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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
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1-10.事後処理と、事前の準備(2)

本日の2話目です。

というかまあ、長くなったので分割しただけなんですが。

「ミカエラさんどうしたんだい?表まで聞こえてきたよ?」

「あっおいちゃん!ちょお聞いちゃりぃ(聞いて)よ!」


 聞けば、レギーナの要求を全て呑もうとすれば宮殿みたいなサイズになるのだという。それだけでなく従者、料理人、御者、執事など諸々連れて行くと言い出したらしく、それら使用人の居室や食材、調度品、装飾などなど、レギーナの要求がとどまることを知らないのだとか。


「んー、要するにレギーナ姫様は道中に何が必要か分からないから、全部揃えないと不安なんだよね?」


「…そうよ。だってそんな長旅なんて初めてなんだもん。

ていうかなんであなたが口を出すの⁉関係ないじゃない!あと“姫様”はやめて!」


 憮然とした表情でレギーナが言う。ついさっき自分で雇ったとはいえ、部外者であるところのアルベルトに口を出されるのは我慢ならないといった様子だ。

 というかミカエラには姫ちゃんと呼ばせているのに「姫様」はダメなのか。その変なところでの拘りがアルベルトには少し面白い。


「えっと、じゃあ、『レギーナさん』って呼ぶのは?」

「…まあ、それならいいわ」

「じゃあレギーナさん、御者は俺がするからいいよ。あと料理もできるし、脚竜の調教もある程度できるから。せっかく雇われたんだし、そういう雑用は全部俺の仕事ってことでいいんじゃないかな」

「え、できるの?」

「元々、“輝ける虹の風”でもそのあたりは俺の担当だったからね」


 先代勇者パーティの御者兼コックが目の前にいると知って、レギーナの勢いがやや鈍る。


「食材に関してはあまり高級なものや稀少なものは使えないと思うけど、冷蔵器を取り付ければ保存も利くし仕入れも少なくなると思うんだよね」

「おっ、そら良か考えやん」


 ミカエラが名案だとばかりにポンと手を打つ。


「脚竜を肉食種にして、冷蔵器を大型にすれば脚竜の餌も一緒に保存できるよ。道中に出てくる獣や魔獣を食べさせてもいいしね」

「あら、じゃあ草食種の餌を大量に積む必要もなくなるわね」


 草食種を使うとばかり思っていたのだろう、ヴィオレが意外そうな顔をする。


「お風呂に関してはある程度諦めて貰わなくちゃダメだけど、無理に旅程を急ぐんじゃなくてなるべくきちんと街で宿を取るようにしよう。そうすれば脚竜車にお風呂を付ける必要もなくなるし」

「あ、クレアもそっちが、いい…」


 目を少しだけ輝かせながら、クレアが呟く。


「おいちゃん、なんか旅慣れとんしゃあね?」

「だって実際に東方世界まで行ったからね。それにそれまでも虹の風でアルヴァイオンとかガリオンとかアウストリーとか回ったし」


 というか“輝ける虹の風”は普通の移動用脚竜車で東方まで行ったのだ。居室だけは改造して寝室を付けたものの、男女混合パーティだったにも関わらずカーテンの間仕切りだけで雑魚寝をしたものだった。


「…じゃあ、従者は?」

「それは今までの旅でもいなかったんじゃない?」

()らんやったねえ」

「それで大丈夫だったのなら、今回も大丈夫だよ」


 旅慣れたアルベルトがひとつひとつ懸念を消し去ったことで、ようやくレギーナも落ち着いて来たようだ。


「でも、でも!ベッドは大事よ!」

「それはもちろんそうだね。だからそこは妥協しないでいいと思う」


 最後のひと押しにレギーナの要求を呑んでやることで、ようやく彼女は陥落した。


「…分かった。じゃあ、任せるわ」


 レギーナのその一言にアルベルトやミカエラはもちろん、遠巻きにこわごわ眺めていた商人たちや職人たちもホッと胸を撫で下ろす。要望通りに作ろうとすれば新たな技術革新が必要になるのはほぼ間違いなかったし、そうなると完成がいつになるか覚束ない。しかもそれでいて通常どおりの工期で作れとか言われかねなかったので戦々恐々としていたのだ。


「…助かったぁ〜」


 だが、一番安堵していたのはミカエラだった。レギーナがここまで強硬にワガママを発揮したのは初めてで、さすがに彼女も持て余していたのだった。


「いやもうほんなこつ(本当に)助かったばいおいちゃん!一時(いっとき)どげんしょう(どうしよう)かて思たけんね!」

「いやまあレギーナさんの不安も分かるしね」

にしたっちゃ(それにしても)、なんかもうすっかり姫ちゃんの扱いの分かってしもたごたんね!こらウチも今後楽させてもらわるう(もらえる)か知れんばい!」


 安心したからか、ミカエラのファガータ訛が強くなっている。そのせいか、不安が解消して安心したはずの商人や職人たちの頭に再び?マークが浮いているのを、アルベルトは敢えて無視した。

 というかアルベルトだってミカエラのファガータ弁を全部理解しているわけではなく、半分くらいは雰囲気だ。残りの半分は、昔関わったファガータ商人がいたから何となく分かる、その程度だ。

 ファガータ人の知り合いがいたからこそ、ミカエラと初めて会った時だってそれがファガータ訛だと分かっただけなのだ。


「で、俺の居室だけど、寝床とある程度の荷物だけ置ければそれでいいからね」


 アルベルトは紙に図を描いて部屋割を提案していく。


「え、それじゃトイレサイズじゃない!?」


 トイレサイズとは酷い言い草だが、王族(レギーナ)の常識的には狭い部屋ならだいたいそんなもんである。


「いやこれで充分だよ。で、水回りはこっちに固めて、居室を通らないでいいように廊下も付けようか。それから水は屋根に容器を置いて雨水を溜めよう。濾過装置を付ければ…」

「あ、水はウチが出せるけん良かよ」

「ああ、そっか。青派だもんね」

「そういうこったい♪」


 ということで最終的に寝室2つ、居間ひとつ、荷物室ひとつと水回りを備えた豪勢な長旅用の特注脚竜車の図案が完成した。ロングサイズだが既存の技術で製作可能で費用もそこそこ抑えられる。

 だがこの件におけるアルベルトの一番の功績は。


「え、二段ベッドにするの!?」

「うん。その方が床面積の節約にもなるしね」

「二段ベッドやら、〈賢者の学院〉の寮生活ば思い出すばいね♪」


 レギーナもミカエラと同じことを考えたようで、その後ずっと上機嫌だったのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 職人たちが協議し、商人たちが概算した見積もりを受けて、レギーナに了承を得た上でミカエラがサインする。それで無事に脚竜車の商談は終わった。その後は遅めの昼食を挟んで、積み込む物資や備え付ける魔道具などの購入・製作依頼など細かいところを詰め、陽神が傾いてきたところでその日は解散となった。

 脚竜車の製作におよそ1ヶ月かかるということで、その間は蒼薔薇騎士団はラグに滞在し、アルベルトも出立まではいつも通りにギルドで依頼をこなして過ごすということで了承を得た。二段ベッドの件からずっと上機嫌のレギーナは二つ返事で何でもOKしてくれた。


 結局この日は朝の襲撃事件以降様々な事がありすぎて、アルベルトは初めて依頼を達成することができなかった。それでも真面目で律儀な彼はその報告のためにと《黄金の杯》亭に戻る。

 いやまあ報告も何もアヴリーは全部知っているのだが。


 店の扉を開けてギルドに入ったところで、アルベルトは何やら普段と違う違和感を感じた。顔を上げると、中にいた全員がこちらを見ている。

 アヴリー、ニース、ファーナ、そのほかすでに戻っている幾人かの冒険者たち、そしてステファン。

 アヴリーはもう普段の給仕服に戻っていた。


「おっ、死にぞこないが帰って来たぞ」

「まあそう言ってやるなよ。セルペンスに狙われたんだからあいつァ被害者だろ」

「でも全員ブッ倒して防衛隊に引き渡したんだって?」

「何でも勇者サマが直々に救援に行ったらしいわよ?」


 何だかまたロクでもない噂を立てられそうな予感がした。


「アルさん!ちょっと、大丈夫だった!?」


 ファーナが駆け寄ってくる。彼女は防衛隊を案内して来てくれた時も大慌てで、やっぱりついて行けば良かったと涙目になっていたのだが、今もその時の勢いのままに詰め寄ってくる。


「大丈夫だよファーナ。完全に被害者ということにしてもらったから俺はお咎めはないし、それはアヴリーがもう伝えてると思うんだけどね?」

「そうだけど、でも…!」


 彼女は朝のアヴリーとアルベルトのやり取りを見て、今日の依頼を敢えて受けずに待機していてくれたのだ。それだけでもアルベルトは感謝しきりで、それ以上求めるものもなかったのだが。


「でも勇者様とか領主様とか色々出てきたんでしょう?」


 あ、違う心配をされていた。


「ああ、まあ、うん。

領主様は確かにビックリしたけど今回の裁定を自ら下してくださっただけだし、勇者様に至っては完全にただの偶然だからね。俺に用があって来てくれたそうなんだけど、なんかその流れで雇われることになっちゃってさ」


「だから!本当は何かヤバいことになってて、アルさんがラグにいられなくなったから『勇者様に雇われた』って事にして逃げようとしてるんじゃないかって、みんなで話してたのよ!」

「いやちょっとアヴリー!一体なんて話したんだい!?」 


「そんな事言ったって!アルさんが悪いんだからね!全然そんな風に見えないもんだから、先代勇者パーティの元メンバーだって言っても誰も信じないのよ!!」


 それは確かにアルベルトが悪い。

 ぐうの音も出ないし言い返せなかった。


「アル!」


 甲高い声で呼ばれてそちらを見ると、ステファンが仁王立ちになっていて、緋色の瞳でアルベルトを睥睨している。しているつもり、なのだろう。

 仁王立ちと言っても、今年17歳のはずの彼女は顔立ちも体型も幼さがまだ強く残っていて、どこからどう見ても未成年にしか見えない。そんな矮躯でふんぞり返って仁王立ちになられたって威厳もへったくれもない。

 彼女は栗色の長い髪を左右に分けてキツいパーマを当てていて、そのせいで顔の左右に顔と同じぐらいの髪の毛の塊が浮いているように見える。着ている服はお姫様が舞踏会で着るような豪奢な極彩色のドレスで、それが本人の雰囲気にも店の雰囲気にもそぐわないこと甚だしい。

 服装や髪型はマスター就任以後に威厳を保つために自ら始めたのだが、逆に浮きまくっている。だが古株連中にとっては彼女は赤ん坊の頃からよく知っている自分の娘みたいなもので、それで生暖かく見守られている。それはアルベルトにとっても同じだ。


「でかした!」


「…は?」


 何故褒められるのかアルベルトには分からない。

 というかステファンが何を考えているのか、普段からアルベルトにはよく分からない。もっと小さかった頃は元気よくて素直で愛らしくて、みんなのマスコットみたいにチヤホヤ可愛がられていたのだが。

 アルベルトだけでなく、周りのアヴリーたちや冒険者たちも呆気にとられている。


「おまえのおかげで我が〈黄金の杯〉亭は当代の勇者様と縁故ができたぞ!でかした!」

「はあ、まあ、どうも」

「遠慮は要らんぞ、もっと喜べ!」


 喜べと言われても、別にアルベルト自身が望んでそうなったわけではないし、そもそもまだ半分くらい自分でも信じられていないのだから喜ぶどころの段ではない。

 というか、『勇者との縁故』ならアルベルトは最初から持っている。


「いやそれなんだがな。おまえそれ本当なのか?ホラ吹いて引っ込みつかなくなっとるとかないか?」

「俺この話何度もステファンに話したと思うんだけどね?」

「バカ者、ステファンではない!“レディ・ガーラ”と呼べ!」


 髪型や恰好だけではない、この謎の名乗りもステファンが威厳を高めるためにマスター就任以後に使い始めたものである。

 だがそもそも「ガーラ」の意味が分からない。ステファンに聞いてもなんかモゴモゴ言い訳するばかりではっきり教えてはくれないし、多分きっと雰囲気だけで思い付いて言い出したのだろう。


「と、とにかく!おまえが繋いだ勇者様とのご縁さえあれば、憎っくき〈竜の泉〉亭を追い落とし、我が〈黄金の杯〉亭がシェアを奪い返す日も近い!でかした!」

「うん、これも何度も言ってると思うんだけどね、竜の泉亭(あっち)のマスターって先々代勇者パーティのザラックさんだからね?」

「なっ、なんじゃとぉ!?」

「いや知ってるでしょステファン」

「だーかーらー!レディ・ガーラって呼ぶの〜!」


 あ、だんだんと地が出てきた。


「はいはいマスター。そろそろお勉強のお時間だから奥に行きましょうね」


 見かねたアヴリーがひとつため息を吐いて、渋るステファンを半ば無理やり奥の居住スペースへと引っ張って行った。

 結局、最後まで誰一人「レディ・ガーラ」とは呼んでやらなかった。





いつもお読み頂きありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。

お気に召しましたら、評価・ブックマークなど頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



◆脇役紹介◆

レディ・ガーラ

人間/女/17歳/赤/〈黄金の杯〉亭マスター

本名ステファン・アンジェリー・ジャーノマッタ。

冒険者の宿〈黄金の杯〉亭店主にしてギルドマスター。先代の急逝に伴ってマスターを引き継いだばかりで、ギルドマスターとしての威厳を保とうと「レディ・ガーラ」と名乗り、ニースを手下に抱き込んで商売敵である〈竜の泉〉亭に様々な嫌がらせや妨害工作を仕掛けるが、全て失敗しては地団駄を踏んでいる。ただ妨害工作と言っても子供のイタズラレベルなので周囲の大人たちからは生暖かく見守られている。

魔術の高い素養を持っているが魔力のコントロールが極度に下手で、後に何度も魔力暴発で〈黄金の杯〉亭を爆発炎上させるようになり、“爆炎の魔女”として恐れられるようになるのだが、それはもう少し先の話。

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