その御影石磨く理由
フレンドに捧げようとして深夜短時間で書き上げた話の投稿です。
小説家になろうの投稿練習として投下させてください。
お墓に使用されるおよそ300種類の岩石のうち、花崗岩と閃緑岩の2種類のみが御影石と呼ばれるらしい。
そんな御影石をピカピカに研磨して磨きあげることが俺の仕事だ。
俺の仕事場は、汗だくのおっさんたちの溜まり場だ。
中卒で入ったこの仕事も、二十歳を迎える頃にはベテランの域に達していたらしい。
なんでも、【らしい】とつけるのは、職場の上司たちの受け売りだからだ。
そんな職場で最近、珍しくモノをみかける。
白いワンピースの黒髪の少女の姿だ。
いつもチラチラこちらを覗き込んでは、こちらの様子を伺っている。
なにか言いたそうで、言えない雰囲気なのだろう。
明らかに困惑しているぽい。
周りは作業に集中しているのか、まったく少女に気づかないようだ。
仕方がない。
俺が対応してやるか。
「お嬢ちゃんどうしたんだい?一人できたのかい?」
最初は誰かを、そう、この職場に父親とか親族が働いていてみにきたのかと思った。
だが、少女は首をブンブン横に振り、一言告げた。
ハッキリとした声。
聞き間違いのない声で。
しっかりと。
「あなたにあたしの御影石を磨いてほしいのです。お願いします」
「お嬢ちゃんの?御影石?」
「はい」
「うちの会社の事務には通してあるのかな?」
御影石は高級品だ。
綺麗に磨くのに神経をつかう。
だから、ただ請け合いはできない。
何かあった際、例えば墓石の劣化で研磨に耐えきれないかは、現物見て触らないことにはわからないのだ。
だが、少女はまた首をブンブン横に振り、ハッキリいうのだ。
「事務には話を通してません。でも、あなたなんです。あなたじゃないとダメなんです。だから、どうかお願いします」
「お願い働いてしましたから明後日ここに来てください」
少女は四つ折りのメモ用紙を俺に押し付け走っていなくなった。
少女の声は、くっきりと聞こえた。
声量がデカかったわけではなく、ただクリアに耳に届いた声だった。
くっきり聞こえた声だった。
俺はまいったなと頭をかきながら、メモを見た。
結局俺は花束を購入して、翌々日の朝からその場所に向かった。
仕事として受け入れたわけではないが、仕事として断れたわけでもないからだ。
「生真面目な奴め」と、会社の上司には言われた。
彼女は言っていた。
【墓石を磨いてください】と。
なら、目的地には墓場があると思ったのだ。
少女に関する人の墓参りぐらいしてやるか。
俺はそう思って休みをとって、そこへ向かったのだ。
指定されたそこは、海の香りがする小高い丘の上だった。
「きてくれたのね?ありがとう。」
「約束はしていないが、断ってもいないから一応な。」
「ここね、昔あなたと来たことがあるの。覚えてる?」
「・・・」
「覚えていないよね?あなたはうんと、うんと、小さかったし。」
「・・・」
「でもね、あたしは知っているの。覚えているの。」
「・・・」
「持っている花束。・・・百合の花を入れない白いカーネーションとかすみ草の花で作った花束。・・・あなたが時々、初めて作った持ち運びできるサイズの御影石の置物にその花を添えてくれていたの。・・・それ、あたしが大好きな花だったのは覚えていたからでしょう?」
それで、何故かわかった気がした。
彼女は、俺の生き別れた母の若い姿なのだろうと。
俺の母は、ある日を境にずっと行方不明と言われていた。
俺は無意識に母の行方も捜さずに、生きることを選んだ。
ただ、その母は死んでも俺のこと忘れなかったのだ。
「ごめんな、母さん」
「いいの。いいの。あなたがこの仕事についたのは運命だとあたしはおもっているからね?」
「ここの墓石はね、あたしのようなこの場所で行き場を無くした人たちが埋葬されているの。・・・いわゆる共同墓地ね。でも、あたしは好きよ。あたしのような存在にも立派な御影石の下で眠らせてくれるんだもん。」
「・・・」
「それに、おかげであなたに逢うきっかけもらえた。」
「・・・」
「あたし、なんて幸せなんだろう?ねっ?」
「・・・」
「でも、管理者がお年寄りで、最近なかなか綺麗にしてもらえないの。それが不満。」
「・・・俺がやる!その役割俺もやる!」
その日俺は、帰れる時刻ギリギリまで磨いた。
途中売店のあるところまで引き返し、懐中電灯を買った。
それで照らしながら薄汚れた御影石を必死に磨いた。
時間ギリギリまで磨くと、満足そうな笑みを浮かべた少女の姿の母が触れるか触れないかの距離で手を振りながら消えていった。
「あなたのことだいすきだったわ。お願い聞いてくれてありがとう。」
俺は消えていく彼女に小さく手を振って送り出した。
「どうだ?見送りできたか?」
翌日職場に行くと、上司と同僚に取り囲まれて質問攻めされた。
彼らはあの少女の存在に気づいていて、話しかけたが、俺が対応するまで放っておいてほしいと言われたらしい。
それで、俺が対応するのを待っていたという。
どうりで、急な休暇が取れた訳だ。
「あの嬢ちゃん、別嬪さんだったけど、もう生きていないのが残念だな。」
「いえ、いまだ生きていますよ。俺の頭の中ではずっと。これから。ずっと。」
少女は消えていったから、もう逢えないのだろう。
それでも、ただ、俺は少女との約束を果たせてよかったと思っている。
仕事に熱が入った俺は、御影石を研磨する大切さを改めて感じ取り、より一層丁寧に扱うように心がけた。
自分のことを大切な人に思う人と出会わせてくれた御影石みたいに、今日も誰かのために役立つ墓石を磨きたくて。
アナタは大切なモノがありますか?