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5-12.極星宮

 謁見を終えたレギーナたち一行は、案内されるままに対面殿を出て、離宮へと案内された。案内してくれたのは対面殿の控室に呼び出しに来た壮年の執事で、宮殿秘書(ダビーレ・サラーイ)のジャワドと名乗った。彼が今後、レギーナたちの離宮を采配する責任者になるとのこと。

 ちなみに謁見自体は副王(ビダクシャー)のメフルナーズと、簡単に挨拶と今後の予定の取り交わしをしただけでアッサリと終了した。対面殿にいたのはメフルナーズだけで、新王アルドシール1世はついに姿を見せなかった。やや失礼かと思いながらもそのことを質してみれば、後日改めて対面の機会を設けるとのことだったので、ひとまずは引き下がった形だ。


「国王陛下、結局出て()んしゃれんやったねえ」

「あのメフルナーズってどういう人なの?副王とか言ってたけど」

「俺の記憶に間違いがなければ、多分、新王陛下のすぐ上のお姉さんで、先代陛下の第三王女のはずじゃなかったかな……」


 さすがに20年近くも経てば、記憶も薄れるし人の容姿も変わるものだ。アルベルト自身も当時の王子王女たちには一度しか会っていないため、名前もうろ覚えだしいまいち断言しきれない。


「……姉王女ふたりは、どこ行ったのよ」

(とつ)いだっちゃない?」

「うーん、もしかしたら内乱の時に……」

「…………あっ」


 それ以上ツッコんではいけないと、口をつぐんだ一行である。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ジャワドの案内で通されたのは、柱廊を越えた先にある北西、北、北東と三棟あるうちの真ん中の北離宮で、極星宮サライェ・アバクスターと呼ぶそうだ。離宮ひとつにつき使節団クラスの団体が四組まで逗留できるそうだが、極星宮にはレギーナたち以外に利用者はいないとのこと。つまり、貸し切りである。


「我が国では“北”は不吉な方角でしてな。ゆえに極星宮は不人気なのです」


 言いにくいことのはずだろうに、ジャワドはあけすけにそう語った。なんでも、国教である拝炎教の教義では最高神の率いる善神たちに敵対する、悪神率いる悪魔たちは北からやって来るのだと言われているそうだ。


「……リ・カルン(この国)の国教って、崇偶教じゃなかったかしら?」

「おや、西方ではそう言われておるのですかな。我が国は古来より拝炎教を国教と定めておりましてな、崇偶教が我が国に広まってきたのは近年に至ってからのことに過ぎませぬ」


 よくよく聞けば、リ・カルンは拝炎教の発祥の地であるのだそうだ。そしてそれ以降、もう千五百年以上にもわたって拝炎教の信仰は深く根付いていて、人々の生活に欠かせないものとなっているという。

 それに対して崇偶教は、元は大河の向こうの下流西岸域にあるジャジーラトと呼ばれる地域が発祥だそうで、宗教としての歴史もまだ五百年を超えたところなのだとか。ジャジーラトの地に興るアレイビアの諸国は昔から大河を越えてリ・カルンに幾度となく侵攻してきており、そういう意味ではリ・カルンの人々には崇偶教への懸念や嫌悪感が根強いのだとか。


「確かに崇偶教も今や国教のひとつではございますが、正式にそう定められたのはアルドシール1世陛下が御即位されてからですな」


 当時の軍務卿であった“僭主”ラーギブがクーデターを起こした時、後にアルドシール1世と名乗ることになるアリア王子はまだ10歳の少年だったという。彼は僅かな手勢に守られて何とか当時の王都ハグマターナを脱出し、国内各所を放浪しながら潜伏していたのだという。そして15歳の時に満を持して挙兵したものの、一戦して僭主の軍勢に蹴散らされ、ジャジーラトの地まで落ち延びらしい。


「陛下はジャジーラトの地で協力者を得られましてな。その助けを借りて南から再び兵を起こし、ついに僭主めを打ち破ったのです」

「その見返りとして国教化して、国内での崇偶教の布教を認めた……ってことですか」

「左様ですな」

「なるほどね、おそらくその時の情報が誤って『国教が変わった』と伝えられたんだわ」


 ちなみに、アルドシール1世が僭主を打倒したのが5年前のことだという。翌年に戴冠して、今年はアルドシール4年になるのだそうだ。


「崇偶教の国教化には思うところはありますが、陛下が南から(・・・)攻め上がって(・・・・・・)北を倒した(・・・・・)のもまた、北は悪しきものという我が国古来の考え方に基づくものと言えましょう」


「ばってん、それならそれでそげんとこに客人(ウチら)ば住まわせるかいね普通?」

「いつの頃からかは定かではないのですが、かつての勇者様からのご要望を賜っておるそうでしてな。『蛇封山の望める北が良い』と。それ以来慣例になっておるのです」


 なるほど、そう言われれば確かに理屈としては理解できる。少なくとも宮殿の南側にやはり三棟ある、南の離宮よりはマシかも知れない。


「それに、これから暑くなりますからな。北面の離宮のほうがまだしも涼しくはあるでしょうな」


 ジャワドはそう(うそぶ)いてからりと笑った。なかなかサッパリとした性格のようだが、それはそれで客をもてなす宮殿秘書としてどうなのか。


「いや……この街って砂漠に囲まれてるから、北でも南でもあんまり変わらないんじゃないかな……」

「おや、バレてしまいましたか」


 旧王都ハグマターナは山岳地帯にあり、周囲を小さいながらも森林に囲まれていて、暑季でも比較的過ごしやすかった。だがアスパード・ダナの周囲は砂漠で、南側にザーヤンデ(ルード)の豊かな流れがあるとはいえ、風は乾いていて陽射しを遮るものもない。

 というかそういう意味では、川に近い南の離宮のほうがまだ涼しいまであるかも知れなかったりする。


「ま、それはさておき離宮でお仕えする者たちを紹介してしまいましょう」

「うわ流しおったばいこん人」

「さっさと済ませねば晩餐にできませんのでね。はっはっは」


 そう言われると断りづらいが、なんとなく釈然としないミカエラである。


「ま、慇懃(いんぎん)になられ過ぎるよりはマシだわ。不遜な態度を取るようなら更迭するだけだしね」


 一方のレギーナのほうは、意外にも鷹揚に構えていたりする。


「はっは、これは心せねばなりませんな」

「多少の軽口くらいは大目に見てあげるけど、過度にお姫様扱いするようなら容赦しないからね」

「おや、レギーナ様は西方のエトルリア王国の王女殿下でもあられると伺っておりますが……左様ですか。しかと承りましてございます」


(レギーナさんって、なんであんなに“お姫様扱い”を嫌がるのかな)

(姫ちゃん、お姫様扱いされたら勇者として軽く(・・)見ら(・・)()とる(・・)て感じるとげな(んだって))

(ああ、そうなんだね……)


 後ろでアルベルトとミカエラがヒソヒソ話していたが、レギーナは気付かなかったようである。



 極星宮のエントランスホールで、集められた離宮の使用人たちをジャワドが紹介してくれた。

 まずジャワドの補佐となる侍従が2名。フーマンは30代でいかにも善良そうな面差しの穏やかな青年で、シアーマクはちょっと軽薄な雰囲気の黒髪の若者だ。彼らは男性であるアルベルトの雑用も担当するとのこと。

 それから侍女が、侍女頭のサーラーを筆頭にアルターフ、アルミタ、ニカ、ミナーの5名。サーラーがヴィオレと同年代で、あとはいずれもレギーナと同世代、ミナーのみがやや若いという。


「ニカはイリシャ人ですので、西方の文化習俗にも通じております。こちらの習慣に戸惑われるようなことのないよう、心を配らせて頂きます」

「ニカと申します。よろしくお願い致します」

「そうなのね、それは助かるわ」

「アルターフは細かいところにもよく気のつく働き者でして、アルミタは治癒の魔術も扱えます」

「侍女頭サーラーの補佐を務めますアルターフと申します。なんなりと遠慮なくお申し付け下さいませ」

「ミカエラ様ほどではございませんが、離宮内の医療関連のご相談はわたくしアルミタにお任せを」

「ミナーはまだ未熟者ですが、どうぞ鍛えてやって下さいませ」

「が、頑張りますっ!」

「そうねえ、貴女はまず、肩の力を抜くのが先かしらね」


 厨房を預かるのはヒーラードという50代の恰幅の良い男性で、王宮専属料理人のひとりだとのこと。

 離宮の厨房で働くのはヒーラードの他には下人や奴隷たちばかりだという。この国は奴隷制度があり、犯罪者や戦争捕虜などの衣食住を保証する代わりに強制労働に従事させているのだそうだ。

 奴隷制度のほぼ撤廃されている西方世界で生まれ育ったレギーナたちには物申したい気持ちもあるものの、そこは他国の事情なので飲み込むしかない。


「……で、なんで俺を見てるのかな?」

「えっ、それはだって、あなたが作るんじゃないんだ、と思って」

「そりゃ作ってもいいけど……」

「おお、アルベルト様も料理を嗜まれるのですか」

「ええまあ。以前、ちょっと(チェン)大人に習ったことがありまして」

「な、なんと!?あの伝説の“料理の哲人(てつじん)”のお弟子様ですと!?」


 陳大人こと(チェン)健神(ヂェンシェン)は、東方の大国・華国においても数名しかいないとされる、“極級厨師”と呼ばれる最高峰の料理人のひとりである。彼はその高い技量と名声に飽き足らず、東方世界各国を旅して回り、征く先々で数々の伝説を打ち立ててきた。そのストイックに過ぎるほどの料理への情熱は単なる技芸の域を超えて『哲学に至る』とまで言われていて、それで“哲人”の二つ名がある。

 そんな大料理人がたまたまリ・カルン国内に逗留していた時に、そうと知らずに「料理を教えて欲しい」と突撃をかましたのが当時16歳だったアルベルトである。当時の彼の認識としては「どうせ習うなら上手な人に習いたい」程度のものだったが、知らぬがなんとやら、とはよく言ったものである。


「え、あの人そんな大層な人じゃないですよ。作るのも食べるのも大好きな、ただの料理好き(・・・・)ですよ」

「その料理好きが昂じて神技(レベル10)まで体得されたのがあの陳哲人なのですよ!!どうか是非!ぜひともわしにもその妙技をお教え下され!」


 ちょっと、などと本人は謙遜しているが、東方西方合わせても十名に満たぬであろう調理スキルレベル10の神技料理人から、半年近くかけて基礎からみっちり仕込まれたバケモノ(・・・・)がアルベルトである。

 まあ陳大人のほうは面白がって片手間に相手してやっていただけだったりするのだが、それでも指導に関しては手を抜かずきっちりと仕込んでくれたため、アルベルトは立派に弟子と名乗れる存在なのである。そして陳大人の正式な弟子の中で、公式に名が出ていない唯一の弟子(・・・・・)でもあった。


(うわ、また出たばいおいちゃんの“人脈”……)

(もうこうなると、『実はどこかの王族でした』なんて言われても驚けないわね……)

(教養はそれなりにありそうだし、無いとは言い切れないわねえ……)

(おとうさん、やっぱり凄い…!)


 レギーナたちが引き気味に呆れていることすら、アルベルトはサッパリ気付いていなかったりする。



 極星宮には警護役の騎士隊が、二個小隊20名配備されるという。隊長はサーサンという30代の屈強な騎士と、スーラと名乗った20代の細身の優男で、サーサンが全体の指揮を取るという。居並ぶ配下の騎士たちもなかなかの手練が揃っていそうだ。


「護衛は要らないんだけど」

「まあそう仰いますな。国賓の起居する離宮に護衛も付けぬとあっては、我が国の沽券に関わりますのでね」


 まあ確かに、そう言われてしまえば断れるものでもない。


「さて、あとは皆様の居室でございますが」


 離宮は他の宮殿と同様に立方体の構造をしていて三階建て、中庭を備えている。一階には食事室、お茶室、談話室、厨房、浴場、倉庫、警護の騎士たちの詰め所や小ホールなどを備えていて、二階以上が居室になっている。

 二階以上は四方に面した各辺がそれぞれ独立していて、他の逗留客とは居住空間が完全に切り離されている造りだ。それぞれの居住階に移動するためには、一度一階まで降りる必要がある。


「そうね、陽当りも良さそうだし東側でいいんじゃない?」

「姫ちゃんがそげん言うならそうしょっかね」


 蛇封山の見える北側を選ばないあたりが、いかにもレギーナらしい。


「じゃ、俺は南側に部屋をもらおうかな」

「えっ…………なんでよ?」

「なんで、って。男は俺だけなんだから一緒のとこに寝泊まりできないでしょ?」

「そ、そっか。そうよね」


 異性ということもあるし、何よりレギーナが王女でもあるので、そこのところは当然気を使うべきだとアルベルトは考えていた。


「階()変えたら良かっちゃない?」

「うーん、君たちがそれでいいならいいけど……」

「今さらおいちゃんがウチらにどうこうするやら思っとらんけん良か良か。姫ちゃんもそれで良かろ?」


「えっ、……そ、そうね」


 というわけで、黒一点のアルベルトが独り寂しく南区画で寝泊まりするのは回避される見通しとなりました。






お読み頂きありがとうございます。

次回更新は、書き上がれば24日の予定です(爆)。



新キャラがたくさん出てきたんで、防備録的に置いときます。

まあ後からもっとわらわら出てきますけど!(爆)



【極星宮の使用人たち】

※異邦人であるレギーナたちの世話を命ぜられるだけあって、全員が現代ロマーノ語を習得している。


宮殿秘書(ダビーレ・サラーイ)(dabīr-e sarāy)

[ジャワド] (Javad「自由」「寛大」「慈悲深く寛容」)

40代

極星宮を取り仕切る責任者。新王の指名でレギーナの元に配属された。意外と話のわかる男。


侍女(ドフテバンダグ)(dokht-e bandag)

※侍女は未婚女性が就く職業なので「娘の使用人」と呼ぶ。

[サーラー] (Sārā「清い」「貴婦人」)

侍女頭、30歳。

上級貴族の出身で、王侯貴族に対する仕え方をよく分かっている。

[アルターフ] (’Alṭāf「親切」「優しさ」「礼儀正しさ」)

22歳。ジャジーラト人の崇偶教徒。

若いが明るく気立てが良くてよく気のつく侍女で、すぐにレギーナのお気に入りとなる。

[アルミタ] (Armita「豊かな調和」「聖なる献身」)

20歳。

拝炎教の神官(炎官(ヘールバド))でもあり、治癒魔術の使い手。主にミカエラの世話をしている。

[ニカ] (Nik「とても良い/善い」)

19歳。神徒。

リ・カルン国内に少数居住するイリシャ人を父に持つ侍女。父に連れられてイリシャに行ったこともあり、父祖由来の西方の風俗を解っている。

[ミナー] (Minā「紺碧(の空)」「瑠璃」)

16歳。

最年少で可愛らしい侍女。ちょっとドジ。


侍従(バンダグ)(bandag)

※基本的に宮殿秘書の補佐として離宮の運営に回っている。レギーナたちの身の回りの世話は侍女たちの仕事。

[フーマン] (Hooman 「慈悲深く善良な者」)

30代。いい人。

[シアーマク] (Siāmak「黒髪」)

20歳前後。若い男で、ちょっとおちゃらけている。


調理人(アーシュ・パーズ)(āsh-paz)

[ヒーラード] (Hīrād 「健康」)

50代。北離宮の厨房を任されている。アルベルトが陳大人の弟子だと知って教えを乞おうとする。


護衛(アスワール)(aswār)

※アスワールは「騎兵」の意。警備の騎士はニ個小隊20名が配備されている。

[サーサン] (Sāsān「偉大な戦士」「狩人」)

30代。離宮の警備隊長。本来は百名の騎士隊を束ねる「百卒長」格の騎士。

[スーラ] (sūra 「強い」「高貴な」)

20代。イリシャ人だがリ・カルンの名門スーレーン家の血も引いている。サーサンよりは格下の「十卒長」格の騎士で、細身の優男だが剣の腕は確か。

[ハーフェズ] (Hāfez 「守護者」)

20代。護衛騎士のひとりで堅物だが職務に忠実。

※本編まだ未登場

[マルダーン] (Mardan)

20代。護衛騎士のひとり。

※本編まだ未登場


・下人(男女とも数人ずつ)

奴隷(セルヴォ)階級。トゥーラン兵の捕虜などが働かされていて、掃除や洗濯、荷運びなど雑用全般に使われている。

なお下人たちは教育をほぼ受けておらず、現代ロマーノ語を話せないのでレギーナたちと直接話すことはない。


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