隣町のかかえる事情2
慣れない町の中で行く当てなんてありません。
カポカポと蹄の鳴る音を聞きながらゆっくり移動して、荷台で話を伺うことにしました。
「お爺さん、事情を聞かせてください。なんであんなに、酷いことをされて――」
「あんたたち、リオネロ領の人間ではなさそうじゃな。それに…………」
お爺さんは、私たちが持ってきた木製コップを一瞥しました。
泥棒扱いされていましたけれど、その目には複雑な感情が表れているように見え、やはり事情を聞かないことには何も判断できないと感じます。
それに、この町のことも訊きたいですし。
「まさか、ここで物を売る気か?」
「そのつもりです」
ちなみに男の子っぽい私はマリーさんたちのことを呼び捨てにしちゃっていますが、思いっきり年上の人が相手だとちゃんと敬語です。
ここはもう、令嬢なので徹底的に訓練されたものがあります。
要するに領主の娘というものは、三年間通う学校では一年生だろうがなんだろうが、入った瞬間からヒエラルキーの頂点に君臨しなければならないわけです。
千年も安定していた世界で貴族階級が崩れるようなことはそうそうないので、腰が低いほうだと思うお父さんですら、私に対しては『人の上に立って、立派に領民を導けるように』という教育方針を持っていました。
別に先輩を敬称付けで呼ぶぐらい、問題ないように思えるのですけれど。これはヒエラルキーの明確化でもあるそうなので、この世界の慣例に従いました。
「どこからやってきた?」
「王都からです」
嘘ですけれど。
「ふむ……。王都から来る人間なら、領主も無碍にはできぬじゃろうが……。しかし、ならば王都へはまだなにも知られていない――ということじゃな」
「知られていない……? もしよろしければ、事情を聞かせてはくれませんか?」
この町には、なにか隠していることがある。ということでしょうか。
王都には国王と国軍があります。例えばロメール領の破壊なんて、知られてしまえば領主の座すらも簡単に奪われてしまうでしょう。本当の頂点は彼らですから。
「告発したいぐらいじゃから、喜んで喋るわい」
そう前置きしたお爺さんは、まだ少し苦しそうにお腹を押さえながら、ゆっくりと語り紡ぎました。
「――十年ほど前、この町は豊かじゃった。仕事があり、家庭があり、領民はそれなりの幸福にそれなりの満足を得ていた」
喋りながら一度昔を懐かしむような目を見せてくれましたが、すぐに伏せて、深刻な調子で続けます。
「質のロメール、量のリオネロ。――ロメール領には成長の余地があった。教育を施した優秀な民を解き放ち、王都を含めて世界中で活躍させる。そうして活躍した民から、新たに教育を施すための資金を支援してもらう形じゃ。学校を増やさない限り、領民はそう簡単に増えぬ」
事実です。
これはロメール家が代々受け継いできた、資源のない町が豊かになるための手段――。
そして同時に『領民の上に立つ』ということには『全ての領民を幸福にする責任がある』と私は教えられています。
王都に憧れる若者は沢山いますから、彼らを引き留めるのではなく、彼らがどんな道を選んだとしても迷わず進める力を身に付けてもらうことが幸福に繋がる――という考えかたです。
「だがリオネロは違った。不遇な子供を世界各地から手当たり次第に連れてきて、ここで教育を施し、ここで働かせる。……いつか人が溢れてパンクしてしまうのは、必然のことじゃ」
「では、あのお店は元々、お爺さんの――」
「そう。ワシが出していた店じゃよ。ここへ連れてこられて、仕事を覚え、妻ができて、子育てをして、必死に守ってきた宝物じゃ。……しかし急に領主が家賃を三倍に上げて、『稼げない者は出ていけ』と、追い出されてしまった」
「酷い……。そんな横暴をして、領民は黙っているのですか?」
「年寄りを追い出して、若い者に仕事を与える。どんどん子供を受け入れているのじゃから、人口は若い者のほうがずっと多い。――――ワシ自身、仕事を失って町を追い出されることについては、反対をしておらん」
「そんな!」
「後進に道を譲ることも、年寄りの仕事じゃ」
…………率直に言って、それは理性的で立派な判断だと思います。
でも、じゃあ、頑張って働いてきたお爺さんにだって、せめてもの救いぐらいあってもいいのではないでしょうか。
「ただ……っ。あの店にはワシが作った作品や仕事道具が、そのまま置かれている。あれだけは返してもらわねば」
「――国王や国軍は、領主の横暴を許すほど甘くありません。ですが作品や道具を返してもらっても、お店が無くなっては商売ができないのでは?」
「腕には自信がある。他所の町へ移り住んで、仕事が続けられる限りは、細々と食べていけるじゃろう」
「お子さんは……」
「この町で働いておる。逆らえばどうなるか――。孫がいるのじゃ。ワシも、血の繋がった子供に助けてもらいたいなどとは、思っておらぬよ」
ロメール領では、お年寄りを再雇用する仕組みがありました。
大抵は他所の町で幸せな家庭を築いているようなので希望者は少ないのですが、人間、病気や事故、それに限らずとも不幸な目に遭うことはあります。
町にはある程度の余裕があるので、そういう場合、罪さえ犯していなければ受け入れて、できる仕事をしてもらいながら給金を渡します。
一種のセーフティネットのようなものですね。
「――――さっき、お爺さんを蹴った人。呂律が怪しいようにも思えましたが」
「夜勤なのじゃろう。人間、夜になれば眠くなり、作業効率が落ちる。しかし領主のドナテルドは、それを許してはくれぬ」
「まさか、怪しい薬を飲んでいる……と?」
「優秀なものは昼に働き、そうでないものは夜に働く。彼らは常に追い込まれ、なにか失敗をすればすぐに追放じゃ。眠気を吹き飛ばす薬を飲んで……最初の頃はいいのじゃが、徐々にああして副作用が出始める」
もう、最悪という一言では片付けられないですね。
どうせその薬を売った利益も領主、ドナテルドの懐に入ってくるのでしょう。
領民を不幸に追いやって私腹を肥やす――――。とんでもない悪行です。
「ところで、お前さんたち。まさかそのコップを売ろうとしていたわけではあるまいな?」
「ああ――――はい。売ろうとしていましたが」
「バカもんッ!!」
ああぅ。いきなり雷が落ちました。
悪魔の鉄槌ならぬ、お爺さんの怒り。
丈夫な幌で囲まれた荷台の中で、ぐわんぐわん響きます。
「貴重なジュラの木をこんな仕上げで売ろうなどと――――。天罰が下るぞ!」
ジュラの木というのは、この世界で有数の堅い木材です。
比重も重くて水に沈み、超高級家具に使われるもの。
加工の難しさから市場に出回ることは滅多にありません。
ただ『ジュラ』というのは見分けが難しく、本職の木こりであっても斧の『手応え』で判断するようです。倒すのに数年かかった巨木もあるとか。
日曜大工に憧れる身として、この世界でも木材の知識は仕入れてあります! まあ雑誌もインターネットもないので、情報が少なすぎるのですが。
「え……っと。すみません、この木、ジュラ……なんですか?」
なにぶん、斧ではなくてチェーンソーで伐っちゃったもので……。手応え? まあ、『固いなあと思いました』という小学生みたいな感想しかありません。
「彫りかたも無茶苦茶じゃ。横向きに彫るなど、この道五十年を超えたワシでも見たことがないぞ」
この道……ということは、ひょっとして木工職人さん!?
「あー……、実はこれ、王都の新技術で作られた試作品なんです」
「ほう。新技術とな」
それから私は、木工旋盤について簡単に説明します。もちろん電気は抜きで。
「自動的に回転――。なるほど、それで横向きに削れておるのか」
「手彫りよりも倍は速いですよ」
仕方がないとは言え、嘘に嘘を重ねてしまいました。
たぶん数百倍は速いです。
「しかし、これでは倍速かったところで、仕上げがなっとらん。どれ、一つ貸してみろ」
「はい。どうぞ――」
それからお爺さんはコップを四方八方、様々な角度から眺めて、腰のポケットから『つ』の字に曲がったノミのような刃物を取り出しました。
「それは?」
「いくつかの道具は持ち歩いておる。これ一本あれば、仕上げぐらいはどうということない。――ふむ、刃が横に入っているとは言え、外側はそう悪くない。だが内側は酷いものじゃ」
お爺さんはそう言うと、職人の目になって工具でコップの内側を削りはじめました。
「ニーナ、適当なところで馬車を止めてくれ」
「あいあいさー!」
方言なのか判断しづらい了解ですね……。
動く中では作業がしづらいだろうと思って、馬車も停止。お爺さんは作業をしながら「余計な気を回しおって」と言いましたが、表情は嬉しそうです。
そして作業をしながら、色々なことを話してくれました。
ジュラの木は掘れば掘るほど柔らかくなるから、仕上げの苦労は意外と少ないこと。
コップならば、基本はオイルでの塗装。オイルがなければ木の断面や木くずを擦りつけて、木の油分を表面に薄く塗ったほうが、見栄えも耐久性も良くなること。
「かっかっか。ほれっ、もう三つ仕上がったぞ」
活き活きしているなぁ。
この人から強引に仕事を奪うのは、やっぱり感心しません。




