ニーナと窓ガラス、そして祈り
ガラス板を建築に利用する。
これはグリフィールドと呼ばれるこの世界でも、日本でも、手法に大きな差がありません。窓枠を木で作って、そこへガラス板を嵌め込む。
工業的にアルミ製サッシのほうが多く作られていたと思いますが、木製のほうが結露も発生しにくくて断熱性も高かったりします。
「すっごい長い定規さー」
「まずはこれで、寸法を測る必要がある」
私が地下室へ連れてきたのは、ニーナ。
太陽のように明るく朗らか。
そしてマリーさんと一番長く、一緒の時間を過ごしていた人。彼女は狩猟をマリーさんから学んでいます。
でも……。
マリーさんが昨日旅立って、今日の朝になると「ごめん。ちょっと体調が悪いかな……」と言い出しました。
狩猟は命がけです。万全でない体調で無理をしてはいけません。これは電気で強力に動く刃物を使う場合も同じことです。
加えて、幸いなことに交易で干し肉を手に入れているので、タンパク質はそれで補えるでしょう。そもそもココの実が万能過ぎて、きっとあの中には大豆のように植物性タンパク質が入っていそうですけれど。
ただまあ、肉というのは生物的に欲してしまうものでして。
干し肉と同時に塩も手に入っているので塩漬けができるかなと思い、過去に実験をしたのですが。
気温が高くて腐ってしまいました。ここは温暖な気候で今は夏なので、暫くは無理そう。
湧き出るものも温泉水であって、冷水があるわけではないですし。これはロメールの弱点と言えるでしょう。
「ガラス板は同じ大きさだって聞いてたけど」
「ダリア領のものは、特に精度が高い。ただ、それでも――」
寝かせたガラス板をしっかり測ると、上辺と底辺の幅で一ミリ前後の誤差が生まれています。
「ボクはガラス製造に詳しくないが、やはり少しのズレはある。つまり角度も完全に直角ではない」
「ほんのちょっとだと思うけどなぁ。リタは豪快なのか繊細なのか、わからないさーね」
「どっちかというと繊細なつもりなのだが……」
「でもチェーンソーでギュイーッン! ってやってる時のリタは、どう見ても格好いい男の子じゃないかなぁ。活き活きして豪快って感じ」
「ま、まあ……。楽しんでいることは否定しないが」
できません。だって回転する刃物とか見るだけでワクワクしますから。
刃が木の表皮に触れた瞬間、飛び散る木くずなんてもう――っ。
それでも私は……と、言葉を続けます。
「前にも言ったけれど、心で思ったことを喋ろうとするとどうしても男言葉に変わるんだ。本当はもう少し、女の子らしい言葉で喋りたい」
「んー、色んな表情があったほうが魅力的だと思うけどなぁ。それに言葉なんて表面さーね」
表面……ですか。
「……ニーナは、マリーに怒っているのか?」
「うん。ちょっと――ね。一緒にいる時間が長かったから、なんで相談してくれなかったのかな……って。受け入れてはいるけど、納得できない……みたいな」
私が沖縄っぽいなんて軽い気持ちで言い出してから、ずっと彼女に張り付いていた、時々不自然にさえ思える「さー」の言葉。
それも今日は少し、なりを潜めているような気がします。
きっと私が想像するよりもずっと辛いのでしょう。
「狩猟は命がけだから、きっと――。ボクにはわからない絆が、ニーナとマリーの間にはあるのだろうな」
「……うん。そう思ってたから、やっぱり、寂しい……」
一人にしておくよりはと思って地下室へ誘って、彼女は体調が悪いなりにできることを手伝うと言ってくれたのですが。
うーん……。ここで私に言えることって、なにがあるのでしょう。
無力感が強いです。
「あっ、リタ、そこ測ってないさ」
「え? ああ――。本当だ」
「あとメモも取ってないけど……」
「うわっ。ど、どうしよう!? 最近はニコが隣で記録してくれているから――っ」
「あはは。リタってどこか抜けてるさーね。前はニコに怒られてたし」
「そっ、そんなことは――――――――……ある」
……もし、私がニコに隠し事をされていたら。
それが本人が苦痛に悩むような、重たい話だとしたら。
どうして相談してくれなかったんだ……と、思うでしょう。
でもそれ以上に――。
相談されなかった。させてあげられる空気を作れていなかった自分に、嫌気が差すような気がします。
「ニーナ」
「ん?」
「ボクは隠し事をしないからな」
「……ありがと」
それから私は、テーブルソーで木枠を作成。
ガラス板の微妙なズレにはヤスリがけで対応して、隙間もがたつきもゼロにします。
最後に、あらかじめ交易で手に入れておいた蝶番を締め付けました。
しかし持ち上げようとすると――。
「お、重っ……!」
「あー、ちゃんと手伝うさーっ」
ガラス板の重さは木板の比ではありません。
どうにか二人で地上へ出して、私たちの家へ。
八人の寝床は段々と固定されて、個人のスペースが生まれてきています。
その中の一つ、マリーさんの使っていた場所が日当たりの良い南側に当たっていたので、その場所まで運び込みます。
どうしても土汚れが出ますし、接地するために一度床に置いたりするスペースが必要だったので……。
もう誰も使わない場所を選ぶことが、適切でした。
「まずは枠の線を引いて――。この線をはみ出さないように壁を掘ろう。あとはネバネバで接着すれば完成だ」
二人で壁を堀り進め、時々休んで、ようやく穴が開くと――。
「「せーのっ」」
側面と上下にネバネバを塗った、重たいガラス窓を枠にはめ込みます。
ピッタリと収まり、がたつきも傾きも、歪み一つありません。
我ながら良い仕事をしました!
「おーっ。すっごい光が入ってくるさー!」
「外に出ると当たり前にあるものなのに、こうして室内に入ってくると神々しい。建具というのは不思議なものだよ」
「神々しいかぁ。――ねえねえ、日本ではどんな神様がいたさー?」
「んー。八百万の神と言って、万物の数だけ種類があると言われている」
「へえ……! じゃあ、お祈りの数も大変さーね」
「いや、毎度毎度お祈りを捧げるわけではないから……」
「あっ、じゃあ日本式のお祈りを教えてほしい! 一緒にやってみよー!」
かなり元気が出てきたようですし、ここは乗っておきましょう。
マリーさんが使っていたスペースにできた、観音開きの大きなガラス窓。
そこから入ってくる日差しに向かって二人で正座をして、居住まいを正し、静かに手を合わせて合掌――。
彼女の行く道に、神のご加護がありますように。
「あの……。二人とも、マリーさんが亡くなったみたいなのでやめたほうが……」
偶然そのタイミングで中へ入ってきたニコが、眉根を寄せて怪訝な表情を見せました。




