いざ開店! 閉店セール!
元の場所。お爺さんの店の前へ馬車を着けて、ニーナとマリーさんが声を大にします。
営業していない店に常時人を置くという非効率的なことはしないようで、中には誰もいないようです。
でも勝手に入って泥棒扱いをされるのも癪に触りますし、今はそばへ置いておきましょう。
「トム爺さんの店、閉店セールだよー!」
「今日で最後ですよー!」
お爺さんと私たちは交渉をしました。
私たちは三十五個のコップを全て、『お爺さんに納品』しました。
貴重なジュラの木でできたコップは、割れにも強く水染みもできない超高級品。
削れば削るほど加工がしやすくなるそうです。
ということは、最初の伐採が最大の難関で、木工職人が素材を手に入れる時点でかなりの金額。
それを一つ一つ、時には何週間もかけて削って仕上げていくそう。
三十五個は『時間のかかる作業を全て終えた状態』なので、これをもし購入するとなれば、それはもう目の飛び出るような……。
もう個人の店では到底不可能な仕入れ額になるとか。
お金は、売り上げた分だけを頂くことにしました。
「本当に、閉店でよかったのですか?」
「ああ。五十年以上この町で生きて、別の町へ行く。ワシは区切りが欲しかったのじゃ。閉店のお知らせも何も無く去ってしまうのは、ちと寂しいからの」
トム爺さんのお店は、販売した木工品のメンテナンスも無料でやっていたとか。
そういう手厚いサービスを売りに販売していたのに、突然、家賃を払えなかったという理由で追い出されてしまう。
馬車の中でトム爺さんは『お客さんへ詫びる気持ちというものもある』と、語ってくれました。
「――トム、一つ買わせて頂けるかしら」
お爺さんより更に老齢のお婆さんが、声をかけてくれました。
「おおっ、ルチ婆さん。膝は大丈夫なのか?」
「そろそろ、歩けなくなるかもしれないねぇ。八十八まで生きていられるだけでも、ありがたい話だよ」
「九十になれば大きな祝いだ! それまで元気でいてくれよ!」
「それじゃあ、そのときは町に戻っておいでよ」
きっとルチお婆さんは、年下のトム爺さんのことを心配してくれているのでしょう。
お爺さんは帽子を目深にかぶって、目を伏せてしまいました。
「――――すまない。もう、よその町へ行くって……」
「ふふっ、冗談よ。新しい町でも元気で暮らしてね。――このコップは、玄孫の誕生祝いに買わせてもらうわ」
「婆さん、ひ孫はまだ十歳かそこらだろ。いつも元気に遊び回って……」
「生きていられるかはわからないけれど、死んだ人間からプレゼントをもらってはいけないなんていう決まりは、ないわよね? ふふっ。死んだあとに楽しみを残しておくことは、幸せな老後の秘訣よ」
凄いなぁ。
遙かに年上の、人生の酸いも甘いも味わい尽くしたようにしか見えないトム爺さんが、更に年上のお婆さんに心配されて優しく諭されています。
その光景は、この町のギスギスした雰囲気に全く似合わないほど、暖かいものでした。
お客さんはまだまだ続き――。
「トム爺さん、私も買わせてもらうわ」
「俺も買うぞ。うちの食器は全て爺さんの手製だからな」
「もう買えなくなるなんて、寂しいわね」
きっと今、私たちが見ているものは、トム爺さんが五十年以上かけて築き上げてきた信用や友情。
正直に言って、この町には身なりが綺麗な人が少ない。ロメール領に生きていた人々に比べると、明らかに金銭的な余裕がなさそうです。
生かさず殺さず働かせている――という感じでしょうか。
閉店セールで安くしているとは言え、ジュラの木でできたコップは領主の娘としても高価なものだと感じる値段です。それがどんどん売れていくというのは――。
「お前、結婚したばかりだろう? 高いコップより女房に服でも買ってやれ!」
あはは……。トム爺さん、ついにお客さんを追い返しはじめました。
昔気質の職人さんらしいなぁ。
「女房が買ってこいって言ったんだよ! ――今度、子供が産まれるんだ。一生使える良いコップを、買わせてくれ」
トム爺さんはまた、帽子を目深にかぶって俯きます。
私たちは崩壊した町をゼロから復興しようとして、未来ばかりを見るようにしていましたが――。
やはり長年積み上げたものというのは、ここぞと言うときに最強なのかもしれません。どんどん人だかりができていって、飛ぶようにコップが売れていきます。
私たちもいつか。一つ一つの出来事を積み上げていって……。
「おいっ、仕上がってるコップはあと幾つだ!?」
「あっ、はい。――あと二つです!」
「そうか――。仕方ねえやな……」
トム爺さんは腰のポケットからあの工具を取り出して、お客さんの目の前で仕上げの作業に取り組みはじめました。
難しい職人芸であるはずのそれをやりながら、同時に沢山の人と会話をするのは、見ているだけで手慣れた印象を受けます。
本当に信用の置かれる店を、ずっとこの場所で続けていたんだなぁ。
――――――その人から店を取り上げて、泥棒扱い?
「……リタ様?」
「――――いや、なんでもない」
敏感に空気の変化を感じたのか、ニコが心配そうな顔で私を見上げました。
怒りは、あります。
それでも、復讐なんてやったところで多分、なにも解決しない。私の気が晴れるという、ただそれだけ。
この町には沢山の人が生活していて、この人たちにはなんの罪もない。
でも………………納得するのは、無理かもしれません。
そのあと私たちは、日が暮れるまでその場所に居続けて、全てのコップを売り尽くしました。
さすがこの道五十年の職人さん。完売です!
トム爺さんはマメの潰れたあとだらけでゴツゴツした手をジッと見ながら、「手が痛くなるまで木を掘ったのは、久しぶりだ」と笑ってくれました。
今の表情を見ると、最初にお話を伺ったときと比べて、ずっと若く感じられます。




