コップ
焚き火を囲んだ会議の翌朝。
「もうっ。こんな時間まで寝て――。まあリタ様のことですから、興奮して寝られなかったのだと思いますけれど」
「すまない……」
ターシャ曰く、起こしても起こしても頑として目覚めなかったそうで。
木工旋盤を使う自分を想像して気持ちが昂ぶり中々寝つけなかったなんて、遠足前日の子供みたいで恥ずかしい限りです。はい。
しかもターシャに見抜かれています。やはり、お母さんの目は騙せないようです。
まだ重くて寝ぼけた頭を、温泉水の洗顔でシャキッと引き締めました。
朝から温泉水で洗顔なんて、結構な贅沢なんじゃないかな? 女の子の集団ですから、これを嬉しく思わない人はいないでしょう。
「――よしっ、じゃあ行こうか」
足下のエリカスライムと、ニコが付き添ってくれることになりました。
商品としての価値を見定めたり、量産化のための工程を正確に考えるのは、ニコが最も適しているだろう――という見立てです。
そして設置に際してのみ、追加でマリーさんとターシャも。だって……ねえ。
「ここに接着すれば良いのか? この……エリカくんの、アレ」
マリーさんはまだスライムの吐瀉物に不慣れ。
「色々悩んだ結果、ネバネバと呼んでいるよ」
「ではその……ネバネバ。これは地面に塗るのか? それともレコブロックに……」
――あれ?
そういえば考えたことがありませんでした。
最初に何となく地面へ塗り広げたので、接着される側へ塗るものだとばかり思っていましたが。
「今までは全て接着される側に塗ってきたから、レコのほうに塗ってみよう。そのほうが楽だ」
高さ一メートルのレコの上面にネバネバを塗り広げて、ひっくり返して置けばいいわけですから。
マリーさんに実行してもらうと、光の線がレコブロックの外周を巡って綺麗に接着。何度見ても魔法みたい。
今度からはこの方法だなぁ。
「――で、その木工旋盤とやらは?」
「この中に入っているのだが、重量が五十キロ以上ある」
「キロ……?」
この世界ではメートル法と同じく、キログラムという単位も使われてはいません。
五十キロを別の表現で言うならば……。
「…………ニーナよりは軽い程度だ」
「なるほど。――ははっ、それは四人いないと無理だ」
ごめんなさい。さすがに謝ります。
でもニーナの高身長で体重五十キロだったら、痩せすぎですからね!!
…………たぶん。
四人で『せーの』と声を合わせて、ダンボール箱から木工旋盤を取り出します。
テーブルソーの百キロほどではありませんが、約ニーナ一人分は中々の重さ。
まあテーブルソーは付属の小さな台座があるだけで立って作業するに十分で、本体の高さなんて一メートルを悠々超えていますから。そりゃあ重たいです。
基本的には、手に持って使うものは軽めに、床や台に固定して使うものは安定性向上のために重く作られています。この安定性は作品の仕上がりはもちろん、安全性にも直結する要素なので、非常に重要。
「――――よしっ。これできっと、昼までには使い始めることができるだろう」
「わえはもう、手が……。ニーナ、重すぎです」
「私は鍛えているから問題なかったが。確かに、鉄の塊のように重かったな。ニコくんは大丈夫か?」
「………………無理。ニーナ、重いにも程がある」
これはもうニーナの風評被害ですね。はい。ごめんなさい。
「ええと、このことはニーナには内緒で頼みたいのだが……。そのっ、五十キロならボクだってそれぐらいあるかもしれないしな!」
私が慌てて取り繕うと、三人は笑って「わかりました」「了解だ」「……はい」とそれぞれ答えてくれました。
秘密の共有で仲が深まることはありますけれど、やっぱりニーナにはあとでお詫びしないとですね。
まあ黙って焼きトウモロコシを譲っておけば、しゃぶり付いてくれるでしょう。私にとってニーナとは一体……。
「じゃあ、わえたちは上に戻りますね」
そう言ってターシャとマリーさんはいなくなりました。
さてっ、ここからが本番です。
じっくり丁寧に組み立てをしていき――。
「……あの、これ、ここに使うものじゃないですか?」
「――――ああ、本当だ。助かるよ」
「いえ。……あと次の行程に必要なもの、袋から出しておきますね」
凄いなぁ。だって説明書、思いっきり日本語ですよ。
こう『世界中のどんな言語を使う人にでもわかるように、シンプルな図で説明書が作られている』というようなことはなく。
日本語が読めないと――、というか部品に振られたAとかB、Cといった記号や数字ですら、この世界では使われていないわけですから。
この短期間で少しでも理解し始めたというのは、驚異的な出来事です。
そんなスーパー飛び級少女、ニコの適切なサポートもあって、予定よりかなり早く準備完了。
「この鉄を付けたところが作品の中心になる」
「なるほど。ここを軸に回すんですね」
キラキラした目で見ています。ものごとへの高い興味が、頭の回転が速い理由かもしれません。
丸太からチェーンソーで切り出した、コップより少し大きめの木の塊を、電動ドリルを使って木工旋盤へ装着。
すでにコンクリートハンマーを使ったあとということもあって、さすがに電動ドリルを使うのには、それほど戸惑いませんでした。むしろ軽くて使いやすいなぁ……と。
「行くぞ――っ」
電源を入れると、木の塊が高速で回転し始めます。
そこにノミの刃を当てて――。
最初はカッ、カカッ――――カッ、と不揃いなリズム。これは外周が丸くないから、凹凸の凸部分が当たっている状態です。しかし続けていくと……。
だんだんと凹凸がなくなって綺麗な丸になり、音もカシュゥゥゥゥと連続するようになりました。確かにこの世界の木は固いのかもしれません。思っていたよりも手首に負担がかかっています。
とはいえ、さすがに電動工具のパワー。十分とかからずにコップの外側が仕上がりました。
「どうだろうか?」
「凄い――。これがあれば、一気に作れる!」
「――――それなのだが」
隠せる話でもなく、正直に打ち明けます。
「やはりこの世界の木は堅い。今のたった一回で、手首が少し痛むんだ。ボク一人でやるのは難しいだろう」
「あっ、じゃあ私も――、いえ、みんなでやってみてはどうでしょうか?」
「――――そうだな。協力し合わなければ、町の復興は無理だ。一緒に声をかけに行こう」
木工旋盤から一旦、外周だけを削った作品を取り外して、地下室から外へ出ます。
朝からニーナと、マリーさん以外の救助要請班である三人が森へ小枝を拾いに行ってくれていたのですが、さすがに四人でやると早く終わるらしく、まだ全然お昼前なのに、もう戻ってきていました。
今度は八人で地下へ潜り、私が作業するところを見てもらいます。
感嘆と驚きの声が入り交じって、だんだん静かになってジーッと私の手元に視線が集中。これは緊張します……っ。
でも、私だって初めて使うのですから、『完璧』を心がけてもそれは無謀というもの。
とにかく中を削って削ってどんどん掘っていって、ほとんど垂直の穴を開けることに成功しました。
削った面がザラザラしているので、今度は紙やすりを手に持って作品に当て、滑らかにしていきます。内側は回転するコップに手が当たってしまいそうで難しいため、小枝の先に紙やすりを巻き付けて当てていきました。
もう回す必要はないと判断したら、最後に接着部分をのこぎりで切断。電動工具好きが仇となって普通ののこぎりを買っていなかったので、手に持つタイプの糸ノコギリ『ジグソー』を駆使してどうにかこうにか切断。
この世界にもノコギリはあるので、この作品が売れたお金で早めに買いたいかもしれません。散財というわけではなく、必要なので。
「わえもやってみたいです!」
「ちょっ、私が先さー。これなら片手でもできそうだし」
「……最初からいたのは、私っ」
それから一人一作を試してみて、夜までに不揃いなコップが八個も仕上がりました!
実用上は問題なさそうですが、外側はまだともかくとして、内側がちょっと雑かな……。やはり職人芸の仕上がりとはいきません。
果たして売れるのでしょうか?




