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ロッキ先生と教え子のターシャ ①

 崩壊前の旧ロメール領が人口一万人強。

 現在のロメール国が人口二千人程度。

 まだ住居の決まっていないかたや審査中のかたがいらっしゃるので、近日中には三千人を超えるでしょう。

 もちろん私たちが滞りなく手続きを終えられれば……ですが。人手がほしいです。

 それに、順調に三千人を超えたところで、ロメール領時代と比べればまだ三分の一にも足りません。


「随分と活気が出ましたよね」


 それでも七人からはとんでもなく大きなステップアップ。

 今日はターシャと一緒にお散歩です。


「そうだな。一気に町という感じが出てきている」

「成り行きで国になってしまいましたけれど、通過も言語も同じですから、それほど違和感はないですしね」

「ああ。この地方に土地勘のある人も多いことだし、みんな主体的に動いてくれる人ばかりだ。ロメールはまだまだ成長するのだろうな」


 ちなみにエリカスライムは、領主邸の中でお昼寝中。メイド時代に比べるとかなりゆっくりした性格になっています。

 以前なら、私が忙しくてエリカがお昼寝なんて、考えられませんでしたから。特に最近はリラックスしている感じです。私に『気を抜くことも必要』と教えてくれているのかもしれませんね。

 そしてニコは違う意味でお昼寝中です。

 彼女は夜中も起きて書類を(さば)いていたので、少しでも多く寝かせてあげましょう。

 まあ、それは私も同じなのですが……。

 なまじ体力があるほうなので、それが幸いしているのか災いしているのか、寝付けないぐらいならお散歩でもしよう――ということに。

 気にかかることもありますし。


「わえにも、リタ様やニコのお手伝いができれば良いのですが……」

「ターシャは一人で農業を管轄してくれているんだ。自分の仕事を全うできるようにしていてくれたほうが、町は安定するだろう」

「でも、農業を専門に学んで、経験も積んでいる人が沢山移入していきています。わえなんか、いなくたってどうとでも――」


 最近、ターシャは少し落ち込み気味。

 私は代わりがいませんし、ニコはハッキリ言って天才。ニーナは元々(てん)(しん)(らん)(まん)で太陽のような人なので、今でもそのポジションは変わらず、むしろ照らすべき対象が増えてより輝いているようにすら思えます。

 アルしゃんはマイペースですし、ウサリアは機械を使った木工ができるので、それを移入者に教える側。ロメールに縁も所縁(ゆかり)もないけれど、木工がやりたくて移り住んでくるかたというのも多いんです。

 そして保母さんになりたがっているマリメロは、子供が増えたので保育園を設立する真っ最中です。

 でもターシャは……。

 農業に電動工具は関わっていませんし、専門に学んだり実際に農家として生きてきた人と比べると、どうしても知識も経験も劣ります。


「いなくたっていい……。そういいたいのか?」

「――はい」


 実はこの散歩、私がターシャを呼び出しました。落ち込み具合がどうしても気にかかったので……。

 彼女は下を向きながら言葉を続けます。


「私は農家の末っ子ですから。いつも、やっていたのは『お手伝い』なんです」


 移入者に比べてアドバンテージがあるとすれば、日本の野菜や果物に対する知識と、ココの実の利用方法ぐらい。

 でもココの実を利用する農業は、従来に比べてものすごく簡略化されます。なにせ一日以内に種から身が成熟しますから。

 ココの実を使わないで育てる作物だって、土の栄養が豊富なのか、時間がかかるだけでしっかり実を成らします。

 彼女(いわ)く農業に適しすぎるほど良質らしくて、この土なら少し知識があるだけで十分に育てられる――と。


「ターシャはボクたちを支えてくれたんだ。お手伝いとしてではなく――。ボクたちを支えたのは、間違いなく、きみの力だよ」

「あはは……。そう言っていただけるのは本当に嬉しいのですが――――。それもやっぱり、八人だったから……だと思っちゃうんです」


 ――しばらくすると酪農もはじまる予定です。

 そうなればもう、ターシャのアドバンテージは皆無。

 そもそも農業というものは、育てることさえできれば、工業に比べると差が目に見えづらいものです。

 難しそうに表情へ影を落とした彼女を、どうやって元気づけたら良いのか……。


「あっ、そういえば先生はどうしている?」


 先生とは、この国に移住を決めてくれた一人の男性です。

 ターシャが十三歳頃に(きよう)(べん)を執っていたそうで、私ももうお会いしました。堅実というか、真面目な印象です。

 特別朗らかであるとか、鬼軍曹のように厳しいだとか、極端に内気だとか、そういう面は全くないようで。

 周囲の評判もほどほどに良く、それなりに社交的でもあるようです。

 独身ではありますが、きっと女性に好かれるタイプでしょう。ちょっと間が抜けているという話も聞きますが、そういうものは愛嬌とも言えますし。

 それに移住して頂けるかたは少々年齢層が高めなので、まだ青年と呼んでも差し支えのない彼の存在は、町にとって非常に大きなものとなるでしょう。


「ロッキ先生は……。よく、声をかけてくれます」


 昔の生徒が落ち込んでいるのを見ると、放っておけないのでしょうね。


「そうか。良い先生だったのだな」

「――はい。すごく誠実に生徒と向き合ってくれて、運動もできて、頭も良くて……。少しだけおっちょこちょいなところはありましたけれど、そこも(あい)(きよう)というか、親しみやすくて」


 先生のことを話すと、(わず)かかもしれませんが、ターシャは表情が明るくなりました。

 領土崩壊を経験した私たちにとって、過去の知人というのは貴重な存在です。

 きっと心の支えになってくれることでしょう。


「元生徒なんだ。少し甘えてみてはどうだろうか?」


 私の提案にターシャは、苦笑いで答えてきます。

 その表情は、どこか女の子らしさがいつも以上に(にじ)()ているような気がして……。

 んー……。私たちのお母さんとして頑張っていたところから、生徒、つまり普通の女の子として見てもらえることで、そうなっているのでしょうか?

 それともひょっとして?

 ――――悩んでいたところで、町を行き交う人の中から、渦中の人物であるロッキ先生が声をかけてきました。


「こんにちは、リタ様」

「こんにちは。どうかされましたか?」

「ええっと……」


 問うと、先生は頬を指で()きながら、少し恥ずかしそうにターシャのほうへ向きます。

 その時点で声をかけてきた理由には察しが付きました。


「よっ、ターシャ。元気にしてるか」

「ロッキ先生……」


 クルロ・ロッキ。ロメールで実習を受けてから王都へ行き、教員として活躍した優秀な男性。

 歳は三十三。

 うーん。こうして間近で見ても、少し掘りが薄いですがバランスのいい容貌ですし、スポーツ万能で頭も良く清潔感がある――――。やっぱり、モテますっ!


「なんで落ち込んでるのか知らないけれど、お前は明るさが取り柄なんだからさ」

「明るさが取り柄……ですか」


 あっ、でもこの人、うっかり地雷踏むタイプだ! これはモテない!


「そうそう。お母さん的な感じで、いつも周りの子を助けていただろ?」

「……周りの子のほうが才能があったから、私はそのサポートをしていたんです」

「そんなことない。成績も悪くないし、運動だってまあまあだ」

「悪くない……まあまあ……」


 うわぁ。地雷の上で地団駄踏みますよ、この人!

 心配してターシャに目を向けると唇を()んでいました。

 そして声を荒げます。


「悪くないとかまあまあの程度じゃ、ダメなんですよッ!!」


 ロッキ先生は驚いて目を見開き、半歩後ろへ足を引きます。


「ど、どうしたんだよ、ターシャ」

「先生に話してもわかるはずがないじゃないですか!?」


 そう言ってターシャは元来た道へ勢いよく駆けて、この場を去ってしまいました。


「あの……、ロッキ先生」

「リタ様――。俺、なにか悪いことしちゃいましたかね」


 あれだけドカーン、ズドーン、と爆発させておいて気づいていないって、鈍いのかな。

 すこーし、この人とお話をしたほうがいいのかもしれません。

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