表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/106

悲劇と管理と友情と、彼女をギュッとね

 ガラス板との交換に使うはずの板を、壁にペッタンペッタンペッタンコと()ってしまった私。

 そんな私を、『ゴゴゴゴゴゴ』と背景に書かれそうな目で見てくるニコ。怖いです。


「に、ニコ?」

「……別に、(おこ)っていませんから」

「凄く怒っているように見えるのだが……」

「怒っていません!」


 ニコが声を(あら)げたことなんて、今まで一度も無いような気がします。

 彼女はやはり珍しく、ほとんど間を置かずに二の句を継ぎました。


「ただ、今後保管庫には(かぎ)を付けます。二度とこの悲劇を()(かえ)さないために。いいですよね?」

「は……はい」


 この悲劇を……って、やっぱりめちゃんこ怒ってるじゃないですか!?

 まあ私としても、かなり久しぶりに、人から怒られているというか……。


「ごめん。ニコ」

「怒っていませんからっ」


 でも……。あのオドオドとして遠慮がちで、大人しかったニコが、これほどわかりやすく感情を表現できている。

 不謹慎ですが、そう思うと、(うれ)しくもあります。


 ――――そして翌日の早朝。

 私は地下室の中で一人、(そで)(まく)りました。


「よしっ。今日は一気に板の()(じゆう)をするぞ!」


 マルシアちゃんが指定した期日も、そろそろ近づいてきています。

 なんでそのタイミングで(ろう)()しちゃったかなぁ、私。

 一度入れた気合いがへろへろと()けてしまい、はぁ、と()(いき)を吐いて(うな)()れた(しゆん)(かん)(とびら)がガタリと開かれました。


「……あの」

「ニコ?」

「はい」

「どうした? さすがにまだ板は……」

「いえ――――」


 昨日の勢いとは打って変わって、いつもと同じように(ひか)えめな調子で言ったあと。

 ニコは地下室の中へ降りてきて、とてとてと()(わい)らしい足取りで私のすぐそばまで来ました。


「あのっ、もしかしたら、無理をして大量生産をしようとしていないかな……と、思ってしまって」

「――ニコは凄いな。……うん、していた」

「ごめんなさい。でも本当に、怒っているわけでは……っ」


 まるで弁明でもするかのように真剣な顔で言ってきた、ニコ。

 昨日の件に関してはどう考えても悪いのは私ですし、彼女は怒って当然の立場。


「いや、謝るのはボクのほうだ。ニコだけじゃない、みんなに迷惑をかけてしまった。本当にすまない」


 私は昨日、ニコを含めた全員へ向かって正直に謝りました。

 誰も咎めようとはしませんでしたが、その理由は様々だと思います。崩壊前の貴族と平民の身分差が邪魔をして怒れなかっただけの人がいたかもしれませんし、決して甘えていいわけではありません。


「それに、ニコはボクに怒っていいんだ。遠慮なく怒られたほうが、ボクには嬉しいんだから」

「え――?」


 でもあの状況は、少なくともニコと私に限っては正しい関係でした。


「ボクには怒ってくれる人が少なすぎる。前は家族がいたし、エリカも(しやべ)ることができたから、(たしな)められることが沢山あった。――けれど今は、その家族がいない。エリカは戻ってきてくれたけれど……スライムだ。以前と同じというわけではない」

「で、でも……」

「しかし。それでも一度だけ、ボクを怒ってくれた人がいる。それも、みんなが見ている前でだ。――ニコだって覚えているだろう?」


 町が(ほう)(かい)した、その日。

 領主の(むすめ)として()()おうとした私に、ガツンと言ってくれた――。


「マリーさん……ですね」

「ああ。――あれが無かったら、きっと今のボクたちはいない。あそこで考えかたを改めることができたから、今がある。……そしてニコが(わた)してくれたココの実の味も、忘れられないよ」


 まるで怒られた私を(なぐさ)めるかのようなタイミングで差し出された、ココの実。

 あれからいくつ飲み干してきたか見当も付かないほどですが、ニコからもらったあの実の味が一番()()しかったことは確かです。


「マリーさんは、元々貴族ですし……。それに、頼りになる人ですから」

「確かにそうだ。でもボクは今、ニコを一番頼りにしている」

「え? ……私、ですか?」

「ああ。なにせボクは(ろう)()(へき)が激しいからな」


 ごめんなさい、本当に。反省します。


「後先を考えないし、計画性もないし、商売なんてやればきっと、すぐに破産するタイプだ」

「そんなこと……」

「ない、か?」


 そんな風に思っている顔ではないですよ。

 私は、この小さな()(たけ)の友人が私の行動に疑問を持ったり、時に本気で困ったりしていることを、よく知っています。


「思ったことを言ってくれていい。ボクはニコを友達だと思っているし、友達に上下関係のようなものを作られて、(えん)(りよ)をされるのは…………。もう、()()りなんだ」


 友達としてずっと(いつ)(しよ)に育ったエリカは、常に主従関係を前面へ()()していました。

 そこに私の(どん)(かん)さというか、本当の関係を()()く力のなさが加わって。

 エリカのことを友達だと(にん)(しき)したのは、(かれ)女が()くなる直前。


「私は、ただの商家に生まれた平民で……」

「元の領土はもうない。ついでに言えば、この場所は国からも見放されて、全てをゼロからやり直しているんだ。――――いや、違うな。そういう()(くつ)ではない」


 同じ女性の視点で見ても()(れん)で守ってあげたくなる、そういう友達。

 彼女の目を見て、ゆっくりと問いかけます。


「最初はただ生き抜いて、それからこの地下室を見つけて復興をはじめて、温泉を()って、(となり)(まち)にまで一緒に行った。――そんなボクたちにはもう、以前の上下関係なんて必要ないんじゃないか?」


 いつかちゃんと言葉に出して伝えようと思っていたのですが、なあなあになってしまって、伝えていなかったこと。

 ニコは今でも私のことを『リタ様』と呼びます。

 だからこれも、ちゃんと言葉にしましょう。


「ニコ。ボクのことはこれから、『リタ』と呼び捨てにしてくれないか?」

「呼び捨て――」

「もちろん、(いや)ならいい。これはただの、同い年の友達からの、お願いだと思ってほしい。ボクがそうしてほしいという、それだけなんだ」

「友達からの、お願い……」


 ニコは(いつ)(しゆん)視線を下げて目を伏せたかと思うと、すぐにチラッと(うわ)()(づか)いで私の顔を一瞥。するとすぐにまた伏せて、また上目遣いで――。

 (わず)かな(けが)れもなくただただ奥ゆかしい瞳で見られる度に、胸がキュッと締め付けられます。

 この子はナチュラルに男の人を落とせそうだなぁ……。いっそ私が()れてしまいそうだよ。


「……はい。では……リタ!」

「だ、()きしめても良いか!?」


 しまったぁぁぁぁぁぁ!

 つい本音が口に出てしまいました。違うんです! これはエリカ的なあれではなくて!


「えっ!? いえ、それは……。えっと、いい、ですけれど」


 いいんだ!?

 ………………………………………………なら、(せつ)(かく)なので。

 ギュっと(やさ)しく抱きしめて「ありがとう、ニコ。嬉しいよ」と伝えたのですが。

 ――これ、なにか友情と違うシーンになっていませんか? 客観的に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ