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c-2.【幕裏】巫女は婚姻できるのか

前話の巫女の説明の下りを少し改稿していますので、ご確認下さい。

そして今回も後書き長いです。神教教団の大まかな構成について書いています。




 昼のお勤めを終えてマリアが戻ってきた。

 巫女は1日に2回、朝の間(午前)昼の間(午後)に必ず神への祈りを捧げ、神託を受け取ることになっている。神託は必ず下されるものではなく、神託がない時は決められた祝詞だけを捧げて、巫女は“巫女の間”を退出しなければならないと決められている。


「今日も長かったですけれど、何か神託でも下ったのですか?」

「ううん、世間話してただけ〜」


 巫女の間で、神々を相手に世間話とは。

 一体何を話しているのか気になって仕方ないアグネスである。だがさすがに会話の内容までは教えてもらえないし、「アグネスも巫女になれば分かるわよ」などと言われてしまってはそれ以上聞けるはずもない。

 だけど何だか、あんまり知りたくない気がするのは気のせいだろうか。


 というか、巫女と神々がこんなに気安い関係だなんて、きっと世間では思いもよらないことだろう。世間ではというか、教団の上層部でさえおそらく知らないはずだ。教団は巫女のイメージを神秘的に祀り上げるのに必死だから。


「それにしても、世間話って。いいんですか神様をそんなことに付き合わせて」

「だって向こうが話しかけてくるんだもん。私悪くないよ?」


 まさかの神々からだった。

 一体どれだけ暇なのか神々って。


「巫女様」


 その時、回廊の向こうから声がかかった。しかつめらしい、よく言えば威厳たっぷりの、老齢の男性の声だ。


「…………うげ、ジェルマン侍祭」


 マリアに声をかけてきたのは侍祭(じさい)司徒(しと)のジェルマンだ。普段は巫女マリアの世話役……という名の監視役を務めている。

 巫女神殿には基本的に、許可されたエリア以外に男性の教徒⸺神徒⸺は入れないことになっている。例外は男性機能を喪失した者、例えば去勢手術を施した宦官(かんがん)や、このジェルマンのような老齢の人物だけである。


「本日のお勤めは特に長かったご様子ですな。何か神託でもございましたか?」

「………………何にもありませんよ?」


 マリアはこのジェルマンが苦手だ。彼のマリアを見る目が、女を見る(・・・・)目つき(・・・)だと常々感じている。

 そしてアグネスもこの男が苦手だった。目つきも嫌らしいし、男性機能を喪失済みだというのは実は嘘ではないのかと疑っている。だって彼女は、男性が性機能を喪失する時期には個人差があると、身をもって知っているから。


 だが証拠もなく疑いをかけることはできない。特にジェルマンは侍祭司徒という、教団でも高位の地位にあり、全体で50名いる侍祭司徒の中でも上から数えた方が早い実力者なのだ。


「何もなかったのならば、巫女は速やかに巫女の間を退出せねばならぬはずですな?」


 ジェルマンの目が細まる。本当は神託があったのに、それを隠されているのではないかと疑っているのだ。


「わたくしの元へは、人々からの神々へのお伺いも日々寄せられています。ゆえに神託がないからといって、祝詞だけ捧げて退出するというわけには参らぬのです。以前にもそう説明申し上げたはずですわね?」


 マリアは完璧に鍛え上げられた淑女の微笑(アルカイックスマイル)でジェルマンの疑問を否定する。実際に彼女の元には市井の人々、あるいは王侯貴族などから神々へ問うてほしいと、多くの質問状が寄せられているのだから嘘は言っていない。

 だから世間話のついで(・・・)に、これは聞いておくべきだとマリアが判断したものは神々へ問うている。

 まあ、そうした質問状の大半は運命の愛の相手だとか効率の良い金儲けの方法だとか、何かチートなスキルが欲しいとか、そういった私欲に塗れたものなので問答無用で却下しているが。


 ちなみにそういった質問状は、マリアの元へ選別せずに全て届けるよう彼女自身が強く命じている。そうでなければマリアの元へ届く前に教団幹部たちが恣意的に選別してしまうので、本当に聞かねばならない案件が握りつぶされる恐れがあるからだ。特にこのジェルマンはかつて、届いた質問状を全て握り潰した挙げ句に何食わぬ顔で自分の(・・・)質問状(・・・)だけ(・・)をマリアに差し出した前科がある。

 そういう意味でも、マリアは彼に信頼を置いていなかった。


「それでしたら、私めの問いも神々へ届けては下さらんかのう巫女様」

「あなたが神々へ問うべき質問を持ってくれば、それは届けますわ」


 だが妻にしたい女性の一覧を添付した挙げ句に誰を選ぶべきか、などと問われても却下に決まっている。


 だが、それを聞いてニヤリと嗤ったジェルマンの顔を見て、マリアの脳裏に嫌な予感が走る。言わさ(・・・)れた(・・)、と思った時にはもう後の祭りだ。


「でしたら、『巫女の婚姻は可能なのか』を問うては下さらんかのう」


 そして案の定、私欲たっぷりで下衆の極みな質問を、ジェルマンは口にしたのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…………マリアさま」


「なあに、アグネス」


「…………ジェルマンさまのあのご質問……」

「却下ね」


「…………本当に却下できるのですか……?」


 実を言うと却下できない。巫女の処遇に関する事柄は、神々としても積極的に周知したいものであるからだ。だがこの質問は、違う意味で却下にできる。


 つまり、すでに(・・・)問われて(・・・・)返答を得た(・・・・・)事柄は(・・・)重ね(・・)()問うことは(・・・・・)できない(・・・・)のだ。

 だがそれをそのままジェルマンへの回答とすることはできない。なにしろ教団が巫女の婚姻を認めておらず、それは過去の神々からの回答によるものだと公的に発表しているからである。なのに、神々にいつその質問をしたのか、いつその回答を得たのか、記録に残されておらず誰も知らないのだ。

 だから巫女の婚姻禁止(それ)が本当に神々の意なのかどうか、教団内でも議論が尽きることはない。


 そしてマリアは自らの(・・・)質問(・・)として、「その質問はいつ行われて、どういう回答をしたのか」を聞いている。だがその質問をしたこと自体を対外的に伏せているため、マリアがその答えを知っていることを誰も知らないのだ。

 質問した時はなんの気なしに興味本位で、答えが得られたことで満足してそれっきりだったのだが、こんな事ならさっさと公表しておくべきだったか。いやだがしかし、公表したらしたで教団の上層部のメンツが丸潰れになる。


 ちなみに得た回答によれば、その質問をしたのは初代巫女で、回答は『婚姻可能』である。そのため初代巫女は在任中に結婚している。初代だけでなく、初期の頃の巫女たちは軒並み結婚して子を成していたりする。

 だがいつの頃からか、教団の上層部が巫女を神秘的に祭り上げるようになっていき、巫女に関しても「神々に身を捧げ生涯神々に尽くす巫女は、いわば神々と婚姻したようなもの。ゆえに人の身の夫を持つことはない」などと言い出して、それがそのまま現代まで踏襲されている。だから巫女は死去を除いて退任できず、生涯婚姻もできないことになっているのだ。


 なんなのそのブラック労働条件は。まるで前世の陛下みたいじゃないの。いや待って、陛下は結婚できるんだから陛下より酷いわ。そんなこと事前に教えられていたら、絶対に巫女なんかにならなかったのに。

 ⸺なんて憤ったマリアは、だから前述の質問を神々にぶつけたのだ。そして明確に『婚姻?え、そんなのまでいちいち神々(ぼくら)の許可要るの?』と言われたものだから、マリアは在任中に結婚する気満々である。お相手は当然、兄と慕うかつての仲間である冒険者アルベルトだ。


 だが彼は長いことラグから出てこなかったし、マリアも基本的には巫女神殿から出られない。それで結婚どころかお付き合いも、それ以前に告白すらまだ出来ていない。さすがにマリアも30歳を越えて結婚のタイムリミットが近付いてきているのでちょっと焦っている。

 そんな中で彼が蒼薔薇騎士団に雇われてラグを出たのだ。そして出たはいいが竜骨回廊をどんどん南下して行くではないか。あんまり遠ざかられても会いに行けなくなるし、イリシャ国内にいるうちに何とか隙を見つけて抜け出すしかない。

 そうして彼がイリシャ連邦最初の国イリュリアで止まったものだから、早速会いに行った(・・・・・・)のだ。まあその結果として、可愛い後輩にして当代勇者パーティの法術師であるミカエラの命を救えたし、それもあって勝手に抜け出したお咎めもほぼ帳消しにできたのだから、世の中何がどう転ぶか分かったものではない。

 もっとも、結婚の申込みはやんわりと拒否されてしまったのだが。


 まあ仕方ないよね!今さらオッケーしてもらえるくらいなら、解散パーティーのあたりで結婚できてたはずだもんね!


「…………マリアさま?」


「あっ、うんごめん、考えごとしてた」


 ひとりで長々と回想に耽っていたのをアグネスが訝しんでいる。だがまあいちいち正直に打ち明けるつもりもない。


「それで、どうなさるのですか?侍祭さまのあのご質問」

「そうねえ……」


 顎先に指を添え、少しだけ虚空を見上げて思案するマリア。


「ま、あれはあれで確定で潰せるから問題ないわ」


 そうして彼女は、何でもないことのようにニッコリと笑った。







次回更新は5月14日です。



【イェルゲイル神教の位階】

 神教を信仰するだけではただの「神徒(しんと)」としか呼ばれない。そういう意味では勇者であろうと一介のおっさん冒険者であろうと等しく神徒でしかない。一方で教団に入信すれば位階が与えられる。

 詳細は以下の通り。


主祭(しゅさい)司徒(しと)

 教団トップにして中央大神殿の総神殿長。

 当代の主祭司徒はグレゴリオ。


・巫女

 事実上の教団No.2だが、権威はあっても権力はない。

 当代の巫女はマリア。


・大司徒

 大別して三分類ある。

 ①大国の国家神殿の神殿長および四方大神殿の神殿長クラス。時代によって人数の増減があるが、おおむね15名前後。基本的に中央大神殿付きの1名以外は、大神殿には居ないメンツなので権力はあるが発言力は低い。

 ②宗派司徒と呼ばれる、五色の加護の各宗派のトップで計5名。中央大神殿にいるので発言力が高い。ミカエラの父エンツォは赤派の宗派司徒。

 ③中央大神殿に併設されている、神教が運営する大学“神学校”の校長(そのまま大司徒と呼ばれる)。定員1。


侍祭(じさい)司徒(しと)

 中央大神殿および四方大神殿などで主祭司徒や大司徒の補佐となる。黒、青、赤、黄、白の各加護ごとに定員10、計50名。うち各加護4名ずつの計20名が中央大神殿と巫女神殿付き、それ以外の30名が四方大神殿もしくは大国の国家神殿、勇者パーティなどに配属されている。

 ジェルマンは黒加護の侍祭司徒、蒼薔薇騎士団のミカエラは青加護の侍祭司徒。なおミカエラは最年少で就位も一番新しいので侍祭の中では最下位。


・高司徒

 侍祭司徒の補佐、および各国の中規模以上の都市にある都市神殿の神殿長クラス。

 巫女に上がる前のマリアがこの位階だった。なお彼女は輝ける五色の風(勇者パーティ)で活動していたため神殿勤務の実態はない。


・司徒

 高司徒の補佐、あるいは小規模都市の都市神殿の神殿長クラス。

 ラグの都市神殿の神殿長テレサがこの位階。テレサは本来なら高司徒ないし侍祭司徒を務めるだけの実力と人望があるが、昇進を断ってずっとラグ神殿長を務めている。


侍徒(じと)

 司徒の補佐。

 ラグの都市神殿のカタリナがこの位階。


神僕(しんぼく)

 教団に入信して神殿に配属された者が最初に就く位階。いわゆる雑用係。どれほどコネや能力があっても最初は神僕から始めなければならない……という建前。(神学校卒のカタリナは最初から侍徒として配属されている)



【神教の神殿構成】

 神殿は各地の布教拠点、ないし神徒の生活拠点となる。規模の大小を問わず神殿には必ず五つの宗派が礼拝室を備えていて、その他に各派の専用施設(青派なら治療院、黄派なら[転移]や[念信]用の部屋、黒派なら孤児院など)が完備されている。


・中央大神殿

 エトルリア連邦の総代表都市フローレンティアに所在する神教の総本山。


・巫女神殿

 中央大神殿に隣接する巫女のための(神託を受けるための)専用神殿。


・四方大神殿

 西方世界各地の布教拠点。北方大神殿がブロイス帝国の帝都ヴェリビリに、西方大神殿がガリオン王国の首都ルテティアに、東方大神殿がアウストリー公国の公都ウィンボナに所在する。南方大神殿は中央大神殿があるので存在しないが、イリシャ連邦の連邦首都ラケダイモーンにあるイリシャ国家神殿を昇格させるべきだとの意見がある。

 三方の大神殿はそれぞれブロイス帝国、ガリオン王国、アウストリー公国の国家神殿を兼ねている。


・国家神殿

 西方世界の主要国家に、国家の規模を問わずその首都に存在し、その国での布教拠点となる神殿。都市国家レベルの小さな国には置かれていないこともある。


・都市神殿

 各国の主要都市、あるいは都市国家規模の小国などに存在し、地域の布教拠点となる神殿。



【補足】

 なお「教会」というものが別にあって、こちらは聖典(せいてん)教という別の宗教の施設になるため注意が必要。

 聖典教は近年信者数を伸ばしてきている新興宗教で、唯一神から与えられた“十戒”を記した『聖典』を信奉する一神教。主に竜頭半島のイヴェリアス王国やルシタニア王国を中心に西方世界全体に一定の信徒(聖徒(せいと)という)を抱えている。

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