4-42.暗殺未遂の顛末と、彼の真価
「…………で?」
呆れ顔を隠そうともしないでレギーナがため息をつく。
「どうするの、虎人族」
蒼薔薇騎士団の専用居室の、そのリビングで。
レギーナの前にいるのはミカエラたち蒼薔薇騎士団とアルベルト、そして閃月と名乗った虎人族の少女。
「反則なんは分かっとうとよ、姫ちゃん」
「解ってて、どうしてそういうことするわけ?」
「首謀者に逃げられる前に片付けるには、こげんするしかなかったとって」
「別に逃げられたって構いやしないのに」
「つまらんて」
「被害者がいいって言ってるの」
「勇者が舐められたままで良かやら言うたら、今度こそアナトリア滅ぶばい?」
ミカエラのその主張に、さすがにレギーナも言葉に詰まる。
確かにそれはそうなのだ。勇者が暗殺未遂に遭ったというだけでも破滅級の醜聞なのに、現場となったのは首都の皇城、その上首謀者を取り逃がしたとあってはアナトリアの存続など許されるはずもない。
レギーナ自身は危害を加えられたこと自体に恨みを抱くような人柄ではないし、罪を犯した者への相応の処罰は必要だとしても、躍起になって自ら執念深く追い回すほど怒っているわけでもなかった。むしろ彼女は違法奴隷を所有することを、ミカエラたちの行為がそれを容認したことで法に触れかねないことを問題視したわけだが、問題はもっと根深く複雑なのだ。
アナトリアでも奴隷の売買や所有は当然違法である。そのアナトリアで発覚した、東方世界から西方世界にまで跨る広域かつ大規模な違法奴隷売買という犯罪の動かぬ証拠を押さえたという意味では、ミカエラの判断は決して間違いとは言えなかった。
だからレギーナも、それ以上は反論しなかった。代わりに事件の進展について聞き出すことにした。
「……で?話は聞き出せたわけ?」
「そらもうバッチリばい」
閃月は前の主人の名を聞かされてはいなかった。だが容姿を憶えていて、それを詳細に語った。曰く「髭を細くぴっちり整えた、勲章を山ほど着けた礼服姿の貧相な、やたらと声の甲高い男」だと。さらに共犯者として、「猫目でずんぐり体型の女癖の悪そうな男」も一緒だったと語った。
直ちに第一騎士団が容疑者の邸に突入し、奴隷の支配権を奪われたことで露見したと察知し逃亡を図ろうとしていたブニャミン・カラスとジェム・タライは拘束された。そうして拷問を含む厳しい取り調べの結果、身勝手で邪な企みを洗いざらい白状したのだ。
両名ともコンスタンティノスの街中でレギーナに何度も恥をかかされたことを逆恨みし、女の分際で男を愚弄した罰を与えるために、違法に購入して密かに監禁していた虎人族の奴隷に命じてレギーナを襲わせたのだ。しかもそれだけでなく、首尾よく殺せればよし、殺せずとも瀕死になれば止めを刺すついでにその身を陵辱しようと企んでいたというのだ。
さらに尋問した当初、彼らは皇太子に命じられたとして言い逃れようとした。両名とも皇太子派に属しており、皇太子がレギーナとの婚約を発表してすぐさま破棄に追い込まれたあの夜会の会場にもいたのだ。だから恥をかかされたまま行方不明になった親玉に、自分たちの罪をなすりつけようとしたのである。
皇太子が密かにダンジョンに降りていてしかも血鬼に殺されていた、などという情報はまだ公になっていなかったから、彼らはその事実を知らなかった。だからこそその言は嘘であると一目瞭然だった。
カラスは奴隷の入手先として、東方から来た素性の知れない奴隷商人から買ったと証言した。だが取り引きしたのはその一度きりで、連絡先も分からないという。カラスが取り引きしたという邸に踏み込んでみたものの、商人はとっくに姿を消しており無人だったという。
そのため違法奴隷を巡る犯罪捜査は長期戦を呈する様相である。だが少なくともカラスとタライを捕縛したことで、勇者暗殺未遂だけは解決に向かいそうだ。
「あのヒゲと猫目かぁ……」
話を聞かされてもなおレギーナは釈然としない。彼女としては、彼らを街中で叱責したことは勇者がなすべき正義を当たり前に遂行したに過ぎず、コンスタンティノス港を出たところで出迎えを断ったのは勇者の治外法権を行使したに過ぎない。どちらも逆恨みされる要素など一切思い当たらなかった。
というかいくらアナトリアが男尊女卑のキツい国だったとしても、その程度で命を狙われるまで逆恨みされるなどちょっと異常ではないのか。
「まあそれに関しちゃあ、あのふたりが異常ってことで片付けるしかなかろうね」
「やっぱりそうよね……」
両名の暴走については皇帝自らが深く遺憾の意を表明し、わざわざ専用居室まで出向いて平身低頭詫びたいと言っているという。犯人たちどころか三族皆殺しにすると息巻いているらしく、無関係な親族まで連座させるなと言い聞かせなければ大変なことになりそうだ。
「その件については、吾も勇者どのに詫びねばならん」
閃月がそう発言し、ソファに身を沈めるレギーナの前に跪いた。
「そもそも吾が奴隷に落ちてなどいなければ、このような仕儀にはならなかった。吾の落ち度だ。誠に申し開きもない」
そう言って深く頭を下げる虎人族の少女をレギーナは見下ろした。実際に相対したからこそ分かる。この娘は勇者級の実力の持ち主だ。
万全であればさすがに容易く遅れを取ることはないが、ダンジョンから戻った直後の疲労困憊した状態でのあの結果は自分でも充分納得できるものだった。もしもあの時、半分抜いたドゥリンダナの剣身で爪撃を逸らせていなければ、おそらくあの場で胸を貫かれて即死していたことだろう。
それでも、防御魔術三種を解除してさえいなければもう少し勝負になったはずだった。閃月が爪に塗っていた毒薬にも多少は抵抗できたはずなのに。
「まあ私の方もちょっと油断しすぎたわ。あれは無防備になり過ぎた私のミスだから」
「毒の使用に関してもお詫びを申し上げる。どんな手を使ってでも仕留めろとの命だったものでな、吾の意思とは無関係に持ちうる手段を全て講じてしまったのだ」
「あの毒に関しては、残りは全部供出してもらうけんね。こっちで[解析]して解毒薬ば作らせてもらうけん」
「無論だ。そもそもあの毒は我ら虎人族でも今やほとんど使われなくなったもの。劇毒故に手元に置いて管理することで安全を確保していたが、今回それが仇になった」
閃月は唯々諾々として従う姿勢を見せている。そのためミカエラも理性的に対応できているようだ。
「それで、奴隷契約のことなんだけど」
それまで黙っていたアルベルトが口を開いた。
「これ、解除するのに時間がかかるんだよね?」
「そうやね。ちょっと見たことない術式やけんが、まず[解析]するところから始めないかん」
閃月の身にかけられた奴隷契約は東方で組まれたものだ。ゆえに西方世界で一般的なそれではなく、解き方も成立要件もよく分からない。支配権の上書きは主人の名を書き換えるだけだからまだ何とかなったものの、根本から解くには時間がかかりそうだ。
「弱ったな……」
「その娘って、あなたの知り合いじゃないの?」
憮然として頭を掻くアルベルトに、レギーナが問いかける。もうこの人の人脈が想像もつかないほど幅広いのは分かり切っているし、そんな彼だから西方には存在しない獣人族と知り合いだったとしてももはやなんの驚きもない。
「ああ。⸺いや、彼女ではなくて、正確には彼女の母親とね。この子の母親が、俺に気功や華国語を教えてくれた“師匠”なんだよ」
「それが、⸺ええと、なんだっけ」
「朧華さん。虎人族の英傑で、本名は孟 銀月っていう人だよ」
「本名?名前、ふたつあるの?」
「華国では、本名は親とか主君といった特定の上位者以外には呼ばせないんだ。特に目下の者が本名で呼びかけたりすると、それだけで不敬になっちゃうんだよ。だから礼儀として本名は名乗るけど、通称として『字』も併せて名乗るのが一般的で、そして普段は字で呼びあうんだ」
「そうなんだ。何だかややこしいわね」
「あー、そらぁ一種の“真名信仰”やね」
「ではその字というのが……」
「そう、銀月さんの場合だと“朧華”っていうんだ」
「じゃあ、あなたにもその字っていうのがあるわけ?」
レギーナが閃月に顔を向ける。
「ある。吾もようやく加冠したのでな、母からあらかじめ授けられておった字を晴れて名乗れるようになった。⸺我が姓名は孟 閃月、字を“銀麗”という。改めてよろしくお願いする勇者どの、そして我が主」
跪いたままの閃月⸺銀麗は、上体を起こしレギーナに、次いでアルベルトの方に顔を向けて、はっきりとそう名乗ったのだった。
「……加冠?」
「華国でいうところの“成人”のことだよ。成人したことの証として冠を授ける儀式を“加冠の儀”って言うんだ」
「……え、ちょお待ち。ちゅうことは……?」
「うむ。今年でようやく15になった」
「「「「15歳!? 」」」」
蒼薔薇騎士団の全員の驚きが綺麗にハモった。
「え、待って。まだ15歳であの実力なの!?」
「それよりか、ウチらよりか歳下て」
「わたしと歳が近い……!」
「これはピンチね。若くて実力があって、しかも」
ソファに座るレギーナを取り囲んで、蒼薔薇騎士団の面々が突如何事か密談を始めた。と思いきや全員が一斉に銀麗を見る。
見られた銀麗は思わずビクリと身を揺らしたが、すぐに彼女たちは密談に戻ってしまう。
「ねえちょっと、彼の知り合いって女の人多くない?」
「マリア様はまあしゃあないとして、ギルドのマスター代行の人やろ、あの格闘士の女ん子やろ、師匠て言うてる虎人族の英傑さんやろ……」
ミカエラたちは直接目にしていないから知らないが、ラグの神殿長テレサもそのお付の侍徒カタリナも女性である。それに加えて蒼薔薇騎士団は全員が女性だ。
そしてアルベルトの同性の知り合いはユーリの他には、彼女たちが見た限りではギルドにいたドワーフの戦士ザンディスと、ザムリフェで会った巨人族の傭兵ザンディだけである。
「ほんで、今度はこの子か……」
まあ銀麗に関しては半分くらいミカエラのせいだが。
「よく見たら結構可愛いわよねあの子」
「鍛えとるだけにスタイルも良かし」
「ほぼ裸なのが余計にそそられるわ」
「もふもふなの、すごい…!」
要するにだ。彼の周りにまたひとり女が増えたわけである。それも主人と女奴隷という、ある意味で禁断の関係。
しかも。しかもだ。
「あの子“師匠”の娘だっていうじゃない!」
「それも英傑げなばい!」
「本当、彼の人脈ってバグってるとしか言いようがないわね」
東方世界では“英傑”と呼ばれる者たちがいる。それはつまり、西方世界における“勇者”に等しい存在だ。要するに銀麗の母である朧華は、東方世界でも有数の実力者だということになる。
そしてそんな人物を師匠と仰ぐアルベルトは、西方世界における勇者であったユーリの盟友であり弟分でもあるのだ。
「東西の“勇者”と縁があるなんて……」
「しかも虎人族ちゅうたら、竜人族と並ぶ獣人族最強種って話やん?」
「おまけに巫女のマリア様まで彼のこと“兄さん”って慕ってたわ」
「考えるほどに頭痛くなってくるわね……」
「おとうさん、すごい…!」
西方世界どころか、東方をも含めて全世界に人脈が広がってそうなアルベルト。それも世界最強クラスの人材ばかりだ。
彼のことなど、最初はただの冴えないおっさん冒険者としか思えなかったのに。
「もしかして私たち、とんでもない人を雇ってるんじゃないかしら……?」
その彼の底知れぬ真価に、ようやく気付き始めたレギーナたちであった。
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次回更新は4月28日です。
本人にも周囲にもそのつもりが全くないのに、状況的には何故かハーレムっぽくなってる……っていう(笑)。そして55万字も書いてきて、ようやくやっと、タイトル回収の気配が……!(爆)
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