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夜はお静かに?

 ドン=コールという怪しい中年男性が、勝手に護衛の馬車を帰してしまいました。

 そして彼は帰る馬車に乗りません。

 遠ざかる馬車から「ん? あいつはどうやって帰るんだ?」という声が聞こえて同時に一人の男性が振り返りましたが、彼はもう国王用の馬車へ向かって駆けだしていました。

 一人だけ護衛に残るのだと思ったのでしょう、それを見たところで誰も止めたり追ったりすることはなく、護衛の馬車はそのまま全て引き返してしまいました。


「エリカっ、危ないって伝えてみよう!」

「はい!」


 幽霊状態なので移動は疲れませんし、空を飛ぶから人や馬より(はる)かに速くて先回りできました。

 そのままスッと中へ入ります。壁も扉も関係ありません。

 馬車は基本的に四人乗りですが、中には『ボク』とニコ、ニーナの三人。ターシャの分が空席になっています。


「ニコ! この馬車狙われてます!!」


 大声で言ってみましたが、やっぱり聞こえるはずもなく。


「お嬢様っ、『ボク』になら伝わるのではないでしょうか!?」

「――うんっ。やってみる!」


 今まで『ボク』が私の声に耳を傾けたのは、口から発する声ではなく心に思ったことでした。

 だから、念じます。

 お願い――、気付いて――――っ!


「……妙だな。周りに(あか)りがない」


 よかった。非常事態には気付いてくれたみたい。


「本当さー。あれ? でも灯りがないと馬車って走れないよね」


 ニーナも疑問に思ってくれました。あとは――。


「……いえ。馬は夜でも目が見えます。足に目があると言われるぐらいですから」


 その情報は今いらないです。


「そっかぁ。ニコは物知りさーね」

「商人の多くは馬を使って行商をしていますから。……むしろ下手に灯りを()くと狙われる可能性もあるので、手元を照らす最小限の松明(たいまつ)やガス灯が好まれるんです」


 博識が裏目に出てしまっています。

 やはり自分に伝えるしか――。


「いやっ、おかしい。(ひづめ)の音が足りていない」


 運の悪いことに今日は新月に近い、頼りない三日月。馬車の内側は明るく(とも)されていますから、中から見ると外は真っ暗闇。

 しかし当然、馬を(そう)()する(ぎよ)(しや)が外側に乗っています。

 馬車の内部とは板と窓ガラスで完全に仕切られていますが――。


「おいっ、なにかおかしいぞ!!」


 今ボクがやっているようにガラスをドンドンと(たた)けば、気付いてくれるはず。

 まだ若くて体力のありそうな馭者が上半身を振り向かせて中の様子を確認すると、ボク、ニコ、ニーナの只事ではない形相を見て驚いた顔を見せ、すぐに馬を止めます。

 降りてきて鍵を使い、扉を開けました。


「どうかしましたか!?」

「どうもこうもあるか! 周りの馬車が見えなくなっている!」

「へ――。いえ、リタ様が護衛はここまでだと(おつしや)ったのでは……」

「ボクはそんなこと言っていないぞ!」


 あの男性は馭者にも(うそ)の情報を伝えていたようです。

 完全に外部と仕切られた空間を持つ(ごう)(しや)な馬車の構造を、利用されてしまいました。


「そんな――、ッ!?」


 そして驚いた表情を見せた馭者の背後に見えた、人影――。

 ドンッと人と人がぶつかる音が鳴った後、彼は崩れるように地面へ倒れてしまいました。


「フハッ、ハハハっ、ハーッハッハッハ!!」


 下卑た嫌な声……。

 わかりました、この人。


「その声と顔――。ドナテルドか」


 リオネロ領の元領主、ドナテルド。


「ククッ。ようやく(ふく)(しゆう)のチャンスが巡ってきたぞ」


 以前の肥えた印象からはほど遠い、こけた顔。

 そしてわずかの余裕も感じられない狂った目。酷く()れた声。

 馭者の血が付いたナイフを突き付けるようにしながら、しかし馬車の中へは踏み込まずに脅してきます。


「お前たちが油断ならないことは知っているからな。……クク。一人ずつ降りてこい。順番に刺し殺してやる」


 狭い室内へ下手に乗り込めば、反撃に遭う可能性があると考えたのでしょう。

 実際、出入り口は片側の一カ所しかありませんし、刃物を持った人間がそこを(ふさ)いでいればできることは何もありません。


「貴様――、なにが目的だ」

「お前の命だよ」

「……ボクだけ、か?」


 その言葉にドナテルドは、片側の口角だけを上げて不敵に笑います。


「ああ……。そうだ。お前だけだ」


 三人の中で最も危険なのは、電撃を扱えるリタ=ロメールだと判断したのでしょう。

 しかし『ボク』にはその力がありません。

 あるとすれば各人の相棒であるスライムと、取り引き対象にされてしまったマリーさんの相棒スライムですが。

 ……『ボク』は電力が失われたことを国民に悟られないために、全て使い果たしてしまいました。

 リタ=ロメールが町を離れてから力が失われることと、そこにいるのに力が失われているとわかるのでは人々の抱く感情が異なります。

 全ての電力を使い切ったスライムに護衛としての力はないでしょう。私たちはスライムが何かを攻撃したところを一度も目にしていませんから。

 ……移住してくれた人たちを信じて真実をありのまま話していれば、こんなことにはならなかったのに――っ。


「どうした? 早く出てこいよ。偉い順に刺してやろうって言ってあげてるんだ。――ゲへへ、まさか怖くて出てこれないのかァ? ヒヘヘヘヘヘヘ」


 もし私なら、刺し違える覚悟で前へ出たでしょう。

 ダリア領に入っていて町は近いですし、一カ所刺されたぐらいで終わることができれば生き残る可能性は十分にあります。

 ニコとニーナ、そして巻き込まれた馭者さんを助けなければなりません。

 体力も運動能力もきっと五十代男性に比べたら、ある――。それに電撃だって。

 ……そもそも『私』は二回目の人生。もし先に死ぬなら一番年上が適任です!

 でも『ボク』は黙りこくったまま軽く目を伏せて、出てこようとしません。

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