ロッキ先生と教え子のターシャ ②
ターシャが十三歳頃に学んでいた学校で、新任教師だったロッキ先生。
町で最も賑わいのある中央広場で私とロッキ先生は、ベンチに腰を下ろしました。
行き交う人々の視線が若干こちらへ集まっていることを感じますが、まあ仕方がないのでしょう。領主の娘としては、ある程度衆目を集めることにも慣らされていますし。
――ということで、臆す必要もありません。
ズバリ訊ねます。
「先生は、ターシャに気があるのですよね?」
「ほぁ!?」
「変な声が出ていますし、図星のようですね」
ロッキ先生はアタフタと視線を移動させて、顔を赤くしながら、めちゃくちゃ取り乱しました。
先生なのに、恋愛に関しては中学生レベルなのでしょうか……?
話しかけてくるときに微妙な気恥ずかしさを押し殺して、頑張って気遣っている感じが出ていたので。
ははーん。これは恋だな――――と。
日本で二十数年、この世界で十六年、合計するとごにょごにょ年のおばちゃんには全部まるっとお見通しですから!!
「す……凄いですね。さすがリタ様というか。――やはり人を見る目が、普通の人とは違うのでしょうか」
いえいえ、脳内の恋愛感情がダダ漏れだっただけですよ?
とは言えませんので、多少言葉を濁します。
「ボクは領主の跡継ぎとして育っていましたから。上に立つ人間には、人を見る目が大切なのです」
そしてこれは事実。
ただのお嬢様育ちではないのですよ。なにせ『嫁に行くまで変な虫が寄らないように』と、ボクっ子を叩き込まれるぐらいですからね!
恋愛かぁ……。遠い世界のお話ですねぇ……。
こんなボクっ子を好きになってくれる奇特な男性が、どこかにいらっしゃれば良いのですが。今のところエリカのような嗜好の女性のほうが多い感じです。
だって私の周りって、みんな、めちゃんこ可愛いですからね。種類も多種多様ですし、いっそそういうお店でもゲフンゲフン。十八歳未満が多いので日本だと違法です。
でも……きっと天国かどこかへ転生済みのお父さん。あなたは本当に、純粋な才覚だけで連れてくる子供を選びましたか? 疑わしいぐらい顔面偏差値が高いのですが、信じても良いですか?
「人を見る目――ですか。僕はあまり、そういうのが無くて」
いえいえ。ターシャに惚れるなら見る目は抜群ですよ。
ただまあ、元は先生と生徒の関係。彼女が十三歳頃の話ということなので、日本だと中学一年生か二年生といったところ。
さすがに人目が憚られますし、社会的な体裁とか色んなことが壁になるでしょう。
――でも先生は、私の想像とは少し違う視点で、語り出しました。
「……まさかターシャが、こんなに素敵な女性になるとは――。夢にも思っていませんでした」
遠い目で語る姿からは、どこか哀愁を感じます。
「では、昔から好きだったわけではないのですか?」
「あの頃は生徒の一人だとしか……。物静かですがしっかり者で、新任だった僕は何度も彼女に助けられましたよ。彼女のおかげで、あの頃の僕は自信を無くさずにすんだんです」
「それなら、見る目が無いというのは――」
ひょっとして。
「あはは……。もしもあの頃に惚れていたら、もっと早くにここへ駆けつけて、そばに居ようとできたのに――。彼女が過ごした苦しい月日を想うと、胸がこう……、苦しいぐらいに締め付けられるんです」
珍しい御方です。
普通、まだ十三の子供に対して惚れるというのは、やはり社会通念とか色んなところで後ろめたい思いをするわけで。
でもこの人は、そういう話よりもターシャが私たちと過ごした月日に寄り添いたかったという感情のほうが、勝ってしまうようです。
「なるほど――。……………………つまり先生には、ロリコンの気があるということですね?」
「違います! そのっ、ここは人通りが多いですから、そういう言葉は、そのっ!」
「ふふっ、冗談ですよ。まあ旧ロメール領で『先生が生徒に手を出す』というのは、追放ものの重罪だったはずです。教育の町では絶対にあってはならない事態ですからね」
「手を出すだなんて、そんなことは今だって――」
おやおや。本当に中学生のような大人です。
「今のターシャは十七歳です。もう生徒でもないですし、誰も咎めはしないですよ。もちろんターシャの気持ちが一番重要なことですが」
この世界では、日本ほど十七歳と十八歳の境界線が明確ではないのです。日本では十八歳になった瞬間にできることが一気に増えましたが、この世界では誕生日のお祝いをして、それだけです。
成人式的なお祝いであれば、十四歳頃に終えてしまいます。もうそろそろ大人並みに働ける年齢、ということで。
」
「それは……まあ、その、――――はい。彼女にその気があれば、どれほど嬉しいことかと思います」
まあやはり女性として意識しているわけで。年齢だけを見て変に壁を作ることのないほうが、この世界では健全なことでしょう。
しかしこれは、私としても、大切な友人のことです。
十七歳もまだ女性としては微妙な年齢。人生経験が足りていません。
そして今のターシャは……。
ここはしっかりと言っておかなければなりませんね!
そう思って、口を開こうとしたのですが――。
祈るように両手を組んだロッキ先生は、軽く首を上げて空の彼方を見て、私よりも先に言葉を紡ぎはじめました。
「でも、今の彼女には深い悩みがあるようです。まだこの国に人が集まって間もないですし、混乱に乗じるような真似はしたくありません」
――あんなに恥ずかしがるほどターシャのことが好きになっているのに、相手の心にできた隙間を突いて取り入ろうとはしない。
今がチャンスだ! となっても、いいのに。
きっと先生は良い人です。見る目があるらしい私が思うのですから、正解でしょう。
「ターシャは、先生を慕っていたのでしょうね」
「そうであれば尚更に――です」
評判の通り、本当に真面目で誠実な人です。
「しかし、落ち込んでいる姿を見ると放ってもおけない――と」
「ええ。むしろもっと早く駆けつけてあげたかった。……僕の気持ちが矛盾していることは、理解しています」
床屋『ルンダ』の小母様も同じことを仰っていましたし、この感情はきっと私たちにとって途轍もなくありがたいものです。
私はルンダの小母様と小父様に泣かせて頂いて、かなり気持ちが救われました。
もしターシャにとって先生がそういう存在になれるのなら――。
「先生、もっとターシャと話をしてみましょう!」
「え?」
「行き先はわかっています。ターシャは忙しいですから、きっとお二人は、離れていた年月を埋める会話が足りていないのだと思います!」
少し、誤解もされているようですし。
「行きましょう。ちゃんと、ボクが間に入りますから」
「あ、え、ええ。よろしくお願いします」
戸惑いながらの同意。
領主や国家元首のようにして明確に立場が上だと、こういう時にまず断られません。
だからこれは半強制の、少し卑怯な手段かもしれません。
ですが今回は、友人のため、私たちのお母さんのため!
この立場、全力で利用させてもらいましょう。




