悪い領主
領主のリオネロ邸は、この町で唯一の慣れた場所です。
「止まれ!!」
正門の前で槍を持った門番に止められるのは、初めてですが。
女の子の集団に二人がかりで槍を構えるなんて、物騒な人たちですねぇ。
トム爺さんにこの話をしてしまうと、間違いなく止められてしまうので。『王都からの命で、領主に話さなければならないことがあるんです』と伝えて、近場の公園で待っていてもらうことにしました。
王都からやってきたという一つの嘘が、沢山の嘘を重ねることに……。あとで全てを説明して、謝らないといけませんね。
「身分を証明しろ」
この世界の身分証明は、物ではなく、特殊なインクを使って肌に刻む紋章――。
エリカの場合はうなじにありましたが、私の場合は胸元にあります。
これは場所によっても意味が違い、胸元は領主、うなじは使用人、右腕は医師、王族は額。
国の決まりです。
「胸元にロメールの紋章……っ!?」
こういう時は自分が男の子みたいな性格でよかったと思います。
シャツの胸元をはだけさせたところで、今は羞恥心の一つも持ちませんので。
「馬車を返しに来た。通せ」
「はっ!」
立場を利用させてもらいます。
一人の兵が敬礼をして、もう一人の兵は伝令に行きました。
ゆっくり馬を歩かせて中庭を歩き、邸宅の扉近くまで接近。
妙に露出度の高いメイド服姿の使用人に招かれて、私たちは領主ドナテルドの執務室へ通されました。
シンと静まった部屋で、嫌な顔の肥えた豚みたいなオジサンが、一人で立っています。
「ほう。領主の娘、自らがやってくるとは。それほどワシの嫁になりたかったのか?」
下卑た声。
あーあー、ありましたねぇー。そんな話。
この、ロリコン犯罪者……っ。
「馬を返しにきた。借りた礼は、この通りだ」
「ほう……。四百万ソルはあるな。崩壊した町でかき集めた――と言ったところか。…………しかし男勝りとは知っていたが、口が悪い。ワシの嫁になる気があるのなら、まずは言葉遣いから直してもらおうか」
十五歳の女の子に向かって、何を言っているんですかね? 気持ち悪いです。
お互いに愛情があるなら純愛かもしれませんけれど、権力と金と、沢山の命を奪う破壊行為でこの状況を作り出しているわけですから、本気で吐き気がします。
それと、重さで瞬時に金額を量るところはさすがですが、入手ルートは外れですね。
まあ、まさか私たちが物を売る状態にあるとは、思いもよらないでしょう。ろくな建物もない中でサバイバル生活をしていると考えていたはずですから。
「町を崩壊させて一万人の領民を殺した。その犯人に娶られる気があると思うのか?」
「ははっ、殺すなどと人聞きの悪い。証拠でもあるのか?」
「地下水道に可燃性ガスを流したな?」
「その方法ならば、ここより上流のどの町でも実行可能だ」
「なら、ここより上流に住む領主を一人ずつ脅して、調べ上げてやろう」
たかが女子供、と思っているのでしょう。ぐぁっはっはっは――と高笑いを浮かべています。汚い笑い方だよ。
「マリー、例のものを」
「はい」
私が合図を送ると、ドナテルドは舌で唇を舐め、イヤラシい目でマリーのことを見ます。
「んー? 『まだ四人いるから助けてくれ』と、泣いて懇願してきたマリーではないか。どうした? 今日も泣いて助けを請えば、お前だけは許してやっても構わんぞ」
言われたマリーは一瞬ピタリと動きを止めて、でも再び動き出すと、私の要求した『もの』を布袋から取り出して持ってきてくれました。
「なんだ、それは」
「ふふふっ。知りませんか? まあ私が趣味で集めたものですから、知らないのも無理はないですね」
あれ。普通に声が出てる。
まあいいや。今はそんなことより、左手でコードを握って、右手のスイッチをオン♪
ギュィィィィィィィィンと唸りを上げて、刃が高速回転をはじめます。
「なっ、なんだそれは!?」
「チェーンソーと言います♪」
「ちぇ……ん?」
未知の力とか異能ほど怖いものはないですからね。
ロメール領に置いてきても、私がいないと使えませんから。折角なので、持ってきてみました。
「――――さて、じゃ、マリーさん。これを使って思う存分暴れまわってください」
「私……ですか?」
「ええ。ニーナは片腕。ニコは非力。私はこのコードを握っていないといけないので、マリーさんしか適任者はいませんから」
「――――――――わかりました。では、調度品からやってしまいましょうか」
チェーンソーの使い方はすでに伝えてあります。
コップを作る最初の段階。丸太からコップサイズの木の塊を切り出したのは、このチェーンソーです。
私だけが電動工具を扱えても、効率は悪いですからね。みんなが使えるようにならないと。
「マリー! 待てぇぇ!」
領主ドナテルドの言葉を無視して、マリーさんは壁にずらりと並んだアンティーク的な造作物にチェーンソーの刃を当てました。
念のため、鉄は裂けて木工品を――と伝えてあります。安全第一ですから。
スタスタと歩いて、まずは等身大の、虎のような野獣を模した木工品をターゲットにロックオンしたようです。
一本の木から削り出したものに見えますね。どれほどの巨木と金貨が必要だったのか、見当も付きません♪
「や、やめろオォォォォォォォォォッ!!」
バリバリバリバリ――。
さすがマリーさん。胴体に刃を当ててしっかり真っ二つとは、お見事です。
製作者のかたには、胸の中で謝ります。本当にごめんなさい。
でも――――。
「貴様ら、許さんぞ!!」
「へえ。誰が誰を許さない――ですって?」
私はコードを握っている左手ではなく、何も握っていない右手を前に出します。
スタンガンの要領で、親指と人差し指の間に電気を通し、バチバチッっと音を鳴らしながら電流を可視化させました。
「領民を殺された領主の娘が、怒らないと思いますか?」
「そ、それは悪魔の力……っ」
ドナテルドは尻餅をついて、情けなく後退り、壁に背中を当てました。
「ねえ? 答えてくださいよ。家族を殺された人間が犯人を殺したくならないと、断言できますか?」
一歩ずつ距離を詰めていきます。
女子供が相手だと思ったことと、まあ多分、若い女の子たちを相手に下卑たことを考えていたからでしょう。
領主の大ピンチだというのに、この部屋には誰も入ってきません。
汚い顔を恐怖に歪めながら大汗をかいています。
こんな男に、あの町は……ッ。
「し、仕方がなかったんだ! この町からはすでに人が溢れている。悪いのは私ではない! 貧しい者に仕事を恵んでやったのに、領土の拡大を断った国が悪い!」
明らかな自白――。
必要な情報もある程度引き出せましたし、これ以上、こんな人間と会話を交わす必要はないですね。
チェーンソーの音が静まったところでマリーさんを見ると、あらかたの木工品をぐちゃぐちゃにして息を荒くしています。
鬱憤が溜まっている、殺すだけの理由は持っている、それでも殺さない。そこには厳しい葛藤があって、どうにか自制を効かせてくれたのでしょう。
「マリーさん、チェーンソーを貸してください」
そして受け取ったチェーンソーを、ドナテルドの耳元に近付けてギュインギュインと回転させます。
もちろん本来の使い方ではありませんが、チェーンソーはパニックホラー映画の定番です。
「最後の質問をさせてください」
「はっ、はひっ」
「……私、たった一人の親友がいたんです。とても可憐で淑やかで、素敵な女の子でした。小さい頃からずっと一緒にいて、私のことをずっと支えてくれていた恩人でもあります」
「そ……それがなにか……?」
「私は彼女が死ぬところを見ました。――――あなたに殺されたんです。町のみんな、学校のみんな、家族、エリカだって――ッ!! …………ねえ、答えてくださいよ? 私は今ここで、あなたを殺さないように我慢ができるでしょうか?」
耳元でチェーンソーを回転させ、首元へ寄せます。
自分の命が脅かされているというのに、声も出ない、ですか……。情けない。
「まずは皮から。ゆっくりと喉の中まで進めていきましょう」
そこまで言い終えたところで、ドナテルドは白目をむいて、泡を吹きながら倒れ込みました。
…………ふぅ。
私自身が疑問でしたよ。本当に我慢できるのか。
早めに失神してくれて助かりました。
「リ、リタ、めちゃくちゃ怖いさぁ……」
「いやっ。これはその、脅しで演技をしていただけだ!」
ニーナは笑いながら「でも、これぐらいは罰さーね」と言います。
続けてニコが「……それにしても、本気っぽかった」と続けました。
「そりゃまあ、怒っているのは本当だからな」
――――しかし一人、まだ怒りの収まっていない人がいます。
マリーさんは気絶するドナテルドの胸ぐらを掴んで、逆の拳を振り上げました。
「マリー。やめておけ」
口調、偉そうな男の子に戻っちゃいました。
やっぱり感情の高ぶりが鍵なのかな……?
「殴ったところで、きみの手が汚れるだけだ」
「しかし……!」
「まだ仕事はある。続けるぞ」
それから私たちは領主を後ろ手で縛り、拘束。
目覚めたところで「トム爺さんの持ち物を返してくれたら、縄を解きましょう」と伝えると、ドナテルドは千切れそうなぐらいの勢いでブンブンと首を縦に振りました。
本当はこのお金でトム爺さんの持ち物を『返してもらう』つもりだったわけですが。
想像以上に最低な人間だったので、先ほど差し出した四百万ソルは全て回収。馬車も、馬が可哀想ですし、そのまま頂きました。




