悲劇と管理と友情と、彼女をギュッとね
ガラス板との交換に使うはずの板を、壁にペッタンペッタンペッタンコと貼ってしまった私。
そんな私を、『ゴゴゴゴゴゴ』と背景に書かれそうな目で見てくるニコ。怖いです。
「に、ニコ?」
「……別に、怒っていませんから」
「凄く怒っているように見えるのだが……」
「怒っていません!」
ニコが声を荒げたことなんて、今まで一度も無いような気がします。
彼女はやはり珍しく、ほとんど間を置かずに二の句を継ぎました。
「ただ、今後保管庫には鍵を付けます。二度とこの悲劇を繰り返さないために。いいですよね?」
「は……はい」
この悲劇を……って、やっぱりめちゃんこ怒ってるじゃないですか!?
まあ私としても、かなり久しぶりに、人から怒られているというか……。
「ごめん。ニコ」
「怒っていませんからっ」
でも……。あのオドオドとして遠慮がちで、大人しかったニコが、これほどわかりやすく感情を表現できている。
不謹慎ですが、そう思うと、嬉しくもあります。
――――そして翌日の早朝。
私は地下室の中で一人、袖を捲りました。
「よしっ。今日は一気に板の補充をするぞ!」
マルシアちゃんが指定した期日も、そろそろ近づいてきています。
なんでそのタイミングで浪費しちゃったかなぁ、私。
一度入れた気合いがへろへろと抜けてしまい、はぁ、と溜め息を吐いて項垂れた瞬間、扉がガタリと開かれました。
「……あの」
「ニコ?」
「はい」
「どうした? さすがにまだ板は……」
「いえ――――」
昨日の勢いとは打って変わって、いつもと同じように控えめな調子で言ったあと。
ニコは地下室の中へ降りてきて、とてとてと可愛らしい足取りで私のすぐそばまで来ました。
「あのっ、もしかしたら、無理をして大量生産をしようとしていないかな……と、思ってしまって」
「――ニコは凄いな。……うん、していた」
「ごめんなさい。でも本当に、怒っているわけでは……っ」
まるで弁明でもするかのように真剣な顔で言ってきた、ニコ。
昨日の件に関してはどう考えても悪いのは私ですし、彼女は怒って当然の立場。
「いや、謝るのはボクのほうだ。ニコだけじゃない、みんなに迷惑をかけてしまった。本当にすまない」
私は昨日、ニコを含めた全員へ向かって正直に謝りました。
誰も咎めようとはしませんでしたが、その理由は様々だと思います。崩壊前の貴族と平民の身分差が邪魔をして怒れなかっただけの人がいたかもしれませんし、決して甘えていいわけではありません。
「それに、ニコはボクに怒っていいんだ。遠慮なく怒られたほうが、ボクには嬉しいんだから」
「え――?」
でもあの状況は、少なくともニコと私に限っては正しい関係でした。
「ボクには怒ってくれる人が少なすぎる。前は家族がいたし、エリカも喋ることができたから、窘められることが沢山あった。――けれど今は、その家族がいない。エリカは戻ってきてくれたけれど……スライムだ。以前と同じというわけではない」
「で、でも……」
「しかし。それでも一度だけ、ボクを怒ってくれた人がいる。それも、みんなが見ている前でだ。――ニコだって覚えているだろう?」
町が崩壊した、その日。
領主の娘として振る舞おうとした私に、ガツンと言ってくれた――。
「マリーさん……ですね」
「ああ。――あれが無かったら、きっと今のボクたちはいない。あそこで考えかたを改めることができたから、今がある。……そしてニコが渡してくれたココの実の味も、忘れられないよ」
まるで怒られた私を慰めるかのようなタイミングで差し出された、ココの実。
あれからいくつ飲み干してきたか見当も付かないほどですが、ニコからもらったあの実の味が一番美味しかったことは確かです。
「マリーさんは、元々貴族ですし……。それに、頼りになる人ですから」
「確かにそうだ。でもボクは今、ニコを一番頼りにしている」
「え? ……私、ですか?」
「ああ。なにせボクは浪費癖が激しいからな」
ごめんなさい、本当に。反省します。
「後先を考えないし、計画性もないし、商売なんてやればきっと、すぐに破産するタイプだ」
「そんなこと……」
「ない、か?」
そんな風に思っている顔ではないですよ。
私は、この小さな背丈の友人が私の行動に疑問を持ったり、時に本気で困ったりしていることを、よく知っています。
「思ったことを言ってくれていい。ボクはニコを友達だと思っているし、友達に上下関係のようなものを作られて、遠慮をされるのは…………。もう、懲り懲りなんだ」
友達としてずっと一緒に育ったエリカは、常に主従関係を前面へ押し出していました。
そこに私の鈍感さというか、本当の関係を見抜く力のなさが加わって。
エリカのことを友達だと認識したのは、彼女が亡くなる直前。
「私は、ただの商家に生まれた平民で……」
「元の領土はもうない。ついでに言えば、この場所は国からも見放されて、全てをゼロからやり直しているんだ。――――いや、違うな。そういう理屈ではない」
同じ女性の視点で見ても可憐で守ってあげたくなる、そういう友達。
彼女の目を見て、ゆっくりと問いかけます。
「最初はただ生き抜いて、それからこの地下室を見つけて復興をはじめて、温泉を掘って、隣町にまで一緒に行った。――そんなボクたちにはもう、以前の上下関係なんて必要ないんじゃないか?」
いつかちゃんと言葉に出して伝えようと思っていたのですが、なあなあになってしまって、伝えていなかったこと。
ニコは今でも私のことを『リタ様』と呼びます。
だからこれも、ちゃんと言葉にしましょう。
「ニコ。ボクのことはこれから、『リタ』と呼び捨てにしてくれないか?」
「呼び捨て――」
「もちろん、嫌ならいい。これはただの、同い年の友達からの、お願いだと思ってほしい。ボクがそうしてほしいという、それだけなんだ」
「友達からの、お願い……」
ニコは一瞬視線を下げて目を伏せたかと思うと、すぐにチラッと上目遣いで私の顔を一瞥。するとすぐにまた伏せて、また上目遣いで――。
僅かな穢れもなくただただ奥ゆかしい瞳で見られる度に、胸がキュッと締め付けられます。
この子はナチュラルに男の人を落とせそうだなぁ……。いっそ私が惚れてしまいそうだよ。
「……はい。では……リタ!」
「だ、抱きしめても良いか!?」
しまったぁぁぁぁぁぁ!
つい本音が口に出てしまいました。違うんです! これはエリカ的なあれではなくて!
「えっ!? いえ、それは……。えっと、いい、ですけれど」
いいんだ!?
………………………………………………なら、折角なので。
ギュっと優しく抱きしめて「ありがとう、ニコ。嬉しいよ」と伝えたのですが。
――これ、なにか友情と違うシーンになっていませんか? 客観的に。




