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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-31.最下層に待つもの

 しばし休息して、アルベルトの体調も回復してきたところで、一行はアタックを再開した。とはいえ彼が戦えるからと前線に引っ張り出すのではなく、相変わらず前衛はレギーナと、たまにミカエラとで担っている。

 アルベルトの立ち位置というか評価としては、ヴィオレやクレアの護衛「しかできない」ではなく、護衛「を任せられる」といったところで、些細なようだがそれでも確実に評価が上乗せされている……のだが、ミカエラに茶化されたことが気になって、アルベルトに戦えとは言えなくなっているレギーナである。



 四層では他に闇鬼人族(ダークオーガ)に遭遇することもなく、五層では何度か遭遇したが全てレギーナが斬り捨てた。そして六層では緑鬼(トロール)が出てくるようになって、さすがにアルベルトが遠慮がちに断りを入れてきたので、彼はそのまま後衛扱いだ。

 アルベルトの実力的には、何とか緑鬼までなら相手にできなくもない……といったところ。ただしひとりでは倒せないので仲間の助けが必要とのこと。まあ一人前(インディペンデンス)ランクの冒険者としては当然というか、むしろよく戦える方だと言える。


「ちなみに、あなた単体(ひとり)でどれまで倒せるの?」


 戦わせるつもりもなくなっているのに、つい聞いてしまうレギーナである。


「ええと、今までひとりで倒した相手と言えば……灰熊とか、鬼人族(オーガ)とか、あと蛇竜(だりゅう)も狩ったかな」

「おー、充分やん」


 充分どころか、どれも普通なら一人前(インディペンデンス)が単独で倒せるような相手ではない。


「それ、さっきの技で倒したわけ?」

「まさか。ちゃんと剣で戦ったよ」


 そもそも発勁は対人用の攻撃技なので、人型以外には効き目が薄いのだという。それでも師匠くらいの腕になれば相手を問わずぶち込んでたけど、と笑うアルベルトに、レギーナたちは驚きを隠せない。

 しかもさらに彼は言うのだ。


「ユーリと一緒の時なら、単眼巨人(キュクロプス)とか翼竜とか氷狼(フェンリル)とかも倒したことあるよ」

「えっそれ、ユーリ様が倒したんじゃなくて?」

「ユーリは俺が無理だと思えば自分だけ(・・・・)で倒しちゃうんだよね。それ以外だと、主に戦うのは俺で彼はサポートしてくれるだけなんだ」


 戦績を考えても、アルベルトの実力は一人前(インディペンデンス)のそれではない。腕利き(エクセレント)以上なのはまず間違いなく、熟練者(エキスパート)か、場合によっては凄腕(アデプト)にさえ届きかねないと思われた。


 ユーリはアンドレアス公爵家の姫と婚姻して勇者を引退したあとも、勇者不在の世界のために暫定的に勇者として活動を続けている。輝ける五色の風(パーティ)はマスタングとマリアが冒険者でなくなり、ナーンが消息を絶ったことから活動できなくなったので、彼は主にアルベルトを誘い、その他は臨時メンバーをサポートに呼んでいた。

 ちょっとした討伐依頼も、勇者案件となるような厳しい敵のときも、ユーリは必ずアルベルトを呼びに来て連れて行った。そういう意味では、アルベルトはラグで薬草を採取しながらも勇者のサポートをしていたことになる。

 しかもそれでいて、アルベルトは目立つことを嫌がってランク昇格試験を断り続けてきたのだ。だからその実力がランクに見合わないのも当然であった。


「ちなみにユーリ様がひとりで倒しちゃったのって、例えばどんなのがいたの?」

「手を出さないように、って言われて見てた中で一番手強かったのは血祖(けっそ)かな」


「マジ()!?」

「…………え、それ引退後の話よね?」

「そうだね、まだ“聖イシュヴァールの左腕”が活動してた頃だよ」


 血祖(ノスフェラトゥ)というのは吸血魔(ヴァンパイア)の最上位種で、魔物の中でも“魔王”に準じる最悪の敵である。歴史上たまに現れるが、出現するたびに甚大な被害をもたらす災厄の申し子で、勇者や勇者候補でなければまともに太刀打ちすらできないとされている。

 選定会議の敵ランク判定で言えば“頂点(プラチナ)”に位置づけられる。敵ランクでプラチナとされるのは魔王と血祖だけである。

 ユーリが討伐した血祖はヴァルガン王国で長年その地の民を苦しめてきた存在で、さすがにこの時ばかりはユーリも単身では厳しいと思ったのかマスタングを誘って連れて行った。


「マスタング先生とふたりで……って言ったって、本来ならふたりだけでどうにかなる相手(モノ)じゃないんだけど……」

「久々に“旋剣”カラドボルグが振るえた、って喜んでたよ」

「ユーリ様も大概やなあ」


 ユーリの愛剣もまた、レギーナと同じく宝剣のひと振りである。“旋剣”カラドボルグと呼ばれるその剣は、触れるものすべてをねじ切る(・・・・)最凶の切れ味を誇る。


「マスタングさんとはその時に初めて会ったんだけど、新しく組んだ術式をたくさん試してたね」

「あーまあ先生(アレ)はただの魔術マニアやけんねえ」


 真面目一辺倒の堅物と誰からも評される魔術師マスタングの、唯一の(・・・)趣味(・・)が魔術の術式開発である。戦闘においては自ら開発したオリジナル魔術を多数引っさげて、竜人族(ドラコニック)であることも活かした肉弾戦を繰り広げることでも有名だ。


「……そう言えば、マリア様の[追跡]ってマスタング先生が組んだって言ってたわよね」

『そっすねー。そのおふたりから術式提供があったんで、勇者候補の皆様の位置情報(・・・・)確認(・・)に使わせてもらってるっすね!』


「「「…………マジで!? 」」」


 まさかの事実。てっきりヤバいスキャンダル案件かと思っていたのに、ただのストーカー魔術だと思っていたのに、意外にも使いみちがあったようだ。


「え、でも私にいつ(・・)マーキング(・・・・・)した(・・)のよ!?」

『チッチッチッ。選定会議の委託職員はどこにでも(・・・・・)いる(・・)んすよねこれが。だからその人たちに接触委託して、術式を遠隔起動させたんすよ。そして彼らは自分の職分を絶対に明かさないっすから、誰がそうなのかは秘密っす』


 ということは、レギーナが勇者候補になってからここまでの約3年の間に出会った誰かが、選定会議の委託職員だったということになる。そんなのさすがに絞り切れるはずがない。


『いやあ、それまでにも似たような術式はあったんすけど、マスタング氏の術式は距離制限もなくて使い勝手がいいっすね!大変重宝してるっす!』

「そ…………そうなんだ……」


 だがそれのおかげで、レギーナたちが色々と恩恵を受けているのも事実である。なので彼女たちは顔を見合わせて、引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 一行は六層から七層に入り、そして八層へと降り立った。八層ではついに単眼巨人(キュクロプス)氷狼(フェンリル)が現れ始めて、クレアが参戦を始めた。こうなるとアルベルトの出番などほぼ皆無だ。


「いやあ、改めてみんな凄いよねえ」

こげなん(こんなの)ウチら普通やけどね。⸺あ、今度、おいちゃんにも良か剣ば()うちゃあけん。楽しみにしとき」

「えっ?いや俺はいいよ、相棒(コイツ)があるから」

「普段はそれでも良かろうばってんが、封印の洞窟でそげなん(そんなこと)言っとれんめーもん。さっきの闇鬼人族(ダークオーガ)だっちゃ、武器さえ(ちご)うたらもっとやれたやん?」


 そう言われると、確かにその通りなので言い返せなくなる。


「ん……まあ、それはそうだね」

「やけん()うちゃあけん」

「じゃあさ、リ・カルンの王都アスパード・ダナに着いてからお願いしようかな」

「よかけど、なんか目当てでもあるん?」


「あっちには色々と思い入れもあるし、西方(こっち)では買えない物も色々あるからね」


 そう言ったアルベルトの目が、思いを馳せるように遠くを見ているようで、ミカエラは少しだけ目を瞠った。よく分からないが、少なくともまだまだ小娘の自分には想像もつかない彼の人生が、少しだけ垣間見えたような気がした。

 そんな彼の表情につい見とれてしまっていることに、ミカエラ自身は気付いていない。


「……人が戦ってる時に、なんでちょっといい雰囲気になってるのよ」

「ひめ。邪魔しちゃダメだよ…」

「邪魔なんて別にしてないわよ!?」


 サクッと戦闘を終えたレギーナがそんな彼と彼女を半目で見て、クレアにたしなめられていたりする。


「おろ。知らん()に戦闘の終わっとる」

「それはミカエラ(あんた)がおしゃべりに夢中になってるからよ」

「いや別にそこまで夢中にやら(なんて)なっとりゃせんけどくさ」


 と言いつつも、なんとなくバツが悪くなるミカエラである。


「ところで姫ちゃん、そろそろ“答え合わせ”しとこうや」

「答え合わせ?なんの?」

そら(そりゃ)この件の黒幕と、この先に待っとる迷宮の主(ラスボス)くさ」

「⸺ああ。つまり、皇后をそそのかした(・・・・・・)のは(・・)()()、ってことね」


 瘴脈が湧くのはある意味で自然現象である。だからそこに作為はなく、湧いてしまえばその対処をするだけだ。だが湧いた瘴脈を人知れず隠蔽して長年隠し通すことなど、普通に考えれば不可能に近い。

 そして瘴脈の第一発見者が皇后である(・・・)はずが(・・・)ない(・・)のだ。第一発見者は必ず別にいて、その人物が皇后に報告した以外に皇后が知るわけがないのである。


 皇后が名の知れた魔術師であるというのなら話は別だ。だが対外的に公開されている情報で皇后が魔術をよくするなどという話はなく、皇后が魔術を使用した逸話などもない。


「そう言えば、この瘴脈は人為的に瘴気を集めたものだって言ってたね」

「しかもあの召喚陣のあった空間くさ、ご丁寧に[囲界]と[遮界]が[固定]されとったけんね」


 つまりそれは、範囲を指定し空間を切り取る術式である[囲界]で指定した空間を、外部から覆い隠して隠蔽する術式の[遮界]で隠して、なおかつそれを術式の効果を固着させる[固定]で長期間維持していた、ということだ。


「その上で[召喚]で地中の瘴気を集めて、地下に人為的に瘴脈ができるよう調節されてたよ…」

「そこまで大掛かりな、しかも複雑で複数の術式を用いた魔術なんて、力のある魔術師が集まって“儀式魔術”でも展開しなければ不可能ね」

「要するに、何者かが皇后にそうすることを(・・・・・・・)進言し(・・・)()、ってことよね」


 要するに最初から人為的に瘴脈を作り、ダンジョンを生成するまで隠蔽するよう皇后に進言した何者かがいるはずなのだ。そして皇后はそれを承認し、自身の権力を使って今まで隠し通してきたわけだ。


「で、その“進言者”が⸺」


 ミカエラがそこで言葉を切って、足元を見る。


「最下層にいるだろう、ってことね」


 レギーナもそう言って足元を見た。自然と、全員の目が足元に、まだ見えぬ最下層に向く。


「ほんで、おそらくそこ(・・)には2人おると思うっちゃんね」

「ふたり?」


 怪訝そうにそう言ってミカエラを見たレギーナの顔が、一拍遅れてみるみる唖然としてゆく。


「え、まさかそれ⸺」

「だってようと(よく)考えて(ごらん)皇后の(・・・)共犯者(・・・)が姿の見えんっちゃけん、そげ(そう)思う(考える)とが自然やん?」


「あんな奴が何人いたところで⸺いえ、違うわね」


 一笑に付そうとしたレギーナの動きが止まる。


「そうったい。黒幕の魔術師と一緒におる、そのはずなんよね。⸺ちゅうことはくさ(ていうことはよ)


 ミカエラの表情が一気に険しくなった。


「人為的に瘴脈を、ダンジョンを作ってまで魔物を増やし、それを勇者に率いさせようとした……」


 そんな非人道的な考え方のできる存在が、手元にやってきた人間をそのままに(・・・・・)しておく(・・・・)だろうか(・・・・)


 レギーナとミカエラは互いに顔を見合わせて、そしてため息をついた。予想が間違っていなければ、自分たちはこれから見たくもない悍ましいモノを見させられ、やりたくないこと(・・・・・・・・)をやらされるハメになるのだ。

 だがそうも言っていられない。最下層に誰が待ち受けていようと、倒さないことにはダンジョンを制圧できないのだ。制圧できなければ依頼達成できないし、制圧できないということは黒幕の企みを放置して継続させてしまう事と同義である。


「この屈辱、絶対に忘れないわ」


 そう呟くレギーナの目には、見せたこともないほど強い怒りの感情が籠っていた。それを慰め鎮めてやれる者など、この場には誰ひとり居なかった。







いつもお読みいただきありがとうございます。

気付けば残りストックわずか2話。ヤバい。



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