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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-43.これにて一件落着

 銀麗(インリー)は結局、レギーナたちの旅に同行することになった。

 違法状態とはいえ奴隷であり、現在の主人がアルベルトなのだから主に付き従うのが当然だ、と彼女が主張したことに加えて、アルベルトがかつて彼女の母朧華(ロウファ)と会ったのが東方リ・カルン公国の王都であったことを知って、銀麗がそこに行きたいと言い出したからである。

 奴隷と主人の目的地が同じなのに別行動する意味はないし、だからレギーナたちも同行の申し出を断りづらかった。


「母を探す旅に出て早2年、その消息を僅かなりとも知れたのは此度(こたび)が初めてなのだ。だから是非とも同行させては頂けまいか」


 そう懇願されてはなおさらだ。


「でも先に言っておくけど、俺が朧華さんと会ってたのはもう19年も前のことだからね?」

「それでもだ(あるじ)。当時に母と会っていた者が他にもおるやも知れんし、母が何かしら痕跡を残しておる可能性もある。この目で確かめねば気が済まん」


 それはまあ、確かにそうだろう。気持ちはよく分かる。だが19年前には銀麗はまだ生まれていないし、朧華はアルベルトと別れたあと一度華国の故郷に戻って銀麗を産んでからまた旅に出たことになるわけで、その古い足取りを追ったところでどれほど手がかりを得られるか分からない。


「朧華さんは、君を産んでからしばらくは故郷に残っていたんだよね?」


 アルベルトが確認するように銀麗に訊ねた。


(われ)(とお)になるまでは共に暮らしていた。とはいえ母は英傑としての役目もあるのでな、(さと)におったのは実質五年ほどだろうか」

「最後に会った時の様子とか覚えてるかい?」

「⸺いつも通りだったな。お役目のために暫し留守にすると、少し長くかかるかも知れないとは言っていた」


 長くかかると言い置いたにしても、5年も戻らないというのは確かにちょっと長過ぎる。銀麗が後を追って郷を出た時点までと計算しても3年だ。

 竜骨回廊の基点となるガリオン王国の首都ルテティアから、大陸を横断して絹の道(ジュァン・ルー)の終点となる華国の国都の江州都まで行くのでさえ、普通に旅するだけならば1年強もあれば行けてしまうのだから、東方世界に現れた魔王の討伐に出かけたのであれば、長く見積っても1年ほどで帰ってこなければ計算が合わない。


 役目のため、それはつまり英傑としての使命のためということだ。となると長く戻らないというのはそれなりの(・・・・・)理由(・・)が考えられる。英傑も勇者も、決して地上最強の存在ではないのだから。


「朧華さんには、仲間とかは?」

「吾は見たことはない。いつもひとりでふらっと出かけて、ふらっと戻ってくるのが常だ」


 母を訪ねてくる者は多かったがな、と銀麗は言った。やや憮然として見えるのは、あまり思い出したくない来訪者もいたということなのだろう。


「その、お母様が戻らない理由はともかくとして、探しに出たはずのあなたはどうして奴隷なんかに落ちてたのよ」


 アルベルトとのやり取りを黙って聞いていたレギーナが口を挟んだ。虎人族の英傑の娘で、母譲りの実力を持つ銀麗、彼女がそう易々と人攫いや奴隷商に捕まるとも思えないが。


「………その、吾もまだ幼く世間知らずでな……」


 なんとなく口ごもる銀麗。目も泳いで明後日の方を向いている。


「盛られたのだ、麻痺毒を。⸺その、華国から出て最初に訪れた街でな、名物料理があるから是非とも振る舞いたいと言われて、ついて行った邸でもてなされて…………気付いた時にはもう縛り上げられて、隷印を打たれた後だった」


「「「「「いやいやいや」」」」」


 蒼薔薇騎士団とアルベルトの全員が、イントネーションまで含めて完璧にハモった。


「「「「「知らない人について行っちゃダメでしょ! 」」」」」


 アルベルトもレギーナたちも知らないことだが、虎人族(レェン・フー)という獣人族は華国でも特定の地域にしか居住していない稀少種族である。しかも獣人族の中でも理知的で誇り高く、膂力と魔力に優れていて、華国では地域によっては神使として崇められることさえある存在であった。

 そのため、虎人族の子供は常に誘拐の危険に晒されている。それほどの力を持つ虎人族を、子供のうちから手懐けておけば計り知れない利益があると考える悪い(・・)大人(・・)は多いのだ。だがさすがに集落を襲って大人の虎人族を相手取ってまで子供を奪えるわけもないので、集落を離れて子供を含む少人数で移動するような、数少ないタイミングを狙われるのだ。

 英傑の子として集落でも力を認められていた銀麗は、そんな危険があると知りつつも自らの力を(たの)みとして、自分はそんな目には遭わないと、ある意味で自身を過信していたのである。その結果がアッサリと捕まっての奴隷堕ちであり、恥ずかしくてとても言えたものではなかった。


 そんな彼女が2年間誰にも売られなかったのは、特に稀少な成人直前の女性の虎人族ということで奴隷商が法外な売値をつけたためである。幸か不幸かそのせいで売れ残り、奴隷商同士で売り買いされ、そうしてとうとう大河さえ越えてしまった。西方世界、というかアナトリアでは虎人族の価値も理解されず、売れないあまりに値崩れを起こして、そしてカラスに買われたのであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 レギーナとアルベルトはそれからさらに3日ほど療養に努めた。その甲斐あってアルベルトは晴れて全快、レギーナも左肩に若干違和感を残すもののほぼ万全の状態まで戻すことができた。

 ミカエラとクレアは疲労だけだったし、ヴィオレも目立ったダメージはなかったので、この三人は元気一杯である。

 そして脇腹を深く斬られた銀麗も、ミカエラの追加の加療もあってすっかり元通りになっている。まあ獣人族は総じて人間よりも自然治癒力が高いため、追加で癒やしてやる必要はなかったかも知れない。


 勇者選定会議から査察団が派遣されてきて、アナトリア皇国の処分も正式に決まった。トルグト4世は退位、政権上層部も責任を取って総辞職ということになり、しばらくは混乱が続くことだろう。

 次の皇帝に選ばれたのは、なんと皇太子妃アダレトである。次期皇帝のはずだった皇太子アブドゥラが無残な死を遂げて、弟皇子たちもそれぞれ帝王教育を受けておらず、他に必要な教育を履修済みの適任者が存在しなかったらしい。


「アダレト殿下もこれから大変になるでしょうね」


 他人事ながらも、あまり他人事とも思えないレギーナがポツリと漏らす。彼女だって歴代の大半が男性だった勇者の地位と責任をその細い肩に担っている身であるから、これからアダレトが背負って行かねばならぬ重圧(プレッシャー)がなんとなく分かってしまうのだ。

 おまけにアナトリアは男尊女卑の国である。女性皇帝などもちろん初めてだし、女性を軽んずるこの国でどこまで統治能力を発揮できるものやら誰にも分からない。


「まあでも、もうこの国の人たちはレギーナさんを見たからね」

「私?」

「そうやね。女勇者に国を救われた後なんやけん、そげん心配するほどのこともないっちゃないかな」


 確かにそういう意味では、女性皇帝が登極するにはベストなタイミングかも知れなかった。



 とはいえトルグト4世が譲位するのはまだ少し先の話である。勇者選定会議の弾劾裁判や、エトルリア国王を発起人とした緊急国際会合での批難決議の対応をしなければならないため、それらがある程度片がつくまでは現状の体制を維持するしかない。

 そのおかげというか、レギーナはダンジョンアタックのせいで半分忘れかけていた“約束”を思い出しトルグト4世に履行させる事もできた。つまり、皇城滞在初日の夜にララ妃と約束した件である。


「本当に、ありがとうございました」

「この御恩は一生忘れませんわ」


 ララ妃とイルハン皇子が揃って蒼薔薇騎士団の専用居室を訪れて、レギーナに深く頭を下げた。


 レギーナがトルグト4世に認めさせた申し出はふたつ。ララ妃との婚姻解消と、イルハン皇子の皇籍離脱である。

 あの夜にララ妃が願い出たのは、イルハンを皇籍離脱させて自由の身にしてやること、だった。トルグト4世の後宮に上がってからの約2年、後ろ盾がないばかりに虐げられこき使われていた彼の境遇を、彼女はずっと間近で見ていた。そしてそれに心中ひそかに同情しつつも、どうすることもできずにただ見ているしかできなくて、それがずっと心苦しかったのだそうだ。

 そこへ勇者レギーナがやってきたのだ。勇者は各国の元首と同格、つまりトルグト4世とも同格の扱いで、だから勇者の願いであれば皇帝も無碍(むげ)にはできないだろうとララは考えたのだ。


「お礼なんて要らないわ。私がそうしたいと、そうするべきと思っただけだもの」


 ララ妃のその願いを聞いて、レギーナたちは彼女がイルハンに想いを寄せているのではないかと考えた。だから彼女の望みを聞いたあの時、それとなく彼女に確認したのだ。懐妊の兆候はないのかと。

 それに対してララ妃は「後宮入りして約2年、まだ皇帝陛下の渡り(・・)はありません」と断言した。だからレギーナたちは、ララとイルハンの仲を何とか取り持つことはできないか、皇帝にそれを認めさせることはできないかと、考えていたのだ。


 まあそれは軍務宰相アカンの失態でほぼ実現したようなものだ。あの時の皇帝の詫び状では「なんでもひとつ」の約束だったが、その後の皇后ハリーデと皇太子アブドゥラのやらかし(・・・・)によって、今の皇帝は勇者の要求は何でも呑まざるを得ない。それを利用してレギーナはトルグト4世の後宮の解体と、まだ渡りのないララとの婚姻契約の白紙撤回をも認めさせた。

 どのみち退位が決定しているトルグト4世では後宮を維持しておく余力もないし、子を産んだ他の妃はともかく、子のないララを妃のままにしておくメリットも薄かった。


 そういうわけでララ妃は妃ではなくなり、イルハンも皇子ではなくなる。あとはこのふたりが、どういう人生を選ぶかだ。レギーナたちはそこまで世話を焼くつもりもないし、これ以上は野暮というものだ。

 だが、ふたりの様子を見る限り心配など無用だろう。そっと視線を交わし合うふたりを見て、蒼薔薇騎士団の全員がそう感じていた。

 イルハン24歳、ララ19歳。ふたりの人生は、まだまだこれからである。


《姫ちゃん、あんまガン見せんとよー(しないの)


 いきなりミカエラから[念話]が飛んできて、危うく肩が跳ねそうになった。


《み、見てなんかないわよ!》

《はいはい。そういうことにしておきましょうね》

《わたしまだ子供だから、よく分かんないってことにしとくよ》

《あ、あなたたちね!》


 イルハンの事になると、どうにもイジられまくりのレギーナであった。







いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は4日更新を継続しまして5月の2日です。



長かった四章も残り1話!

やっと旅が再開できます!



ブックマーク及び評価ありがとうございます。大変励みになっています。しかしながら相変わらずランキングに載ることができません。日当たりで50ptあれば載るとは思うのですが……orz

なのでもしも気に入って頂けたなら、評価・ブックマークがまだの方がもしいらっしゃれば、どうか評価頂ければと思います。よろしくお願い申し上げます!

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