再会と、言葉
思わず抱きつきます。
「エリカ! ――エリカぁぁっ……」
泣いてしまうのは当然でしょう。
死んだ親友に。
二度も先立たれた親友に、また会えたのですから。
「お久しぶりです、お嬢様」
「本当にエリカなんだよね!? スライムじゃなくて、人間の――っ!」
私よりも背の高い彼女の顔を少し見上げると、ふるふると首を横に振りました。
「確かにこういう姿になっていますが、人間の――とは言えないのかもしれません」
「どういうこと……?」
「今の状態はきっと、生と死の狭間なんだと思います」
「私と同じ――。でっ、でも姿は!」
「あはは……。このまま人間に戻れるのなら、それでも良いのですが。肉体はもう土に還っていますから」
「あっ――」
今が生と死の狭間で、もし生に戻れるとしても、その時はスライムになる。
「私がこの姿でいるのは、きっと、人ととして生きた時間のほうが長かったからでしょう。スライムはその、色々と大変なので」
「そっか……。うん。頑張っているのは痛いぐらい伝わってきてたよ」
そんな再開の最中、背後から声が……。
「ターシャ――」
「せんせ……」
ダメぇぇぇっ! これ以上は本当にダメなやつです!
「エリカっ、行きますよ!」
「ドキドキドキドキドキドキ」
「ただの変態じゃないですか!?」
顔真っ赤ですし。
そしてまた後ろで。
「大丈夫だ。君のことは僕が守る」
おおう。先生イケメン! って、だからダメ!
「――ふふっ。ありがとうございます」
んん?
でもなんとなく、大人のムードと言うには声が明るすぎるような?
気になって一瞬、こう、首が勝手に回って! 振り向くと。
ロッキ先生はターシャを後ろから抱きしめるようにしながら、でもよーく見てみると肩以外にはどこも触れないようにしています。
「……………………純情か!!」
これはもう、両親の赦しを得るまで手は出さない関係なのかもしれませんね。真面目だなぁ。
「さすが。お嬢様の目は確かですね」
「そりゃ信頼できる人だとは思いましたけれど……。まあ、どっちにしても人の生活をのぞき見するのはよくないです。行きますよ、エリカ!」
「――はい」
こういう感覚、久しぶりだなぁ。
そのあと私たちは二人で領主邸へ戻って、執務室ではなく寝室へと向かいました。
執務室にベッドなんて置いちゃったから、この部屋はとんと使っていません。
あとはまあ、二人でベッドに腰掛けることに貞操の危機を感じるので、彼女をベッドへ座らせて私は椅子に座ります。
まあエリカは『ボクっ子の私』が好きだったようなので、今の私に性的な意味での興味はないのかもしれませんが。
「さて、エリカ。いくつか訊かなければならないことがあるのですが」
「いくらでもどうぞ」
「まず……どうしてスライムに?」
「神様のような人に出会って」
「わかりました。あのポンコツな御方が、また勘違いをやらかしたと」
「はい」
私の予想、大正解。
男の子みたいに、って言ってボクっ子にした神様ですからね。電動工具って言ったのに植物の種子とか電動じゃない工具までまるっと運んできちゃうし、仕事が雑です。
「……スライムでいるのは、辛かった?」
「そうですね――。手も足も……喋るための口すらなくて。上手くツノを動かす感覚というのも、会得するのに時間がかかってしまいました」
それはなんとなく、伝わってきていました。
人としての感覚を持ったままスライムに生まれ変わるというのは、私の想像力では及ばないほどに辛かったのかもしれません。
「消えてしまった理由も、訊いていい? スライムからエリカが抜けてしまったのには、なにか決定的な原因があったのかな」
「油断――と言えば良いのでしょうか。紙を一枚一枚仕分ける作業が思いのほか負担で、いつの間にか気を失って……という感じです」
ふむ。
私は自ら離脱したようなものですが、彼女の場合は違ったようです。
少しホッとしました。
「じゃあ……。戻ろうと思えば戻れるのかな? 私たち」
「可能性はあると思います」
「やってみたの?」
「はい。しかし失敗しました。恐らく、肉体に宿っている精神に私が負けているのでしょう」
「精神って、相手はスライムだよね? 元が人間のエリカのほうが、ずっと高度な精神構造だと思うけれど」
エリカは深刻そうに首を振ります。
「高度かどうかではありません。恐らく『その肉体で生きたいという気持ちが強いほう』が勝つのだと思います」
「生きたいという、気持ち――。じゃ、じゃあ今のボクっ子は、今まで私に負けていたかお互いに五分五分で生きてきたということになるけれど」
「そうだと思われます。お嬢様には前世でのやり残した後悔があって、その分、今世こそは――という感情が強かったのでしょう。もちろん、あのボクっ子なお嬢様だってただ引き下がっていたということはないでしょうから、少しでも影響を及ぼそうとしていたと考えられます」
その結果が『ボクっ子の私』……?
「その話だと、私とボクっ子の間に共通点って――」
「記憶や経験の共有はある程度あるのでしょうが、別人格と考えていいでしょう。私はスライムが相手なので、そこは保障できます」
なるほど。
つまり『電気が使えなくなっただけで今までと変わらないリタ=ロメール』という人間はどこにも存在し得ない。
「試してみませんか? お嬢様が元に戻れるのかどうか」
「う――うんっ!」
と、答えたところでふと思います。
「あれ? でもそうすると、エリカとは……」
「少なくとも人と人としては、もうお会いできなくなってしまうでしょう」
「そんな!」
「私たちがいつまでこの状態でいられるかはわかりません。前に死んだあと、このような時間は経験していませんから」
「それは私もそうだけ…………ど」
躊躇して口籠もる私に、エリカは無言でいてくれました。
きっと彼女だって一人で取り残されたくはないはずです。
「……もう少し、様子を見てみましょう」
「お嬢様?」
「あのボクっ子は、私よりもよく働きます。それに全体のためには個人の事情を切り捨てられるタイプですから――。そんなことをしていたら人からは嫌われるのかもしれないけれど、国家元首としての器で言えば私より優れている可能性があります。だから……もう少しだけ見守ってから考えてもいいのかな――って」
という建前ですが。
エリカと離れたくない。
彼女を一人にしたくない。
そういう気持ちのほうが勝っています。
……もちろんそんなことは、この専属メイドさんに見透かされているでしょう。
「――――わかりました。ご一緒します」
そうして私とエリカは、二人でもう少し、今のままを続けることに決めました。




