ラーメンは固めです
「げほっ――。危なかったな……」
体中が土まみれ。下手をすれば窒息死するところでした。
日本に生きている頃に、趣味程度にでも建築を学んでおけばよかったのですが。
隣で同じく土まみれとなったニコが、冷静に言います。
「正方形だとして、内寸で六十四平米の中に柱が一つは必要なようですね」
私たちは今『どこまで柱無しの空間が作れるか』を実験中。
いくらレコブロックが地盤化しても、適切に支えを入れなければ崩れるのではないか。そうなれば危険が――という安全上の疑問からはじまったのですが。
「この実験は危険さー……」
「本当だな。うわっ、服の中まで土が」
「ボクも、久しぶりに命の危険を感じた」
まずは実験用に柱のない二階建てを作り、ニコに加えてニーナ、マリーさん、私が二階を一緒に歩いてみて、床の強度をチェック。
最中に建物が崩落しました。
その音を聞きつけたターシャたちが助けてくれたことと、上階が無かったことが幸運でしたが……。
次からはしっかり見守ってもらいながらやります。本当に窒息してしまいますから。
それでも発見はありました。
「うわぁ――。壁も何にも残ってないさ」
普通の建造物なら床が抜けても壁や天井は残ると思うのですが、総崩れです。
ニーナに続いて、マリーさんが
「あの日にも感じたことだが、押しつぶされるだけの重量もある。崩れた瞬間に軽ければ、あれほどの死者を出さずに済んだかもしれないが――」
と、物憂げに語りました。
更に続けます。
「数秒で軽くなるのを感じたが、いくら軽い土と言ったって仰向けに一メートルも埋もれれば、自力脱出はほぼ不可能だ」
「それは俯せでも無理さーね……」
足元から崩落したのでバランスを崩し、身を守る姿勢を取ることもできずに押しつぶされてしまいました。これでは、埋まった時点で腰の骨を折った人がいても不思議ではありません。
「ふむ――。そういえば今の作りかたは、壁式構造だな」
「壁式?」
私の呟きに、ニコが応じます。
「ああ。簡単に言えば壁の『面』で建物を支えるという発想だ」
「違う方法もあるのでしょうか?」
「前の世界では『ラーメン工法』というものがあった。そっちのほうがブロックの使用数は減るはずだ」
ラーメン工法のラーメンは、食べ物でお馴染みのあれではなくて、ドイツ語由来の建築用語です。
『枠』や『額縁』を意味していて、その名の通り、建物の枠だけを丈夫な構造体で作って、壁は構造体と見なさない――というもの。
「身近なもので言えば、椅子やテーブルの足がそれに当たる」
「あっ、確かに。足だけで支えているのに、凄く丈夫です」
「壁式は箱のように全体を包み込む方法で、ラーメンは骨組みだけで支える工法だ。そしてラーメン工法にとって重要なことは、骨組みの一体化――」
力が加わっても全く分離しないほど強力に接着されていなければなりません。
これはエリカのネバネバ接着剤でクリアしているように感じられます。崩落も、接着面が外れるということはなく起こりましたし。
「……レコブロックはまだまだあります。少ない使用量ですむ方法があるのなら、やってみましょう!」
力強く言うと、ニコが率先してレコブロックを動かしはじめました。彼女に積極性が出てきていることは、とてもうれしく感じられます。
私も負けてはいられません!
――――そんなことをしながら、三日が経ちました。
「できたな」
柱と梁。枠だけで作って壁のない、スッカスカの二階建てラーメン工法。
建物を見上げるニコが、不安げに言葉を口にします。
「理屈は理解しているのですが……。これで本当に、強度が出るのですか?」
まあ、ばっちり壁で支えられている建物と、柱と梁でしか支えられていないスッカスカの建物を見て、直感的に『スッカスカでも大丈夫だ!』とはなりませんよね。
「椅子を見れば、座面の裏には横向きに走る補強があるはずだ。これが梁になる」
「本当に、大きな椅子を作る感覚なのですね」
「ああ。そして梁の部分は天井から下へ出っ張ることになるから、高さを従来の三メートルから四メートルに変更した。こうすれば出っ張った梁の部分でも三メートルの高さが確保されるから、閉塞感は出ないはずだ」
「確かに、以前より開放感があります。観光地を目指すなら、このほうが良いかもしれませんね」
「――――そう。開放感が欲しいというのもあったんだ」
私の呟いた言葉に、ニコは小首を傾げました。
「窓を付けたり穴を開けるだけではダメなのでしょうか?」
「極端な話になるが、この工法なら壁を一面ガラス張りにすることもできる」
「それは……見たことも聞いたこともないですね」
壁は木で作る。
もちろん基本路線はその方向で考えますが、せっかくラーメン工法で壁を自由に作れるようになったのに木の壁で蓋をしてしまうのでは、レコブロックの消費量削減にしか意味がなくなります。
でも、もしもそこに壁一面の大きな窓を設置することができたなら。
一気に開放的になって、前世で言う近代建築に近付きます。私の知る限りでは、王都にもそのような建物はありません。
「ニコ、板ガラスの値段は知っているか?」
「大雑把に……ですが。木の枠に丈夫なガラスを嵌め込んだドアは、四百万ソルで取り引きされていました」
「四百万ソルか。やはり高いな」
「壁一面となると数千万ソルに及ぶでしょう。仮にその代金を用意できたとして、商売としては難しいとしか……」
開放的な造りとするには、ガラスが必要不可欠。
しかしこれは『投資』でもあるわけで、あとで回収できないのなら、やる必要はないわけです。
「旧リオネル領の炭鉱では、ガラスの原料が取れていたな」
リオネロ領、今は国が直轄することになりました。
ドナテルドは罪人として王都へ連行されたそうです。それだけのことをしたのだから、当然の報いでしょう。
「はい。原料はダリア領へ運ばれて加工されます。あそこはガラスの名産地ですから、協力を仰ぐことはできるかもしれません」
「なるほど――」
丁度そういう話をしていると、ターシャが「リタ様ーっ」私を呼びに来ました。
「どうした?」
急用なのでしょうか。息が切れるほど急いで走ってきたようです。
「ダリア領のマルシア様がお見えです!」
「あー……、なら丁度いい。少し取り引きをしてこよう」
「わえ、王族のかたと直接言葉を交わせる日が来るなんて、夢にも思いませんでした……っ!」
ターシャは王族貴族に憧れる気持ちが人一倍強いようです。
この感じだと、私やマリーとマルシアちゃんの関係を知ったら卒倒しかねないなぁ。
「ニコも一緒に来てくれ」
「はいっ」
取り引きなんて意気込んで言っちゃいましたけれど、今のロメールに高価なガラス板との取り引き材料なんてあるかなぁ。




