乖離(かいり)、そして一粒の発見
ターシャとロッキ先生のお休みがなくなってしまってから、私の心が『ボク』とより離れてしまったのでしょう。
すぐそばから自分の姿を客観視するだけだったこれまでと違って、大きく離れても大丈夫なようになりました。
他の人からは見えていない上にふわふわ浮かんで移動できるなんて、なんだか幽霊のようです。
このままどんどん離れていずれ消えてしまうのかなぁ……、なんて思いつつ、この幽体離脱のような状態を利用してターシャの様子を見に行きたいと思います。
彼女は今、農地で牧牛の受け入れをしているはず。
「うわぁーっ、空から見ると設計図通りになっているんですね!」
町はニコとアルしゃんが念入りに設計と測定を繰り返しながら、狂いの無いように作られていきました。
手前で角度が一度でもズレると百メートル先ではとんでもない差になるとかなんとか。
ニコは元々そういう性格ですけれど、マイペースを地で行くアルしゃんも、デザインのこととなれば目つきが変わります。ものすごく自由に見えて、実は緻密な計算をしているようです。
木工でも一カ所の狂いで全体を再調整する羽目になることは日常的にありますので、精密を心がけて横着しないというのは率直に言って尊敬します。
「農場は――。こうやって見るとかなり広くなってるなぁ」
人が増えて一気に農地拡大中。
七人分の食料と出荷物を生産する状況と現在の三千人が暮らせる体制とでは、桁違いに広がって当然なわけです。
こうして目の当たりにすると、ターシャが無力感に苛まされることにも理解が及びます。
ただ……。
「ターシャ――。いないですね」
おかしいなあ。
私たちはそれぞれに家を持っています。今でも領主邸で寝泊まりする人が多いですが、ターシャは畑に近い家で暮らしていて、彼女にとっては畑に近いことが合理的なわけです。植物や天候は休んでくれませんからね。
とりあえず彼女の家の前まで行って、私お手製の重厚な木製ドアをコンコンとノック――。
……スカッと空振ってしまいました。
ドアは少し開いていますが、これじゃ入れない……って、物に触れられないのなら通過できちゃうのかな。
「お邪魔しまーす」
と、誰にも聞いてもらえない声を出しながらドアから顔だけを、うにゅっと貫通。
見えていたら恐怖以外の何物でもないですね。
――おやおや。ロッキ先生もいらっしゃる。
これはひょっとしてお邪魔……。下手をしたら出歯亀でしょうか!?
「少し待つだけだ。そんなに落ち込むことはないよ」
椅子に座るターシャに、先生が優しく言葉をかけています。
……ところでこの二人って、どこまで関係が進んでいるのでしょう? ――って、それを確認したら本当に出歯亀ですよ私!
「先生にとっては、そうかもしれないですけれど……」
溢すように言葉を口にしたターシャへ、先生が後ろから手を――っ。
肩におきました。
……抱きしめなさい? そこは男性として、後ろからそっと行ってしまいなさい?
「リタ様の変わり様がショックだった……かな?」
「……はい。言葉も、態度も、行動も、まるで知らない人でした。これのことも言い出せなかったですし」
ターシャはそう言いながらポケットに手を入れて、なにかとても小さなものを取り出しました。
小さすぎてわからないので………………お邪魔します!!
「これっ、お米……?」
思わず声に出ましたが、まあ誰にも聞こえていませんし。
これもう幽霊そのものだなぁ。泣いちゃいそう。
「結局訊くことはできませんでしたけれど、なんでしょうね、これ」
「んー……、先生にはやっぱり『植物の種子』のように見える」
「リタ様に訊けば正体がわかると思ったのですが。あの状況では訊くことも……」
うーん。
どう見ても玄米ですよ。
『半日ぐらい水に浸透させて発芽させたら栄養満点』なやつです。
日本で生きていた頃、玄米食に嵌まっていたので……。
でも私がこの世界に持ってきた農作物というのは、ホームセンターのレジ近くで売っているようなものだけです。
お米を計量しようとして間違えて溢してしまったことが何度かありますから、そういうところから紛れ込んでいたのかな。
この世界でお米を育てることができたら、とんでもない大革命ですが――。
私がそんなことを考えている間に、ターシャは俯いて涙を溢してしまいました。
「もしリタ様が……。消えると言っていた『わえの知っているリタ様』がいなくなったとしたら――――っ」
……そっか。
私とボクが離れても人格が大して変わらないのなら、みんなにとってそれは電気という力を失ったリタ=ロメールになるだけ。
でも人格が変わってしまったら、今までのリタ=ロメールがどこかへ消えてしまったことになる。
エリカが消えたようなショックを、みんなも受ける。
それは私の望むものではありません。
「ターシャ……」
ロッキ先生が後ろからそっと、ターシャの小さな肩を抱きしめました。
こんな時、頼れる男性がいるというのは大きな救いになるでしょう。
「先生――」
さて。本当に出歯亀になるわけにもいきませんし、ここでお暇しましょうか。
踵を返して
「うわっ、ぷ」
振り向いて出て行こうとした瞬間、なににも触れられないはずの身体――というか顔面がとても弾力のある柔らかいものに当たって、弾き返されました。
大きな…………大きな胸!
って、どなた?
「大丈夫ですか、お嬢様」
「――――エリカ?」
人だった頃の姿をした、私専属の……めちゃんこ可愛いメイドさん!
エリカ=フレミングが立っていました。




