ごはんたべたい
大きくて重そうな、濃い色の木製テーブル。
優に十人以上は座れるでしょう。
そこにシンプルな装飾の施された白磁の食器が並びます。
大皿には野菜と魚介を炒めたもの。更にスープ皿に温かいスープと、小皿にはほかほかで柔らかそうなパンが用意されています。
――――――ごくり。
「本当に、どうしましたの? まるで飢えているみたいですわ」
「あー……。本当に飢えていたんだ。二日半ほど、食事を取っていなくて」
「二日半!?」
聞いたマルシアちゃんはすぐにシェフを呼び寄せて、小声で指示を出しました。たぶん、おかわりの準備です。
小さくても、まだ十二歳でも、こういう気配りはしっかりしています。
「理由を聞かせてくださいな」
「驚かないでほしいのだが――。リオネロ領の領主、ドナテルドの手によって、ロメール領は破壊された」
「なんですって!?」
「井戸の地下水道に可燃性ガスを流して、下流のロメールへ――。そして爆発をさせて井戸を中心に全ての建物が崩壊し、領民は生き埋めとなったんだ」
井戸の地下水道。
これは領主の私でも知らなかった情報ですが、さて、マルシアちゃんはどうかな。
「なるほど。やはりその方法で――」
「やはり?」
「いえ、それはまた追い追い。……それで、どれぐらいの犠牲が?」
「一万人を超えた。生き残ったのは、八人だけだ」
「…………そう。それは、大変でしたわね。ではお父様やお母様、エリカさんは……」
両親が生きていれば、私が先頭に立って行動することはない。エリカがいれば、ついてくるはず。
それが両方ともないということは――と、彼女は頭を働かせたのでしょう。
すでに覚悟をした声の調子でした。
「三人とも、亡くなってしまった。父と母はおそらく家の中で。エリカは私を守るようにして、目の前で……」
「――ドナテルド=リオネロの悪い噂は目に余るほどでした。でもまさか、そんなことをするとは……」
「私たちは昨日の晩までリオネロ領に立ち寄っていたんだ」
「復讐……ですか?」
「それほどのことはしていないつもりだ。まあ、愛蔵の調度品を破壊して、脅しをかけて自白させるぐらいのことはしたが」
「ふふっ。それでこそリタお姉様。さすがですわね」
うーん。この子の中で、私はどういう人物像なのでしょうか。
マルシアちゃんが悪いことをしようとしたのを何回か怒って止めたことがあるので、その印象が残っているのかもしれません。
それからはドナテルドの悪行を、知る限り全て、打ち明けます。
「領民の追い出しに、怪しい薬――。わかりました。すぐに国軍を派兵して、実態の調査をおこないましょう。少数になってしまうとは思いますが、どうにか頼み込んでみますわ」
「ああ。そうしなければリオネロ領で暮らす人々は救われない」
「それで、ロメール領のことなのですが……」
私たちには二つの目的があります。
一つはリオネロ領の現状を報告し、そこの民を今の状況から解放させること。
そして二つ目は、復興への協力依頼です。
――しかしマルシアちゃんは深刻そうな顔で、二の句を継ぎます。
「まずはドナテルドが暴走をする前に歯止めをかけられなかったことを、謝罪致します。謝って許してもらえるなどとは思っておりませんが、本当に、申し訳ありませんでした」
「マルシアが謝ることではない。ドナテルドの暴走、特に地下水道を使った破壊行為なんてきっと、誰にも考えつかなかった」
千年間ものあいだ、平和であり続けた世界。
私だって隣町の悪い噂は耳にしていましたが、まさかここまでのことになるなんて、想像もしていませんでした。
「いえ……。実はここ数日で、同様の報告が幾つか上がっているのです」
「――――――なんだって?」
「地下水道に空気よりも比重の高いガスを流し込んで、下流の町を爆破、崩壊へ導く。この手法で元の姿を失った町がすでに、三件。ロメール領は四件目です。そういう状況でドナテルドを放置した私には、確実に責任があるでしょう」
全くもって十二歳とは思えないしっかりした考えと、責任感。
……でも、今聞いた話が事実ならやっぱり、マルシアちゃんが責任を感じる必要はありません。
「実際に爆発があったのは十四日ほど前だ。ここ数日で報告が相次いだのであれば、マルシアが情報を得るよりも前だったことになる」
「そう……かもしれませんが。――――――え? 十四日って、食料や水分はどうやって摂取を?」
「ココの実を中心に、栄養を補給していた」
そして復興を決意するまでの仮定や発見したこと、私の雷体質も偽りなく説明。
いつの間にニーナは三回目のおかわりを。マリーは二回目。ニコですら一度、おかわりをしました。
私は話しながらで手と口が止まりがちなので、あとでたっぷり頂きます。だってお腹空いていますから!
――――――しかし、何故でしょうか。胃がビックリするほど美味しいと期待していたシェフの料理なのに、それほど満たされた感じがしません。
「なるほどですわ。――――でも、申し上げにくいのですが」
「どうした?」
「実は今日、王都より通達があったのです。
『謎の可燃性ガスを売り歩く人間が国を脅かしている。王都と王族直下の管理にある町は国軍が防衛を。それらを除く全ての領は自主防衛策を。そして不幸にも被害に遭ってしまった領は、生存者を国で保護し、領土は一旦国の管理外とする』
…………そういう、話でした」
被害に遭ってしまった領は、国の管轄外。
それは国家から切り離されることを意味します。
「防衛のために資金と人員を回さなければならない――ということか」
「そうなのです。ですから、心苦しいのですが……」
これは予想外でした。
まさかロメール以外にも被害を被った町があって、国家レベルで大混乱しているとは。
インターネットどころか電話もないこの世界において情報伝達速度というのは、非常にゆっくりしたものです。
「――わかった。ではロメール『領』と名乗ったところで、すでに意味を成さないわけだ」
「ええ。すみません、リタお姉様」
「生存者は受け入れると言っているのだろう? それに、守れる限りを確実に守ろうとする国の姿勢は、間違いではない」
「では、リタお姉様たちは全員、生存者保護――という形でよろしいでしょうか?」
それは安定するかもしれません。
でも、もう決めたこと。
「いや、その必要はない」
「どうしてですの?」
「これからロメール領は、国家を目指す」
「国家!? 一から国を立ち上げる気ですの!?」
「だからダリア領とは友好関係を築いていきたい。そういう形ならば、協力してもらえるだろう?」
呆気にとられた表情でそれを聞き終えたマルシアちゃんは、次いで優しく表情を崩して、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「お姉様、少し変わられましたね」
「ボクが……か?」
「ええ。以前よりもずっと活き活きしておられます。今のほうが、素敵ですよ」
こうして私たちは、お腹を満杯にして国家樹立を宣言し、ダリア領との親交を深める約束をしました。
あ、あとお土産にとても美味しそうな焼き菓子を沢山……。
馬車の中で食べきらないように注意しなくては!




