ここらで一枚、ガラスが欲しい。
マルシアちゃんが腰の横に手を当てて、平たい胸を張ります。
「ぜんっぜん復興できてないじゃない!?」
威張った感じで体を大きく見せる姿は、相変わらず愛らしいですけれど。
土にまみれ、汗にまみれ、懸命に頑張って、交易で手に入れた茶葉で定期的なティータイムをとり、毎日ゆったりと温泉に浸かる私たちに向かって失礼なことを言っています。
そんなことを言っちゃう子は、黙って両脇を抱えて、持ち上げてやりましょう。
「たった三ヶ月になにを求めているんだ? おチビさん」
「離せぇぇぇっ! っていうかチビとか言うな!」
「ボクたちはゼロから町を作り直しているんだ。いきなり文句を付けるほうが悪い」
「このボクっ子!」
うぐ……。
「おとこおんな!」
うはあ……。
「ぺったんこ!」
ふーん……。
失礼なだけじゃなくて、お姉ちゃんに対する言葉遣いが悪すぎですね。本物のまな板さんに言われるのも心外ですし。
エリカならビリビリの刑(ご褒美)ですけれど、さすがに洒落にならないかな。
なにか良い方法は……。
おっと、丁度良いところでマリーさんが来てくれました。
「マリー、マルシアの足を持ってくれ。ブランコの刑に処する」
「ん? ああ、わかった」
「ぬぁっ、やめっ――。マリーもなんですぐに了承した!?」
私が両手を持って、マリーさんが両足を持って、左右にブワンブワン振り回します。
「こわ――っ、やぁめぇぇぇろぉぉぉぉぉッ!!」
地味ですけれど割と怖いようで、三十秒ぐらい続けると息を切らしながら黙ってくれました。
そのまま地面へ寝かせます。放り投げられないだけマシです。
「あわわわわわ、お二人とも、王族のかたを相手になにを!?」
ターシャが青ざめた顔で言ってきますが、お姉ちゃんズとしては上下関係を物理攻撃で教えることも、時には必要なわけです。
「気にすることはない。ボクたちはいつもこうだ」
「妹のようなものだからな」
私とマリーさんが言った言葉に、「むしろ兄が二人いる気分なんだけれど!」とマルシアちゃんが言って、もう一回ブランコーっ。
「う……吐きそう……」
もう文句は言えなさそうなので、十分でしょう。
「ああ、そうだ。折り入ってダリア領の領主に頼みたいことがあるんだが」
「頼みごとがあるのに、こんな目に合わされたの!?」
「取り引きをしたい」
「お断りですぅぅぅぅっ!」
ベーッと舌を出して、本当に幼児みたいな態度で断られてしまいます。
でも――。
「どうやらロメールで収穫できるココの実は、成長に良いようだ。千年前の人類は現代人に比べて身長が高かった記録もあると聞く」
「一つ頂けますか? 取り引きも含めて、詳しく聞かせてもらいましょう」
妹なので、弱みはバッチリ握っています。
とりあえず来客用の家へ案内して、ガラス板の件を説明。
「なるほど……。確かに観光を資源と考えるなら、洞窟のように閉鎖的な建物は得策ではありませんわ。ダリア産の板ガラスは高精度で透明度も高いことが売りですから、条件に一致するでしょう」
「しかし高価だろう?」
「もちろん。体積で言えばジュラの木と等価ぐらいはします。普通の木板に対しては倍から三倍の程度でしょう」
……ん?
ジュラの木なら近くの森で豊富に育っているようですし、普通の木なんてそれこど大量に茂っているわけで。
なにせ千年も放ったらかしですからね。
「原木で良いなら、いくらでもある」
「さすがにただ伐り倒しただけの木では運べないでしょう」
「ならば、板になっていればどうだ?」
「そこまで加工して頂けるのなら、ジュラの気の標準木を一とした比重で計算すれば良いですわ。ダリア領としても木工の話には興味があります。旧リオネロ領から溢れた難民を受け入れるためにも、木材が豊富にあれば町のあり方を変えられる可能性がございますので」
人口は増加の一途。
住む場所が足りなくなるという問題には、どの町もいずれ直面することだったのでしょう。
マルシアちゃんは更に続けます。
「町単位での破壊活動は一旦収まったようです。たちの悪い可燃性ガスを広めた犯人がどこのどなたかは存じませんが」
「まだ見つかっていないのか」
「ええ。もっとも、ドナテルド・リオネロをきっかけに地下水道の上流にある町の領主を尋問にかけたところ、全ての領主がそれぞれに自白をしました。国としてはそこから犯人へ辿り着けると考えたようですが――。今の時点では、十代中盤の少年、というところまでしかわかりません」
「子供……?」
「成人としては身長が低く、声変わりをしていなかったそうですから。もしかしたら十代前半かもしれません」
「ボクと同じぐらいか、それ以下か――」
「そのあと、崩壊した町にも立ち入り調査をしたのですが」
「ここには来ていないぞ」
「旧ロメール領は独立を宣言した状態であることが、まず一つ。そしてこうして私が出入りすることを、視察に含めてもいます。もっとも、全力で引き留められましたけれど」
なぜ国が領土を手放したのか。
残る町の守りを固めるためだけではなく、どうやら崩壊の原因がわからない状況で『未知への恐怖』があったようです。
この場合の未知は神の怒りなどを含めます。
私たちは崩壊後ずっとここにいるので、そういうことを考えはしませんでしたが……。王族でありダリア領の領主でもあるマルシアちゃん自らが赴くには、危険だとされたのでしょう。これは素直に頷ける話です。
「本当はもっと早く来たかったのですが。自白を待つことになって、このタイミングになりました」
しかし領主の自白が相次いだことで、神の力ではなく人災であると判断したのでしょう。そしてようやく調査に入った――と。
「調査結果は出ているのか?」
「速報だけ。――やはり、『爆発で壊れたとしては、土が真下へ落下しすぎている』という話になっているようです」
これは以前私たちがダリア領へ伺った際に、マルシアちゃんへ相談した話でもあります。
爆発で吹き飛んだのならば、崩れた土が建物のあった場所にそのまま山として残るのは少々おかしいわけで。
もっと散り散りになっているほうが自然でしょう。
「つまり、レコブロックの固形化やスライム成分による接着を解除した可能性がある――ということだな」
「そういうことですわ」
神の力とされる現象を解除する、謎の少年。
うーん……。
「それから木工品ですが、これらは使用可能な状態でも土に還りやすいことがわかりました。加えて、どうやら崩れたレコブロックというものは、まるで飢餓状態にあるかのように『生きていなければ使えるものでも吸収する』ということのようです」
「土にも栄養が必要……ということか」
「本来なら生物の死活が栄養の循環になるのでしょうけれど、建物となった土はもう千年以上その恩恵に授かれていなかった――」
「なるほど。メンテナンスというか、定期的な立て替えが必要だったのかもしれないな」
「ええ。まあ千年という長い単位ですから、百年に一度とかで構わないのでしょうけれど」
木工品は吸収されやすい。
でも『欠かせない役目』が残っていれば、エリカがクリーニングを頼んだ衣類を守った木箱や井戸の汲み上げポンプのように、役目を果たすまでの間、生き残ることもある……。
どうも生物的な生死に加えて、別の判断基準がありそうです。
これこそ『神のみぞ知る――』、と言ったところでしょうか。
「――わからないことを、今ここで考えても仕方がない。取り引きの続きをしよう」
「同感ですわ」
それからニコを交えてガラス板と木板の物々交換を交渉。
体積を一対一とし、ガラスに対して比重の安定しない木材は、マルシアちゃんの言うとおりジュラの標準木を一とした比重を掛けて計算。
この子、頭は良いんですよね……。
飛び級少女のニコと思考速度が噛み合うのか、もの凄い勢いで物事が決まっていきました。さすがに十二歳で領主を務めるだけのことはあります。
日が沈みかけた頃になって、ダリア領へ帰るマルシアちゃんを見送るために全員が集まりました。
「また、すぐに来ます」
「寂しいのか?」
「まさか――。私にも到達しなければならない目標がありますので」
マルシアちゃんは、この年齢ですでに領主としての務めを果たしています。
両親が出張先の流行病で亡くなって、十歳で家を継ぎ――。
最初は摂政のような人がマルシアちゃんの権利代行者に就いたのですが、マルシアちゃんは二年近い歳月をかけてこれを拒否。
どうもその人は、領民よりも自己利益を優先する人だったそうで……。
マルシアちゃんの両親は領民と国家の繁栄に尽くしていたため、その意思を引き継ぐにはマルシアちゃんが領主となるしかなかった――と。
それでも両親のように上手く治められているわけではなく、摂政の役割をしていた人の悪政と横領も明らかに。
ダリア領は国に税金を納める立場から、国税を分け与えられてようやく成り立つ立場へと変わってしまいました。
「ロメールが本格的に国として成り立てば、ダリア領の財政にも寄与できるだろう」
「ええ。ここから見るとリオネロ領よりは遠いですが、とりあえず国境の町になりましたから。貿易拠点としても機能させるつもりです。そのためにも……」
「ん? どうした」
マルシアちゃんは少しの間、俯いて、顔を上げると涙を溜めながら笑っていました。
「リタ姉様も、マリー姉様も、絶対に挫けないでください。――それでは、また」
来たときと帰るときだけは、年齢なりの表情でした。
『絶対に挫けないで』――ですか。この言葉は、お姉ちゃんとして、重たいなぁ。
私やマリーさんよりも早くに両親を亡くして、それでも気丈に振る舞い続ける彼女に負けていては、お姉ちゃんの名折れです。
「頑張る理由が増えたな、マリー」
そう言ってマリーさんの顔を見たのですが――。
普段の快活な表情はなりを潜めて、複雑な心中を隠さないような顔をしていました。
更に眉根を寄せて、真剣な声音で語ってきます。
「実は、相談したいことがあるんだ」
そしてマリーさんは『医学をこの場所で学ぶことはできない』と言って、しばらく経ったあとの旅立ちを表明しました。
――崩壊で、全てを諦める必要はない。
そう言い続けているのは他でもない私です。
それぞれが歩む道を選び、一度は袂を分かつものだったとしても。
永遠にさようなら、というわけではないですから。
気兼ねなく旅立てるように笑顔で送り出したいところです。




