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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-40.事後の始末

「ん…………」


 レギーナが目を覚ましたとき、最初に目に飛び込んで来たのは高い天井。なんの場面か分からないが天井画が描かれ、それを邪魔しない形で天井中央から魔術灯の豪勢なシャンデリアが下がっている。

 ここは、どこだろう。そう考えてすぐに、アナトリア皇宮に宛てがわれた蒼薔薇騎士団の専用居室の主寝室であることに気がついた。そうだ、早く戻って柔らかなベッドで眠りたいと思って、ダンジョンを抜けて⸺


「⸺!」


 慌てて身を起こそうとして、左肩の痛みに耐えかねて再び倒れ込む。上掛けを押さえられている感覚があり、ベッドサイドに目をやると、ミカエラが上体を伏せて居眠りしている姿が見えた。


「ミカエラ、ねえミカエラ」

「zzzzz……」

「ミカエラってば」

「ん〜?」

「ん〜?じゃなくて」


「なァんもう、まあちぃと(もう少し)寝かせりー(なさい)よォ……」

「寝言はいいから、起きてよ」


 ミカエラはすぐには起きない。冒険中以外で一度眠ったらなかなか起きないのは昔からだ。


「ちょっとホントに起きなさいよ。私お腹空いたんだけど」

「ん〜」

「あんたの『姫ちゃん』が起きろって言ってるの。聞きなさいよ、もう!」


「んん〜、姫ちゃん……?」


 しつこく声をかけていたら、ようやく彼女は目をこすりながら上体を起こした。まだ半分閉じている目がさまよって、レギーナの顔を捉えて、そして。


 バチーン!と音がしたかと思うほど見開かれた。目と同時に開いた口がわなわなと震え、掠れた吐息が漏れて。


「わああああああ!!姫ちゃんが目ェ覚ましたあああああ!!」


 歓喜の絶叫とともに抱きついてきた。錯乱するほど狂喜してるのに、それでも左肩の傷に障らぬようそっと抱きつくあたり、この子相変わらず私のこと好きすぎよね。そんなことを思いつつ、レギーナは胸元に顔を埋めてくるその頭を右手でそっと撫でた。


「心配かけてごめん。そしてありがとう。⸺っていい加減、人の胸に埋まろうとするのやめてくれない!?コラ吸うなー!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後はひとしきり大騒動だった。知らせを受けて飛び込んできたクレアにも抱きつかれたし、ヴィオレは一見いつもどおりに見えるものの目尻に光るものが見えてしまって動揺したし、ベステたち侍女の4人もみな涙を流して喜んでくれたし、アルベルトが入ってきたかと思えばオートミールを作ってきていて久々に彼の味を堪能できた。

 オートミールで腹を満たして、湯浴みをしたいと言えば、蒼薔薇騎士団の全員の介助つきで至れり尽くせりだった。

 ララ妃もやってきて涙ながらに喜んでくれたし、遠慮して入っては来ないけれどイルハン皇子も部屋の外まで来ているという。


 レギーナがあの時昏倒してから、すでに4日が経っているという。その間ミカエラはずっと付きっきりで看病と治療を続け、解毒薬が効いてすんなり回復したアルベルトも蒼薔薇騎士団の専用居室の一角に寝室を与えられて静養していたらしい。



 で、そんなこんなで専用居室のリビングに、関係者一同が集まっている。


「あなたはもう平気なの?」

「俺はまだ軽症だったからね。少し傷跡は残るかも知れないけど、その程度だから問題ないよ」


 まあ何か問題があれば彼もオートミールなど作っていられないだろうし、見た感じでも体調が悪いようには見えなかったから、レギーナは素直に信じておくことにした。


 眠っている間にナイトドレスに着替えさせられていたレギーナは、湯浴みを終えて肩を露出するタイプのゆったりとした部屋着(ルームドレス)に着替えさせられ、その上からガウンを羽織っている。これだけ肌を隠していれば、同じ部屋に男性がいてもまあ何とか耐えられる。

 肩の調子がまだ思わしくはないから一応肌になるべく衣服を当てないようにしてはいるが、ミカエラのおかげで傷は跡形も残っていないし、あとは可動域の確認をして、再生し切っていない神経や毛細血管などが繋がれば万全に戻るだろう。


 ちなみに今リビングに集まっているのは、蒼薔薇騎士団の全員とアルベルト、ララ妃とイルハン皇子、それに護衛役のアルタンとスレヤも来ている。侍女たち4人も部屋の隅で待機していた。

 それから大宰相(サドラザム)のネジャッティ・カバと、その秘書役兼行政実務担当の書記官長(レイスルキュッターブ)ウフク・ベレケと名乗った男性。ベレケは何やら常に薄笑いを浮かべていてだいぶ気持ち悪い。さらに皇国騎士団第一副団長や魔術師団長の姿もある。第一副団長はヒュセイン・チャボス、魔術師団長はナームク・ヤーマンと名乗った。


「私が気を失ってからのことを、もう一度最初から教えてくれない?」


 起きた直後にミカエラたちから聞いてはいたもののほぼ支離滅裂だったから、もう一度ちゃんと順序立てて話してもらわねばならない。


「まずはどこから話そうかしらね。やっぱり貴女の治療からかしら」


 ミカエラではすぐに興奮してしまうので、ヴィオレが代わって口を開いた。



 [氷棺]で仮死状態に落としたレギーナと、次第に意識が朦朧とし始めてきたアルベルトは、まずアプローズ号に運び込まれた。

 そこまでの道中でアルベルトが説明したとおりの棚にあった小瓶を彼に見せて、それで間違いないと確認してから、水で3倍に薄めたものをまず[氷棺]から解放したレギーナに飲ませ、次いでアルベルトにも飲ませた。西方世界ではまず使うことのない薬だったから量がわずかしかなく、ふたりに飲ませるのでギリギリだった。もしも3人目が負傷していたら、もしかすると非情な決断を迫られていたかも知れない。

 アルベルトが比較的長く意識を保っていられたのは、彼は一度同じ毒を受けたことがあり、それで抵抗力がついていたということのようだ。


 その後はレギーナをアプローズ号の蒼薔薇騎士団の寝室に運び込み、砕かれた骨や裂けた肩の筋肉をミカエラが[治癒]した。だが彼女も途中で霊力が尽きてしまい、慌ててアルタンを通じて青加護の女性術者を手配させて残りを施術させたという。

 その後は皇宮内の専用居室にレギーナを移し、交代で看病しつつ回復を見守っていたということだった。


「ホントはウチが全部治したかったっちゃけど、もう一杯一杯でしきらんやったと(できなかったんだ)よね」

「仕方ないわ。あの時私たちみんな、本当にギリギリだったもの」


 いかに勇者パーティといえど限界はある。血鬼さえ倒してしまえばその後にはもう何もないと思えばこそ、彼女たちは全力を振り絞り出し切ったのだ。そして血鬼に辛勝し、あとは地上に戻って休むだけの状態で、酷使し続けた霊炉を少しでも早く休ませようと防御魔術さえ解除してしまっていた。

 そこを、あの獣人族に奇襲されたのだ。


「そうだ!あの奴隷は!?」

「きっちり捕まえてあるばい」

「何か分かった?」

「それがねえ……なんにも喋らんのですわ」


 獣人族の少女はその場で拘束された。なんの脈絡もなく勇者を襲ったこと、奴隷であることなどから勇者を襲わせた主犯が別にいることが窺い知れたため、アルベルトの要請どおりに治療が施され、今は地下牢で拘束されているという。


「しかも[制約]がかかっていて、隙あらば勇者様の首獲りに行こうとするんで、拘束するのもひと苦労っすわ」

「ていうかアレ、どこから入り込んだの?」

「それがその……なんと申し上げればよいか……」

「分からないわけ?」

「め……面目ない……」


 レギーナに冷ややかな目を向けられ、大宰相(サドラザム)のカバが汗を拭きつつ大きな身を縮こまらせた。

 アナトリアの皇城関係者に獣人などひとりもいなかった。それでなくとも東方世界にしか居住していないはずの虎人族(レェン・フー)である。彼女がどこから来てどうやって皇城地下にまで侵入したのか、なぜ奴隷に落とされているのか、彼女に関しては謎しかない。


「勇者様襲撃の実行犯に関しては、奴隷にかかっている[隷属]の術式の解析を進めております。解析が済めば勇者様を襲うよう命じた犯人も判明するかと」


 何だかやたら影の薄そうな魔術師団長が言った。だがそれまでは、獣人が黙秘を貫いている以上すぐには解決しないだろうとのこと。

 まあどのみちレギーナもアルベルトもまだあと数日は静養が必要になるため、その間にでも分かればそれでいい。


「ところで、その、瘴脈は……」

「ああ、それなら制圧したわ」


 汗を拭きつつカバが遠慮がちに聞いてきたので、レギーナは頷いて安心させてやった。



 黒幕が政府中枢のひとりで祭官長(シェイヒュル)のサメートン・ボーラーンだったという事実は、皇国の関係者を慄然とさせた。なにしろ祭官長といえば、政教一致のアナトリアでは大宰相と並ぶ人臣の最高位と言ってよいほどの高官なのだ。それが血鬼に乗っ取られていたのみならず、誰にも気付かれなかったのだ。皇国にとっても拝炎教にとっても、由々しき事態どころの騒ぎではない。

 しかも彼が皇城地下に人為的に瘴脈を作って、そこに湧く魔物(モンスター)たちを操って南方戦線の戦力にするつもりだったと判明し、それに皇后や皇太子までもが加担していたという恐るべき事実は、関係者全員を絶望の底に叩き落とした。

 皇帝の命で直ちに皇后が捕らえられ、尋問の結果概ね事実と認められた。さらに勇者レギーナを皇太子妃として国に縛り付け、南方に送り込む魔物の軍の先頭に立たせるつもりだったという悍ましい陰謀までも明らかになった。


 祭官長と皇后、皇太子がいつからそのような陰謀を企てていたのか、それは皇后が錯乱して正気を失い、その発言が要領を得なくなってきているため、まだ解明できないでいるという。祭官長がいつから血鬼に乗っ取られていたのかも、おそらくもう分からないだろう。

 ただ、勇者選定会議に評議員を出すことをやめるよう進言したのは祭官長であり、国内の偏向教育を主導したのも祭官長だったと判明した。となると、少なくとも15年以上前から祭官長は血鬼に乗っ取られていた可能性が高い。


 おそらく血鬼の狙いは、勇者という存在そのものの失墜にあったのだろう。闇を打ち払い世界に光と希望をもたらすべき勇者が、魔物の尖兵となり闇を率いる脅威に堕ちたとなれば、闇の眷属たる吸血魔や魔王にとってはこの上ない愉悦であったことだろう。



 皇太子と祭官長は、どちらも血鬼に(・・・)殺害された(・・・・・)ということで処理された。皇帝も皇国政府も、事実をそのまま明るみにしてしまっては本当に国が滅ぶと理解していたし、レギーナもそこには何も物申さなかった。

 彼女や蒼薔薇騎士団としては事態が解決して、これまでの事に対する謝罪と賠償を得られればそれでいいのであって、アナトリアの内政に干渉したり国を滅ぼしたりするのは本意ではなかった。そもそも内政に口出しすることは勇者として認められない、勇者条約に定められた“禁則事項”に該当するのだ。


 レギーナが昏睡していた間にエトルリアから正式な抗議が届いて、アナトリアはエトルリアにも賠償を支払わなければならなくなっている。血鬼の悪辣な陰謀に踊らされただけだったと判明したことで賠償額は多少減額されるだろうが、それでもアナトリアはこの先しばらくは苦境に立たされることが確定である。勇者選定会議の弾劾裁判も控えていることだし。



 皇城地下の人為的瘴脈は厳重に封印が施され、封印の間、つまりあの[召喚]の魔方陣があった地下空間だが、そこに降りる最後の階段自体も石壁で閉じた上で埋め戻された。

 あの時騎士たちでごった返していた通路も今後はもう、埋めてしまって人も魔物も小さな虫すらも通れなくするという。ダンジョンそのものは残ったままだし、その下の瘴脈もなくなりはしないのだから、そのくらい厳重に封じた方がいいだろう。

 そしてその工事の完成を見届けることなく、レギーナたちは旅に戻ることになる。何ヶ月もかかる工事を悠長に待ってなどいられないし、おそらくは勇者選定会議の方から査察団が派遣されるだろうから、あとは任せておけばいい。







いつもお読みいただきありがとうございます。


次回更新は4月20日です。




ところでこの作品、まだ一度もランキングに載ったことがないんですよね恥ずかしながら。なのでもしも気に入って頂けたなら、評価・ブックマークがまだの方がもしいらっしゃれば、どうか評価頂ければと思います。よろしくお願い申し上げます!

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