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c-4.【幕裏】緊急の評議会

 それから数日後。とうに陽も暮れて夜闇に包まれた中央大神殿の執政殿の一室に、教団の主だった幹部が集められていた。

 主祭司徒のグレゴリオ。大神殿付き大司徒のミゲル。宗派司徒の5名と神学校長の大司徒。それに大神殿付き侍祭司徒の20名で計28名。

 つまり、神教教団の幹部たちがこの場には揃っていた。彼らは広い室内に据えられた巨大な円卓を取り囲む形で全員が着席している。


 円卓の中央には水を張った大きな浅底の瓶がひとつ置かれていて、それぞれの席の前には魔術灯ではなく本物の炎の灯った蝋燭を立てた燭台がある。空席の前の燭台には蝋燭はない。

 灯りと呼べるものはその炎だけで、だから部屋は相当に薄暗い。部屋の隅など闇に溶けていて見通せないほどだ。


 一定の数の席が空席なのは、本来喚ばれるべきである各地の四方大神殿や大国の国家神殿に赴任している大司徒たちの姿がないからである。それだけで、この集まりが緊急招集だったのだと容易に察せられる。


「深夜にお集まり頂いたのは他でもない」


 おもむろに、大神殿付き大司徒のミゲルが口を開いた。実質的な教団No.2の地位にある人物だ。威厳が服を着て歩いているような老人で、総白髪だが豊かな髪を総髪(オールバック)にまとめていて、背筋をしゃんと伸ばして眼光鋭く一同を見渡した。


「緊急の提議があり、これより評議会(コンロクィウム)を開催する」


 ミゲルの宣言に異を唱える者はない。教団内部で喫緊の問題が立ち上がった際には評議会を開くものと定められているため、招集がかかった時点で参加者の全員がそのつもりで動いている。

 だが、招集者たちのざわめきが止まることはなかった。なぜならば。


「提議者は巫女マリア。そして立会人として元主祭司徒のファビオ様にもご臨席頂く」


 そう。通常ならば評議会に喚ばれないはずのマリアとファビオが同席していたからである。

 提議者であるのならマリアがこの場にいるのは納得できる。だが教団運営の一線を退いているはずのファビオがいるのはどうしたことか。無論、神慮の賢聖と称されるファビオの発言力はともすれば主祭司徒グレゴリオよりも重いものがあるから、喚ばれても異議は唱えづらいのだが。


 なお、教団幹部の集まる評議会は常に深夜に執り行われる。日中は通常業務があり持ち場を離れてまで招集をかけづらいのと警備上の問題があり、それに加えて五色の加護が揃うのが夜間であるためだ。

 夜の闇は黒の加護、深夜の静寂は白の加護。水瓶で青の加護、蝋燭の炎で赤の加護。そして議論を司る黄加護の神は夜間を好む。ゆえに夜間は思索にも議論にも向くとされている。


「今宵の議題は一件。侍祭司徒ジェルマンの提出した神々への質問内容の是非に関する評議である」

「なっ……!?」


 議長を務めるミゲルの言葉に、反応して絶句したのは当然ながらジェルマンである。


「お、お待ちあれ大司徒ミゲル」

「却下する」


 ミゲルはジェルマンに最後まで言わせなかった。その目が冷めきっていて、ジェルマンは思わず息を呑む。


「過日、ジェルマン侍祭より巫女マリアに提出された質問内容にいささか問題がある。巫女マリアは重大事案と捉え、教団内で見解統一を図るべく提議に及んでくれた。まずは英断であると讃えたい」


 ミゲルのその発言にジェルマンはまたも息を呑む。彼だって分かっているのだ、巫女の婚姻を禁ずるというのが教団の公式見解だということくらい。にも関わらず彼はそれに異議を唱えるかのような質問をマリアに吐いたのだ。

 それはつまり、婉曲的な事実婚の(・・・・)誘い(・・)である。教団の公式見解は覆らないから、マリアはこの質問を却下せざるを得ない。だが巫女は寄せられる質問に対して真摯に吟味し、神々へ問うべき質問ならば破棄してはならないのだ。必要な質問を正当な理由なく却下することは、マリアの巫女としての義務に反することとなる。


 また仮にマリアが質問を却下せずにそのまま神々に上げた場合、「婚姻不可」なら教団の見解通りとなるのみならず、すでに回答を得た質問の重複としてマリアの瑕疵となる。そして「婚姻可能」ならば教団の公式見解とマリアが対立する形になり、さらにジェルマンが堂々と彼女に求婚できるようになる、というわけだ。

 互いの状態をそうして教団に背いた状態に陥れることで、ジェルマンとマリアの間には秘密の紐帯が生まれ、秘密を守るために互いに寄り添わなくてはならなくなる。そうしてマリアの唯一の拠り所に収まった上で、ジェルマンはじわじわと肉体関係を迫るつもりだったのだ。



 だというのに、例の質問を口にしてからわずか数日で、何故こんな事態に陥っているのか。ジェルマンには理解も納得もできない。しかも今回の発議はマリアによるという。となるとマリアが自らに瑕疵をつけてでもジェルマンを拒絶にかかったということになる。


「その質問内容とは」


 円卓に設えられた席のうち、ひときわ大きく意匠の細やかな席に座る穏やかな雰囲気の老人が声を上げた。主祭司徒のグレゴリオだ。やはり総白髪を総髪にまとめているが、ミゲルよりは頭頂部がやや薄い。普段ならば宝冠を被るので隠せているが、この場は非公式な評議の場であり、グレゴリオは頭に何も被ってはいなかった。

 まあ薄暗いので、その薄い頭髪が目立つことはないが。


「巫女マリア。発言を」


 ミゲルはチラリとグレゴリオを見て、それから一同を見回して、そしてマリアに発言を求めた。評議の場に喚ばれる資格のないマリアは、提議者ということを踏まえても発言権はない。許可を得なければ一言も口を開けないのだ。


「お伝え致します。⸺ジェルマン侍祭は『巫女に婚姻は可能なのか』問うようにと仰いましたわ」


 マリアの発言に円卓がざわめいた。教団の公式見解に真っ向から異議を唱えたも同然なのだから無理もない。


「それは……確かに由々しき問題ですな」

「教団の公式見解と真っ向から対立しますなあ」

「巫女に人の身の夫など要らぬ」


 席のあちこちから非難の声が上がる。ジェルマンを擁護する意見はひとつもない。


「それで?巫女はそれを神々に問うてみたのかね?」

「まさか。回答がどうであれ、教団にはよろしくない結果になりますでしょう?」


 グレゴリオがマリアに確認するように問い、マリアは即座に否定してみせる。

 そしてこう付け加えた。


「ですのでわたくしは、まずファビオさまにご相談申し上げました。そして評議会に諮るようご助言頂きましたの」


 そのマリアの言で、この場の全員が彼女の意図を理解した。その質問を神々に問うてよいのか、回答が公式見解と異なった場合どうするのか。マリアはそれを教団上層部で意思の統一を図るために提議したのだと。

 そして唯一ジェルマンだけは異なる意図を見抜いていた。つまり、マリアがジェルマンひとりを貶めるために上層部を味方につけるつもりなのだと。


「き、詭弁である!」


 ジェルマンは声を上げた。


「問題があるならわが質問を却下すれば良いだけのこと!わざわざ評議会に諮ってまで確認するのは、とりもなおさず巫女自身に婚姻の意思があるということに他ならぬ!」


 そのジェルマンの言葉に、またしても座がざわめく。確かに巫女マリアは“神に愛された”とまで言われる美貌の持ち主であり、人としての彼女は婚姻適齢期を過ぎようとしている。許されるならば彼女との婚姻を望む者は多かろうし、婚姻だけならともかく子を成す意志があるのなら、彼女にはもう残された時間はあまり無い。

 要するにジェルマンの言には一定の説得力があるのだ。彼女が婚姻するつもりがないのなら確かにそのまま却下すればよく、却下したこと自体を伏せておけば余人に知られることもないのだから。そして彼女が問題なく婚姻しようとするなら、評議会で公式見解を覆して巫女の婚姻への道筋を作るのが手順としては妥当であるのだ。


「まあ正直、この問題はワシがやり残した懸念でもあるったいな」


 ここでファビオが口を開いた。


「お歴々は知っとろう(知っている)ばってん(だろうが)、初期の頃の巫女はみな婚姻して子を成しとるけんね」


 ざわめきは起こらない。それは部外秘としている教団の歴史、それを記した史書にきちんと書かれている“公然の秘密”なのだから。


「まあワシとしちゃあ、その状態に戻したっちゃ良かろうて思うとる」

「ファビオ様は、巫女に婚姻を許すと?」

「そりゃそうじゃろ。マリアの人生ば教団が食いつぶすて考えりゃあ、そげな可愛そか(かわいそうな)ことはなかろうもん」

「しかし、ファビオ様も在任中は容認されておられたではないか」

「そりゃ先代巫女(セシリア)が未婚ば貫くて決めとったけん(から)たい」


 マリアの前任者、巫女セシリアは敬虔かつ貞淑な女性として高名な人物だった。彼女もマリアと同じく神に愛されたと言われていて、彼女のほうでも神々を愛していた。

 ファビオよりも歳上だったため、ファビオが主祭司徒に上がった時にはもう適齢期などとうに越していた事もあり、主祭司徒に上がった際にファビオが確認したところ、セシリアは「今更そんな、煩わしいだけですわね」と朗らかに否定してみせたのだ。

 だからファビオも一旦はこの件を棚上げし、優先順位が下がったままだったから手付かずにいたのだ。そしてセシリアが亡くなり若いマリアが新たに巫女となって、そろそろこの問題も手を付けようかというところで、孫娘可愛さに突発的に辞任してしまったファビオである。


 だから要するに、マリアが結婚できないのはファビオのせいである(断言)。


 そして実はセシリアには、マリアにだけ見せていた顔があった。彼女は人間の男などよりもよほど、特定の神を愛していた(・・・・・)のである。とはいえ人身たる巫女の身で神との婚姻なぞ叶うはずもないし、そのことを表明もできずに苦悩していたセシリアに対して、「そういうのを“推し”というのです」と教えてやったのがマリアであった。

 それ以降、晩年のセシリアは憑き物が落ちたかのように生き生きとして、“推し”ラブを公言して憚らなかった。今となっては懐かしい思い出である。


「今にして思えば、巫女セシリアは盛んに“推し”がどうのと言っておったような」

「おお、ワシも憶えておる。その“推し”とやらの話をする時は恋する乙女のようじゃったの」


 当たり前である。その“推し”は片思いとはいえ、セシリアのガチ恋の相手だったのだから。

 そして彼女は死して“どこにもない楽園(イェルゲイル)”に渡ったあと、愛しい“推し”と毎日楽しく暮らしている。情報源は“推し”本(にん)である。







いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は5月22日の予定です。






ところでこの作品、まだ一度もランキングに載ったことがないんですよね恥ずかしながら。なのでもしも気に入って頂けたなら、評価・ブックマークがまだの方がもしいらっしゃれば、どうか評価頂ければと思います。よろしくお願い申し上げます!

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