1-13.【幕間】勇者様御一行の裏話(1)
アルベルトのピンチに颯爽と現れた勇者レギーナ。
彼女がなぜああもタイミングよく現れることができたのか、そこに至るまでのお話です。
時系列が細かく前後します。読みにくかったらすみません。
本日2話投稿します。後編は20時の予定です。
「“蛇王”の封印修正を依頼されたそうだね?」
「はい。バーブラ先生から直々に申し渡されました」
目の前の玉座に座るアンドレアス公爵にそう問われ、“蒼薔薇騎士団”の面々を後ろに従えて跪いたレギーナは淀み無く答えた。
「そうか…。
いや済まないね、私たちがもっと上手く修正できていれば、君たちの手を煩わすこともなかったはずなんだが」
「いえ、ユーリ様のご責任ではありません。
それにこれは私たちの、勇者として必要な試練と考えておりますので」
しっかりと胸を張り、顔を上げて公爵の顔を真っ直ぐに見つめたまま、キッパリとレギーナは言い切った。
時は“蒼薔薇騎士団”がラグに至るおよそ1ヶ月ほど前のこと。
勇者レギーナは蒼薔薇騎士団の面々を伴ってシェレンベルク=ファドゥーツ公国の首都ファドゥーツを訪れていた。
目的はふたつ。ユーリ・ヴァン・レイモンド・アンドレアス、勇者パーティ“輝ける五色の風”のリーダーにして先代勇者の、そして現在はこの国の公王たるアンドレアス公爵への年始の挨拶と、彼とそのパーティがかつて封印修正を担った“蛇王”について話を聞くこと、その二点である。
「蛇王については、自分たちで調べな。調べるのも試練のうちさね」
封印修正依頼交渉の席上、バーブラ先生はそう言い放った。
バーブラ・スート・ライサウンドは先々代勇者パーティ“竜を捜す者たち”の魔術師にして吟遊詩人、そして蛇王の封印担当者であり、現在は〈賢者の学院〉で伝承科の導師を務める老婆である。
レギーナはもちろん親友のミカエラも、賢者の学院の在籍時は彼女の講義を受けていて、その当時から頭が上がらない。今年で確かもう88歳になるはずだが、いまだ矍鑠として衰えなど見せない。さすがに腰は曲がり足もやや衰えて杖が手放せなくはなってはいるものの、事あるごとにその手に持った杖でぺしぺし叩かれ追い回されるので学生たちからは恐れられていた。
「分かりました。では詳細を調べ、具体的な封印修正案を練った上で現地へ向かいます」
「そうおし。生半可な相手じゃないからね、準備はしっかりするんだよ」
「はい。ありがとうございます」
レギーナはしっかりとそう答えてバーブラの元を辞去したのだ。
その時にはまさか、蛇王に関する情報が全く手に入らないなどとは思いもよらなかったのだ。
「はぁ…。どうするミカエラ?」
「どげんもこげんもなかばい。こげん情報の見つからんやら誤算もいいとこやん」
「歴代の勇者パーティがほとんど封印修正に関わってるんだから、みんな何かしら残してると思ったのに…」
「ほんなこつ。なしこげん記録の無いとやろか」
「「これはもう、アレね」」
ふたりして言葉がハモる。
「「ユーリ様に話を聞くしかないわね」」
そしてふたり同時に立ち上がった。
それが前年、フェル暦674年の暮れのこと。
そして新年、フェル暦675年の年始挨拶にかこつけて、勇者ユーリの元を訪れたというわけであった。
「君たちの聞きたいことは分かってはいるんだがね」
申し訳なさそうにアンドレアス公爵、元勇者ユーリは言った。
歳は新年明けて40歳、まだまだ壮健の、すでに引退したとはとても思えない若々しい人物である。世の女たちから騒がれ憧れられた爽やかな美丈夫は、年齢の厚みを加えてさらに渋みと魅力を増している。
だがその美丈夫が、申し訳なさそうに目を伏せて告げたのだ。
「どうせ聞きに来るだろうから教えるな、とバーブラ先生に釘を刺されていてね」
やられた!
こちらの考えなどお見通しだった!
「さすがはバーブラ先生、一筋縄ではいかないわね…」
「ほんなこっちゃ。もう好かぁん…」
「だがまあ、あの方の想定していない抜け道が無いわけでもない」
動きを先読みされてガックリうなだれるレギーナとミカエラを見て、苦笑しつつユーリが助け舟を出してきた。
「えっ?」
「蛇王に関して知っているのは、我ら勇者だけではない、という事だよ」
思ってもみないことをユーリが言い出した。だが世界を滅ぼすような魔王の詳細を知っている者など、歴代の勇者とそのパーティメンバー以外に存在するとも思えないが。
そうして狐につままれたような顔で訝しむレギーナとミカエラに対して、彼は告げたのだ。
「“自由都市”ラグにアルベルトという冒険者がいる。蛇王について知りたければ、彼を訪ねるといい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どげん思う、姫ちゃん」
「どうもこうもないでしょ。もう手がかりそれしか無いんだから」
「いや、ばってくさ…」
シェレンベルク=ファドゥーツ公国から戻って数日。エトルリアの代表都市フローレンティアの、王城の一角にあるレギーナの私室。そこでレギーナとミカエラは頭を突き合わせて悩んでいた。
表向きは新年休暇のためにレギーナが里帰りしてきた、という体裁を取っている。休暇なんだからそっとしといて、とレギーナがキツめに命じたのでメイドも執事も臣下たちもほとんど誰も寄り付いて来ない。叔父にして現王たるヴィスコット3世さえ追い返したので尚更だ。
そこまでして人払いをした挙げ句、彼女たちはそれぞれ伝手を駆使して『ラグの冒険者・アルベルト』について調べていたのだ。
だがその調べた結果と言えば。
「だいたい、なんなんこの“薬草殺し”やら“魔女の墓守”やらいうんは」
「それよりも問題は『ただの一人前』だってところよ!」
「神殿やら街中の評判は悪ぅなかばってん、こらどう見たっちゃただの雑魚やん」
「そもそもユーリ様との接点が全っ然見えないんだけど!」
「まあ強いて言やあ、“輝ける五色の風”もアルベルトも〈黄金の杯〉亭の所属やっちゅう、そんぐらいかねえ…」
「一応、怪しい噂なら聞いたわね」
部屋の隅で佇む美女探索者・ヴィオレが口を開く。
だがその彼女にしても半信半疑のようだ。
「彼、昔勇者パーティに在籍していた事があるそうよ」
「「ないわよ」」
一言でバッサリ。
レギーナもミカエラも容赦ない。
だってそうだろう、キャリアはそこそこ長いし年齢的にも“輝ける五色の風”に在籍したと言われても辻褄は合う。だがもしそうなら、そんな人間が無名のままのはずがないのだ。しかもランクさえ上がっていないとなれば眉唾にも程がある。
そもそも“輝ける五色の風”は勇者ユーリ、探索者ナーン、法術師マリア、エルフの狩人ネフェルランリル、竜人族の魔術師マスタングの5人であって、メンバーの入れ替わりがあったなどと聞いたことがない。
となれば考えられるのはただひとつ。
全く無関係の第三者が自らに箔をつけるためにホラを吹いている。それしか考えられない。
だが、それならそれで何故ユーリの口から名前が出るのか、そこが分からない。それさえ分かれば信憑性も上がるのだが。
「もうこれ以上は実際にラグに行ってみないと分かんないわよ」
「それしか無かろうねえ…」
ともあれ、ラグまで行けばその領主は先々代の勇者であるロイだし、そのロイの盟友にして“竜を捜す者たち”のリーダーでもある“魔剣士”ザラックもいる。仮にこのアルベルトという男が空振りでもふたりに話を聞ける。はず。
もしもふたりまでバーブラ先生に口止めされていたとしたら、本当に情報のないまま東方世界まで行かなくてはならない。そして現地で調べるしかなくなるので、何とかラグで有用な情報を掴みたい。
そんな一縷の望みを胸に、レギーナと“蒼薔薇騎士団”はラグへと旅立ったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ああ、なるほど。彼に話を聞きに来たのだね」
ラグに到着してレギーナたち“蒼薔薇騎士団”がいの一番に向かったのは領主公邸。ここの領主は先々代の勇者ロイである。地域の領主を表敬するためにも、先輩勇者に筋を通すためにも、まず公邸に出向いて来意を告げ、面会を求めるのは絶対要件だ。
「はい、ユーリ様にそう教えられたのですが…そのう…」
「半信半疑なわけだね?」
「い、いえ、ユーリ様をお疑いするわけでは、決して!」
「ははは。まあ本人と会ってみればいいと思うがね」
勇者ロイまで何やら含みのある言い方をする。
何だか先輩たち全員によってたかってからかわれているような、そんな気分にさえなってきた。
「では、やはりロイ様のお言葉でもお教え頂けない、と?」
「すまんね。我ら全員がそうやって先輩諸氏を疑いながら駆けずり回って調べさせられたんだよ。だから君たちだけ楽をさせるわけにいかなくてね」
中にはロクに調べきれないまま封印修正に向かって全滅したパーティさえあるという。バーブラが最初に言った通り『調べることも試練のうち』なのだとロイは彼女たちに告げた。
「とはいえ、ちょっと鷹揚に構えても居られない事態になっていてね」
不意にロイの顔が曇る。
「と、仰いますと…?」
「数日前、ちょっとしたトラブルがあってね。まあ私は私邸から[感知]しただけでそれ以上動かなかったし、未遂に終わったようでそれ以降も特に何もなかったのだがね」
ラグ市の中央を東西に走る大通りから一本入った裏路地で、殺気を伴う小競り合いがあったという。そして、その殺気を向けられたのがアルベルトだというのだ。
「そんな…!」
「もしかして、狙われとるんですかそん人!?」
「ここ最近、冒険者の中で詐欺や恐喝、暴行傷害などを繰り返しているグループがいてね。おそらくそのメンバーだろう。以前から“彼”とは折り合いが良くないと聞いている」
唯一とも言える手掛かりが、まさかそんなトラブルに巻き込まれているとは。もしも本当に殺されでもしたら大変な損失になりかねない。しかも、
「そしてつい今しがたのことだがね、彼に向けられた殺気と同じ気配が北門から出ていくのを感じてね。部隊を向かわせるか逡巡していたところだ」
つまりロイは“蒼薔薇騎士団”に対して暗に救援要請をしているらしい。
というか、そんなもの他に選択肢がないではないか。
「分かりました。では直ちに向かいます!また後ほどご挨拶に伺いますので、これにて!」
レギーナは即決だった。
そしてメンバー全員を連れて慌ただしく公邸を辞去したのだ。
「ヴィオレは街中で情報収集、クレアは宿の手配と連絡拠点の構築!私とミカエラは森へ行くから!」
駆けながら手早く指示を出すレギーナ。それを受けてヴィオレが別れて消えていき、クレアは立ち止まってふたりを見送った。
北門で見咎められたが、金の認識票を示して勇者だと告げて勢いで押し切った。
「…ミカエラ」
「あー、居んねえ。10人?15人?思ったよりか多いばい、これ」
「関係ないわよ、殺されちゃったら終わりだもの!」
まあ殺されても蘇生さすけど、とミカエラは思ったが口にはしない。タイミング的に救援が間に合うのだから助けなければ『勇者的行為』に悖る。
「1ヶ所に集まっとるけん、もっと近くまで寄った方がよかね。そっちの川から上がりゃあ裏さい出られろうごたあ」
「よし、行くわよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大勢でひとりをよってたかって、なんて感心しないわね」
ギリギリで彼女たちは間に合った。
広場に飛び込んだ時にはもう曲刀が振り上げられていて、その下でひとりの中年男が身体を押さえられ無防備に胸を晒していた。
あれを振り下ろされれば終わりだ。
直感的にそう判断して、レギーナは“ドゥリンダナ”を抜くとそのまま振り抜いて斬撃を“飛ばし”た。
飛ばした斬撃は狙いを違わずに曲刀の刀身を斬り飛ばし、凶行の阻止に成功する。不意を突かれた格好の男たちが驚いて辺りを見回し、やがて自分に気付く。
「なんだァ、てめえは」
「関係ない奴ァすっこんでな」
「しっかしまあ、見られたんじゃあ仕方ねえな」
そうして次々と駆け寄ってくる男たち。
だが文字通りの三下で、レギーナにとっては準備運動にさえならなかった。むしろうっかり殺さないように加減するのに苦労したほどだ。
「よっっわ。これじゃ“ドゥリンダナ”を抜く必要すらなかったわ」
「クッ…ソがぁ!」
彼女には知る由もなく知るつもりもなかったが、リーダーのセルペンスからしてランク昇格試験を凍結されているため腕利きでしかなく、他のメンバーは大半が一人前である。到達者の彼女にしてみれば、これは「弱い者いじめ」に等しかった。
とはいえ現場に駆け付けた時には彼女たちに敵の情報が一切なかったため、どんな手練がいるかも分からなかった。それで彼女は勇者としての力の象徴でもある“迅剣”ドゥリンダナを抜いたのだ。
ドゥリンダナは世に十振りしかないと言われる「宝剣」のひと振りであり、本来は魔王などの世界を脅かす脅威に対して振るわれるべき「兵器」である。その力は使用者の敏捷を倍化させるというものだ。黄加護でただでさえ常人より敏捷性に優れるレギーナは、それにより人類ではあり得ないほどの速度で肉体を操ることが可能だ。
レギーナは最初のひとりの剣を受けた瞬間に彼我の力の差を正確に認識し、それでドゥリンダナを宝剣としてではなく、つまりその力を解放せずに単なる長剣としてのみ扱ったのであった。そして、それでも「抜く必要がなかった」と嘯いたのだった。
なお救出対象の方は、有象無象どもをこちらに引き付けている間にミカエラが接触して話をしているのが見えたので、簡単な説明と名乗りくらいは済ませているだろうとレギーナは考えた。
目下の問題は、この雑魚どもをどうするか、だ。
掟に違反した犯罪者だし放置は出来ないが、この場の3人だけでは到底連行できない。
「あ、クレア?…そう、とにかくギルドへ行って人を寄こして。じゃないと私達も帰れないわ」
「で、ミカエラ。ホントにこれがそうなの?」
アルベルトという男の人相まで調べたのはミカエラだけだ。だからレギーナには彼女が確保しているのが本当にアルベルトとやらなのか分からない。
「おいちゃん、“薬草殺し”のアルベルトさんで間違いなかとよね?
…ほらぁ!ウチの調べた通りで間違いなかとって!」
「ふーん。じゃあホントにあなたがそうなのね。
まあいいわ、これが片付いたらあなたに聞きたいことがあるから」
そして彼女たちは、ようやく望む情報へとたどり着く。
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