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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-34.黒幕の正体は

 ついにレギーナたちは最下層である第十層へと降り立った。


 最下層は、それまでの迷路のような構造ではなくひとつの大きな空洞だった。

 ここまでのヴィオレのマッピングでも判明していたことだが、このダンジョンは第一層がもっとも広く、下層に降りるに従って少しずつ狭まるすり鉢状の構造をしていた。だから最下層がもっとも狭いと予測してはいたのだが、実際降り立ってみると[召喚]の魔方陣があった第一層上部とさして変わらぬ広さである。第九層の半分以下だ。

 そしてその中央部に瘴気の湧き出す瘴脈と、その周りに描かれた魔術陣。これも[方陣]で強化された魔方陣だと見ていいだろう。


 その魔方陣の前に、ひとりの小柄な人物が杖をついて立っている。


「“墓場”へようこそ、勇者どの」


 最下層は第一層の倍ほどの天井の高さで、それでレギーナ以外の全員がヴィオレの[浮遊]を使って降りてきたのだが、全員が地に足をついたところでその男は語りかけてきた。

 男と判断したのは声がしわがれた老人のそれだったからだが、姿そのものはローブに覆われていて、フードを目深に被っているために顔すらも定かではない。魔方陣に描かれている術式が魔力によって自発光しているおかげで姿だけは視認できるが、それだけだ。


「貴方が皇后をそそのかし、人為的に作った瘴脈を隠し、皇太子をあんな化け物に変えた“黒幕”ね」


 油断なくドゥリンダナを構えながら、レギーナが誰何する。


「だとしたら、どうなさるおつもりで?」

「決まってるわ。さっさと討伐して地上に戻るだけよ」


 レギーナの答えは明快だ。相手が誰であれ、この一件の黒幕だというのなら倒すまで。そして目の前のこの男からは九層で出くわした皇太子と同じか、それ以上の濃い瘴気をひしひしと感じるのだから、話し合いなど意味をなさない。


 だが油断なく構えつつも、レギーナは動かない。敵の手の内が読めない以上、不用意に飛び込むわけにはいかなかった。そもそも、目の前のこの姿が黒幕本人であるという確証さえないのだ。

 それが魔術師を相手にする時のもっとも厄介な点である。そもそも相手が待ち構えた地点にこちらが遅れてやってきている時点で、どんなトラップが仕掛けられているか分かったものではない。この空間自体がすでに罠かも知れないのだ。


「[閃光]⸺」


 と、そこに突然クレアが魔術を発動させた。それも一歩下がって、全員の死角になる位置から。

 レギーナはもちろんアルベルトまで含めて全員が黒幕のほうを向いていたから、彼らは背後に発生した強烈な光源を直接目にしなかった。だが黒幕は彼らと相対していて、だから光源をひとりだけまともに目に焼き付けるハメになった。


「ぐっ……!」

「“瞬歩”」

「ぬぐぁ!?」


 そして次の瞬間、聞き慣れない呟きが聞こえたと思った時には、黒幕が身体を折り曲げてバランスを崩している。その隣で脚を振り上げている人の姿に気が付いて、レギーナもミカエラもヴィオレも目を瞠った。

 なんとアルベルトが、黒幕の脇腹に蹴りを叩き込んでいるではないか。


「!?」


 先ほどから後ろでヒソヒソと何か話しているとは思っていたが、いきなりのクレアの先制はどうも彼の入れ知恵だったらしい。一歩や二歩で詰め寄れるような距離ではなかったのだから、また何か東方で習ってきた技でも使ったのだろう。全く、いくつ隠し技を持っているのかこの人は。


「……!」


 だが驚いたのも一瞬だけだ。黒幕にも完全に不意打ちだったようで、今なら魔術の詠唱も不可能だしそもそも詠唱に不可欠な集中も乱れている。要するに隙だらけで、今なら一刀両断も可能だろう。

 レギーナはドゥリンダナを“開放”して、音速を超えるスピードで詰め寄り黒幕を大上段から両断した。事前の打ち合わせがなかったものだから、アルベルトを巻き込んではいけないと一応は気を使ったのだが、最初から一撃離脱のつもりだったようで彼はすでに飛び退いている。


「クッ……ふたりがかりとは卑怯な……!」

「何とでも言いなさい!」


 だのに、大上段から真っ二つにしたはずの黒幕は憎々しげに顔を歪めて罵ってきた。まだ死んでいない、そう理解した瞬間にレギーナはその上半身を斬り刻んで細切れにした。


 手応えが、なかった。


 そうと気付いた時にはもう、黒幕だったものは煙のごとく霧散して居なくなっている。


「なかなか厄介ね……!」


 辺りを見回してもその姿を捉えることはできなかった。あれほど濃密な瘴気の塊を隠しおおせるわけもないのに。


「ミカエラ、分かる?」

「サッパリやね」


 レギーナが訊ねたのは敵の魔術の仕掛けと、今ヤツがどこにいるか。

 そしてミカエラは否と答えた。まあ[解析]して分かる程度の仕掛けなら最初から苦労はしないわけだが。


「ふはははは。さすがの勇者といえども手も足も出ま⸺」

「[氷槍(そこ)]」


 勝ち誇ったような声が聞こえて、聞こえた瞬間にミカエラが左手の壁際に氷の槍を投げつけた。


「ぐふぉ!?」

「アホかアンタは。せっかく隠れとるとに声出したらバレろうもんて(るでしょ)


 要するに敵は魔術などではなく、単に隠密のスキルか何かで隠れていただけだったのだろう。よろよろと岩陰からまろび出てきた小柄な人影に“開放”したままのレギーナが一瞬で駆け寄って、今度はその首を横薙ぎに一閃した。

 だがやはり手応えがなく、その姿は再び霧散するように消えてしまう。


「ああもう、面倒くさいわね……!」

「[浄炎乱舞]⸺」


 苛立つレギーナの声に被せて、クレアの魔術が発動した。

 たちまちクレアの周囲に炎の塊が浮かび上がる。大きさはこぶし大だが、その数が多かった。そしてその全てに浄化の効果が付与されていた。無数の炎で広範囲を焼き尽くし、併せて浄化も済ませてしまうクレアのオリジナル術式だ。


「あ、[散水膜]」


 そうと気付いてミカエラが防御魔術を展開する。対象は自分とヴィオレ、レギーナ、そしてアルベルト。それぞれみんな散り気味だったので別々に展開せねばならず、そのため彼女は一度に複数の[水膜]を同時展開できるオリジナル術式を発動させた。

 なおクレアは自身の術式で焼かれるはずがないので防御の対象外だ。同じ場所にいるヴィオレも守らなくていい気はするが、そこはまあついで(・・・)だ。


「ぬぎゃあああああ!!」


 そして案の定、瘴気の塊に等しい敵にはクレアの術式は効果覿面だった。


「あっ、[暗幕]っ!」

「集中⸺」


黒幕が慌てて防御魔術を展開し、真っ黒な煙に覆われる。だが声のした場所にクレアが炎を集中させたのであっという間にそれが削られていく。


「防御とか無駄。炎ならいくらでもあるよ」


 感情を乗せずに呟くクレアの周りに、どんどん新たな炎の塊が生成されてゆく。


 ⸺と、その炎が次々と消え始めた(・・・・・)ではないか。


「⸺あれ?」


 クレアが首を傾げる。術式を解除されたわけでもないのに。


「この儂を誰だと思っておるのか」


 怒気を孕んだ声がして、その方向を向くと黒幕が立っている。着ているローブはボロボロで、被っていたフードも焼けたのか見当たらず、だから顔が晒されていた。周囲はまだクレアの炎がいくつか飛び交っていて、だからすっかり明るくなっており黒幕の顔がハッキリ見えた。

 頭髪の薄くなった白髪の老人。それが黒幕の顔だった。一見した感じではただの老人にしか見えず、狡猾そうな顔立ちだがそれだけだ。[感知]を使わなければ瘴気の塊であることも分からないだろう。

 その小柄な老人が、忌々しげにこちらを睨んでいた。


「儂こそは!拝炎教アナトリア総主教にして皇国の祭官長(シェイヒュル)、サメートン・ボーラーンなるぞ!炎の扱いなぞ⸺」

「いや知らないわよ。サメとボラが何を偉そうに」


 せっかく敵が名乗りを上げたのに、レギーナがひと言で一刀両断にしてしまった。


「空、陸ときて、とうとう海まで制覇したばい」


 ミカエラも呆れ気味だ。ブニャミン・カラス(・・・)、ネジャッティ・カバ(・・)と来てサメ(・・)ートン・()()ーンが現れたのだからまあ無理もない。……ないのか?


「ていうか本物(・・)やなかろうが。さっさと正体顕しんしゃい」


 そしてその呆れ顔のまま、ミカエラは黒幕のことを祭官長本人ではないと言い切った。


「なっ……!?」


「拝炎教の総主教が、腐っても高位の法術師が、()()の意思(・・・)で瘴脈の利用やら考えつくわけなかろうもん。それば唆し、操って手を染めさしたアンタ(・・・)が黒幕なんは分かっとう(分かってる)ったいって(んだってえの)


 つまり、本当の黒幕(・・・・・)にとって必要だったのは隠れ蓑。具体的には祭官長の身体、つまり皇城で自由に動ける身分と権力、そして魔力である。

 そうして目をつけられたのが祭官長サメートンであったのだろう。そして黒幕は、高位の法術師であり魔術師であるサメートンを乗っ取って支配してしまえるほどの力を持っている。そういうことになる。


「クク」


 そこまで看破されて、祭官長の顔が愉悦に歪む。


「ただの小娘かと思うておったが、痩せても枯れても主祭司徒の孫娘よな」


 祭官長の身を包む瘴気が膨れ上がった。


「痩せてもおらんし、枯れてもおらんったい」


 ミカエラも両腕に赤と青の炎を纏う。その顔に、今まで見たこともないほどの緊張感と真剣味を見て取って、アルベルトは目を瞠る。彼女がここまで本気になる、それはとりもなおさず敵が、到達者(ハイエスト)である彼女が全力で挑まねばならぬほどの強者だということに他ならない。


「で、話は終わった?」


 だがそこへ、普段と変わらぬ声音で割り込んで来た者がいた。


「じゃ、斬るわよ(・・・・)


 えっと思った次の瞬間。

 祭官長の左脚が消し飛んで(・・・・・)いた。


「…………えっ」


 それは誰の呟きだったのだろうか。ミカエラか、アルベルトか、それとも祭官長か。


「ぐぁ、あ、あああああ!!」


 一拍遅れて、これは祭官長の絶叫。それまでと同様に煙のように霧散することもなく、祭官長は腿から先を失った左脚を押さえてのたうち回っている。


「あら、ちょっと外しちゃったみたいね。しっかり霊核を捉えたと思ったんだけど」


 何でもないことのようにそう言って、レギーナがドゥリンダナを構え直した。







いつもお読みいただきありがとうございます。

あれから筆が乗りまして、ストック1ヶ月分貯まりました(笑)。まあその分他の連載作が滞りがちですが( ̄∀ ̄;



もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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