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残響

作者: スパナ

 十二月二十五日。足早に帰路に着く人々を尻目に、僕もまた足を少し早める。

 ネオンが彩るこの街の風景が、いつもとは少しだけ違うスピードで流れていくことに、僕もまた変わってしまったと頭の中で理解するのだ。


「あぁ、ケーキは当日でも売ってくれるだろうか」


 久しく通うこともなかったお店が目に入る。今日はなんてことのない日々のひとつだ。だというのに、これも集団心理のせい……いや、おかげだろうか。

 店内に入れば機械音が出迎えてくれたと同時に軽快な音楽が耳に届く。今日は祝日だと言わんばかりに幸福に満ち足りた顔をしたカップルや夫婦がお店の中で仲睦まじそうに並んでいる。籠の中にケーキを持っていないのを察するに予約注文をしている。当たり前だ。この時期には飛ぶようにケーキが売れるんだからあらかじめ予約をしているんだ。当日販売という一種の賭けのようなものを興じている僕とは違う。


「いらっしゃいませ。予約注文の方ですか? 」


 僕の仕草を見てだろうか、アルバイトで入ったような自分の歳を一回り分下にしたぐらいの幼なげな顔立ちの残る店員が話しかけてきた。エプロンに少しばかりの装飾をして、頭にはシーズンだからの赤い三角帽子がかかっている。


「あぁ、いや……。すみません、当日販売はありますか」

「えぇっと……。ごめんなさい。本日はもう完売済みでして」

「あぁ、そう……ですよね。すみません。教えてくださってありがとうございます」


 我ながら情けない声色が出たと自覚する。そもそも遅い時間に来た僕が悪いんだから、この店員には問題はない。あぁ、でも。そうは言っても落胆する気持ちは少しばかり抱いてしまう。僕は自分勝手な男だから。


「あぁ!ちょっと待っていてください! 」


 そう言い残し、店員が奥へと足早に駆けていく。僕はそんなに惨めな顔をしていただろうか。いや、そこまで気に掛けられるような顔はしていないはずだ。だが、気を使わせてしまったのなら申し訳ない気持ちになる。そもそも半ば勢いで来店したというだけなのだから、買えない想定をしていなかった僕が悪いというのに。

 五分くらいした後に、バタバタと擬音が付きそうな足音で店員が此方へ寄ってくる。手元にはひとつのケーキボックスが添えられていた。


「あの、これ作ってる途中にデコレーションを失敗しちゃって……。勿体無いのでよかったら持って帰ってもらえないでしょうか?あっ、味は問題ないです!少しだけ見栄えが悪いので店頭に並べることが出来なかっただけなので! 」

「いや、それは嬉しいが……。君がそこまでする必要がないだろう? それに、こんなことをしたら怒られてしまわないのか? 」

「大丈夫です!お客さんが黙っておいてくれるなら!それに、お客さんが幸せな顔で帰って貰えるのならケーキを1つや2つ渡すなんてことはケーキ屋冥利に尽きるというものです! 」


 少しだけ鼻息を鳴らしてアルバイトの子は胸を張る。その仕草は何処か可愛げのあるもので、人の温かさを与えてくれるものだった。


「あぁ、それなら頂くことにするよ。えぇっと、代金は--」

「いえいえ!不出来なものにお代金を頂く訳にはいきません! 」

「いや、でも」

「いえいえ!頂けません! 」

「それは受け取ることができないのだが」

「でしたら! 」


 そう言って食い気味にこちらへ顔を寄せてくる。エプロンに付けた鈴が小気味のよい音色を鳴らす。


「またウチの店に寄ってください!そのケーキの感想もといご意見を携えて!それをお代金にさせて頂きましょう! 」


 再度、アルバイトの子は胸を張る。どうだ、言ってやったぞといいたげな顔をしてこちらの様子を伺ってくる。その様子に少しだけ言い返そうという気分にもなったが、それ以上に可笑しくなって。自分の口元が笑みが溢れてしまった。


「あぁ、そうさせてもらうよ。ありがとう」

「いえいえ!これで納得して頂けるなら此方としても問題はないです! その時は彼女さんも連れてきてくださいね? あっ、もしかして独身貴族の方でしたか? 」


そう言ってニシシ、というような顔に口元を抑えて笑っている。からかいの範疇だろう。アルバイトの子は悪意なんて欠片も見せる仕草はない。だが、訂正しないといけないことは訂正するべきだろう。


「まさかの家族だよ。ケーキありがとう。また近いうちに寄らせてもらおう」


 頭を下げて、ケーキボックスを受け取るとお店を出ることにする。受け取る際の彼女は驚き半分喜び半分のような顔をしており、何故君が喜んでいるんだとか、驚かせてやったぞという言葉が頭に浮かんだけれど、それを口に出すことはしなかった。


「ありがとうございました!! 」


 元気いっぱいの表情と送り出して貰える言葉に背中を押され、自動ドアの外に出る。そこにはお店に入る前にはなかったはずの雪があった。

 ネオンが照らす雪は少しだけ幻想的で風流がある。今までの生活には景色を見ても風流なんて感じることはなかったのに。いや、余裕がなかったのかもしれない。あれだけ人と距離を取って自分の生きやすいようにしていたはずの自分が、人と触れ合う時の自分より気を張っていたなんてお笑いものだ。

 だが、それもあの2人が変えてしまったのかもしれない。

 また、少しだけ笑みが溢れる。いけない、今日は早めに帰ろうと決めていたんだ。これではいつもより遅くなってしまう。僕は抱えたケーキボックスを揺らさないように、また少しだけ足早に帰路につく。

 あぁ、でも。


 家族が待っているという言葉は、少しだけ胸に響くなぁ……。











 人混みに揉まれながら、数十分。クタクタになりながらもなんとか家の前に着く。表札には雪が積もっており、読みにくくはなっているが『加瀬』という名字を読むことは出来る。

 家の中は真っ暗で、外から見ても明かりが着いているようには見えない。まさか、寝てしまったのか? という一抹の不安が頭を支配する。

 少しだけ自分が遅くなってしまったのは理解できるが、それでもいろいろと今日残り少ない時間を楽しむために、こうしてケーキまで貰ってきたんだ。仕事だって早めに上がれるように頑張ったのに、少しだけ胸が痛む。

 気持ちが一転、虚しい気持ちになるくらいまで下がった後にトボトボと歩みを進め、玄関を開ける。

 ガチャリ、という音が鳴ってドアを開けた先で--。


 爆ぜる音が、聞こえた。

 パァンという三重にも聞こえる音が此方に向けて放たれる。顔元にピラピラとした何かが当てられ、次点で勢いを無くし落下していく。

 突然の音に、突然の感触。何が起こっているのか判らないが、ケーキボックスを落とさないようにするのが必死で現状を理解することは出来なかった。

 そうして次の瞬間には明かりが灯され、そこには。

 愛しの、三人の家族がいた。


「「「メリークリスマス!!! 」」」


 元気よく告げられる言葉は僕に向けて放たれており、三者三様に違う声色と違う笑顔は仕事で疲れた僕を温かく迎えてくれる。


「あぁ、ただいま」


 少しだけ戸惑うことはあったけれど、なんとか僕は笑って応えることが出来た。三人はそれぞれ僕の荷物を持って、リビングへと案内する。


「あのねー?おとうさん!今日ね!おきたら、サンタさんがプレゼントをくれてたの!アリスね!うれしかったの!やったー!ってなった!やったー!!ってなった!! 」

「あ、アリス。お父さんも疲れているからその辺にしとこう? あ、お父さん。プレゼントありがとうございます。いつも忙しいのに、プレゼントを準備してくれて」

「なんでふじにーちゃんがおれいしてるのー?へんなのー! 」

「あ、アリス。えっと、それは、深い理由があってですね」

「ほらほら、二人とも。そこで話してないで。お父さん疲れてるから、ご飯の準備手伝って貰える? 」

「はーい!アリス手伝う! 」

「ぼ、僕も手伝います。母さん」


 元気な二人は嵐のように僕を訪れ、そして過ぎ去っていった。いや、嵐なのは長女の方か。長男はもっと元気いっぱいにはしゃいでいい年頃なんだが、誰に似たんだろうか。


「あなた、おかえりなさい。晩御飯は一緒に食べるって言ってこの子達が頑なにしちゃって。すぐ準備しますから」

「あぁ、いいんだ。ありがとう。それと、これなんだけど」

「あら、ケーキ?予約とかはしてなかったはずだけれど」

「急に頭に浮かんだからね。当日販売を狙ってお店を訪ねたんだが、生憎売ってなくてね。それで諦めて帰ろうとしたんだが、見兼ねた店員さんが譲ってくれたんだ。不恰好のものですが、って」

「そうなのね。あなたはいつも成り行きで準備するんですから。所帯を持ってるんですし、もっと計画性を持ちましょうね」

「そう言われると耳が痛いよ。まぁ、でも、これで藤とアリスが喜んでくれるならいいんだ」

「あら、私は入っていないの?」

「勿論。君も最愛の1人だよ」


 温かい家庭に、温かい食卓。

 会話が飛び交う我が家は、数年前とは変わって、こんなにも冬をポカポカにしてくれる。

 陽気な音楽を歌う8歳の長男『藤』と6歳の長女『アリス』は僕の目の前で無邪気に笑う。

 傍で、最愛の妻がゆっくりと手を叩きながら、子供達が歌いやすいようにゆっくりとリズムを取る。

 人が見れば、この家族のことを幸せだと言うだろう。勿論僕たち4人は幸せだ。

 だから僕たちの家庭、『加瀬家』の暮らしを小説のように綴るならば、僕に名前を付ける権利があるというなら。


 幸せな4人の家族、と呼ぶんだろう。










 あの日。

 僕が家に帰って、君達が死んだことを知った日から、十八年の月日が経った。

 四十後半が過ぎていく身からは、今までの中で最高と呼べるだろう幸せを手にしている。

 君達を差し置いて、という言葉が付け加えられるのだが。

 あの後を思い出すと今でも胸が苦しくなる。いつか死んでしまうかもしれない、そんな儚い存在だった君達が死んで、僕は思いの外君達に依存してしまっていたことをしった。

 今まで自分が人と距離を取っているという気になっていた。君達と線引きを出来ていたという気分になっていた。

 決してそんなことはなく、頭から溢れてくるのは手が血塗れの少年を風呂に入れてやったことや、いつの間にか少女が増えていたこと。初めて少年が酒を飲んで一緒に酔っ払ったことで不意に涙が溢れたことや風邪で寝込んだ2人を看病したこと。

 思い出せる限りの記憶が、僕にかけがえのない時間だったということを知らせてくる。そして同時に無力だったということを知らせるんだ。

 親代わりで保護者なんて言葉を軽々しく引き受けた僕の責任だ。失格者にはそれ相応の罪がないといけない。

 これから罪人の気持ちで一生を過ごしていくことになる。その覚悟をすることだけは容易にすることが出来た。

 君達に出来ることはなんにも残ってはいないが、それでも精一杯残りの人生を生きることにしたんだ。


 そこからは、苦難が絶えない日々だった。

 酒や煙草を辞めて、正社員雇用の仕事を始めて、人と面と向かって暮らす日々を送ってきた。

 当然、失敗をした。数え切れないくらいの失敗だ。会社での発注ミスやお得意先でのブッキング。小さいものだとよく上司に、「ら抜き言葉」だと怒られることも少なくなかった。

 そんな日々でも過ぎ去っていって、気付けば昇進して、部下ができて、仕事もそれなりで、家族も増えた。子供も出来たんだ!息子に娘だ。可愛くて仕方がないよ。

 名前は君達のを借りた。特に深い理由はなかったし、名付けの時に色々と妻が考えてくれてたのに意見を通すようなことをしちゃって。悪かったとは思うんだ。でも、どうしてかこれしかないと思う自分がいたんだ。名前が決まった時はどうしてか涙が溢れて、なんで自分は泣いてるんだろうって他人事のように思ってる自分がいて、それでもどうしても嬉しかった自分がいるんだ。

 それで、息子も娘もすくすくと育っている。息子の方はもう大人ぶった感じで父さんと母さんには心配を掛けないんだって言って自分のことはなんでもひとりでやろうとするんだ。僕はまだ早いからって止めようとするんだけど、妻は放任主義というか、子供のやりたいようにやらせてあげたい、意思を尊重したいようで危なげな息子をいつもサポートしている。

 娘の方はまだ6歳だから元気いっぱいだ。毎日が楽しいらしくて、家の中を走り回って妻に怒られている。それで泣きながら息子の方に抱き着くんだ。母さんがいじめたーって。そうすると息子はカッとなって何故か妻と喧嘩したりして、それでいて娘の方はもうケロッとして違うことやってるんだ。我ながら末恐ろしい娘だ。きっと将来は魔性とか妖艶とか、そんな風に呼ばれる女性になるだろう。呼び方には悪意があったりとか下心とかありそうだからもっと慎ましく、優しい感じに育ってくれると嬉しいんだがって妻に話すと心配のしすぎだって怒られた。そんなものなのだろうか?そんなものなんだろう。

 あぁ、それと息子の方は料理を始めたんだ。母さんの手料理を毎日娘が食べて喜んでいるからだろうか、僕も料理を作りますって言って料理を始めたん。最初の頃は僕は反対して、8歳の息子が包丁とか持つと危ないって妻に言ったんだが、じゃあ包丁持たなくてもいいじゃないって言われて、ピーラーとかも手が怪我したらどうするんだって怒ったら頭をやんわりと叩かれて、私が信用出来ないの?って言われてしまった。我ながら情けないと思う出来事だった。それから息子は妻の料理を手伝うところから始めている。まだまだ妻が手伝わないと危なかっしくて見ていられないが、それでも少しずつ様にはなっているんだ。いつか父さん、食べてみてって僕にも料理を出してくれるんだろうか。くれるといいなぁ。


 自分のこれまでを振り返っても、暗いことと疲れることしかない生活に初めて彩りを感じるような日々を得た。

 それでも少しだけ生活に魔が刺すことがある。

 なぁ、藤。アリス。僕のことを恨んでいるだろうか。臆病で見栄を張っていた僕のことを、君達は恨んでいるのだろうか。

 幸せを手にした僕は、君達を幸せに導くことが出来なかった。

 だから今もときどき考えることがある。側に居てあげれれば、ということを。

 二児の父親だ。甲斐性は少しだけついた気がするんだ。もう逃げるだけの僕じゃない。

 だからなんだろう。やり直したい、って思うんだ。

 身勝手だと思う。自分でも分かっている。それでも、もう一度君達の親をやらせて欲しい。

 次は見栄を張らずに頑張ることにするよ。いっぱい失敗もする。喧嘩だってしよう。

 思春期だってこれからだ。父さん臭いとか言われても笑っていられるような、そんな大人を目指す。

 そして、また一緒にお酒を飲もう。次はアリスも一緒にお酒を飲むんだ。早くに生まれた藤が先に僕といっぱい飲むことになるんだろうが、それは許して欲しい。あぁ、でも母さんに飲みすぎだって怒られるのかな。いや、母さんも巻き込んでしまえばいい。案外母さんも飲める方なんだ。だからきっと2人も飲める。僕と母さんの血筋なんだ。飲めないわけがない。

 そうして、幸せに暮らすんだ。あの時より僕はまたいっぱい歳を取ってしまったけれど。




 いっぱいを歳を取ったから、君達を幸せにするんだ。

 だから藤、アリス。




 見守っていてくれ。

今度こそ、幸せになるよ。

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