人生は旅行のようなものかもしれないけれど、できれば大切な人とはぐれたくない
変装のために白い髭を装着。サンタクロースに扮装するためとか、そういう感じで日本でもあったパーティーグッズの一種です。
こういう玩具的な物もないと精神的に塞がってしまいますからね。特に寒い冬は自然と家の中で過ごす時間が増えるので尚更です。
「行きますよ。助さん、角さん」
「……せめて、私がどちらなのか教えてもらいたい……」
「ニコはしっかり者の角さんだ。エリカは――基本しっかりしているけれどちょっと助さんっぽいところもあるから、助さんだな」
「助さんっぽいとは一体……」
エリカは『ロメール国ではスライムがそこら辺にいます』という事前情報に沿う感じで他人のように振る舞ってもらい、ニコには旅行で少しおめかしをした町娘っぽく着飾ってもらいました。
白を基調にレースをあしらった服がとても似合っていて、めちゃんこ可愛らしいです!
…………………………あれ? なんで私、ノリノリで白髭を?
普段が男の子っぽいんだから、普通に――というより、いっそものすっごく女の子らしく着飾れば良かったような気が……。
考えたら負けですね、はい。
「一番の列のかたは施設案内を致しますので、後ろを着いてきてくださーい」
おおっ。ニーナが標準語ですよ!
まあ私が『沖縄っぽい』なんて言い出して、彼女も少し誇張した感じで使っていてくれていたと思いますが。そもそも最初は標準語でしたからね。
「二番の列はー、んー……、どこだっけー?」
「農場案内さー」
あれ。アルしゃんには普通に沖縄っぽい訛りで喋ってる……。もう板についちゃったのかな?
いつかニーナやターシャの故郷へも行ってみたいなぁ。
それにしてもニーナがしっかり役に回るとは。恐るべし、最年長のマイペースさ……っ!
「あの、どちらに着いていきましょうか」
「うむ。建物も見てみたいし、美味しい食べ物も魅力的そうだ」
「……ふふっ。本当に旅行者みたいですよ」
「よしっ。じゃあ角さんに決めてもらおう」
「私ですか?」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシは今、隠居老人の身じゃ」
「そういう設定なんですね……」
設定って言っちゃダメです。ファンタジーに中の人なんていないんです。ネズミはあくまでネズミなのです。
っていうか私、『私』って言えないのに『ワシ』は言えるんですね。神様的な御方、これって新しい種類のイジメかな!?
「さて、どうするかのう」
「……わかりました。では二番の列に混ざって、農園へ向かいましょう」
少しだけ意外でした。
最近のニコは交易が基本。手の空いたときも農園より建物作りに沢山参加していたので、そちらの反応を見たいのかなと思っていましたが。
建物中には工芸品も飾ってありますし。
「ひょっとして角さんは、お腹が空いているのですか?」
「違います。……これだけの人が町に来るのは初めてですから、ターシャさんたちの反応が見たいんです。ニーナさんとアルしゃんは今、少し見ることができたので」
「ふぉっふぉっふぉ。なるほどなるほど。それは結構なことですのう」
白髭をナデナデしながら納得。
私は旅行者の反応が見たくて領主邸を出てきましたが、ニコは仲間の反応が見たいようです。
「それでは参りましょうか」
領主邸へ向かって緩い坂を登る中腹に、この町で一番大きな広場があります。
まだ完成形とは言い難いですが、きっとここが一番賑やかな場所になるんだろうなぁ、なんて想像して作っています。
大きな丸い広場に、沢山のベンチ。
更に、お店を前提として作った開放的な建物が並びます。
そこから脇道に逸れて少し進むと、開けた土地へ。
「い、いらっしゃいませー!」
ターシャ、表情も声も固いです。
旅行者はそんな彼女へ注目し、説明を聞き始めました。
でも私たちは後ろのほうにいるので、ターシャの声と同時に様々な会話が耳に入ってきます。
「へえ、ここが未知の野菜で噂の」
「食べると十歳は若返るらしいわよ」
「身長も伸びるとか」
「万病が治るって聞いたけど、俺の腰も治るのかな」
…………噂って怖い。
十歳若返ったら私、六歳ですよ!?
身長はまあ生まれてからずっとこの環境なら、少しは伸びるかもしれませんが。ニコはちっちゃいままですし、ニーナは更に伸びましたし、人それぞれとしか言えません。
あと食べ物で腰が治ることは多分無いです! 常識的に!
「まずいな」
「完全に尾ひれ背びれが付いてしまっていますね……」
この期待に応えるなんて不可能。でも真正面から否定をして、がっかりはしてほしくない。
ロメールの人間ではない誰かが言うのなら、波風も立たずにやんわりと伝わってくれるかもしれませんが。
ひょっとしてここは、隠居老人の出番でしょうか?
いやでも、さすがに変装のレベルが低いからなぁ……。
なんて考えていると、旅行者の中から一人が手を上げて「若返るって本当ですか!?」と声が上がりました。四十代から五十代ぐらいの女性です。
ターシャが表情を強張らせながら口を開きます。
頑張って……!
「わ、若返るかはわかりません」
「えー……。聞いていた話と違うのは困るわぁ」
少し苦しいかな? 相手が手強そう。
ここはいっそ変装とかを一旦全部忘れて、領主としてピシャリと――。
「で、でも!」
白い付け髭を取り外そうとした瞬間、ターシャの声が少し強めに鳴りました。
「ロメールの野菜は栄養満点で健康に良いです! 若返ることはできなくても、健康的な人は永遠に魅力的だと思います!」
おおっ。ちょっと名言っぽいです!
私たちも病気一つしていませんし、これまでにここを訪れた方々は老若男女を問わず長旅の疲れを癒やしてツヤッツヤのお肌で帰っていきました。
ならばここは援護射撃を――。
「はいっ! 温泉でお肌がぷるぷるになるって本当ですか!」
温泉のほうが効能としてはわかりやすいですし、ここは複合的に攻めたほうが得策のはずです。
「……………………あの」
「本当ですか!?」
気付かれました。目がバッチリ合っていますし、『領主邸にいるはずなのに、ここでなにしているのですか?』という感じで、ぐにんと首を傾げられてしまいます。
悪戯がお母さんにバレた子供の気分……。
意図に気付いて欲しいけれど、難しいかな。
ターシャは首を元に戻して前を向き直し、少しだけ頬を緩ませると「こほん」と咳払いをしました。
「――それは本当です。元々ロメールは肌つやの良い、美男美女の多い町として知られていましたから。温泉の効果は、お墨付きです!」
旅行者の中から「「「おおっ」」」と声が重なりました。
彼女は更に言葉を続けます。
「温泉水は飲食にも利用できます。この国は真水の調達のほうが遙かに難しい状況ですので、ぜひ沢山お飲みになってくださいね」
ニッコリと笑顔まで添えています。
これでもう大丈夫かな。
「痛めた腰は治りますか!?」
また難しい質問が飛んできましたが、今度は同様する様子が見られません。
「湯治という言葉があります。ここのお野菜で栄養を取って、ゆっくり温泉に浸かって頂けると効果があるかもしれません」
上手に『治る』という言葉を外しています。
ターシャは複数の作物を同時に管理して消費量と出荷量を適正に保ち続けられるほど頭の良い人なので、緊張せずに本来の力を発揮できればこれぐらいの質問をいなすぐらいは朝飯前でしょう。
ホッとして彼女から視線を逸らしたところで、観光客の老夫婦が小さく声をかけてきました。
「もしかして、リタちゃんかい?」
「大きくなったわねえ」
私の正体に気付いている!? というか、私のことを知っている……?
「あっ、ルンダの小母様と小父様!」
「おや。覚えていてくれたのかい」
「嬉しいねえ。――ふふふ。他の町じゃ貴族が一人一人の領民まで見てくれないものだけれど、やっぱりロメールの血筋は違うのね」
ルンダは旧ロメール領にあった『床屋』のお名前です。
出張もしてくれて、幼い頃の私はルンダの小母様にずっとお世話になっていました。十年近く前、私が七歳頃に他所の町へ出てしまわれたのですが――。
「お久しぶりです。――あ、髭を外しますね」
「似合っておるぞ」
「そのままでいいわよ」
「そんなご冗談を――」
とはいえ小さな声で話しかけてくれたのはきっと、騒ぎを大きくしたくないからでしょう。
ここはご厚意に甘えて、そのままの変装で。
小母様が私の隣に立つニコにも笑顔を向けます。
「それに、ニコちゃん」
ニコもルンダの小母様に髪を切ってもらっていたのでしょう。一番腕の良い床屋さんでしたから、お世話になっていた人は多いはずです。
「あの……っ、お久しぶり、です」
「大きくなったねぇ」
「身長は、その、あんまり……」
「――本当に、二人とも、こんなに大きく立派になって……っ」
言葉を途中で切るように黙った小母様は震える声で「リタちゃん、ニコちゃん」と私たちの名前を呼ぶと、両手で囲い込むように抱きついてきました。
「小母様?」
「ど、どうしたんですか」
「辛かったでしょう。その歳で家族に先立たれて、それでも立ち上がって……。大人もいない中で」
その声には水気のある濁音が混ざっています。
「…………ボク一人では、ないですから。ほら、今だって、ニコがいます」
「おばちゃんに強がらなくていいのよ。リタちゃんは厳しく育ててもらったから、頑張れてしまうのでしょうけれど――。昔のあなたを知っている私には、泣いているようにしか見えないの」
「そんな……」
最初は四人。そこから八人になって、七人になって。
確かに頑張っています。頑張って、頑張って、頑張って――。
それでも、自分一人なんてことはいつもなくて。
辛いことも寂しいことも、みんなで乗り越えてきたつもりです。
お父さんとお母さんが強く育ててくれて、みんなが周りにいたから、頑張れた。
でも…………。
「悲しいときにちゃんと泣けなかったら、そうやって苦しそうな顔になってしまうのよ」
みんなで沢山笑っても、頑張っても、辛いことが消え去るわけでは…………なくて。
記憶を引き継いでいるから、二人目の両親だから、愛情が薄れるなんていうこともなくて。
「ごめんね。おばちゃん、本当はもっと早く来てあげたかったのに……。ごめんね。守ってあげられなくて」
私は領主の娘で、そういうことは抜きにしようとしても、やっぱりそういう風に育てられたから『辛いときに弱っている姿を見せられない』という気持ちが常にありました。
ただ、今は……。
今の私は、パーティーグッズの髭を付けた、ただのご隠居ですから。
「おばちゃん…………。私……、私…………っ!」
いつの間にか崩壊した涙腺は、私から全ての言葉を奪い去りました。
領主が自らの境遇に涙を流す姿を見られるというのは、きっと、好ましいことではないでしょう。やっぱり強がる必要はあります。
でも私は、周りに悟られないように嗚咽する声を堪えながら、ボタボタと涙を溢しました。
そして隣のニコも。
私は彼女が泣いているところを一度も見たことがありません。
――――奇遇なのか運命なのか。
残った七人の中で私たち二人だけがロメールの出身で、あの一瞬の出来事で家族を失っていました。




