1-12.勇者様御一行の社会見学(2)
昨日の話の続きです。
次回、幕間を前後編で2話挟みます。
「今日採るのは50株分だけだから、それ以上は触ったらダメだよ」
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
「あら、自分用に取り分けたりはしないのかしら?」
「しないよ。欲しければ神殿で精製した錠剤を買えばいいからね」
「なんや律儀なもんやねえ」
「自分だけで独占していいものじゃないからね。だけどこの群生地を知ってるのはラグでも多分俺だけなんだ。他人には群生地があることさえ言ってないし」
とはいえ神殿でステラリアの錠剤が売られている以上、近郊のどこかでステラリアが咲いているのは誰にでも分かることだ。アルベルトの強みは、それが群生していること、そしてその群生地の場所を正確に知っていることである。
現に今までにも多くの冒険者仲間に咲いている場所を尋ねられたが、アルベルトは一切明かそうとしなかった。時には剣で脅されもしたが、自分が死ねば永遠に見つけられなくなる、と強気に出て切り抜けたこともあった。
「なんでよ、こんなのひと財産じゃないの。大儲けできるわよ?」
「そりゃあ一時的には儲かるだろうけど、それで採り尽くしてしまったら終わりだからね」
「すごい…無欲…」
「ああでも、今ここで個人的に吸う分までは止めないよ。ひと口ふた口吸えば効果が出るし、そのくらいなら減ったうちに入らないからね」
そう言われてミカエラが早速足元の一輪を手折る。
「ほんなら、お言葉に甘えて」
彼女は手折った花を直接唇に当てて息を吸い込む。
ヒュッと小さく、そして勢い良く。
「んん〜甘かぁ〜!」
そして至福の笑顔になる。
それを見てレギーナも真似をして吸ってみる。
「ホントだ、ステラリア蜜の味がする!」
ステラリア蜜を実際に食べていた人の感想が出た。
「ミカ、どうやるの…?」
「あーこげんして花の根本ば持って、口さいつけて。そうそう、そんで口ばすぼめてちかっぱい息ば吸い込みんしゃい」
クレアがミカエラに指導されつつ吸ってみる。
言われたとおりにやってみて、そして目を見開いて感動している。
「美味しい…!」
「やろ?」
それを見てミカエラも満面の笑みだ。
アルベルトは花を潰さないように慎重に位置を決めて座り込み、腰の道具袋から空の細いガラス小瓶を取り出して、木栓の蓋を開けた。
その小瓶の口にステラリアの小さな花を入れて、そして花の根本を慎重に指で叩く。そうすると、小瓶の中に金色の花粉がパラパラと落ちていくのが見えた。
「えっまさか、そんな風に花粉だけ取るの!?」
「そうだよ。こうしておけば花の方はまた花粉を付けてくれるからね」
「うわ面倒くさっ。株ごと抜いちゃえばいいのに」
「あんなあ姫ちゃん。そげんことしたら二度と花粉採れんごとなるやん?」
「株ごと抜いても、欲しいのは花粉だけだから残りは捨てるしかないしね。それに持ち帰る途中で花粉だけ落ちても気付かないし」
「レギーナ。下々の仕事っていうのは地道で面倒くさくて労力に見合わないものなのよ」
ミカエラとアルベルトとヴィオレに口々に諭されて、レギーナが言い返せなくて押し黙る。
なんかヴィオレだけが変な言い方をしていたが、レギーナもミカエラもそれには突っ込まないのでアルベルトもスルーした。
宣言通り50株分だけ花粉を小瓶に採ると、アルベルトは木栓をしっかり閉めて小瓶を密封する。その小瓶の中には、あるのか無いのか分からないくらいに少量の金色の花粉しか採れていない。
「そんな少なくて大丈夫なの?もっと取った方がよくない?」
「これで錠剤200粒分だから、これでいいよ」
「そんなに作れるの!?」
ステラリアの錠剤は10粒単位で売られている。値段はそれで1銀貨だ。日本円換算で説明すれば約2000円というところなので、やはり結構な高級品ということになる。
200粒分、つまり商品20箱分になるので、神殿で1日に売り出す分はこれで充分確保できるのだ。
「ねえ、これだけ咲いてるんだから、もっと取ればもっとたくさん錠剤にして売れるんじゃないの?ステラリア錠剤なんていくらでも売れるんだから、その方が神殿も喜ぶんじゃない?」
レギーナはやはり今ひとつ納得がいかないようだ。それもそのはずで、見渡す限り数え切れないほどステラリアが咲いているのに、その中からわずか50株だけというのはどうにも遠慮し過ぎに思えるのだ。
「そりゃあ200株300株と採ればその分たくさん作れると思うけどね」
「でしょ?だったらもっと⸺」
「そんなにたくさん採って行ったら、山のどこかに群生地があるって誰にでも分かっちゃうじゃないか」
「あ…」
アルベルトの至極もっともな反論に、彼女は二の句が継げなくなった。
毎日最大50株、というのはアルベルトが神殿と協議して決めた採取限度数である。その程度なら山中を駆け巡ってかき集めたと言っても納得してもらえる株数で、だからこそそんな手間をかけてまでステラリアを盗もうとする輩も出てこないのだ。
それに高価なステラリアをたくさん集めればアルベルトの報酬額も跳ね上がる。薬草だけでもいい稼ぎになると知れ渡れば、依頼がなくとも我先にと山に入る者が増えるだろう。
そういう問題を見越した上で、それを防ぐための「50株」なのだ。
「ふうん。案外しっかり考えているのね」
「ほんなこっちゃ。『群生地ば管理しよる』て言われるわけたい」
「まあ、なくなったらみんなが困るものだからね。だから神殿とも協議して取り決めてあるんだ。
さて、それじゃ次の群生地に行こうか」
それ以上反論も質問も出ないのを確認してから、アルベルトがそう言って立ち上がり、また薮を分け入って獣道へと入っていく。レギーナたちも大人しくその後に続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここは毒草の群生地だから、みんな入らないようにしてね」
念の為にアルベルトが注意を促す。
「あーこれ麻痺草やろ?ウチら全員魔力抵抗しきるけん心配なかよ」
「…そうか、そう言えばみんな到達者だったね」
「あら、私とクレアはまだ達人なのだけれどね?」
認識票が金でも銀でも同じことである。さすがは勇者パーティといったところか。
パラミリアもアネステジアと同じく麻酔剤や痛み止めの原料のひとつだ。根と茎に毒性があるので、こちらはステラリアと違って株ごと抜く。
そういう説明を入れながらアルベルトは淡々と作業を進めていき、依頼された100株を専用の毒草袋に収めた。
彼の腰には、同じように薬草を入れるための革袋がいくつもぶら下がっている。
「あなたそれ、袋間違ったりしないの?」
「間違わないように色々目印も付けてるけど、まあ18年もやってればもう間違わないかな」
「さすが、キャリアだけは無駄にあるわけね…」
無駄とは失礼な。
でも言い返せないのも事実ではある。
「さ、次へ行こうか」
「まだ行くの!?」
「今日の依頼は薬草5種、毒草2種だからね。まだふたつしか採ってないよ?」
なるほど、こんな調子で採っていればそりゃあ1日かかるはずだ。レギーナはげんなりし、ミカエラとクレアは興味津々で、ヴィオレは何やらソワソワしている。
「ヴィオレさん、どうかしました?」
「ああ、気にせんとって良かですよ。こん人いつもこげんあるですけん」
「…失礼ね。私は私で色々と興味を引かれているだけよ」
「まあ何もないのなら、このまま次の場所に行こうか」
そして次の群生地でも薬草を2種採取して、それで昼にしようということになった。アルベルトは弁当を作って持ってきていたのだが、蒼薔薇騎士団の面々は当然そんな用意もしていない。何しろ朝起きてからの思いつきなので、丸1日森を歩き回るということさえ覚悟していなかったのだ。
だから仕方なく、アルベルトは川で釣りをすることにした。
とはいえアルベルト自身も釣りの用意なんてしていない。なので彼は手近な低木から程よい長さの木の枝を折って、邪魔な小枝をナイフで落とす。しなり具合を確認し、腰の道具袋の中から糸虫の糸で撚った細紐を取り出す。それを枝の先端に括りつけ、紐の先に針を付ければ即席の釣具の完成だ。
そして川べりの石の下から器用に川虫を探し出すと針に刺し、それを川岸から川の中に垂らした。
そうしてあっという間に、ポンポンと人数分の魚を釣り上げて見せたのだ。
「なーんか、色々手慣れとんしゃあねえ」
「やっぱり貴方、野伏の素質があるわ」
ミカエラもヴィオレも、その手際に感心するばかりだ。
アルベルトは河原の石を器用に積み上げると竈を作る。森の中から落ちている小枝や落ち葉を少し拾ってきて、道具袋から取り出した木炭の欠片や屑藁と一緒に竈の中に積み上げ、クレアに頼んで魔術で火を点けてもらう。
本当は火を点ける道具もアルベルトは持っていたが、そこは退屈そうにしているクレアに配慮したのだろう。
釣具にした枝も小さく折ってくべると、やがて火は大きく強くなり安定してくる。それを待つ間にナイフを取り出して、魚の鱗と内臓を丁寧に取って川の水で洗ってから塩をまぶすと、再び道具袋の中から鉄串を5本取り出して、それを一旦火で炙って消毒してから器用に魚を突き刺し、火で炙れるように竈の前に並べた。
彼がそうやってテキパキと作業するのを、みんな興味深く眺めている。
「貴方のその道具袋、何でも入ってるのね」
「必要なものしか入ってないよ。何が必要になるのかはもう分かってるしね」
「どうでもいいけど、それ食べられるの?」
「姫ちゃんそら今更すぎるばい」
食べられるも何も、普通に川漁師も獲っていて街の魚屋でも売られている川魚である。レギーナは普段調理されたものしか見たことがなかったので、生きている姿を見るのが初めてだったりする。
彼女たちは普段の冒険では自分たちで用意した食料か、泊まった宿で出される食事しか口にしたことがなく、こうやって直接獲って食べるのは初めての経験だった。
ある程度焼けてきたところで身を返して反対側も焼く。そうして全体が程よく焼けたところで鉄串ごと引き抜いて全員に配った。熱くなっているから火傷に注意するよう言うと、ミカエラが魔術で鉄串だけ冷やしてくれたのでクレアでも持つことができた。
「おっ、こらなかなかイケるやん」
「大地の味がするわね」
「モグモグ…ゴクン」
みんなが食べる中、やや躊躇していたレギーナは意を決して齧りつくと、少しだけ目を見開いてからものも言わずに食べ始めた。どうやらお気に召したようである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで依頼分を全部採取し終えて山を下りた時には、もうすっかり陽神が西の空に傾いている。
「いやいや、今日は色々とよか勉強になりましたわ」
にこやかにミカエラが礼を言う。
「ふふ。貴男と二人で旅をしたくなったかもねえ」
妖艶な笑みを浮かべてヴィオレが言う。
それはそれでなんかちょっと怖い。
ちなみにクレアは無言だったが、顔を見せた時点で帰りたいとか言っていたはずなのに、何故か今やすっかり目を輝かせて尊敬の眼差しをアルベルトに向けていた。
そしてレギーナはといえば。
「…ま、まあ、退屈はしなかったわ」
いやレギーナさんあなた素直に褒められないんですか。
「さすが、“薬草殺し”と呼ばれるだけはあったわね」
「あ…いや、その渾名って『冒険者のくせに戦えなくて薬草しか相手にできない臆病者』とか『薬草しか殺せない弱虫』って意味なんだけどね…」
褒めたつもりなのかレギーナがアルベルトの蔑称を口にしたので、苦笑しつつ自分で訂正を入れる。
「えっ、あれってそういう意味なの!?」
「あー、あれ蔑称やったん!?そらおいちゃんがそげん呼ばれるとば嫌がるわけたい。なんか申し訳なかぁ」
レギーナどころかミカエラまで驚いているところを見ると、どうやら本当に意味までは調べていなかったようだ。
「まあ、特に面白いものもなかったと思うけど、喜んでもらえたのなら良かったよ」
だからアルベルトは苦笑しつつ、その話題はそこまでにして話を戻した。
とにかく今日は、というか今日も魔獣どころか普通の獣さえ出てこなかったし、勇者様御一行にとってはきっと退屈な1日だっただろうと思っていたから、意外な好反応には正直安堵していた。最初はどうなることかと思ったが、楽しんでくれたなら何よりだ。
「ほんなら、またなんかあったらお邪魔しますけん」
北門から街に戻り、〈黄金の杯〉亭までの道すがらひとしきり談笑して店の前まで戻ってきてから、ミカエラのその一言で蒼薔薇騎士団は帰って行った。
また邪魔しに来るつもりなのか、とアルベルトは思ったが、さすがに口にはしなかった。
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