小さくて強い盾
予定していた日を迎えて、お日様が頭の上を通り過ぎた頃。
マルシアちゃんを載せる豪奢な馬車が一台と馬が二頭。更にトラック並の大きな荷台が二つと、それを引く輓馬が三頭ずつ、併せて六頭もやってきました。
「お久しぶりですの」
「凄いな。こんなに――」
「あら。身長をネタにしないぐらい驚いてもらえるとは、思いませんでしたわ」
「別に会うたびに毎回イジっているわけじゃないだろ。精々、十中八九だ」
「それはほとんど毎回と同義なんですぅぅぅぅ!」
結局イジってしまいました。反応が可愛いのでつい。
口を尖らせ終えたマルシアちゃんの表情を見ると、安心したかのような笑顔。この妹のような子は心配性なんです。
過去の縁から今のような関係を築けたことは、私にとって宝物でしょう。
――でも今日のマルシアちゃんは、やけにあっさりと『いつも通りのやりとり』を終わらせて、年齢を感じさせない落ち着いた表情へ変わってしまいました。
「こほん――。それで、ちゃんと木材は確保できているのですよね? 今日は鑑定士を連れてきていますから、厳しい目で見られますわよ」
以前もマルシアちゃんは、そこそこの人数を従えてここまで来ていました。
老紳士と呼びたくなる馭者と、女性執事さん。加えて武器を持ったボディーガードが複数名。これがマルシアちゃんの御一行。
しかし今日は更に鑑定士がいます。彼女が視線をやった先には二人の男女――。
この世界では身分が高い人間の『御付き』は緊急事態でもない限り、主人に並んで立つことすらしません。
これはきっと、エリカが私との主従関係に死の間際までこだわり続けたことにも、関係しているのでしょう。
ただ、今に関しては鑑定士のお二人がこちらへ向かって歩み寄ってきたので、主人の赦しを得ていると判断して私も挨拶を交わします。
まずは身分が下となるあちらから、というのは暗黙の了解――。
これが今の私に必要なのかはわかりません。しかし先に名乗ろうとする二人をわざわざ制止する必要はないでしょう。
ニコ曰く、私は自らの地位を下げずに保つ必要があるそうです。
今の復興ペースなら金品の取り引きがいつ激増するかわからない。そうなれば人の往来が激しくなる可能性もあって、統率者、代表者、いずれにせよ『どんな相手が来ても対等以上に接することができる人がいなければならない』とのことです。
そうは言われても、国王陛下とかが訪れたらどうするのでしょう? まあこんな辺境まで来るはずがありませんけれど。
まずは男性が言葉を発しました。
「お初にお目にかかります。ダリア領で鑑定士をしているエデ・ロールです。こっちは妹のユヤ・ロール」
若いですね。二十台中盤ぐらい? キリッとした目に勢いを感じます。
妹さんはおっとりとした感じで、私と同じぐらいか、ひょっとしたら……。
「ユヤです。よ、よろしくお願いします!」
ガバッと勢いよく頭を下げられてしまいました。
身長はニーナやマリーさんと同じぐらいで高いですし、女性らしい発育も凄く良いみたいですけれど……。どこか、あどけないような?
鑑定士兄妹の兄、エデさんは妹の背中をトントンと軽く叩きました。
「あっ、歳はマルシア様と同じです!」
「え? じゃあ…………………………五歳?」
言い終えた瞬間、マルシアちゃんが「馬に蹴らせますわよ!」と怒ってきました。そのお馬さん、体重五百キロは超えているんじゃないかなぁ。
誰の恋路も邪魔していないのに馬に蹴られて死ぬのは、勘弁して欲しいところです。
「すまない、冗談だ。しかし十二歳で――――凄いな」
思わず胸を見てしまいます。
いいなぁ。人は生まれて十二年で、こうも体にメリハリが生まれるものなのでしょうか……じゃないですね。
「ボクの知る限り、鑑定士というものは高齢の人間が就く職業だと思っていたのだが」
目利きが必要なので、経験が無ければ難しい職業だと聞きます。
「私はその、お兄様の弟子なので」
「しかし領主に頼られているのだろう?」
照れて恥ずかしそうにしているユヤちゃんに代わって、お兄さんが言葉を紡いでくれました。
「僕たちの家は、代々の鑑定士家系なのです。当主の父上が王都へ向かっているため、未熟ながら僕とユヤが同行致しました」
なるほど――。
王都のほうが優先順位が上だというのは当然のことですが。
「マルシアは自分の信じる人間にしか物事を任せませんよ。それはボクが保証できます」
「ははっ。それは責任重大ですね。妹と二人、頑張らなくては」
ふむ。王族たるマルシアちゃんに期待されていると言われても、緊張するわけでもなく、笑って済ませました。
慣れている。つまり経験が豊富であり目は確か――。
まあ鑑定と言っても木材だけですし、きっとマルシアちゃんは十二分すぎるほどの人材を連れてきてくれたのでしょう。
こちらからもニコが前へ出て挨拶を交わし、木材の保管庫へ二人を案内して行きました。
「一緒に行かなくていいんですの?」
「彼女は優秀だ。ボクにはボクのやることがあるし、そろそろ完全に役割を分担できるようにならないと町の動きが滞る」
「へえ……。少し見ない間に、随分とお変わりになりましたのね。以前は自分が全てに関わっていくという気概だったように見えましたが」
「そういうマルシアだって、口調が少し違っていないか? 少し大人っぽいというか」
「これはその……」
言いづらそうに口を噤んだマルシアちゃんに代わって、今度はメイドさんがスッと一歩前へ出ました。
スレンダーで気品を感じる表情。
ポニーテールに結われた栗色の髪からは大人の色香も漂っています。
彼女はしっかりとした発音で言葉を紡ぎはじめました。
「今やダリア領は国境の町です。マルシア様は旧ロメール領をできる限り皆様の手によって復興させてほしいと、王都に出て進言したのです」
「そう……なのか?」
マルシアちゃんに問うたわけですが、まだ口を噤んでいます。そしてやはり、メイドさんが代弁を。
「ロメール領に復興の可能性があるならば、国へ復帰させてから国の手で復興させるべきだ――。そういう意見が噴出する議会で、マルシア様はこう発言なされたのです。
『リタ・ロメールは短い時間で崩壊した領土を復興しはじめた。彼女は必ず自らの力で町を復興させるから、下手な邪魔をすべきではない。旧ロメール領が復興すればダリア領が交易で利益を上げ、国へ還元すれば済む話だ』
――と」
ここが有益である可能性があるとわかれば、すぐにでも国に戻されるのではないかという疑問は持っていました。
その場合、私たちの立場はどうなるのだろうか、とも。
権力者がやってきて今の復興方針を変えてしまう可能性もあったわけです。
「しかし議会の中でマルシア様は飛び抜けて若く、一笑に付されてしまいました。そもそもダリア領そのものが赤字運営を抜け出し切れていない中で、なぜ大口を叩けるのか――とまで言われる始末です。それでもマルシア様は主張を貫き、国王陛下はダリア領を通じて様子をうかがうという判断を下されました」
「そうだったのか……」
「マルシア様は気を引き締めておられるのです」
私はマルシアちゃんの前へ言って、両脇を抱え上げます。
「ちょっ、今言われたばかりで子供扱いはやめ――っ」
そしてギュッと、抱きしめました。
「ありがとう、マルシア」
この小さな体で、私たちのことを守ってくれていたなんて。
「――――当たり前でしょう。妹が姉を信頼することは」
私たちが復興を果たして、ダリア領も赤字を抜け出す。
俄然、やる気が湧いてきました!
マルシアちゃんを地面に降ろして、「それじゃあ、早速ガラス板を見せてほしい」とお願いします。
形や縦横比、厚さとか。
予め情報は得ていますが、実際に見たほうがどうやって建造物に組み込むかイメージが湧きます。
「質の高さは間違いないですわよ」
そう言って先導したマルシアちゃんについていこうとしたところで、「リタ様」と小さく呼び止められます。
メイドさんが、囁くような声で耳打ちをしてきました。
「マルシア様を子供でいさせてくれて、ありがとうございます」
その暖かな声には、『私ではできないこと』という意味も含まれているような気がしました。
きっと、幼いご主人様が無理に大人でいようとすればするほどに、心を痛めていたのでしょう。
「ボクたちの妹は、素晴らしい人に身を支えられているようだ」
思ったままを言葉にすると、メイドさんは優しく微笑んでくれました。




