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c-6.【幕裏】個人差があるにも程がある【R15】

若干の性的表現があるので一応R15指定とします。

さほど気にするほどでもないとは思いますが、一応お気をつけ下さいませ。




「で、では、僭越ながらこのわたくしめが」


 おずおずと、だが確かにその老貌に喜色を浮かべて名乗りを上げたのは侍祭司徒ジェルマン、齢69歳である。


 マリアが自分を娶りたい者はいるか、と問いかけた際、最初彼は名乗り出なかった。それは他の面々の出方を窺ったためであり、他に誰も名乗り出ないのを見てから彼は声を上げた。

 そうすることでこの場に居合わせた主祭司徒以下教団幹部の認諾を得てさえしまえば、あとは自分の思うままだと、彼はそう考えたのだろう。


「ほう、ジェルマン侍祭は巫女を娶りたいと」


 大司徒ミゲルが、確認するように問いかける。


「いかにも」

「しかし、そなたも婚姻しておるではないか」

「わたくしの正妻は10年前に死別してござるゆえ、問題ござらん」

「現正妻の許諾が必要ではないかな?」


 問題大ありである。確かに彼の正妻はすでに世を去っているが、法的に第一側妻であった女性が新たに正妻と認められていて、その彼女は存命なのだ。

 そして何よりも。


「そもそもお前、正妻含めて6人も嫁(もろ)うとるくせして、まぁだ嫁取るつもり(なのか)


 ジェルマンはこれまでに6人もの女性を妻としていた。それは側妻の認められているエトルリアにおいてすら非常識と謗られるほどの数であり、口さがない者たちに『暴色ジェルマン』『色ボケじじい』と揶揄されるほどであった。

 にも関わらず、さらに嫁を娶りたいとジェルマンは言う。世間の悪評をものともしない鋼の心(メンタル)はある意味で見上げたものだが、さすがにその発言はこの場の人々の顔をしかめさせた。


「あら。わたくし、婚姻するからには子を産み育てたいのですけれど」


 そして、またしても困ったように呟いたマリアの発言に、歴々の視線の温度がどんどん下がってゆく。


「そうじゃな、ジェルマン侍祭では候補にならぬ」

「いかにも。彼は巫女神殿付きゆえ、巫女の希望には沿わぬな」


 巫女神殿付きの男性神徒は男性機能の(・・・・・)喪失者(・・・)。つまりすでに種の枯れた老人であると認められたからこそ、ジェルマンは現在巫女神殿付きなのだ。

 そして巫女にも教義を守らせるため、というのが巫女に婚姻を認める建前になる以上、男性機能の喪失者との婚姻など認められるはずがなかった。


「え、いや、それは……」


 実際のところ、ジェルマンが男性機能を喪失しているというのは嘘である。女性神徒の少ない大神殿ではなく、年若い女性神徒が多く侍する巫女神殿で目の保養(・・・・)をしたくて、ジェルマンがそのように装っているだけだ。

 だがそれをここで馬鹿正直に打ち明けるわけには行かない。そんな事をすれば虚偽申告したということでジェルマンには重い罰が下されるに違いない。


「そもそも、巫女と侍祭がそれほど親密だとは聞いたことがないのう」

「それがしも、寡聞にして知りませんな」


 そしてジェルマンが、巫女神殿でマリアを含めた女性神徒たちから蛇蝎のごとく嫌われているのは、半ば公然の秘密でもあった。何しろ百名を超す女性神徒たちが勤めているので、特にマリア自身が何も言わずとも、ジェルマンの日頃の行いは彼女たちの声や態度で大司徒ミゲルや主祭司徒グレゴリオの耳にさえ届いている。


「じゃが、巫女を娶りたいと名乗り出たということは、もしや……」


 そして諸々の疑念が、状況証拠だけでジェルマンの真実(・・)にたどり着こうとしている。


「そ、それは!」


 ジェルマンは焦った。このままでは巫女との婚姻を承認してもらうどころの段ではなく、まず自分への嫌疑を晴らさなくてはならない。


「何とか……こう、頑張ってじゃな……!」


「枯れたもんが頑張ってどげんこげん(どうこう)なるなら誰も苦労やら(なんて)せんわバカたれが」

「ぐ、ぬ……ぅ」


 ジェルマンは唸るしかできない。自身がまだ枯れていないことを何とか証明したい。証明しなければ巫女との婚姻が認められない。だがそうしてしまえば虚偽申告で巫女神殿に入り込んだ咎人(・・)となり、当然巫女との婚姻など望むべくもない。

 まさに八方塞がりである。


「あ、でもそう言えば、ジェルマンさまはまだ男性機能を保っておられるはずですけれど?」


 マリアのその言葉に、またしても座がざわめく。


「巫女よ、それはまことか……?」

「確認はしておりませんけど、わたくしや神徒の子たちを見る視線は男性のそれですもの。あれでもう枯れているなどと言われても、女性はひとりも信じませんわね」


 男が女性に視線を向ける場合、多くは無意識のうちに性的魅力の強い胸部や尻、脚などに向けられるものだ。神職者の場合だと脚や尻は裾の長い法衣でほとんど隠されるため、視線は胸に集まりがちである。そして、女性は基本的にその好色な視線を鋭敏に感じ取っているものだ。

 そう、好色な視線はほぼバレているのである。男性諸氏は気をつけるように。


「わ、わしがまだ枯れていないとでも言うのか!?」


 明確に虚偽を暴かれかねない事態になって、とうとうジェルマンは否定の声を上げざるを得なくなった。もはや巫女との婚姻を諦めてでも、巫女神殿からの追放と教団からの破門を避けなければならない。


「しょ、証拠もなしに何を勝手なことを!言いがかりも甚だしい!」


 ジェルマンは声を荒げて激高し、この場を何とか切り抜けようと画策した。

 だがそれをむざむざ許すほど、マリアは無策ではなかった。


「そんなもの、ジェルマンさまの奥様方にお尋ねになればそれで済む話ですわね。先日も、ケイトさまが来られてひとしきり愚痴って帰られましたし。なんならその際の会話記録もございましてよ?」


 ケイトはジェルマンの第六妻、つまり最新の妻である。歳は28歳で、元々は巫女神殿付きの侍徒であった。

 彼女は美しさこそさほどでもないが、その溌剌とした快活さをジェルマンに見初められた。彼女の実家である子爵家が投資に失敗して借金を抱えたことに付け込まれ、実家への資金援助と引き換えに半ば無理やり婚姻させられたのである。

 泣いて嫌がりながらもどうすることもできずに、彼女はジェルマンの妻となった。その際のジェルマンの勝ち誇ったニヤケ面も、巫女神殿の女性神徒の怨嗟の対象になった。ちなみに表向きは支援のための白い結婚で、巫女神殿付きのジェルマンとは夜の営みがないことになっている。


 そのケイトが、ジェルマンの目を盗んでは巫女神殿のマリアの元を訪れて、赤裸々に愚痴っていく(・・・・・・)のである。

 そう、赤裸々に。彼の変態行為の数々を。ケイトは24歳でジェルマンに無理やり妻にさせられて以降の、彼との行為が苦痛で堪らないと言う。さすがに年齢的な衰えもあって毎日とはいかないものの、それでも月に数度のその夜が恐怖でしかないらしい。

 だからいざという時に備えて、マリアは毎回その発言を魔道具で記録している。


「な……!」

「そもそも、男性機能の喪失時期には個人差があると聞き及んでおりますから、ジェルマンさまがまだご健在でもなんの不思議もありませんし」

「わ、わしはもう69じゃぞ!できる(・・・)わけないじゃろうが!」

「バカか貴様(きさん)、できんとやったらなおさら嫁やら要らんめぇもんて(だろうが)


 人々の目が、つい同い年のファビオを見やる。


「そげん見らんでちゃ、わしはもう枯れとる」


 ファビオの言はあくまでも本人談でしかないが、一般的には70歳の手前ともなると枯れているのが普通である。


「ファビオさまはもうすっかりおじいちゃんの目(・・・・・・・・)ですから」

「それはそれでなんか傷付くとばってん」

「…………それはそれとして、参考程度ですが証人も呼んでいますのよ」


 マリアがそう言って手を二度叩くと、閉ざされていた議場の扉が外から引き開けられた。


 議場の外で待機していた議場警護の神殿騎士が開いた重厚な樫の扉から入ってきたのは、マリア付きの侍女にして次期巫女候補のアグネスだった。

 まだ12歳の小柄な彼女は、屈強な騎士と並ぶと背丈が半分ほどにしか見えないから余計に小柄に見える。


「アグネス。こっちへいらっしゃい」


 マリアがアグネスを呼び、傍へやってきた彼女の肩を抱くと、ミゲルに彼女の発言の許可を求めた。


「そ、そんな小娘が何を⸺」

「黙らっしゃい。⸺アグネス、発言を許可する」

「はい、ありがとうございますミゲルさま」


 アグネスは丁寧にミゲルに向かってお辞儀したあと、おもむろに話し始めた。


「私の父はすでに故人ですが、私が生まれたのは父が73の時でした」


 この日一番のざわめきが、この場を支配した。



 対外的に公表されていないが、アグネスの父親はとある小国のかつての王であった。

 王は若くして婚姻し、王妃との間に世継ぎも儲けて、壮年から老境に差し掛かる前に若き息子にその玉座を譲って引退したという。その後は政争の具となるのを避けるため、僅かな供回りを連れて王都から離れた離宮で余生を送り、そして天寿を全うした。享年78歳。

 その元王の最期を看取ったのは、元王の最晩年に身の回りの世話をしていた若い侍女だった。貴族の娘だったが婚約破棄されたことで瑕疵がつき、嫁の貰い手もなく元王の離宮で働いていたという。


 侍女は18歳で離宮に上がってからおよそ10年勤め上げた。年老いた使用人たちがひとり、またひとりと離宮を辞してゆく中、老いた元王には特に可愛がられ、彼女もまた元王によく仕えた。

 侍女が21歳で初めて元王のお手つきとなった時、元王は71歳であった。正妃である元王妃はすでに亡く、離宮にはその時すでに専属の庭師、調理師、馭者がひとりずつと侍女、それに執事を兼ねた侍女頭がいるだけだった。なお侍女以外は全員が60の坂を越えていた。

 この侍女が、アグネスの母である。


 侍女は約1年の間に4度の寵を得て、22歳でアグネスを身籠った。離宮の全員がそのことを秘匿したが、その頃にはもう離宮を訪ねる者など食材を届ける商人以外にはおらず、露見するはずもなかった。

 だがさすがに、生まれてしまえば秘匿し続けるのは無理がある。育児用品の発注をきっかけに、王宮の知るところとなった。離宮で使われる費用は王宮が、王家が出しているのだから当然である。


 王宮は密かに騒然となった。当時の王、つまり元王の息子はすでに50代で、世継ぎの立太子も終えて王孫、つまり元王のひ孫さえ産まれていた。

 そのひ孫よりも若い王妹の誕生など、王位継承の火種にしかならぬ。しかも庶出であり、世間に知られるわけにもいかぬ。

 結局、生まれた赤子は元王の存命のうちは離宮で育てられたが、彼女が5歳の時に元王が薨じると侍女ともども離宮を出されることになった。侍女は平民として王都郊外に家を与えられ、最低限の生活保障を王家から密かに支給されつつ働きながら娘を大事に育てた。


 そんな女児、元王妹は10歳になる直前に次期巫女候補とされ巫女神殿に迎えられた。その際に経歴を全て書き換えられ、王妹であることは永遠に秘されることになった。もちろん名前も変えられ、以後はアグネスと名乗っている。

 ちなみに彼女の母親も、今は巫女神殿で娘とともに仕えている。



「母は、せめて一度だけでいいから自分も子を産みたい、自分の手に我が子を抱いてみたいと、そう父に話したそうです。それまで母は侍女として父の(しも)の世話もやっていたそうなので、もしかしたらそう(・・)なる(・・)ことを(・・・)解って(・・・)いた(・・)のかも知れません」


 静まり返った議場の中、アグネスの落ち着いた声だけが響く。


「母は幸せだったと申しております。世間一般とは違えども、愛しい旦那さまに愛されて可愛い娘を授かったのだからと、いつも私に話しておりました。⸺まあ小さかった頃によく遊んでくれたお爺ちゃんが、まさか実の父親だったなんて10歳になるまで知らなかったですけど」

「そなたの母も確か、今巫女神殿(ここ)におるのじゃったな?」

「はい。元気に働いております」


 アグネス自身が老父の思い出を持つのみならず、実際に寵愛を得て妊娠出産した当事者である母親までも健在であるのなら、70代でも男性が子作りできることを疑うべくもない。ならば逆説的に、まだ70歳に満たぬジェルマンに生殖能力が残っていても何の不思議もない。

 ジェルマンは呆然として、二の句が継げない。


「……これで、ジェルマン侍祭の生殖能力を確認せねばならなくなったのう」


 眉間を揉みながらミゲルが呟く。というより巫女神殿に侍する男性神徒の全員を調べ直さねばならなくなった。それどころか、巫女神殿に今後配する男性神徒の選定方法までも見直さねばならない。


「ジェルマン侍祭には追って沙汰を与えよう。それまでは自室にて謹慎しておれ」

「そ、そんな……」


 こうして、ジェルマンの命運はアッサリと尽きたのであった。






次回更新は12日を予定しています。



【75歳で父になった男】

 「73で子供作るとか、そんな馬鹿な」とお思いのそこのあなた。事実は小説より奇なり、とはよく言ったもので、そんな馬鹿げた話が本当にあるのです。

 つい最近(5月)にも、ロバート・デ・ニーロに79歳にして第7子が誕生したと話題になりましたが、これはまあ医療の進んだ現代での話。では医療技術もロクにない時代ではどうか?


 あるんですねえ、それもとびきりの有名人が。


 三国志でおなじみの魏の鍾繇(しょう よう)。西暦151年生まれの230年死去、享年は数えで80歳です。この鍾繇の末子が、225年生まれの鍾会です。蜀を滅ぼした武将として有名ですね。

 鍾会は父の鍾繇が数えで75歳の時に生まれました。満年齢にすれば74歳、つまり仕込んだ(・・・・)のは73歳の時のこと。鍾会の母である張氏は年齢が分かっていませんが、子が産める年齢、当時のことだから十代の後半から二十代の前半といったところでしょうか。50歳ぐらいの歳の差カップルということになります。

 60歳代で子供を作る話はままありますが、70歳代で子供を産ませるのというのはさすがにそう聞く話ではありません。ですが調べると、世界最高齢の父親としては2013年に96歳で子供を産ませたインド人の男性がいるそうな(爆)。産婦人科医によれば、男性の精子は死ぬまで作られるらしく、理論上はいくつになっても子作りは可能なんだとか。


 なんだよ、枯れねえのかよ男性機能!(爆笑)


 ということで、今回の話の設定はそう荒唐無稽な話でもないのでした(笑)。

 まあでも問題は、生殖能力うんぬんよりも行為を致せるかの方かも知れません(爆)。現代ならば精子だけ取り出して母胎に注入すればいいでしょうけど、作中の中世的世界観だとそういうわけにもいきませんし、ねえ……?( ̄∀ ̄;

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