1-11.勇者様御一行の社会見学(1)
ここからしばらくは、特注脚竜車が完成して出発するまでのエピソードが続きます。とりあえず今回と次回はアルベルトが普段どんな仕事をしているかのお話。
この世界の死生観と魔力、霊力に関する説明を含みます。
次の日から、アルベルトは薬草採取に人を連れて行くようになった。東方世界までの旅ということになると片道でもおよそ1ヶ月半ほどかかるため、少なくとも戻ってくるまでの間に採取を任せる後任が必要になるためだ。
そしてアルベルトが選んだのは、先日にフリージアやザンディスたちと食卓を囲んでいたあの少年、ミックだった。彼ならまだ新人でパーティを組む仲間もおらず、依頼もまだほとんど受けられていないので、薬草採取だけでも大きな実入りになるだろう。それに経験や実績作りという意味でも最適なはずだ。
はずだった。
「で、なんでみんなついて来てるのかな?」
「わ、私たちが何をしようと勝手でしょ」
「いやあ、普段おいちゃんがどげな仕事ばしよるんか、ちぃと興味のあってくさ」
「まあ、暇つぶしよね」
「クレアはもう、かえりたい…」
アルベルトが振り返ったその視線の先にいるのはミックではなく“蒼薔薇騎士団”の面々。それぞれ好き勝手なことを言っている。
「いやまあ別に良いんだけど、出来れば明日からは遠慮してもらえるかな…」
さすがのアルベルトも憮然としていた。
アルベルトたちはすでに北門を出て共同墓地の入口まで来ている。
そしてミック少年の姿はない。
それどころか遠巻きに、〈黄金の杯〉亭の冒険者たちがゾロゾロついてくる。いや〈黄金の杯〉亭だけではない。〈竜の泉〉亭の冒険者もその他の弱小ギルドの冒険者も、どこにこんなにいたのかと思うくらいの黒山の人だかりが遠巻きについてくる。
別に誰も数えてはいないが、この時300人を超える冒険者が勇者パーティの面々をひと目見ようと、もっと言えば当代の勇者である“姫騎士勇者”レギーナを見ようと集まっていた。
これでもラグ全体で2000人を超えるとも言われる冒険者たちのごく一部である。長期任務に出ていたりして不在の冒険者が一定数いることを考えれば、集まっているのは残った者のおよそ5分の1ほどになろうか。
さらに言えば冒険者ばかりでなく、ラグの一般市民たちも家の窓や建物の陰、路地の奥からこっそりと様子を伺っていた。
お前らそんなに暇なのか。
いやもちろん暇ではない。みんなそれぞれ手に職を持っていて、それでなくとも朝の忙しい時間帯である。市民たちは仕事に行くまでの僅かな時間に、冒険者たちは依頼を受けて街を出るまでの移動の途中に、それでもひと目だけでもと集まっているのだ。
現に先ほど約300人と言ったが入れ替わり立ち替わりで、同じ顔ぶれがずっとついてきているわけではない。3人離脱しては4人現れるといった具合で…
増えとるやないかいっ。
ていうか他国の貴顕には気づかぬフリっていう暗黙の了解はどこ行った?
それというのも、“姫騎士勇者”レギーナと彼女の率いる“蒼薔薇騎士団”が西方世界全体で熱狂的な支持を得ていたのが原因だ。
何しろ美女だけの勇者パーティである。過去の歴代勇者パーティはほとんどが男女混成で、男性のみのパーティはあっても女性のみのパーティはほとんど無かった。そのため彼女たち“蒼薔薇騎士団”は男性にも女性にも大人気で、要するにちょっとしたアイドルみたいになっていたのだ。
だから世界各地にファンクラブまがいの集まりがあり、勇者レギーナの地元であるエトルリア連邦では親衛隊を名乗る一団までいるという。
「いやあすんまっせんなおいちゃん。ウチらもこげんな騒ぎになるやら思わんやったとよね。明日からはちぃと考えるけん」
「いや考えるって。この騒ぎさえ起こさなければついてきていい、なんて思ってるの?」
アルベルトの表情が憮然を通り越して唖然とする。
「なによ、ダメなの?」
「ダメとまでは言わないけど、君らにビビって今日連れてくるはずだった新人くんが逃げちゃったじゃないか…」
「ああ、さっきの子ね」
アルベルトはいつも通り、依頼受付カウンターでアヴリーから依頼書の控えを受け取って、ミックに話をして同意を得た上で、彼を伴って店の扉を開けて外に出た。
「おはよう、いい朝ね」
「別に予約は取ってないけれど、今日はよろしく」
「…。」
「ここまで来といて言うともアレばってん、おいちゃんの仕事さいついてってもよかやろか?」
そこに、“蒼薔薇騎士団”が待ち構えていたのだ。
アルベルトは驚いた。
驚いたが、もう昨日1日同行して彼女たちがある種のトラブルメーカーだと分かっているから、まだいい。
だがミック少年の方は驚くだけでは済まなかった。何しろ雲の上どころではない存在が目の前にズラリと勢揃いしているのだ。しかもそれが今日の仕事について来るという。
「はわわわわ…!」
「あら、その子なに?」
「可愛らしい坊やねえ」
「…。」
「ははあおいちゃん、そん子に仕事ば教えるっちゃね?」
「ひいっ!?」
その天上の存在が直に自分を見て声をかけてきたのだ。
そんな事があり得るはずもないのに。
「ごごごごご、ごめんなさいっ!」
「あっちょっと、ミックくん!?」
だから彼はパニックを起こした。
パニックを起こして店の中に逃げ込んで、それっきり二度と出てこようとしなくなってしまったのだ。
そして何事かと外に出てきたアヴリーに苦情を言われ、目ざとく異変に気付いた冒険者たちが騒ぎ始め、それで慌てたアルベルトは少年を説得する暇もないまま、逃げるようにレギーナたちを引き連れてその場を離れるしかなかった。
しかなかったのに、今こうして大勢に追い回されている。
「で?なんで墓地なの?」
この騒動が主に自分のせいだとは微塵も気付いていないレギーナがアルベルトに質問する。
「…少し、待っていてもらえるかな」
まともに説明するのも億劫になっているアルベルトは、それだけ言って返事も待たずに墓地の中に入っていく。
そのあとを追いかけようとしたレギーナはミカエラに止められた。
「なによミカエラ」
「ギルドの人が言うとったやろ、『亡くなった仲間の墓ば守りよる』て。ここは邪魔せんとこう」
“魔女の墓守”の名の謂れがそれである。だったら彼は、“破壊の魔女”の墓の世話に行ったのだろう。
「多分毎日こげんして墓掃除ばしよっちゃないかいなね」
「毎日?そんなの墓守に任せればいいじゃない」
「多分、自分でやりたかとよ。そっとしとこうや」
「…信じらんない。死んだ人間なんて何も返さないし残さないんだから、さっさと忘れちゃえばいいのに」
レギーナの言い分はある意味でもっともだ。死んだ人間にいつまでも拘ることに、正直さほど意味はない。その死を悼むことは大事なことで必要なことだが、いつまでもそれに拘っていては前に進めない。
むしろミカエラが理解を示した事のほうが考え方としては少数派だ。
だからレギーナには、アルベルトの行為は無駄にしか思えなかった。これは彼女が殊更に冷たいわけではなく、西方世界全体に共通する考え方だ。そもそも万物の根源としての魔力で人間も構成されているのだから、死んだら魔力に戻って、また別の何かに再構成されるだけのはずなのだ。
無論、人でも他の生き物でも死ねばすぐに魔力に還元され消えてなくなるわけではない。だから人が死ねば棺に収めて葬式を行い、別れを惜しみ、墓に埋めもする。遺体はそこから年月をかけてゆっくりと魔力に戻っていくのだ。
だから彼が一生懸命世話する墓の中には、その墓の主はもう居ない。墓などというのは、その人がかつて生きていたことを証明するためだけのモニュメントでしかないのだ。
レギーナとて死者に拘りたい気持ちが理解できないわけではない。彼女だって6年前に最愛の父王を喪っていて、亡くした死者を惜しむ気持ちがないわけではないのだ。
だがいくら拘り惜しんだところで死者が帰ってくるわけではない。生者には未来があり、死者は過去に囚われる。だったらある程度の所で踏ん切りをつけて、過去に置き去りにして前を向くしかないではないか。人は生きていかなくてはならないのだから。
「待たせてしまって申し訳無いね。じゃあ行こうか」
アルベルトが戻ってきた。
墓地の中でのことを彼は何も説明しなかったし、レギーナたちも説明を求めなかった。
そして4人と1人は、無言のまま森に向かって歩き始めた。
さすがに森の中までは、人だかりは誰もついては来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はー。なかなか器用に獣道ば見つけんしゃあね」
「貴方、野伏の素質があるんじゃなくて?」
「んもう。なんでこんな所をわざわざ通らなきゃいけないの?こんな藪なんて斬り払えばいいじゃない!」
ミカエラが感心する。
ヴィオレも褒めている。
それに対して文句たらたらなのはレギーナだ。曲がりなりにも勇者であり冒険者のはしくれだが、そこはやはり王族である。邪魔するものは全て薙ぎ倒すとでも言わんばかりだ。
「森は壊してはいけないんだ。でないと獣が逃げたりして生態系が狂ってしまうから」
アルベルトが説明する。説明しながらクレアが歩くのをサポートしている。
一行の中でクレアだけが未成年だった。こんな獣道など歩いたこともない様子でひとりだけ遅れ気味だったから、アルベルトが時折戻っては彼女が通りやすいように藪をかき分けたり手を取ったりして進ませている。
「まあまあ姫ちゃん。ウチらが無理について来たっちゃけん、文句言わんのこうや」
「そうだけど、こんなの聞いてない!」
聞いてないも何も、「彼の普通の1日が見たい」と言い出したのはレギーナである。勇者パーティについてこれる実力があるかどうか確かめる、という名目で今朝になって思いつきで決めたのだから、文句があるなら今朝の自分に言ってほしいものだ。
そんなこんなでしばらく進むと開けた広場に出た。広場と言っても円形や四角形に森が消失しているわけではなく、木々が裂けるように分かれて陽神の光が射し込む隙間ができている、と言ったほうが適切だろう。
朝の陽光の降り注ぐ中、広場には白い小さな花が咲き乱れている。陽の光に無数の花が煌めいていて、それはなかなかに幻想的な光景だった。
「…へえ」
レギーナが小さく感嘆の声を上げる。
「ああ、こらあステラリアの花やん。こげな群生地のまだ残っとったばいね」
ミカエラも少し驚いている。
ステラリアというのは霊力回復に効果があると言われる薬草だ。
霊力。
万物を構成する魔力のうち、人類を構成するもののことを特にそう呼ぶ。人類は神々の写し身であり、他の動植物とは違う。そういう考え方があって、それで人体を構成する魔力を特に霊力と呼ぶのだ。
霊力は人体に備わる霊炉という器官で生成され、人の生命力や活力の源であり行使する魔術の起動エネルギーとなる。だが人体を解剖してもどこにも霊炉に相当する器官が見つけられず、そのため魂に結び付いた概念的な器官なのだろうと考えられている。
一般的には心臓が霊炉を兼ねていると見做されているが、そうと証明されたわけではない。
そもそも魔力や霊力自体が目に見えないものであるのだから、霊炉もそういう目には見えないものなのだろうと深く考えられてはいない。
霊炉は酷使し過ぎると霊力を生成しなくなって活動が止まる。そして霊力は生命力や活力の源なのだから、それが涸渇すれば人は死ぬ。
これが、『人が死ぬ』という現象のメカニズムだとされている。
それを避けるために霊炉は適宜休ませなくてはならず、また霊炉の稼働に必要な燃料を適宜補充しなければならない。その燃料補給が食事であり、休養が睡眠である。だからそのいずれかでも欠かすと霊炉が止まって人は死ぬ。必ず死ぬのだ。
そして霊炉は経年でも劣化して稼働を止める。それが老化という現象で、長く生きすぎても人は死ぬ。だから人はみなその老化を少しでも遅らせて長生きしようともがき、霊炉を少しでも労り長持ちさせようとする。そのためにも食事と睡眠は必要なのだ。
そしてそれ以外に霊力を、霊炉を回復させる手段はないとされている。
で、ステラリアである。食事と睡眠以外に手段がないはずの霊力の回復に効果があるとされていて、それで多くの需要がある。
効能があるのは花粉と蜜だ。だから採取して蜜を集めて精製し、水や調味料を加えて水蜜に加工し、それにさらに他の成分原料なども加えて錠剤にする。そのほか、花蜂に集めさせたものは蜂蜜としても売られている。
ちなみに花蜂はステラリアの蜜を覚えさせるとなぜかステラリアの花粉しか採ってこなくなる。そのため咲いている絶対数が少なくともステラリア100%の蜜が作れるのだ。ただし当然ながら少量しか作れない。
そのためステラリアの蜂蜜は最高級品であり、限られた富裕層しか口にできない。
正直な話、霊力の回復に関して効果が実証されているわけではない。だが実際に用いた人の大半が効果を実感していて、気のせいと決めつけるには説得力がない。
冒険者たちや野山で仕事する猟師たちはステラリアが咲いているのを見かけると、その花を手折って花粉を直接吸引する。小さな花で花粉もごく少量だが、ひと口吸うだけでも疲れが癒やされ、ふた口吸えば活力が戻る。
多くの人がそうやって効果を実感しているからこそ、ステラリアは世界中で手折られ採取されて多くの群生地が失われた。ミカエラの言うとおり、これほど固まって咲いているほうが今や珍しいのだ。
「今日採るのは50株分だけだから、それ以上は触ったらダメだよ」
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
例え相手が勇者パーティであろうとも、彼は必要な忠告と警告を省略するつもりはなかった。愚直なまでに生真面目な男、それがアルベルトという冒険者である。
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