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c-9.【幕裏】請願

「寝室の外のおふたりも癒やしますね」


 マリアはそのままアルベルトの元へ行き、まず[治癒]で傷を塞いでから[解癒]で毒を抜いた。彼はレギーナとは違って爪撃を受けると分かっていて、防御した上で食らったのだろう。傷は深かったが致命傷級というほどでもなかった。

 むしろ毒のほうが深刻で、おそらくは解毒薬もレギーナに飲ませた残りしか飲まされなかったのだろう。ちょっと怒りが湧いたが、重要度と優先度を考えればやむを得ないことだ。だからマリアも不満を飲み込みアルベルトを癒やした。久々に兄さんを癒せる喜びに、ちょっとだけ頑張ってしまった。

 そのあとミカエラにも白属性の[平静]をかけ、悔しさのあまりか唇を噛み切っていたので軽く[治癒]した。今のマリアは瞳の色からして白加護が抜けていて、それで[平静]が思ったより効きが悪かったのもまた不満だが、まあそれは些細なことだ。


「ヴィオレ様は、黒加護でいらっしゃいましたわね?」

「ええ、そうよ」

「ミカエラ様には[回復]をお願いできますか?クレア様にも」

「そうね、分かったわ。⸺だけれど貴女、ずいぶん霊力が高いのね。普通は請願だけで手一杯ではないかしら?」


 そのヴィオレの疑問はもっともだ。一般の術者の霊力平均は4から6ほど、4ならば一度でも[請願]を請えばその日はほとんど何もできなくなるのが普通で、5でも二度の[請願]で霊力切れを起こす。6以上あるなら二度まで[請願]が請えるが、他にはほとんど何もできなくなってしまう。

 霊力が8のミカエラであっても、三度の[請願]が限界だ。そのミカエラはダンジョンから地上に戻るまでに霊力の大半を使い切っていたから、一度の[請願]で霊力が尽きた。それも通常の[請願]で消費する量の霊力さえ残っておらず、だから肩関節の骨だけしか戻せなかったのだ。


「これは内緒ですけれど、その通りなんです。でも普段は隠してますの。あまり目立ちたくはないのです」

「そうだったのね。貴女、名前はなんと仰るの?」

「私はマリ⸺」


 あっしまった、本名名乗ったら容姿変えた意味ないじゃない!


「マリ、ナと申します」


 慌てて、つい前世の友人の名を口走ってしまった。ごめん茉莉奈、今度埋め合わせ……ってそれも無理かぁ。


「マリナ、ね。憶えておくわ。後日正式に蒼薔薇騎士団の名義で謝礼を届けさせるわね。届け先はアンキューラの神殿で構わないかしら?」

「あっ、いえいえそんな、お気になさらず」


 慌ててマリアは辞退したが、窮地を救ってもらったのに謝礼もしないなど勇者パーティとしても有り得ないしレギーナ自身も納得しないだろうから、と言われて困ってしまう。マリア的にはアルベルトを直接癒せただけで充分以上にご褒美だったのだが。

 とはいえ、ヴィオレの言うことももっともだ。なので困った挙げ句に、マリアはまたしても苦し紛れの嘘をついた。


「では……ええと、巫女神殿のアグネス宛で頂戴できればありがたく思います」

「巫女神殿の、アグネス?」

「はい、義理の妹(・・・・)なのです。あの子への仕送りも、なかなか大変で」

「そうなのね。⸺分かったわ、レギーナとミカエラには話しておくわね」


 まずったかなあ、ミカエラちゃんならアグネスが次期巫女候補で私に付いてるって知ってるから、また私がやらかしたってバレるよね……?

 でももう、言ってしまったものはどうにもならない。まあ仕方ない、あの子(ミカエラ)が目覚める前に逃げちゃえ。


「霊力が高いとはいえ、貴女も疲れたでしょう?皇城に部屋を用意してもらうから、今夜はゆっくり休んで行って頂戴」

「あっいえいえお気遣いなく。通りすがりみたいなものなので!」

「それならなおさらよ。それに正式な謝礼は後日としても、当日に命の恩人をそのまま帰したなんて知ったら、レギーナもミカエラもきっと怒るもの」

「それこそ本当に大丈夫ですから!むしろ畏れ多いというか!私、本当にそんな大層な人間ではないので!」


『巫女が大層な人間じゃなかったら、色々と問題があるよなあ』

『シャラップ、ジズ!また勝手に抜け出したって知られたら兄さんに怒られるんだから!』

『なんでそこ西部ガロマンス語(英語)なのさ?』

『いいじゃん!』


「本当に、遠慮なさらないで。目立ちたくないというのは分かるけれど⸺」

「…………あっ!そう言えば、もうひとり怪我人がいますよね?」


 中央大神殿で[感知]した、レギーナとは違うもうひとつの瀕死の霊力。その姿をまだ見ていないことを思い出し、マリアはそれも癒やしたいと願い出た。だがヴィオレの態度が(かんば)しくない。


「あれは……いいわ」

「何故です?少なくとも勇者様と同じくらいの瀕死状態のはずですが」

「というか、なぜそれを知っているの?」

「それは[感知]したからです。ほとんど消えかかっている霊力反応が、勇者様のほかにもうひとつ、確かにありました!」


 マリアとしてはその命も救わねばならない。アルベルトとレギーナの状態からして、まだ状況証拠だけとはいえ懸念が的中している可能性が高いだけに、死なせる(・・・・)わけには(・・・・)いかない(・・・・)のだ。


「…………いいわ。案内させましょう」


 結局、ヴィオレが折れた。マリアとヴィオレは一緒にアプローズ号を出て、ヴィオレが外にいたアルタンに例の少女の元へ案内するよう言いつける。アルタンは驚いていたが、彼としても犯人を死なせるのはマズいと思ったようで案内してくれることになった。


「それはいいんですが、勇者様は……」

「今は状態も落ち着いているわ。ひとまず危機は乗り越えたといったところね。⸺スレヤはべステたちを呼んできてくれるかしら?」

「良かった、助かるんすね勇者様!」

「は!直ちに呼んで参ります!」

「それとこちらの彼女には部屋を用意してあげて。今夜は休んで頂くから」

「お安い御用っすよ!」

「いえ、あの、それは……」


 アプローズ号の外にはアルタンやスレヤや騎士たちだけでなく、皇城にいた使用人たちや夜会の騒ぎのあと留まっていた貴族たちの一部まで集まって来ていて、マリアは思わず唖然としてしまった。

 ヴィオレがアルタンにマリア用の部屋を用意するよう伝えて、マリアが止める間もなく、すぐさま上級使用人と思しき者たちが慌ただしく動き出す。スレヤはスレヤで蒼薔薇騎士団付きの侍女べステたちを呼びに走ってゆく。こちらはレギーナたちを専用居室に移送するためだが、マリアにそんなことまで分かるはずもない。

 アルタンは「じゃあまたついて来てくれ」とマリアに声をかけ、今度は皇城の中へと入ってゆく。部屋の準備の固辞もできないまま、その後をマリアも小走りについて行くしかない。ジズももちろんついて来る。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 案内された先は地下牢だった。それも地下深くの最奥部の、重犯罪人が拘束される不衛生極まりない独房だ。


「コイツだ」


(!?朧華(ロウファ)さん……いえ違う!)

『虎人族だねえ。それも“霊獣”じゃん』

『霊獣!?』

『虎人族でも特別な一族だよ』


 独房の鉄格子の向こうに転がされていたのは、やはり懸念した通り虎人族(レェン・フー)の少女。それもかつて知り合った虎人族の冒険者と見まごうほどよく似た娘だった。

 両手足と首に無骨な封魔の鉄枷を嵌められて、意識がないのだろう、ぐったりと床に横たわっている。さすがにマリアも虎人族の細かい見分けができるわけではないが、その銀色の毛並みが彼女にそっくりだ。

 その大きな手指に爪は見えないが、あれは自在に出し入れできるとマリアは知っている。


「(なんでこんな事に……いえ、疑問は後回し!)彼女を独房から出して下さい!このような不浄な場所では[治癒]も上手く効きません!急いで!」

「えっいや、だがしかし」

「死なせるわけにはいかないのですよね!?」


 見たところ、脇腹に幾重にも包帯が巻かれて最低限の処置と止血はされてはいるが、その包帯がすでに赤黒く染まっている。下手するともう手遅れかも知れない。

 権限がどうのと渋るアルタンに、鉄格子のこちら側に出すだけでいい、意識を失っている今のうちだけで、枷もそのままでいいからと言い募り、何とか牢番も説き伏せて出してもらった。


(やっぱり朧華さんによく似てる……けれどずいぶん若いわね。娘とかかしら?)


 かつて朧華は、銀の毛並みは虎人族の中でも自分の一族に固有の特徴で特別なものだと言っていた。おそらくはジズの言う“霊獣”というのがそうなのだろう。であれば彼女の血縁関係で間違いないはずだ。


(おそらく兄さんもそれを分かってて、止めようとして敢えて爪撃を受けたのね)


 視覚情報だけでマリアは正確に推測を積み上げてゆく。そして考えながらも汚れた包帯を外してゆく手は止まらない。

 マリアの推測通り、まず奇襲してレギーナの肩を砕いた銀麗(インリー)⸺朧華の娘⸺の姿を見て、アルベルトは即座に朧華の親族だと見て取ったのだ。その彼女に勇者殺しなどさせられる訳がない。だから彼は銀麗の気を引くために敢えて攻撃を受け、そして朧華の名を口にしたのだった。

 そしてその結果、銀麗を一瞬だけだが止めることに成功したのだ。まあその瞬間にレギーナが最後の力でドゥリンダナを振るったのはアルベルトとしても誤算だったが。


(ていうか、なんで奴隷になってるのこの子!?)


 だがさすがのマリアも、銀麗が故郷を出た途端に騙されて奴隷に堕とされ売り飛ばされた挙げ句に西方世界(こんなところ)まで流れてきた……などとは、見ただけでは分かるはずもなかった。


 露わになった脇腹の状態は酷いものだった。一応は青加護の術者が[治癒]したのだろうが、腕が悪かったのか法術師(本職)でなかったのか、まるで傷が塞げていなかった。

 だがまあそれは、相手が虎人族だったせいでもあるだろう。人間と獣人族とでは筋肉組成を始め色々と微妙に異なるものだし、虎人族の身体構造を詳しく知っている人間が西方世界にいるとも思えない。ぶっちゃけマリアだって彼らの身体の構造まで理解しているわけではない。


(とにかく考えるのは後!今は治す!)


 マリアは意識を集中させ、胸の前で手を組み神への祈りを捧げる。本日二度目の[請願]発動である。

 神への願いであれば、対象の身体構造の違いなど無視してしまえる。だってこの世界の神々がこの世界に生きる者たちを知らぬ(・・・)はずがない(・・・・・)のだから。

 そして霊力9を誇るマリアは、日に三度までなら[請願]を発動できる。さすがに四度となると霊力満タンからでも霊力切れを起こすが、それでも発動までは可能である。まあ今日はすでに[治癒]などで霊力を使っているから四度目は無理だが。


 胴体の3分の1ほどまで深く切り裂かれ、その上で拙い[治癒]で中途半端に塞がっていた銀麗の右脇腹は、[請願]の結果、一度斬られた(・・・・)状態(・・)に引き戻された上で改めて癒やされた。内臓がこぼれ出るほどの深い斬撃で、これでよく生きてられたものだと感心するしかない。獣人でなければおそらくは即死だったことだろう。

 ともあれ傷は治った。あとはレギーナと同じで失われた血や末梢神経、毛細血管の再生が終われば回復するだろう。血と汚れでぐしゃぐしゃになっている毛並みは、誰かに拭って貰えばよい。

 意識を失ったままの銀麗の⸺マリアは彼女の名前もまだ知らないが⸺呼吸が落ち着いたのを見て、ようやくマリアは集中を解き、そして「終わりました」とアルタンに告げた。


「も、もう終わったのか?」

「はい。[請願]とはそういうものです」

「…………すごいな、法術ってのは……」


 まるで魔法のようだ、とアルタンは呟いた。その通り。神の御業は人には成しえぬ奇跡の発露、つまりは魔法なのだ。






次回更新は21日、最終11話は23日の日曜日の予定です。その後は日曜20時更新に戻す予定です。

よろしくお願いします。

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