幸せな人
トム爺さんを置いてきた公園へ戻り、領主ドナテルドに書かせた『金品返却証』を差し出します。
「お、お前さんたちは一体……? そっ、その胸の紋章は!?」
あ…………。胸元、開けたままでした。
これはこれは見窄らしいものをお見せしてしまい……見窄らしくなんてないですからね!? 谷と山…………お、丘ぐらいなら、ありますから! その、なだらかな……。
「えー……と」
「なぜ、ロメールの娘さんが」
「実はその、ここの領主に町を滅ぼされてしまって……」
さすがに領民に知られているはずもありませんね。
ぽかんと口を開けるトム爺さんに、事情を全て打ち明けました。
「まさか、そこまで人道に外れるとは……。いやしかし、お前さんたち、そんな事情を抱えておったのにワシなんかを相手にしておったのか」
「ロメール領が復興するには、木工が鍵になります。お爺さんの仕事を間近で見られたことは、どんな復讐よりもずっと価値があるものですよ」
「…………たまげた。おぬし、本当にまだ十五なのか? ロメール領の領主様は、立派な子育てをされたものじゃな……」
うーん。まあ前世と通算すると三十年なんかとっくに過ぎているわけで、ある意味もうおば……ゲホン。なんでもありません。ピッチピチです。
「――少し、ついてきてくれぬか。この町で暮らした人間として、せめてもの願いがある」
そう言ってトム爺さんは、私たちを自分のお店へ連れ、警備に当たっていた人間に証明書を見せました。
するとすぐ、警備をやめて店を放棄。
直筆とは言え脅していたので、ブルッブルの手で書かれてしまい、もしかしたら疑われるかな……? と思ったのですが。
領主に仕える人間が領主の筆跡を覚えるのは、当然の務め。領主も、それようにわざと特徴的な文字を書きます。
とはいえ仕事でやっているだけですから、自分のマイナス評価にならないとわかれば必死になる理由もありません。ドライなものです。
「すぐに用意する。待っていてくれ」
言い残して、慣れた様子で店内を歩いて回り、色々な種類の木工ノミや油、塗料をひとまとめにしました。
私に向けて袋を差し出し「礼じゃ。受け取ってくれ」と言います。
「いえっ。だってお金も一杯……っ。それにこれは、お爺さんの大切な道具ですよね?」
「職人というものは、同じ道具を三つも四つも買ってストックを作っておくものじゃ。予備を譲るだけに過ぎぬ」
同じ道具を三つも四つも……。
「わかります!!」
「なっ、なんじゃ急に」
そう。
なんならチェーンソーだってあと一台や二台、気軽にポチポチッとしておけばよかったんですよ♪
……はい。私は職人じゃないです。はい。
早めにお金をニコに預けましょう。財務相散財部なんてはた迷惑なものは解体です。
「……して、宿は取ってあるのか?」
「いえ。もう用は済んだので、少しだけ買い物をしてからすぐに引き返そうかと」
夜でも開いているお店がどれぐらいあるのかわかりませんが、崩壊前のロメール領に比べてもガス灯が多くて『眠らない町』の雰囲気が出ています。
大人数を効率重視で働かせるならば、夜勤は当然……。そのためには覚醒剤のような薬さえも売り付ける。
うーん……。
「そうか。ワシも朝には出発するとしよう」
そう言ってトム爺さんは一つ、小さな四角い木枠に入った写真を、そっと大切そうに両手で持ちました。
「あの……、ひょっとして」
「亡くなった妻の写真じゃ。いきなり追い出されてしまって、一人寂しい想いをさせてしまったよ。――これだけは、どうしても失えなかった」
この世界、グリフィールドの写真は、とても高価で珍しいものです。
というのも持ち運びができる写真機がなく、基本的には王都でしか撮ってもらえません。
そういう理由もあって、写真は王都旅行の記念品として好まれます。
「こんな仕事をしていると、店を離れるのが難しい。しかし一度だけ、子供たちを連れて王都まで足を伸ばした。――そのときの写真じゃ」
「……とても綺麗で、優しそうなかたです」
「くくっ。天国で舞い上がるあいつの姿が、目に見えるわい」
私の言葉なんかよりも、今のトム爺さんの表情を見ることができたら、もっと喜ぶと思います。
愛した人がこんなに嬉しそうに写真を抱きしめてくれたら、死んだあと、これ以上の幸せなんてないでしょう。
…………私とエリカは転生をしましたが、もし『愛する人ともう一度一緒になりたい』と願ったら、転生のタイミングとかが色々と変わるのかもしれませんね。
――夜道を馬車に揺られ、私たちは空腹を誤魔化しながら会話をします。二日ぐらいご飯食べてない!
でも、思っていたほどの強烈な空腹というわけでもなく……。これもココの実の力でしょうか?
この世界には不思議が溢れています。
――――そして一つ、わからないことが。
「みんな。今回の件でも思い知ったけれど、お金は大切なものだよな」
マリーさん、ニコ、ニーナはそれぞれ首を縦に頷きました。
「しかしロメール領にあったはずの硬貨や紙幣は、一つも残らずに土へ還ってしまっている。これはどういうことだろうか」
私たちは『お金があると争いが生まれる説』や『町が崩壊したから使う場所がなくなった説』について話し合いましたが、結局、どれもしっくりとくる仮説にはならず。
深夜の馭者の交代順だけを決めて、それぞれ、ゆっくり休みました。
今は私の番。
領主の娘だから――なんて一切言わずに遠慮なく交代してくれることが、なんだか嬉しいです。
「よろしくな。えーっと……」
そういえば馬の名前が決まっていませんね。もうお別れすることはないわけですし。
馬……ポニー……。ま、この世界に英語はないから、これでいいでしょう。響きも可愛いですし。
「それじゃあ、ポニー」
…………片手でチェーンソーなんて持ったものだから、右腕がプルプル震えています。
よくこの細腕で、あんな危ないことをできたなぁ。
二度と愛する電動工具を武器になんてしたくない――と、心から願いました。
「行こう。ロメール領の反対側へ!」
ロメールは辺境の町。王都向けにはまずリオネル領があり、次いで『ダリア領』があります。
そしてダリア領の領主は、貴族ではなく王族。
行き帰りにかかる時間は予定の半分程度ですし、元々五日から七日ぐらいを予定して出発していたので、遠回りをしても心配は掛けないでしょう。
――少し、お話を聞いてもらったほうがいいと判断しました。




