4-30.いつの間にか
祝☆連載100話達成!
「だからね、まず全身の気を練って集めて……」
「いやその“気”がなんかがまず分からんっちゃけど」
「ええとね、生命エネルギーっていうのかな……」
「いやそれ霊力となんが違うとよ?」
「説明が難しいな……俺も師範代の免状までもらったわけじゃないからね……」
ひとしきりアルベルトが説明して、実演して見せて、そして結局ミカエラには何のことやらチンプンカンプンであった。
「これは“気功”と呼ばれる『気をコントロールする技術』のひとつで、“気”というのはいわゆる生命エネルギーなんだけど、人間だけじゃなく草木も動物も、自然現象にも必ず備わってるんだ。それを“流れ”として捉えて、その流れをコントロールして攻撃に転用するんだよ」
一生懸命説明しているが、そもそもアルベルト自身が部分的にしか気功を学んでいないので、彼自身にも理解が足りていなかったりする。
東方世界の遥か東の果て、華国には独自の技術体系が存在する。それが“気”と呼ばれる、森羅万象全てを形成するエネルギーを活かした術式である。その総称が“気功”で、本来は自身の持つ“気”を活性化させ、様々な用途に活用する術である。
気には『内功』と『外功』とがあり、内功は自身の内なる気を活性化させ、心身を癒やし健康を保つ術式、外功は自分の気で他者の気に影響を与え、他者を癒やしたり身を守ったりする術式である。アルベルトが身につけているのは外功の中でも“硬功”と呼ばれる武術に転用した使い方のひとつで、彼が唯一覚えている“発勁”は中でも基礎中の基礎とされるものだ。
華国武術は、この気を自在に操って始めて真価を発揮する。そして十全な理解と習熟がなければ、他者に伝授してはならないとされているのだ。だから習熟の足りていないアルベルトの説明では、ミカエラが理解できないのも無理からぬことであった。
そしてこの術式と理論は西方世界にはほとんど存在しないものである。西方世界で使いこなしているのはアルベルトのほか東方出身者など、全員が東方で学んできた者たちであり、その意味でも彼女が理解するのは難しいと言えた。
実を言うと〈黄金の杯〉亭にいた格闘士のファーナがこの“気功”の達人である。彼女は華国で武仙と呼ばれる師匠から直々に技を伝授されていて、そこからとある目的のために数年かけて西方世界までやって来ていたりする。
だがそれはファーナにとっても“奥の手”であり、だからアルベルトも何も知らされてはいない。当然ファーナのほうもアルベルトが発勁を使えるなどとは知らないわけで、もし互いに知っていたなら彼はファーナから気功を学べたはずであった。
「説明聞いたっちゃよう分からんばってん、向こうさい行きゃあ詳しか人のおるとやろか」
「どうだろう?華国の出身者くらいなら探せばいるとは思うけど」
「んと、霊力を術式で変換するんじゃなくて、そのまま使ってる…?」
「……そっか、だから“無詠唱”だったのね」
「ちょ、おいちゃん1回ウチに撃っちゃらん?食ろうたらちぃたあ分かるかも知らん」
「いやダメだよ!?発勁は[物理防御]無効だから、受けたら大変なことになるよ!?」
「そうなん!?なんそれ怖かぁ!」
というわけで、ミカエラが気功を学ぶのは少なくとも東方世界へ至るまではおあずけである。
説明のあいだ、アルベルトはヴィオレから黒加護の[回復]で処置をされつつ、背負ってきた背嚢から干し肉と水筒を取り出して、全員に配って自分でも食べている。
「ていうかあなた、食料までよく気が回ったわね」
「感じた瘴気の雰囲気からもダンジョンだろうなって思ったからね。補給は絶対に必要でしょ?」
他にも野営の道具とか応急治療用具一式や普段使っている小道具類など、一通りは持ってきたとアルベルトは言った。まあその大半はひと晩限りのダンジョンアタックでは必要ないものだが、ひとり離れていたアルベルトにそこまで察せられるものでもない。
「普段なら私が用意するのだけれど、神殿から折り返してそのまま自分の準備だけして合流を優先したのよね」
「ウチは短期戦やけん身軽か方がよかろうて思ったとよね」
そして蒼薔薇騎士団の雑用担当のふたりはこの調子である。
「あっそうだヴィオレ、アレは?」
「黄神殿から大神殿へ[転送]してもらったわ。明日の朝には陛下まで届くでしょうね」
あの時、晩餐会の会場から颯爽と駆け去っていったヴィオレはアンキューラの神教神殿へ駆け込み、例の偽造公文書を黄神殿の[転送]の間を利用してエトルリアの首都フローレンティアの中央大神殿まで転送し、そして戻ってきたのだ。アナトリアは拝炎教が主流だが神教が信仰されていないわけではないので、アンキューラのような都市部には神教神殿がちゃんとある。
戻ってきたら来たで何やら騒然としていて、瘴脈が湧いたと慌てふためく人々を見て、レギーナたちが突入するのだろうと準備して合流してきたというわけだ。
前人未到の未知のダンジョンである以上、どんな危険が潜んでいるかも分からない。そのため索敵や罠感知など、ヴィオレの仕事は多いはずである。
「そう。じゃ、あとは私たちが今夜中にこのダンジョンを制圧すればアンキューラでの件はおしまいってことね」
『それなんすけどねレギーナ氏』
その時、それまで無言で控えていたマリーが繋げたままの通信鏡の向こうで口を開いた。
彼女は大まかなルートや次層への降り口の位置、階層ごとの想定される敵の種類など細かく分析して伝えてくれていたが、こうしてメンバーの休憩中や雑談中などでは基本的に黙っている。
「なあに、マリー」
『四層で闇鬼人族ってことになると、出現敵のランクを上方修正する必要があるかもっす』
マリーの想定では、闇鬼人族は六層の想定魔物であったという。今のところ遭遇したのは一団だけだが、もしまた出現するようだとこれより下層にはもっと強力な魔物が出る可能性が高くなるという。
「ああ、大丈夫よ。私は最初から“達人”だって思ってるし」
『おっさすがっすねレギーナ氏。その油断せずに兜の緒を締める姿勢、ジブン好きっすよ』
「あなたに好かれても別に嬉しくないし。それに未知のダンジョンで油断できないのなんて当然でしょう?」
『くぅ、その塩対応もポイント高いっすね!』
いや何のポイントなんだか、レギーナにも周りで聞いてるアルベルトたちにもサッパリ分からない。
『ところで、今そこにアルベルト氏がいるんすよね?』
そのマリーが、唐突にアルベルトの名を出してきた。
『それって元“輝ける五色の風”の創立メンバーのアルベルト氏っすよね?』
「えっ?」
「創立メンバーなん?」
「いやあ、まあ、確かに“輝ける虹の風”はユーリに誘われて、彼と俺とアナスタシアと、あと空妖精のリナさんとで組んだパーティだけど」
でもユーリ以外は新米ふたりだし、リナさんは当時冒険者ですらなかったからなあ、と苦笑するアルベルト。
「えっちょっと、あなたなんでそんな重要な情報を言わないのよ!?」
「そうやん!勇者パーティの創立メンバーとか選定会議の保護対象やんか!」
『いやあ、アルベルト氏に関してはユーリ氏からも除外していいってマワール嬢が言われてるそうなんで、選定会議ではタッチしてないっすけど』
「でもユーリ様たちが蛇王を再封印するまではフォローしてたんでしょ?」
『そうっすね。創立メンバーにナーン氏が入って、リナ氏が亡くなってからネフェル氏とマリア氏が入って、そのメンバーで東方行きの指令が出たっすからね。⸺で、アルベルト氏は今回も再封印のメンバーに入ってる、って理解でいいっすか?』
つまりマリーが気にしているのは、アルベルトが蒼薔薇騎士団に加入したかどうかである。正式に加入したのなら勇者パーティの一員として、選定会議でもフォローする必要が出てくるわけだ。
「えっ、ええと……」
そして何故かレギーナが口ごもる。それを見て、やれやれと苦笑しながらミカエラが言った。
「アルベルトさんは一応、ウチらの慣れん東方行きの道先案内とサポートっちゅうことで雇うとるんよね。やけん加入したわけやないばい」
『あっそうなんすね、了解っす』
「そっ、そうそう!そうなのよ!」
「ばってん、事実上の準メンバーってことで考えとってもいいっちゃないかね?」
と言いながら、ミカエラはニヤリとしながらレギーナに目をやった。
「…………えっ?」
「なんだかんだ言うておいちゃんのこと、気に入っとうやろ姫ちゃん」
「………………は?」
「最初は第七騎士団のサポートに置いてくつもりやったハズやのに、なんかしれっと連れて来とるし」
「えっ、ええと……」
「普通に戦力に数えとるし」
「いや違、それは⸺」
「作ってもらう飯は旨かし、御者もやってもろうとるし、どうせ蛇王の封印所までアプローズ号で行くつもりなんやろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「ちゅうことは、おいちゃんも封印の中まで連のてくつもり、っちゅうことやん?」
そう言われれば確かに、御者としてアプローズ号を蛇王の封印所まで運んでもらったあとは一緒に封印の中に入るものと無自覚に思い込んでいたレギーナである。だけどそれは、彼が案内人だからであって。
「そこまで行ったら、もう実質加入さしたようなもんやん?ほらクレアも喜んどるし」
そのミカエラの言葉に見れば、クレアが首を大きく縦にぶんぶん頷いていて、ヴィオレは聞かないふりを装って中立を貫いている。
「……えっ?ええとそれは⸺ってダメよ!蒼薔薇騎士団は女性限定なんだから!第一、私が集めたい人を入れるんだから、私の許可無しで勝手なこと言わないで!」
「なァん姫ちゃん、そげん動揺せんでちゃよかろうもん」
「しっしてないわよ動揺なんて!ちょっと使い勝手がよくて男にしとくのはもったいないって思っただけで!」
とか言いつつ、いつの間にかアルベルトが一緒にいることに慣れてしまっていることに、気付かされてしまったレギーナである。
【冒険者の職業について】
特に言及してませんでしたので、この際明記しておこうと思います。
後々、設定資料としてまとめたいと思います。
〖種類〗
大きく分けて前衛、後衛、補助、特殊の四種類。
〖前衛〗
・戦士
武器を持って戦う職業の総称。剣だけでなく槍や斧などを使っていても“戦士”と呼ばれる。魔術や法術が使えなくても武器の扱いさえ覚えればよくて身ひとつでなれるし、学の有無さえ関係ないので駆け出しの冒険者はまずこの職業を目指すと言っても過言ではない。
なお、剣で戦うことに特化しそのことに矜持を持つ戦士のことを、特に「剣士」と呼ぶ。稀に東方世界の果てにある極島から武者修行にはるばるやってくる特徴的な片刃剣(刀)を使う風変わりな剣士もいて、それを特に「武士」と呼ぶ。
・騎士
戦うために、何かしらの“誓い”を立てた者は騎士と呼ばれる。多くは体面を気にして剣で戦う。立てる誓いは主君への“忠節の誓い”であることが多いが、たまに変わり種の誓いを持っている騎士もいる。
・闘士
武器(刃物)を持たずに身ひとつで戦う職業の総称。拳で戦うなら拳闘士、組み手で戦うなら格闘士、暗器(隠し武器や毒物など)を用いるのなら暗闘士と呼ぶ。
※これを思い出したので、確認の上でファーナの職業を拳闘士から格闘士に変えています。
・狩人
弓矢を用いて戦う職業の総称。ちなみに“猟師”は一般職。獲物つまりモンスターを「狩る人」の意なので、弓矢だけでなくナイフや短剣を操り接近戦闘もこなす。エルフは基本的に全員が狩人の適性を持っていて、輝ける五色の風のネフェルランリルも狩人である。
〖後衛〗
・魔術師
魔術を用いて戦う職業の総称。魔術と言っても多岐にわたり、回復魔術専業の者も存在する。法術師との違いは魔術か法術かの違いだけと言っても語弊はない。
ちなみに動物や魔物を使役することは魔術の[召喚]や[契約]で可能なため、いわゆるビーストテイマー的な職業はない。
・法術師
神への信仰を元に法術を用いて戦う職業の総称。回復や癒やしや浄化ばかりではなく、身体強化の法術を用いて身ひとつで戦う“神闘士”なども存在する。神闘士じゃないよ。(念のため)
※法術とは、宗教によって異なる神々の力を借りて様々な“奇跡”を起こす術のこと。神々の奇跡を請う[請願]、神々の力の一部を自らの身に下ろす[招願]、神々に人々の願いを届ける[祈願]などがある。
・探索者
探索と索敵、情報収集を主とする職業。パーティを組む冒険者ならではの職業になる。
戦闘は概ね不得手だが(得意な探索者もそれなりにいる)、戦闘以外の全般で役に立つ場面が多く、探索者を加えないパーティは少数派。
〖補助〗
・荷役
いわゆる荷運び役。他作品における空間収納などのないこの世界では荷物は全て手運びもしくは台車使用になるため、例えば収穫クエストなどで専任の荷役が呼ばれることがある。その性質上、冒険者パーティに専任者が常属することはほとんどなく、大抵は冒険者ギルドが専任者を数人雇っているのみ。
荷役の多くはむしろ隊商ギルドや海運ギルドが抱えているため、冒険者パーティも荷役を雇うならそちらで探す方が一般的。
・案内人
未知の土地へ遠征などする際、その土地に詳しい者を案内人として雇うことがある。主な仕事は目的地までの行路の選定や目的現地での通訳、各種交渉、後援者探しなど多岐にわたる。この作品におけるアルベルトの立ち位置がこれ。
・運搬者
遠征目的地まで冒険者パーティを送り届け、任務達成後に迎えにくる専属の人員輸送担当者。一般的な人間の生活圏内の移動ではほぼ必要ないが、例えば瘴気の濃い危険地帯や戦場の最前線など、誰も行きたがらない場所に向かうには多くの場合、専属の運搬者が必要になってくる。
〖特殊〗
基本的な類型に収まらない職業全般を指す。
以下は一例。
・暗殺者
正確には冒険者職業としては認められていないものの、多くの国や地域で黙認されている。その性質上、冒険者パーティに「暗殺者」として属することはなく、大抵が探索者だと名乗っている。
冒険者パーティでの立ち位置は「戦闘のできる探索者」といったところで、他に裏社会との交渉役や国境を(主に無許可で)越える際の手引など、非合法手段全般を請け負う。
・賢者
様々な知識を用いてパーティを助ける職業。直接戦闘にはあまり関与せず、ダンジョンのマッピングや出現モンスターの情報分析、フィールドでの危険知識や古代語を含む特殊言語の解読などを主に担当する。その性質上、他の職業(例えば魔術師や探索者など)で代用が利くため、専任者を置くパーティは多くない。
一般的な意味合いでの“賢者”と言えば知恵ある者として畏敬を集める人の総称で、こちらの意味では“七賢人”がもっとも有名。主に大魔術師の尊称であることが多い。