ロッキ先生と教え子のターシャ ③
新しい領主邸の庭。
地下室の入り口へ行くと、ほんの少し扉が開いていました。
「ここは……?」
ロッキ先生は領主邸に足を踏み込む前に、一旦、躊躇。
そして庭へ入る前にも躊躇。
この世界の領主というものは絶対的な存在ですし、なんとなく緩いほうを選んで領主や領主邸と言っていますが、実際のところ国王や宮殿のようなもの。
貴族でもなければまず敷地に入ることはありませんから、仕方がないのでしょう。
「ボクたちの――そうだなぁ。秘密の部屋でしょうか」
「そそそっそ、そんなところに入るわけには!」
あっ、先生、今『女の子の秘密の部屋』を想像しましたね! おばちゃんには全部まるっとお見通――あんまり自分のことをおばちゃんだと思いたくはないので、気付かなかったことにしましょうか。
顔を真っ赤にして首をぶんぶん振るところは、やっぱり中学生みたいです。
「なにを戸惑っているのですか?」
白々しい……。
というか、むしろ残酷な気もします。
「いやっ、だって女の子の――っ」
ほら。口に出させちゃいました。
しかし純情な男性です。『わーい、女の園だーっ』とはならないんですね。
「心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ男の隠れ家的なところなので」
言いながら悲しくなるのは、何故?
入り口を開けると、LED電球が放つ独特な影に一つ、膝を抱えて座る人の伸びたシルエットが混じっています。
そしてターシャの相棒スライムが一匹。
「ターシャ、入るぞ」
「…………はい。――あの、さっきはすみません、リタ様。勝手に離れて、一人にしてしまって」
そう言いながら顔を上げたターシャの視線は、一瞬私を捉えるとすぐ、横へ逸れました。
「ロッキ先生!? なっ、なんで先生がここに」
それは先生にもわからないこと。
「すまない。ボクが連れてきたんだ」
「リタ様――」
階段を下りていくと、ロッキ先生は不思議そうに電動工具を眺めはじめました。
「鉄とオイルと木片――。大量の木くず……、これは、確かに――――あっ、いえ!」
確かに? いっそ続きをどうぞと言いたいですが、まあこれに関しては私の願った趣味ですし、話も逸れてしまうので。
「ロッキ先生はターシャのことを本当に心配している。それがわかったから、二人には会話をする時間が必要だと感じたんだ」
ターシャは珍しく、むすぅ、と納得できかねることを態度で示しました。
「そんな顔をしないでくれ。ボクもここにいるのだから、まずは三人で話をしてみよう」
なんだか、お節介なおばちゃんみたい。
しかし『あとは若い二人に任せて――』とは、さすがにいきません。密室ですし。薄暗いですし。
先生にそこそこの信頼は置いていても、そこは男性ですから。ダメなものはダメです。
そもそも二人っきりにしたら、ターシャが反発してしまうでしょう。
「三人で――ですか? まあ……それなら少しは」
言いながら彼女は相棒のスライムをそばへ寄せました。
「そのスライムが、この灯りを? 噂には聞いていたけれど、いざ目の前で見ると凄いな……」
スライムは蓄電器でもあります。
折角話題ができたので、ここに食い付かせてもらいましょう。
「先生は、電動工具の類いをまだ見ていないのですか?」
「ええ。新しい生活に慣れるだけで精一杯で」
「そうですか――。ボクたちは、この力で復興と再建に取り組んできました。堅いジュラの木も電力と電動工具さえあれば、一気に加工できてしまうんです」
それから私は、それらの素晴らしさと私たちの取り組んできたこと。国として成り立つまでの経緯を説明しました。
最初は四人で、本当に何も無かったところをサバイバルして。
救助要請が失敗して八人になり、リオネロ領へ行って、木工作品をはじめて売って。
ダリア領を経由して帰ってくるとターシャたちと一緒に行商人のパーカー夫妻と娘のアリスちゃんがいて、そこから公益が始まり――。
しばらくしてマリーさんが抜けて七人になって、冬を迎え、そして春になったところまで、全て。
「なるほど――。奇跡的な復興に感じていたけれど、こうして聞くと本当に困難な道を歩まれたのですね」
「はい。地道なことも多かったのです」
なんとなく、それを伝えれば――。
ロッキ先生なら気付いてくれると、感じていました。
彼は私ではなく、元教え子の顔を見つめて、語りかけるように喋ります。
「そして、その中で一番地道に頑張ったのが、ターシャ――。そういうことだね」
不意だったのでしょうか。
急に向けられた視線と言葉に、ターシャはきょとんとした顔で「え?」と一音で返しました。
先生は二の句を継ぎます。
「新生ロメールは木工の町になっている。そこには奇跡的な力があった。――でもターシャは、その力の恩恵をほとんど受けていない」
農具はありませんから。
耕運機も、なに一つ。
彼女は一つ一つ手仕事で、手間を惜しまず丁寧に、農業をやってきました。他にも炊事洗濯、料理が彼女を中心に――――――って、私たち、ターシャお母さんに頼りすぎですね……。
「わ、わえは……っ。一番地味というだけで、褒められるようなことは一つもしていません!」
「そうかな? でも先生には、ターシャが一番凄いことをしていると思えたんだ」
あれ。ロッキ先生、自分のことを先生と……。
それじゃあ先生と生徒の関係が固定されてしまいそうです。それでいいのかなあ。
ただ彼の性格を考えると、きっと、そういう打算的なことは考えていないのでしょう。
「ただ、作物を育てていただけです!」
「木工が中心だけれど、風変わりな野菜もロメールの象徴だろう? 先生も食べたけれど、あれは本当に美味しいな。と――とうも――ともごろし」
「トウモロコシです!!」
おぅ……。この先生、中々の天然でいらっしゃる。そしてターシャ、ツッコミ慣れていますね。
「ああそうだ。トウモ……コロシ」
「微妙に違います。そんな物騒な野菜を育てた覚えはありませんから!」
ニーナがボケ担当だったので、ツッコミはターシャの特技と化しています。
「先生って王都にまで行ったのに、変な方言が抜けないですよね。イントネーションがおかしいですし、発音も悪いですし」
「そっ、そんなことないべさ!!」
おや?
「それを言えばターシャだって田舎の出身だべ!」
「わえは田舎でも王都寄りのほうだ!」
だ?
「地図にも載ってない小さな村だったべさ!」
べさ?
「先生の田舎なんて端っこ過ぎて地図に載ってなかっただわ!」
だわ?
――それからしばらく二人は出身地についてそこの方言で罵り合って、ああ、これは痴話喧嘩のようなものだなぁ……と。
「リタ様はどう思うべ!?」
「わえの村のほうが都会だな!?」
だな?
「あ、いえ――。ボクは辺境の地の領主なので、あまり他所様のことを言えた義理では――」
「ロメールは大きい町だべ!」
「村には領主がいないんだ!」
ちなみに領主が住んでいるのが町。領内に点在して領主が住んでいない場所が村です。
村は農村や漁村、あとは鉱山の麓にある集落を指すことが多いですね。
散々言い合った二人は一度にらみ合うと、ぷいっとそっぽを向いてしまいます。面倒くさくて可愛いなあもう!
――――でも少し待ってみると、そこはさすがに年上なのか、ロッキ先生が少し歩み寄りました。
「田舎には、ちゃんと帰っているんだろうな?」
冷静になったのか、標準語です。
「王都に向けて十日はかかります。畑に休みはないんですから、帰られるわけがないじゃないですか」
「そうか――」
「先生に心配されなくても、ダリア領を経由してちゃんと手紙を出しています。生きていることも、ここに暮らしていることも、しっかり伝わっていますよ」
「しかし休みがないというのは、よくないな」
「仕方がないでしょう! 田舎だって農家ですから、事情は伝わっていますよ。教師と農家が全然違う仕事だというのは知っていますよね!?」
「いや、ご両親はきっと心配されているはずだ。それは良くない」
おっ。今度は先生らしい言葉をかけていますね。
でも言い合いに変わりはないのかなぁ。
「ですからっ、うちの両親にも畑があるので、ちゃんと理解してくれています!」
「よし。今度、先生と一緒にご両親と会いに行こう」
「だから畑があって遠くて――――――――え?」
――――――んん?
それって、え?
「長旅になる。……その、もちろん、ターシャさえ良ければ…………だが」
先生の顔が……というか首から耳まで真っ赤です!
おやおや。これは私、もしかしてお邪魔でしょうか?
「り、りりりりりりりりり、リタ様!?」
「…………どうした、ターシャ」
「これって、その、あのっ!」
「先生の真剣な顔を見れば、わかるだろう」
「いえっ。そうではなくて」
うーん。どうもターシャの様子がおかしいです。
嫌がってはいないですが……。まあ先生に告白なんてされたら、戸惑うのが当然でしょうか?
男性としては見ていなかったのかなぁ。どう見ても、そうは思えなかったのですが。
――私がお節介すぎたのかと一抹の不安を覚える中、しかしターシャは、可愛らしく頬を赤らめながら先生のほうへ向き直すと、ゆっくり二の句を継ぎました。
「……ちゃ、ちゃんと言ってください。領主様の前……いえ、王様の前で、誓えるのなら」
あー……。
そういえば領主というものは領民の転出や転入と同時に、婚姻関係を認める仕事でもありました。
ついでに言えば領主や王族、国王の前で嘘を吐くことは許されません。
だから私の目の前での
「僕はターシャと結婚したい。ご両親へ挨拶をさせてほしい」
プロポーズや
「……………………はい」
約束は
「――ほ、本当か!?」
「ななな、何度も言わせないでください! わえはその――だって、ずっと……」
絶対なんです。
というか『ずっと』って!
甲斐甲斐しく先生をサポートしていたと聞いたので、なんとなくそんな気はしていましたけれど!
「――――ターシャ。そして、ロッキ先生」
「「はっ、はい」」
早速、声が揃っていますね。
共通点が多く、ターシャにとっては過去の自分を知る数少ない人でもあります。きっと、良いカップルになるでしょう。
「ボクの権限で、できる限り早くターシャが休めるように手配しよう。――それまでに二人とも、準備を整えておいてほしい」
あとはこの二人の行く道が、幸福で彩られていますように。
「――おめでとう、ターシャ。そして……ロッキ先生」
失礼ながら、ロッキ先生の手を少しだけ握らせてもらいました。
だって私たちのお母さんを嫁にもらおうと言うのですから。
これは領主としてではなく、ましてや王様でもなく。
「ターシャを幸せにしてください。そうじゃないと『私たち』が許しませんからね」
一人のリタ・ロメールという女の子として、彼女に守られてきた存在として、偽りのない言葉を。
「はい……。必ず幸せにします」
みんなに伝えたら、驚くだろうなぁ。
お付き合いするというところまでは予想の範疇でしたけれど、まさか一足飛びでご両親に会いに行くとは。
純情な人ほど決めるときは早いと聞きますが、正にそれなのでしょう。
こうなってくると結婚式の仲人は私なのかな? その日が楽しみです。




