表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
114/189

4-44.ようやく東へ

 レギーナたち蒼薔薇騎士団は、久々にアプローズ号の車中の人となった。アンキューラに到着し、皇城の客人として足止めされてから実に14日目のことである。


「短い間ではございましたが、お仕えすることができてわたくしどもも幸せでございました」


 涙を浮かべつつ侍女のベステが頭を下げる。その後ろにはミカエラ付きの勝ち気な侍女ビュゼ、ヴィオレと一緒に様々な情報を集めてくれた侍女ナズ、甲斐甲斐しくクレアの世話を焼いてくれた侍女シェイマも並んでいて、みんな涙ながらに別れを惜しんでくれた。

 彼女たちはララ妃付きの侍女であったが、ララが婚姻撤回されることになったため、今後はアダレト付きの侍女になるという。他のララ付きの侍女たちもララに従うか、もしくはそれぞれ別の皇族に付くことになって、解雇される者は出ないそうで何よりだ。


「よく尽してくれてありがとう。私たちも世話になったこと、忘れないわ」

「もったいなきお言葉でございます……!」

「帰りにも寄ると思うから、その時にまた会いましょう」

「はい!お帰りをお待ち申し上げております!」


 一行の旅の再開に際して、新たに皇太女となったアダレトがせめてもの詫びにと様々に便宜を図ってくれた。国内全域(・・・・)の通行許可証発行に、道中で宿を取る場合にはその費用も全て負担すると約束し、あの奇襲で銀麗(インリー)が切り裂いてしまったアルベルトの革鎧も新調させてくれた。さらにアプローズ号に積み込む食料や日用品の補充、道中の先触れまで請け負ってくれた。

 だが第七騎士団を総員で護衛に付けると言ってきたのはレギーナが断った。そんな何十騎もの大所帯でゾロゾロ移動するわけにもいかないし、そもそもその全員よりもレギーナひとりの方が強いし。


「なのに、あなたは付いてくるんだ?」

「オレはだってほら、道中の先触れの責任者っすからね」

「そんなこと言って、アルタン(この人)は勇者様に気に入られてるってアピール(・・・・)したい(・・・)だけ(・・)なんですよ。本当にもう……」

「そういうあなたも付いてくるわけね、スレヤ」

「皇太女殿下から許可を頂きましたから」


 コンスタンティノスから帯同しているアルタンとスレヤは、大河を渡るまで、つまり国内の残りの道程も付き従う気でいるようだ。まあ道案内以上の役には立たないとは思うが、これもアダレトの計らいのつもりなのだろう。

 その他にも出発式典やパレードなど色々提案されたが、煩わしいだけなので全部断った。だがさすがにアンキューラ市民が勇者様のお見送りに出てくるのまでは止められないので、結局似たような状況になって、皇城からアンキューラ城門を出るまで大通りを練り歩くハメになってしまった。



 そんなこんなで、朝の茶時(午前10時)頃に皇城を出たのに、アンキューラ城門を通り抜けた時にはもう昼の茶時(午後3時)を過ぎている。次の都市ボゾクまでは陽の高いうちには到底たどり着けないので、途中での野営が確定である。

 まあそれはそれで、アプローズ号に泊まれるからレギーナに文句はない。


「まさか13()も足止めされるやら思わんやったばい……」


 青い顔でミカエラが呻く。すでに雨季下月も半ばになっていて、ラグを発ってからすでに1ヶ月半も経っている。


「そんな事言ったって、仕方ないじゃないの」

「だって言いとう(たく)もなるやん!?ホントならもうアスパード・ダナに着くかどうかっちゅう時期ばい!」


 当初の予定では、つまりどこにも足止めされずに各地を1泊ずつで通過していれば、今頃はリ・カルン公国の王都アスパード・ダナに到着するかどうかという地点までたどり着いていたはずなのだ。それがラグシウムで4日、イリュリアの首都ティルカンで10日、そしてアナトリア皇国の皇都アンキューラで13日も食ったのだ。

 温泉の街サライボスナに追加で1泊したことも合わせて、ほぼ1ヶ月も余分に旅程を増やしてしまった計算になるのだ。サライボスナの分は彼女たちが自主的に決めたことだし、ラグシウムでの逗留はアプローズ号の改修のために必要だったからいいとしても、残りの二件は完全に予定外である。


 ちなみにアスパード・ダナに到着したら、リ・カルン王宮で国王に謁見し滞在許可を得て、蛇王討伐のための文献調査など最終準備を済ませたあと、蛇王の封印のある蛇封山まで片道3日の予定である。アスパード・ダナ到着後に現地での情報収集の時間を取るにせよ、着いてから10日以内には出発する予定なので、順調に進んでいれば今頃は蛇王との決戦に向けて緊張を実感していたはずだった。


「まあそれはそうだけど、ほら、血鬼との戦いで経験値も積めたし」

「それは正直助かったばってん、それとこれとはまた別やし」

「まあまあ。過ぎたことを言っても始まらないんじゃないかな」

「彼の言うとおりね。それにレギーナにとっても、道中のトラブルは勇者として見過ごせないのだから仕方ないわね」

「ばってんなあ……」


 パーティの経理担当でもあるミカエラは頭が痛い。旅の日数が嵩めばその分かかる経費も増えるのだから。ティルカンやアンキューラでの滞在経費はほぼかかっていないからまだマシだし、首尾よく蛇王の再封印を果たせれば成功報酬で充分黒字化できる予定とはいえ、無駄な経費はかけないに限る。

 まあそれでも資金的にはまだまだ余裕があるし、血鬼討伐で予定外の収入も確定したため、ミカエラも愚痴りつつ飲み込むしかない。



 久々に走れる喜びを尻尾で存分に表現するスズの軽快な足取りで特大四(4時間)ほど走って、一行はボゾクの手前で野営を決めた。


「みんな、今夜は何食べたい?」

「「「「カリー!」」」」

「やっぱりみんな考えることは同じね!」

「そらぁだって、時間(ひま)の要る料理やけん普段は作られんもん」

「私たちもあまりユーリ様のこと言えないわね」

「辛さひかえめで…」


 全会一致で、その夜は三たび“悪魔の料理”を堪能した一行であった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、一行の旅は順調に進んだ。ボゾクを素通りしてタラウラ、セバステイアで各1泊、そこからカリカラまでは未整備区間で小さな集落が点在するだけなので、途中で野営にて1泊した。

 ボゾクを過ぎてからは竜骨回廊は高地帯に上がったため、左手の眼下に暗海の黒い水面を一望しながらの旅が続いた。


「しっかし、ほんなこつこの海て色の真っ暗かとやねえ」

「それが名前の由来だからね」

「“青海”といい“暗海”といい、誰が付けたのか知らないけどネーミングが安直よね」


 放っといてください。余計なお世話です。


 そうして一行はカリカラへ到着した。ラグを出発してから50日目のことである。ちなみに回廊はカリカラの手前で南側に大きく蛇行したため、暗海の水面はすでに視界から消えている。

 カリカラはアナトリア北東部の主要都市で、人口およそ15万の大都市である。そのため一行は久々に大きな一流ホテルにチェックインすることができ、居室も浴室も食事も最高級のものを堪能した。


「このあとは?アリアハンだっけ?」


 宿をチェックアウトして出発のために玄関に回したアプローズ号に乗り込みながら、確認するようにレギーナが言った。


「それを言うならアルダハンだよレギーナさん」


 その間違いは色々とマズいので勘弁してください勇者様。


「カリカラの次が……えーと、オルティやろ、そんでその次がアルダハン。アルダハンがこの国での最後の宿泊地っちゅうことになるとかいな」

「そうだね、それで合ってるよミカエラさん」

「その後は、いよいよ大河渡河ってわけね」

「まあ正直、あれをもう一度越えることになるとは思わなかったなあ」


 一行の中で唯一大河を越えたことのあるアルベルトが、しみじみとそう言った。


「なん、そげん(そんなに)大変(なの)?」

「大変もなにも、大河を越えるだけで1日がかりだからね」

「いやいや、無いでしょ」

「言うても河やろ?」

「見たことのない人は決まってそう言うんだよね」


 アルベルトが何故げんなりしているのか、彼以外の誰にも理解ができない。だって大河を見たことのあるのは彼だけなのだから。


「そう言えば、インリーも大河は越えたのよね?」


 アルベルトの様子に若干の不安を覚えたのか、レギーナが黙って控えている銀麗に話を振った。


(われ)は縛られ檻に入れられて船倉に放置されておっただけだ。ひたすら揺られて気分が悪かったことしか憶えておらん」


 だが残念ながらなんの役にも立たなかった。


「ていうか気になっとったっちゃけど」


 ここでミカエラが言葉を挟んだ。


「アンタ最初、なんかよう分からん言葉ば喋っとったとい(のに)、いつの間にやら普通に現代ロマーノ語ば喋りよるよね?」


 銀麗は最初、蓉州(ようしゅう)訛りの華国語で言葉を発していた。そのためそれが理解できたのは、銀麗の母である朧華(ロウファ)に華国語を習ったアルベルトだけだった。だが奴隷契約をアルベルトに書き換えて以降の彼女は普通に現代ロマーノ語で会話をしていて、だからミカエラやレギーナたちも当たり前のように意思疎通ができている。奴隷にわざわざ西方世界の言葉を習わせたとも思えないし、一体どこで習得したのか謎である。


「何かと思えばそのことか。なに、簡単なことよ。吾が[翻言(ほんごん)]を発動させておるだけだ」

「[翻言]って?」

「あー、聞いたことはあるばってん」

「西方世界ではほとんど必要のない術式だから、レギーナさんが知らなくても無理はないよ。東方世界(あっち)では現代ロマーノ語に相当する共通語がないから、他の地域の人との会話には[翻言]が欠かせないんだよね」

「主の言うとおりだ。だから吾は最初から華国語しか喋っておらん。[翻言]によってそう(・・)聞こえて(・・・・)いる(・・)だけだ」


 東方世界には目立つ大国だけでも西部の大河沿岸のリ・カルン公国、南部の“赤海”沿岸のヒンドスタン帝国、東部の華国と、西方世界であれば超のつくレベルの大国がある。その他にも西方世界であれば大国に数えられるほどの国力を誇る中堅国(・・・)がいくつもあり、そのほとんどが独自の言語体系を築いている。それだけではなく、中央部の高原地帯には遊牧して生計を立てる少数騎馬民族が多くあり、部族ごとに違う言葉を喋っていてその数は数百にも及ぶという。

 そして西方世界より広大とされる東方世界では、かつての古代ロマヌム帝国のような「世界の過半を支配した国」というものが歴史上存在したことがない。そのため、古代帝国の公用語であった古代ロマヌム語から発展した現代ロマーノ語のような、共通語になりうる言語も存在しないのだ。

 だからこそ未知の言語を自動解析して翻訳してくれる[翻言]のような術式が必要になるのだ。ゆえに東方世界である程度の教育を履修した者は、ほとんどが[翻言]を習い覚えているという事になる。


「じゃあそれ、私たちも覚えた方がいいかしら?」

「リ・カルンからさらに東へ行くなら覚えた方がいいだろうけど、今回の旅は蛇王の再封印だからね。前も言ったと思うけどリ・カルンの王都では市民レベルで現代ロマーノ語が通じるし、ひとまずは必要ないと思うよ」

「ほんなら、とりあえずは考えんでもよかっちゅうことやね」


 覚える必要がないのであれば、そこに割く時間を他の討伐準備に振り分けられる。もっとも、習得したらしたで現地の庶民や王宮勤めの使用人たちの小声や内緒話なども聞き取れるので、それはそれで重宝するだろうが。


「……私は覚えておいた方が良さそうね」


 なので、ヴィオレだけは習得することにしたようである。


「……ところでさ」

「なァん、姫ちゃん」


 唐突に真顔になったレギーナに、ミカエラが訝しげに声を返す。


「この国、もうこれ以上何もない(・・・・)わよね?」


 そしてレギーナの一言に、クレアまで含めて全員が蒼白になった。


「ちょ、姫ちゃん!アンタそげな至らん(余計な)フラグば立てんしゃんな!」

「なんてことを言うの!?口に出して実現したらどうするのよ!?」

「ひめ、それ言ったらダメなやつ…」

「なっ、なによ!ちょっと気になっただけじゃない!」

「そげな細かか(小さな)事から案外大事する(大問題になる)っちゃけんが、至らんこと言うたらつまらん(ダメだっ)て!」

「いいこと?レギーナ、そういうことは言えば叶う(・・・・・)のよ?だから言ってはダメ」


 特に貴女は天性の巻き込まれ姫(トラブルメーカー)なのだから、と言外にヴィオレに言われてしまって、レギーナは言い返せなくてソッポを向いた。


「……もう、分かったわよ。私が悪かったってば!もう余計なこと言わないからそれでいいでしょ!」


 それでいいかどうかは、このあと何事も起こらなければの話であるし、無事に大河までたどり着くまではなんとも言えない。


「一応念のため、最大強度で[感知]かけとこうかね」

「わたしも…」

「ちょ、ホントに信用してないのねあなたたち!?」


 そのやり取りを聞きつつ苦笑しながらひとり御者台に出たアルベルトは、席に着いてスズに軽く鞭を入れた。まだギャアギャアとかしましい勇者パーティを乗せて、アプローズ号は進み始める。

 騎竜で追従(ついじゅう)するアルタンとスレヤの二騎を引き連れて、アプローズ号は走る。一路大河を目指して。







【ミカエラのファガータ弁補足】

・大事する(おおごと〜)

とんでもないことになる、大変な目に遭う、などの意味。間違っても「だいじする」ではない。



【四章完結御礼】

長かった四章も、ようやくこれで一区切りです。だいぶ長くなってしまいましたが、何とか綺麗に収めることができて作者としましても安堵するばかりです。長々とお付き合い下さりありがとうございました!


正直申し上げれば、想定の倍ぐらいになってしまってボリュームがハンパないです四章……(爆)。よもやと思って数えたら、四章だけで概算で20万字くらいありました(汗)。

おかしい……プロットだとアンキューラは6日ぐらいの足止めで出発できるはずだったのに……(爆)。男尊女卑社会と癖の強い皇帝家を描いて、皇太子に粘着されて婚約させられその場で破棄されて、瘴脈湧いてダンジョン制圧して……うん、プロット通りだよな。それでなんでこうなった……?


ちなみにプロットでは、カリカラの先で血鬼に襲われる予定でした(爆)。レギーナさんの予感は当たってたんですね(汗)。

でもあまりにも長くなったので最後のひと騒動は丸ごとカットです。ついでに血鬼はダンジョンボスにクラスチェンジしました(爆)。


まだ大河越えてないじゃん、と言われるかも知れませんが、大河の描写まで含めての五章です。大河はこの世界の根幹をなす重要なピースのひとつでもあるので、ちょっと念入りに描写するつもりです。なので下手すると……というかおそらく1話だけでは越えられないです(爆)。



まあそれを含めて、レギーナたちの旅はいよいよ西方世界とは様相の異なる東方世界に入ります。次週ついに第五章【蛇王討伐】スタートです!お楽しみに!

…………と言いたいところだけど、【幕裏】としてマリアの小話を数話挟みます。この世界の根幹に関わる文字通りの「裏話」です。とはいえまだ全部書き上がってはいませんが(爆)。

なお4日更新は【幕裏】を終えるまで続きます。五章に入ったらまた日曜更新の予定、でもまだほとんど書けてないので落ちたらゴメンナサイ(爆)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おかげ様で拙著『公女が死んだ、その後のこと』が好評発売中です!

『公女が死んだ、その後のこと』
『公女が死んだ、その後のこと』

画像クリックでレジーナブックスの新刊案内(本書特設ページ)に遷移します。
ISBN:978-4-434-35030-6
発売日:2025年1月31日
発行日:2025年2月5日
定価:税込み1430円(税抜き1300円)
※電子書籍も同額


アルファポリスのサイト&アプリにてレンタル購読、およびピッコマ様にて話読み(短く区切った短話ごとに購入できる電書システム)も好評稼働中!


今回の書籍化は前半部分(転生したアナスタシアがマケダニア王国に出発するまで)で、売り上げ次第で本編の残りも書籍化されます!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ