マルシアちゃんを驚かせる
輓馬に引かれた荷台へ寄ったマルシアちゃんが、大量のガラス板を私に見せ、平たい胸を張ります。
「どうでしょうか、この量、そして高い透明度。ダリア領が千年の歳月をかけて培った技術の結晶ですのよ。さあさ、近付いてご覧になってくださいな」
本当に自信があり、それどころかこの技術に誇りを抱いていることは、彼女の饒舌さからも伝わってきました。
「凄いな……。全く向こう側が歪まないのに、ガラスとしての存在感がある。それにこの量――。簡単には使い切れないほどだ」
「ふふん。この期間でこのガラス板と対等に取り引きする量の木材を用意するのは、いくらデンドウコウグとやらがあっても不可能ですの」
うーん……。
「ですが、私個人としてもダリア領としても、お姉様たちが一日も早い復興を成し遂げることを願っております。初回大サービスと言うことで、今日のガラス板は全て差し上げますわ」
「あのー、マルシア? ちょっとこっちに来て欲しいのだが」
ニコと鑑定士の兄妹が向かった倉庫へ、マルシアちゃんをご案内。
すると。
「ど、どどどどどういう事ですか!?」
「いや、勢いでガーッと作ったら、こうなった」
「体積だけならガラスの三倍はありますわよ!?」
マルシアちゃんの声にいち早く反応したのは、鑑定士兄妹の兄、エデ・ロールさんでした。
「体積だけではありません――。マルシア様、ここには国が定めるジュラの標準木を超える比重のものが、多数あります。これは異常ですよ」
そう聞いて、マルシアちゃんは両手で頭を抱えました。
「あの…………お姉様、まさかデンドウコウグにはジュラの木を鑑定する力があるわけではないですよね?」
「ないぞ。ただ、森の中にはいくつか斧で伐ろうとした跡が残っているものがあったんだ。木の修復力でそこだけ膨らんだりして――な。ボクたちはそれを見て、これはきっと並の木こりでは伐採できなかった、高質なジュラの木である可能性が高いと踏んだ」
「……そ、それで、森の中にはあとどれぐらいありそうですの?」
「大量に。伐採できる木が伐られて伐採できない木が千年残り続けたとすれば、森がジュラの木だらけになったとしても不思議じゃない」
更に呆れて、マルシアちゃんは踵を返し、倉庫をあとにしました。
「ちゃんと見届けなくて良いのか?」
「お姉様たちと同じです。全てに私が絡む必要はない程度に、彼らを信用していますので」
「――そうか」
妹がうまく人間関係を築けているというのは、お姉ちゃんズの一人としてホッとする話です。
「マリー姉様はどこにいますの?」
「ニーナと一緒に、食肉の解体中だ」
「解体!?」
「とはいえ、そろそろ肉らしい形になっているだろう。それほどグロテスクなものは見ないで済む」
「グロテスクって……」
片方だけ口角を上げて引きつった笑いを見せながらも、マルシアちゃんは私のあとに付いて解体場所までやってきました。
「うっ――。まだ皮を剥いだだけじゃないですの……」
猪や豚に近い動物がツルンとした状態にされていました。
その言葉にはマリーさんが応じます。
「失礼だな。行程は血抜き、内蔵の処理、そして皮剥だ。これはもうほとんど完成形なんだよ」
「それにしたって、原形を留めすぎているというか。もっと部位別に切り分けたりはしませんの?」
「丸ごと炙って焼いたほうが、外は強火でこんがりと、中はゆっくり熱が入って柔らかくジューシーに仕上がる。焼いてから分けるほうが美味しいんだ。マルシアも食べていくだろ?」
「……まあ、貴重な経験として、頂きますけれど」
ここで生理的な拒絶をして終わりとしないところに、器の大きさを感じます。
私も最初は抵抗がありましたから。特に生きている状態から加工されて食肉に変わる仮定を見てしまうと、どうしても最初の姿が頭にチラつくんです。
この丸焼きだって生きている姿の想像ぐらい付きますしね。皮に毛が少ない動物なら皮ごと丸焼きでも美味しいのですが、そちらは更に野性味が……。
「そういや、この間ニーナと港町へ行ってきたんだよ」
「下流の町へ?」
問うた後、マルシアちゃんの表情に少しの影が差しました。
無事なら助けを求めてくる。求めてこないということは、無事なはずがない。
そういう前提に立って行動しているので、これは単なる『確認』であると考えたのでしょう。
でも――。
「ああ。港町は爆発被害に遭った形跡こそあったものの、建物が総崩れというわけではなかった。壁の一部が残っている状態だったんだ。人がいなかったのは残念だが……」
「――ここや他の被害とは違う……ということですの?」
「そうかもしれない。もしかしたら、海沿いだとか、そういう地理的条件が関係している可能性もある」
「ふむ――――。違う形で被害に遭っているとすれば、事件解決のヒントに繋がる可能性があるかもしれませんわね。ありがとうございます。ダリア領へ帰り次第、国に報告しますわ」
「頼む。復興と解決が犠牲者への、せめてもの弔いになるだろう」
それから私はスライム増殖と蓄電で作業効率が格段に上がったことを説明して、更に地下室で木板の加工工程を実際に見てもらいました。
完全に異世界の技術に驚いて目を丸くするマルシアちゃんの姿は、社会見学をする小中学生のようにも見えて微笑ましかったです。本来はそういう年齢ですから。
すぐに夕方になって、御夕飯の時間。
観光業を目指していることもあって、せっかくなので料理も食べて頂くことになりました。
「美味しい……っ。肉とジャガイモ、トウモロコシ。どれも新鮮で味が濃いですわ! ソースのようなしつこさがなくて、自然の味をそのまま口に含んでいるよう……」
「農作を担当するターシャが、料理の研究もしてくれているんだ。食に関して、彼女は凄いぞ」
私が言うと、ターシャは前に出した両手をブンブン振って「そ、そんなことは」と否定し、軽く慌てながら二の句を継ぎました。
「王族のマルシア様に私なんかの手料理を食べて頂けるなんて、光栄です!」
「ターシャ……、あなたのほうが年上なのだけれど、呼び捨てにして構わないかしら?」
「はっ、はい! もちろんです!」
「私、自分に与えられた役目を全うする人は全て尊敬していますの。身分に拘わらず」
「平民を尊敬……ですか?」
「ええ。そもそも貴族や王族というのも、そういう仕事をこなしているだけの話です。こういう立場だと『人の上に立つ』ということを徹底されるのですが、それは農家の娘が農業を教えられるのと何ら変わりません」
「いえ、でも――」
困惑を示しながら恐縮するターシャに、マルシアちゃんは大人っぽい調子で更に語り紡ぎます。
「あなたが貴族や王族を好いてくれているというなら、それは私たちの仕事が認められているということ。そしてあなたの仕事は――――。美味しい料理、ありがとうございます」
まさか王族から丁寧にお礼を言われると思っていなかったのか、ターシャは余計に混乱をして……。
でもしばらくして落ち着きを取り戻し。すー、はー、と深呼吸。
いつも通りの暖かい口調で、言葉を語り紡ぎました。
「この作物は全て、出荷を目指しています。できるようになったらすぐ、マルシア様の元へお届けしますね」
ココの実を使わない、日持ちする農作物は日々ゆっくり、順調に育っています。きっとその日はもう、遠くないのでしょう。




