稼いだお金は右から左へと素通りする
たんまりの紙幣に硬貨。この世界では紙幣が安いお金で、硬貨が高いお金です。
しかし売り上げを数えようと思ってニコを見ると、なぜか、困った顔をしていました。
「あの……これ」
なんでしょう? 重そうに袋を抱えていますが……。
「これは、どこから?」
「ニーナとマリーさんが断るので、全て私のところへ来てしまい……」
私はトム爺さんのそばにいて、呼び込みは声だけ。
みんなは馬車の荷台を取り囲むように立って、宣伝していたわけですが――。
ニコはあまり目立つのが得意ではないということで、人気の少ない側にいました。
「中身……これ、大量の硬貨だぞ」
「えっと……。トム爺さんへの、餞別……だそうです。直接は受け取ってもらえないから…………と」
「ワシにか!?」
領主がとんでもない人でも、この町の人には温かな人情が残っていたみたい。
「あっ、それと手紙が沢山……」
「手紙――?」
この世界は識字率が低く、しっかりした教育を受けていないと文字を読めない人が多い。
文字そのものがちょっと複雑なんです。
トム爺さんもその一人のようで、書いた人もそうなのか、かなり雑な字。……でも、想いを込めて書いていることが伝わってきます。
「すまんが、読んではくれぬか? 王都から来たのなら、文字ぐらい読めるじゃろう」
「ああ、はい――。では」
『トム、助けてあげられなくてごめんね。よその町に行っても、元気に暮らすんだよ』
「あの……それは、最初のお婆さんが……」
手紙も大量で、今度は上から二番目を読みます。
『子供が産まれたら、いつか、見せに行きます。住む町が決まったら町の誰かに伝えてください』
――これは内容から察するに、女房に良い服でも買ってやれと怒られていた人でしょう。
「ニコ、ひょっとしてこれ、三十五通あるのか?」
「いえ。……軽く、五十を超えています」
凄いなぁ。
表立って行動をすれば、自分へ火の粉が飛ぶ。だから助けられない。
そのことに負い目を感じていた人がどれほど多かったのか。
トム爺さんがどれほど慕われていたのか。
あの店がどれほど必要とされていたのか。
三十五個のコップを売って手に入れたものは、金銭だけじゃなくて、温かな感情でした。
「お爺さん、これはボクが読むよりも――」
「……ああ。時間をかけて、ゆっくり読ませてもらうわい」
手紙の束を渡すと、トム爺さんは大切そうに胸に抱き留めました。
しばらく経つとコインと紙幣が分別されて、売り上げと餞別の集計が終了。
餞別まで集計する必要はないのでは? とも思いましたが、トム爺さんに頼まれては断れません。
これから必要となる大切なお金ですから、早めに金額を把握したいという気持ちもわかりますし。
「……終わりました」
集計作業はニコを中心としています。彼女は頭の中で正確に金額を足し引きできるそうで。さすが飛び級少女!
「……読み上げます。売り上げが、百八十万ソル。餞別が三百七十万二千ソル――」
「売り上げはともかく、餞別が多すぎるわい」
正直、かなり驚いています。
予定では売れても数個。五十万ソル程度を最大と見込んでいたので、私としては売り上げそのものも多過ぎです。
仕上げの良さと信用の力……ということでしょう。私たちだけでは到底不可能でした。
ロメール領の場合、一月の給与を税抜きで平均化すると、だいたい三十万ソル。教育や福祉が手厚い分、ちょっと税金は高いので、手元に残るのが二十万ソルと少しといったところ。
これで『ほどほどにゆとりのある生活』ができるわけで……。
「お爺さん、ひょっとして店は物凄く繁盛していたのではないですか?」
「こんな辺境ではジュラの木を伐ってくれる木こりもおらんからのう。普段はもっと安くて加工しやすい木材を使って、一月の売り上げが百万ソルという程度か」
そこから税金を差し引いても、かなり順調に経営できていたことが窺えます。
「お店の家賃は……?」
「場所が一等地じゃからの。元が三十万ソル」
「……三倍に上げられた、と仰っていましたよね」
「そう。今では九十万ソルじゃ」
横暴にも程があるでしょう!
でも……。
「なぜ順調に売り上げを伸ばしている店が、閉店に? 町としても戦力ですよね」
「伸ばしてはおらんよ。寄る年波には勝てぬからのう。ピーク時は二百万ソルは固かったのじゃ。……まあ、この町では『生活に余分なお金は税金徴収』が基本じゃから、生活は変わらぬが」
そんな仕組みで手厚い保護も受けられないどころか、追い出す。
これで人々が明るく暮らすのは難しいですね。独裁国家も真っ青です。
「さて、お前さんたちには『ジュラの木の木こり代』と『加工費』を支払わなくてはならぬのう。そうじゃなぁ……、売り上げと餞別の端数を合わせて、百五十万ソル。これでどうじゃ?」
うぇ!?
「いえ、餞別はお爺さんに当てられたものですから――」
「この機会を設けてくれたお礼だと思ってくれればいい」
「……新天地での生活と、お店の中に残されたものの回収に、足りるのですか?」
「税金で持って行かれなければ、十分に足りる」
「ここからも税金が取られるんですか!?」
続けて話を聞くと、少なくとも餞別については、このまま黙って持ち逃げすれば大丈夫だそう。
でもそれでは店の中に置いてあるものを回収できないから、どうにか交渉する――とのことでした。
交渉に応じてくれるような相手とは思えませんし、お爺さんが悪いことをしているような形になるのも、やっぱり、おかしい。
「お爺さん、ボクから提案があります」
「なんじゃ?」
「今日の売上金、全てボクたちに託してください!」
店の中に残された、トム爺さんの大切な品々。
絶対に…………、取り返して見せます!




