなた、これにしなさいよ」
「こらまた切れ味も鋭そうやね。いいやん」
レギーナもミカエラも満足のいく名刀のようだ。
最近、文字数5000字超の話が続いててちょっとヤバい!次、次こそは文字数控えめで……!(願望)
次回更新は順当なら12月31日大晦日なんですが、果たして大晦日の夜に更新して読まれるものやら……?
もしかしたらお休みにして1月7日に回すかもです。
※前後編になったのでほぼ書き終えています




